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zoom RSS 「腐る経済」メモ

<<   作成日時 : 2014/03/14 07:24   >>

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正式なタイトルは
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

いつもながらの雑駁な自分用メモです。読む人は疑いながら読んでください。




本のカバーの袖の文章
人生どん底の著者を導いたのは、天然菌とマルクスだった。
どうしてこんなに働かされ続けるのか?
なぜ給料は上がらないのか?
自分は何になりたいのか?
……答えは「腐る経済」にある。
次の時代の生き方を探るすべての人へ――。


http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2183897 に上記の文章、掲載されてます。
ここに目次もあり。


著者の時代認識が現れているのは以下
 悲惨な社会状況を哀しむ怒りが、マルクスが生涯をかけて「資本論」を書いたモチベーションとなる。それから150年が経ち、社会はたしかに便利になり、モノがあふれるようになった。それでも労働者や生活者に強いられる過酷な環境は何も変わらない。
 なぜ、僕らはこれほどまでに働かされるのか? 36p


71年生まれの著者は働き始めたのが90年頃だろう。
新自由主義グローバリゼーションが世界中で本格化したのとほぼ同時期で、日本で正社員が主流でそれなりに守られていた時代を知らないわけだ。だから、素直にマルクスの時代と現代をオーバーラップできるのだと思う。

 もう少し前の時代を経験しているぼくは、労働者に強いられる環境はもう少しましだった時代もあったのではないかという感想を抱く。もちろん、その時代も底辺には過酷な環境があったのだろうが、それはあまり可視化されていなかった。いまはそのような過酷な労働環境が多くのところで普通になっているようにも思う。

で、この本のタイトルにもなっている「腐る経済」とは何か。
どうも明確に説明しているところが見つからない。読み方が荒いせいかもしれないが。

お金を腐らせる必要があるというのが、腐る経済の中身なのかと思う。
しかし、77pでは、【お金と経済を「腐らせ」てみたらどうだろう】と分けて語る。お金を腐らせるというのは理解できる。マイナスの利息をつけて、もっていたら減少させるとかいうのもそうだろう。

では経済を腐らせるというのはどういうことか、それがなかなかイメージできない。例えば、第1部の最後にはそれ以降に記述する「経済の腐らせ方」を見ていただきたい、と書かれているのだが、・・・。

どうも、腐らせることが次に豊かなものを準備するというイメージで書かれているように感じるのだが、人びとの暮らしと腐る経済の関係がなかなか見えてこない。確かにGDPを増やすことより大事なことはいっぱいあり、それが互酬であったり贈与であったり、するのだと思う。しかし、それを指して「腐る経済」と呼ぶ比喩が適切なのだろうか。「腐る経済」とは何かについては最後にもう一度。


74pでは腐らない食べ物と、時間が経っても劣化することがないおカネが「変化の摂理」から外れたものとして紹介され、以下のように書かれている。
この「腐らない」おカネが、資本主義のおかしさをつくりだしているということが、僕がこの本で言いたいことの半分を占めている。74p


そういう意味ではこの本は「資本主義のおかしさ」へのひとつの挑戦の記録。あるいは「資本主義のおかしさ」から降りる一例、といえるかもしれない。一人でも多くの人がこんな風に降りることができれば素晴らしい。もしかしたら、小さな地域でそれはある影響力を持つことができるかもしれない。しかし、だれでもできるかといえば、少し難しい。そして、「資本主義のおかしさ」をひっくりかえすためには、もっともっといろんな方法も・・・。

そして78pでは「田舎のパン屋が目指すべきことはシンプルだ」と著者は書く。それは
食と職の豊かさや喜びを守り、高めていくこと、そのために、非効率であっても手間と人手をかけて丁寧にパンをつくり、「利潤」と決別すること。それが「腐らない」おカネが生み出す資本主義経済の矛盾を乗り越える道だと、僕は考えた。78p
とのこと

それは確かにひとつの道なのだろう。しかし、資本主義経済という、もうとてつもなく巨大な矛盾に対抗するには、やはりそれだけでは足りない。

しかし、この巨大な、タイタニックのように氷山に向かっていき沈む運命にある資本主義経済から降りるための多様な救命ボートはあっていいように思う。それに乗ることを選べば、弱い者や貧しい者もそこに乗れるような救命ボートが必要なのだろう。

上に引用した部分に続いて、「菌」の営みや自然界の「腐る」循環が【僕たちの世界の味わいを深く豊かにしてくれる】とし、【それと同じように、人間も「腐る経済」によって、内なる力を発揮し、本来の生の滋味を満喫できるようになるのでは・・・。】79p 。

「田舎のパン屋」が見つけた「腐る経済」の4つの柱を紹介
*発酵
*循環
*利潤を生まない
*パンと人を育てる

この説明の中でおもしろかったのは、有機のお米ではうまく発酵しなかった菌が自然栽培の米で発酵したという話。124ー128p


少し飛ばして、このパン屋さんの休みの話し。お店を開けているのが4日で仕込みの日が1日あり、完全週休2日で、年に1回、1ヶ月の休暇があるという。こういう働きかた、いいなぁと思う。

そして、休む理由について以下のように書かれている。
・・・カラダの休息が必要だから、というのは休みが多いことの理由のひとつでしかない。どちらかというと、今以上のパンをつくるために、パンをつくらない時間が必要だと思うのだ。
 パンに打ちこみ、技術を高めていくことは大切。でも、パンしか見えなくなって、世のなかが見えなくなってしまうと、どういうパンを届けるべきかが見えなくなる。・・・
 パン以外のものに触れるこうした時間が、職人としての感性を磨き、人間としての幅を広げ、・・・ 217-8p


サティシュ・クマールさんも労働者へのアドバイスとして、給料が減ってもいいから時間を短く(例えば、週4日労働とか)するように雇い主と交渉できないか、みたいな話しを以前、繰り返ししていたのを思い出した。


そして、安全な食べ物をめぐって、いつも感じる話としての、それはおかねもちしか買えないという話。著者の大学教員の父親のゼミでやっぱり100円のパンを買ってしまうという件について、以下のようにいった学生がいたという。
・・・そのまま商品市場に流通させると、400円という値段になってしまうけれど、社会的な意義、文化的な意義を評価して、誰もが気兼ねなく買える値段にできるシステムを考えればどうか 223p
なんらかの補助金ということになるのだろうか、それもいろいろ問題がありそう。じゃあ、どうするか。


著者が書く「腐る経済」とはなにか、その比喩がほんとうに適切なのかどうかというのを昨日の朝、もう少し書き足したのだけど、なくなってる。(泣)

それに何を書いたかほとんど覚えてないし。
というわけで、再度書き始めたのが以下。


腐ることで定常系を守る。拡大再生産というような形でやたらに巨大化するのを防ぐ、そういう経済が必要という意味で使っているのだと思う。

腐る経済ってわかんないと書いたら、
フェイスブックで友人が示唆してくれたのが以下
資本蓄積を自己目的化した合理的経済秩序が「腐らない経済」、「腐らない社会」で、そこでは生産性向上を目指し、合理性をめざします。しかしそれは労働者の生活基盤の破壊によって成立している現実がある。

対して「腐る社会」とは、発酵、腐敗といった自然の力を生かす社会で、この発酵が実現するためには、基盤となる自然生態系や人間の生存基盤が維持されることが前提となる。これが生産性向上を目指さない、合理性を目指さない経済であり、「腐る経済」となる。

「腐る」=循環の成立、ですから「腐る経済」とは、労働者の生存基盤や自然生態系が維持される経済システム。というように理解したのですがいかがでしょうか?


だいたいそういうことだと思う。

大きくなったり、どんどん儲かることを目的としないで、食べていけるくらいのほどほどでやっていけばいい、というような含意もあるのだろう。

たしかに「もっともっと」という価値観が蔓延し、その価値観のままの町おこしとか地域振興がその価値観故に失敗しているということもあると思うし、この本にも少し紹介してあるように、結果として富が都会に還流していくというようなこともあると思う。

そして、著者はマルクスの言う解決策としての共産主義や社会主義ではうまくいかないだろうと書く。そこも同意できる部分。そして、それに続けて自分の小さな生産手段を所有することが大切だという。確かに、それで救われる部分もあると思う。例えば旧ソ連のようにみんなが小さなダーチャ(家庭菜園)を持つというようなことは大事だと思う。

つまり、小さな生産手段を持つというのも解決策というか、資本主義から降りるひとつの方法にはなり得るけれども、それだけで足りるってわけでもないと思う。

そして、小さな生産手段を持ってやってきた人たちが食えなくなっているという現状がある。大きなショッピングモールに押されて、地域の商店街ではシャッターが降りたままのところがほんとうに多い。そして、地域の町工場はどんどん廃業に追い込まれている。

生き残ってがんばっているところが報道されるのは珍しいから。このパン屋さんもその珍しい例のひとつだろう。
生産手段を所有して、食べれる程度のほどほどで生き残っていくのはどんどん厳しくなってるような気がするんだけど、どうなんだろう。

著者がめざしたような手段を本当にみんなが実行するのは難しい。どうすれば小さな生産手段でそこそこ食べていけるようになるのか、そこをさらにつっこんで考える必要があるのだろう。

そのヒントは提供してくれてるといえるかもしれない。それが腐らないお金に過度に頼らないということであり、拡大を追求しないで、できるだけ地域の中での循環と定常系をめざしていく、というようなことなのだろう。ま、いまはネットを使って、都市で売らなければ生活はできないだろうけど。

で、ここのパンを食べてみたくなって、東京で販売してる店を調べてみた。なかなか行けそうなところはなかったけど、いつか食べてみようと思う。


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