今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS ラクの物語

<<   作成日時 : 2013/10/11 06:36   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

南の地域で飢えて子どもが死ぬという話がある。3秒に一人とか4秒に一人とかいわれている。
それが具体的にどういうことか、日本で普通に生活しているとあまりにも見えない。
この日本語が書かれたのが90年代、現在も変わっているようには思えないが、実際どうなのかは知らない。

このような具体的なことがもっと知られるべきではないかと考えて、本を見ながらタイプした。




以下は「いのち・開発・NGO」に記載されているシェーラ・ザルブリック作の『ラクの物語』の要約(原作を一部改変)61-54p。実際に起こった出来事をもとに書かれたもの。



〜〜〜〜
ラクの物語

 ラクはわが子を母乳だけで育てようとしていた。これは、長い間、村の女たちの習慣であった。しかし、一家が生活してゆくためには、彼女は地主の畑で朝から日暮れまで働かなければならなかった。何時間もの間、子どもと離れていなければならないために、彼女は赤ん坊に母乳に代わる食べ物を与える以外に選択の余地はなかった。すぐに彼女の母乳はほとんど出なくなってしまった。

 土地なし農民であり、かつ女性であることによって、ラクは二重に不利な立場に置かれた。長い間くたくたになるまで働いても、彼女の日給では家族を十分に食べさせるにはとても足りなかった。長男カナンは、7歳の頃から地主たちの家畜を預かって雑木林に草を食べさせに連れてゆくことで、家計のわずかな足しにしていた。

 ラクは遠くの畑で働いている間、赤ん坊を小屋に残し、5歳になる妹のボヌに世話を任せていた。毎朝、夜明け前に、彼女は遠くの井戸から水を汲み上げるのが日課だった。そして、少量のアワをたたいては家族のためにお粥を炊いた。家族全員の食欲を満たすのに十分なアワがないことはよくあった。ラクはいつも少量の粥を皿に残し、彼女が畑に行って働いている間、これを赤ん坊に食べさせるようボヌに言い聞かせていた。

 年長の子どもたちが働いているにもかかわらず、家族の稼ぎは少なく、十分な食料を買うことはできなかった。そこで他の家族と同様に、赤ん坊も空腹を感じることがしばしばあった。赤ん坊は繰り返す下痢と栄養状態の悪化で、悪循環に陥るまでのそう長い時間はかからなかった。ラクは具合の悪くなった赤ん坊を伝統治療師のもとに連れていった。治療師は、赤ん坊に重湯と薬草茶を飲ませた。すると赤ん坊は2、3日はよかったが、だんだん痩せてきてしまった。ある日、赤ん坊はひどい下痢をしてしまい、ラクがいくら重湯と薬草茶を飲ませつづけてもいっこうに良くならなかった。下痢は数日続き、ついに赤ん坊は干ばつにあった稲のように、しわくちゃになりぐったりしてしまった。

 そうしようもなくなったラクは、赤ん坊を病院に連れてゆこうと決心した。これはラクにとってきびしい選択だった。なぜなら、それは彼女の1日分の仕事と稼ぎを失うことを意味するのだから。家族は蓄えがないために、一日何も食べないですまさなければならない。それですめばいい方で、へたをするとラクは仕事を失いかねなかった。ラクは、それがどういう結果になるかを怖くてとても考えられなかった。賢い母親が残りの家族を助けるためには、しばしば病気の赤ん坊を見殺しにしなければならないことをラクは知っていた。しかし、ラクの赤ん坊に対する愛情はとても強く、それはできなかった。

 ラクは最後に残った財産である自分の母親の形見、青銅の水差しを売り、バス代と薬代を捻出し、赤ん坊を町の病院へ連れていった。病院のなかに入れてもらうには、門番に袖の下を渡さなければならなかった。長蛇の列のなかで何時間も待ったすえ、やっと彼女の赤ん坊の番になった。しかし、そのときには、赤ん坊は瀕死の状態になっていた。医師は、どうしてもっと良く世話をしなかったのか、どうしてこんなになるまで放っておいたのだ、と彼女を責めた。医師はラクを看護婦のところに連れていった。看護婦はラクに母乳栄養の重要性や、「衛生」といったことについて細かく説明した。そして、何よりも看護婦が強調したことは、ラクの赤ん坊にはもっと良質な食物がたくさん必要だ、ということであった。ラクは何も言わずにただ聞いていた。

 その間に医師は、赤ん坊のくるぶしの血管に針をさして細いチューブで点滴のボトルをつなげた。皺だらけの赤ん坊の体は、夕方ごろにはやや湿気を帯び、意識もずっとよくなってきた。下痢も止まり、夜遅く看護婦は点滴をはずした。翌日医師はラクに処方箋を私、薬局で薬を買うように言って家に返した。帰りの道すがら、赤ん坊の下痢はまた始まった。

 家に着いたラクには、お金もなければ食べるものもなく、売るものすら何も残ってはいなかった。赤ん坊が死んだのは、それからまもなくのことだった。

〜〜〜〜〜
シェーラ・ザルブリックがこの話のなかで語ったことのうち、私たちの短い要約のなかに含まれていないところは、ラクの赤ん坊に対する深い愛情である。赤ん坊を助けようと奮闘するラクの懸命な姿勢である。そして何よりも深く刻み込まれている事実は、赤ん坊を死に追いやった逃れることのできない原因の数々に対して、ラクがいかに無力であったかということである。


=====
引用、ここまで。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「ラクの物語」について
「ラクの物語」について 開発もまたあまりに無力であるという教訓ですか?平和と同様に。 ...続きを見る
pandak
2013/10/11 09:34

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
ラクの物語 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる