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zoom RSS 書評(らしくない)『しあわせの開発学――エンゲージド・ブディズム入門』

<<   作成日時 : 2013/03/10 06:29   >>

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季刊ピープルズ・プラン56号(2011年12月25日発行)掲載
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スラック・シワラック著
『しあわせの開発学――エンゲージド・ブディズム入門』
発行:ゆっくり堂
二〇一一年七月
定価:一〇〇〇円+税


◎スラックさんについて

 スラックさんをどう紹介していいか迷うのだが、タイ(本人はシャムと呼ぶ)に住む世界的な社会運動の活動家であり、エンゲージド・ブディズムを実践し、「ラジカルな保守派」を自認している。本書の紹介では「歯に衣着せぬ言論活動で知られるタイの代表的知識人」とある。解説で中村尚司さんは、鶴見良行さんが「最も気に入っていた三つの書店の主」の一人だと書いている。武藤一羊さんも昔は論争もした古い知り合いだという。紹介し始めるときりがないので、興味のある人はこの本を読んでもらうしかない。スラックさんの本がいままで日本語になっていなかったことのほうが問題なのかもしれないが、日本語で読めるようになったことはうれしい。


◎社会運動とスピリチュアリティ

 ぼくにとっての、この本の大きなテーマは社会運動とスピリチュアリティの連関。以下のように書かれている。

 政治制度や経済制度をつくり直すこと自体が、人間の解放をもたらすわけではありません。個々人の内の変化なしになにごとも始まりません。社会の平和が成り立つのは、その社会の構成員が心穏やかであるときだけです。(略)真の安心や安全や治安は、私たちが自分自身をどう転換するかに、かかっているのです。

 私はしかし、社会的な活動をやめて自分の内面の平和だけに取り組むことを提案しているわけではありません。悪事を引き起こすシステムを容認するとき、私たちはこの悪事に賛同しているのです。個人の解放と社会の解放は表裏一体です。個々人の転換に取り組むと同時に、抑圧的なシステムと対峙しなければなりません。そうであればこそ、現状を維持しようとする勢力からの抵抗や報復がやってきたときにも、精神的な力によって、危険を捉え、避けながら、敵であるはずのものを許すことさえできる…(一〇四頁)

 ここでは人間の内面の問題と社会的な活動の連関を、「個人の解放と社会の解放は表裏一体」として捉えている。それらをどう重ね合わせることができるのかということが、これからの社会運動の大きな課題であるようにぼくには思える。そこには一筋縄ではいかないさまざまな問題があり、その問題を解くためのひとつの重要な鍵がこの本にあるように思う。そして、社会運動に対する以下の警告もちゃんと聞かなければいけない話だと思う。

 プログラムも、組織も、政治党派も、戦略もたくさんあって、あり余るほどです。でも問題なのは、苦しみや不正を減らそうとする私たちが、いまだに行動――特に政治行動――のパワーだけに全幅の信頼をおいていることです。活動家や知識人は、この世のすべての悪を、他人のせいにしたり、システムのせいにしがちです。そして、彼ら自身の内にも、そのような負の要素が蠢いていることを認識しようとしないのです。(一三六頁)

 少し耳が痛いように感じるのはぼくだけではないと思う。ともあれ、システムを変えろと主張するのが活動家の仕事なのだから、こうなりがちだということを、まずは自覚することは必要なのだろう。そして、誰か社会運動にあまり関わっていない宗教者がこんな風に言ったら、ぼくは鼻で笑う。しかし、これを社会運動と一体のものとして実践しているスラックさんが言うのだから、説得力を持つ。


◎エンゲージド・ブディズム/社会運動/スピリチュアリティ

 このスラックさんの思想と行動を支えるのが、エンゲージド・ブディズムといえるだろう。あとがきで、辻信一さんは、これには定訳がないといい、これまでの訳として「社会参加する仏教」「行動する仏教」「闘う仏教」「社会をつくる仏教」などを紹介しており、この本ではカタカナの英語表記。これが何かということを比較的簡潔に表現しているのが、このあとがきで紹介されている阿満利麿さんの『社会をつくる仏教――エンゲイジド・ブッディズム』という本のエッセンス部分の引用。以下、それを要約したもの。

「苦」からの解放を実現するのが仏教であり、従来の仏教では「苦」の原因は個人の内面の問題とされてきたが、ベトナムの仏教徒がその原因は社会にあることに気づき、その変革に立ち向かうことになった。エンゲイジド・ブディズムという言葉は新しいが、その思想や実践は、仏教がめざしていた「利他」に他ならず、その意味で、日本の状況に即しながら仏教の理想を追っていくと、「エンゲイジド・ブディズム」という広場に出ることになるだろう。

 また、解説で中村尚司さんはサルトルの「アンガージュマン」という言葉と響き合うとあっさり触れている。また、エンゲージド・ブディズムには人間が作り出した暴力的で貪欲なシステムとどう対峙するのかという視点がある。それは個々の心の問題でもあり、社会・システムの問題でもある。

 こうあって欲しいと思える社会を希求する社会運動に関わろうとする人の心の根っこには何があるのか。社会運動はその心の根っこの部分とつながることが可能なのか、また、つながるべきなのか。それを考えるきっかけが「解放の神学」でも「エンゲージド・ブディズム」でもかまわないのだが、日本の社会運動はあまりにもそのあたりのことに触れずに来すぎたようにも思う。花崎皋平さんがいろいろ書いているように、田中正造からつながる日本の社会運動を実践した思想家のスピリチュアリティに関する記述はあるのだが、そのことが実際の運動シーンで語られることはあまりない。


◎そのことの困難

 まず、心の問題に社会運動がどのように向き合うことができるのかという難問がある。そこは社会運動が介入することが困難な、というか、介入できるかどうかも確かでなく、それをすることが許されるかどうかもわからないような領域だと思う。「祈り」とか「宗教」に近い領域、そう、いうまでもなくブディズムは宗教のひとつ。スラックさんが主張している心の問題の大切さは理解できるような気がするが、そこから先は、本当に親密な空間でしか触れることができないような話、あるいは親密な空間でさえ、触れることに憚られるようなテーマだ。なぜ、自分は社会運動にかかわろうとするのか、その根っこを捜す作業とも似ている。

 こうあって欲しいと思える社会変革を求める運動にとって、個別の課題には目に見えるアプローチの方法があるが、心の問題に関するアプローチの方法をぼくは聞いたことがない。日本より宗教が根付いている各国では、社会変革を射程に入れた宗教との連携という形をとりうるだろうが、日本社会でそれをどうしていくのか、見えない部分は多い。
 そして、少し違う観点から仏教経済の困難さを中村尚司さんも解説で以下のように指摘している。以下、要約。

仏教経済と呼べば「小欲知足」なのだが、「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンが懐かしい、そんな時代にもヤミ屋はおり、質素な暮らしを強制することはできない。

 中村さんはこんな風に質素な暮らしを求める困難を語る。自分に即して考えても、物欲を捨てるのは難かしそうだなぁと思う。そして、そういう物欲があり、利益に導かれて行動するのが人間じゃないかと開き直りたくもある。ヴェーバーがいうように、基本的なところで、「利害が人を動かす」。
 だから、ぼくたちにできることは、やはりヴェーバーがいっているように「転轍機の向きを変える」ことなのだと思う。メインストリームの社会がいま、突き進んでいる方向ではないほうに向きを変える努力、そして、メインストリームのめざす方向に破局しかないとすれば、その破局の先に次の社会を準備する努力、あるいは、そのメインストリームからスピンアウトする方法をたくさん見つけ出すような努力が同時に求められているようにも思う。

 社会全体が向かう方向が変わることによって、ヴェーバーがそのようにいうときの「利害」を測定するものさしも変わってくるということはありそうだ。そして、その運動や運動がもたらした転轍機の方向の変化は人の心もまた規定するだろう。しかし、その転換のために、システムの変化を求める運動だけが求められているということではないと思う。その運動と同時に、そこに向き合う人の心の問題、スピリチュアリティの問題にまずどう向き合うかというスタンスを問うことが、つねに続けられなければならないのではないだろうか。それをどのように行うことが可能なのか、答えはないのだけれども。この本を読んで、そんなことを考えた。あんまり書評らしくないなぁ。


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以下は最初に書いたメモ
「しあわせの開発学」めも

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