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zoom RSS 『成長から成熟へ さよなら経済大国』 天野 祐吉著 メモ

<<   作成日時 : 2014/01/29 06:33   >>

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フェイスブックのノートに読書メーターなどに書き散らかしたメモなどに大きく加筆してまとめたものをブ、ログに掲載するためにさらに加筆。

もう何十年も前から「計画的廃品化」という壮大なムダが指摘されているにもかかわらず、GDP成長志向はまったく変わらない。それって、歪んでるし不思議だと思う。軽妙な語り口だが、書かれている事実は重い。

プロローグは
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0713-a/
で試し読みできる。

目次:
プロローグ 世界は歪んでいる
第1章 計画的廃品化のうらおもて
第2章 差異化のいきつく果てに
第3章 生活大国ってどこですか
エピローグ 新しい時代への旅



このプロローグのタイトル、どこかで読んだ。これだ。
ホロウェイの
CHANGE THE WORLD WITHOUT TAKING POWER
The Meaning of Revolution Today
(『権力をとらずに世界を変える』
 この時代の革命の意味)
http://tu-ta.at.webry.info/200705/article_17.html 参照



”生活”は最上限を求め、”生存”は最低限を求める。しかし、最上限を求め続けると、生存の最低限が危うくなるという指摘。そうか、と思った。24p

2章の最終ページがなぜだかオアフ島にあるガンジー像の写真なんだが、どうしていきなり、ハワイのガンジー像なのだろう?

パッカードさんによる『計画的廃品化』の3つのケース 
1、機能の廃品化(新しい機能を小出しにして、以前の製品を旧型で買い替えが必要だと思わせる) 
2、品質の廃品化(わざと短い期間で製品が壊れるか消耗するように計画) 
3、欲望の廃品化(機能はOKなのにスタイルなどでそれを流行遅れだと思わせる)
55p〜


冒頭にも書いたのだが、この「計画的廃品化」Planned Obsolescence (計画的陳腐化とか計画的老朽化とかいう訳語も)という企業が儲けることを目的とした資源の大量の無駄遣いをどうしたら、止めることができるか、ということが問われなければならないと思う。ここを止めれば経済は縮小するだろうが、次世代のことを考えたら、当然のことなのではないだろうか。


政府が出す広告について、政府広報には行政広報(告知広告)と政策広報(意見広告)が有り、マスメディアに広告として政策広報を行っている国は(日本以外に)ない、と天野さんは書く。(140p) ほんとにそうかなぁと思う。日本の状況に慣れすぎて、どこの国でもそんな情報のコントロールがやられてているのではないかと思ってしまう。



E・F・シューマッハさんからの引用
「経済活動のうちでマネー・フローの管理に関しては、それなりの技術的な理由もあって、GDPの概念はきわめて便利である。だが、なんらかの業績を測る尺度としてはまったく無意味である。・・・。統計は正確でなくてもよいけれども、有意義でなければならない。・・・」

「それにしても『成長は善である』とはなんたる言い草か。私の子供たちが成長するのなら至極結構であろうが、この私がいま突然、成長し始めようものなら、それはもう悲劇である。」177p


天野さんの訳語がいろいろいいと思う。いままで「適正技術」とか訳されていた言葉を天野さんは「身の丈サイズのテクノロジー」と訳す。そして、天野さんはこのシューマッハとNHK広島放送局が制作した「里山資本主義」というシリーズが通ずるところがあるという。178p
「スモール・イズ・ビューティフル」の天野訳が読んでみたかったなぁ。

ここに続けて、ラトゥーシュの以下を引用している。
「いまの消費社会は、経済成長によって支えられているが、その成長は人間のニーズを満たすための成長ではなく、成長を止めないための成長だ」

そして、これを70年代以降の日本にそのまま当てはまると書き、天野さんは「ほしいものが、ほしいわ。」という西武百貨店のコピーにつなげる。179p

そして、エピローグの直前、3章の最後で2012年11月24日の朝日新聞に掲載されたという浜矩子さんの講演の要旨が紹介されている。その「グローバル時代に日本が生き残る道」という講演で提起されているのは「老楽(おいらく)国家」。
それを成り立たせる概念として
1、「シェアからシェアへ」。つまり市場占有率のシェアから、わかちあいのシェアへ。
2、多様性と包摂性の出会い。天野さんは包摂性を包容力と言い替える。

エピローグでは広井良典さんの『人口減少社会という希望』やトランジッションタウンも紹介されている。195p

「おわりに」で紹介されるのは30年ほど前に久野収さんから聞いたという「別品」の話。
昔の中国では画家や陶芸家の作品を皇帝が専門家と相談してランキングしていて、それを一等を一品、二等を二品という風に読んでいて、その審査のものさしで測れないものを別品として認めていたという。別嬪もここから来ているらしいのだけど、その別品をめざすべき、というのが天野さんの主張。

で、この「あとがき」が好きだ。
 いびつにふくれあがった二〇世紀文明が、あちこちに歪みが生まれて、ボロボロに壊れてきました。
 どういうふうに歪み、どういうふうに壊れてきたか。これは六〇年間、広告という窓から世の中をのぞいてきたぼくの私的な日記みたいなものです。

 学者でも研究者でもないぼくには、あまり確かのことは言えませんが、いまはもう経済成長なんかにしがみついているときじゃない。原発の輸出で食いつなごうなんてことじゃなく、文明の書き換え作業にしっかり取りかかるときなんじゃないでしょうか。

 そう、引っ越しです。引っ越し先は、言うまでもありません。経済力や軍事力で競い合うような国じゃない、文化力を大切にする「別品」の国です。


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