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zoom RSS 『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』メモ

<<   作成日時 : 2014/06/25 07:10   >>

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『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』姜信子編2014年3月みすず書房

亡くなった谺さんの最後の声。彼の死の直前に、その声を残した編集の姜信子さんの想いがそのタイトルに込められている。

読書メーターに直後に書いた感想
ハンセン病国賠裁判の支援にほんの少しだけ関わっていた頃、草津に温泉スキーと楽生園訪問を兼ねて谺雄二さんを訪ねて、話を伺ったことがある。当時、東京では国賠訴訟の支援の中心が清瀬の人たちで、彼らにウイスキーをみやげに持っていくと喜ばれると聞いて持っていった。ほんとに熱心な共産党員だったということがこの本の文章でよくわかる。党中央に対する批判は一切ここでは見られない。こここそが我が家という党への思いは、それを許さなかったのかなぁとも思う。
これは姜さんが書いている世俗的な薄っぺらい理解かもしれないなぁと読み返してみて思った。


文学について、塔和子を闘わない詩だと批判し、「癒し」としての文学を批判する。そして、「癒しだったら、文学なんて、とっくにやめてるよ」と言い放った上で、以下のようにいう。
思うに、文学というのは、みずからの命を開発することなんじゃないか。物事は開発しなきゃ、開かない。進みもしない。命だってじっとしてりゃ、鎮座ましまして、終わっちゃう。そういうわけにはいかないだろ。開発していかなきゃ、命の開発、それが文学だと思うんだよね。130-131p
このあたりはオールド左翼としての谺さんの面目躍如という感じ。自分で道を切り開いてきたという自負もあるのだろう。「ありのまま」では満足しない進歩主義史観。そういう人だったのだろうなと思う。あとで出てくる宮崎駿批判とかにもつながるものがあるのかもしれない。


165pに掲載されている「病床を戦場に」という詩。ここでまず気になったのが「ベトナムにはライ患者はいない」という表記。これはどういう意味なのだろう。ベトナムにハンセン病の患者がいないわけはなく、現にぼくは療養所に行ったこともある。そこに友だちの友だちがいたからなのだが・・・。

そして、レ・バンクエンという固有名詞が出てくる。ぼくは今まで、その名前を知らなかったので検索してみたら、以下のような記述がでてきた。
 私がベトナム戦争を全身で実感したのは、南ベトナム民族解放戦線のゲリラとみられる若者レ・バンクエンが、南ベトナム政府軍に、サイゴン市中央マーケット前広場で公開銃殺された時である。65年1月29日のこと。
この本ではこの詩が1953年と表記されているのだけど、ベトナム戦争の時期を考えると、やはりこれは間違いなんじゃないかと思う。

順は前後するが編者は谺と共産党の関係について以下のように書く。
谺の共産党入党は1955年。それは谺にとって、社会とつながるということと同義だった。家族からも切り離された孤立無援の人権闘争を闘いぬくには、なんとしても「つながる」ことが必要だった。134p
そして、この本を読む限りでは、死ぬまで本当に熱心で中央に忠実な共産党員だったようだ。

また、この直後には詩を書くことも「つながる」ことであり、恋をすることも「つながる」ことだと、この本の編集者は書く。


40歳に始まり40年続いているという彼の恋愛。国賠訴訟に勝利した時、参議院の厚生労働委員会での証言でこんな風に証言したという。
「私にとって希望という言葉は、実のところ辞書の中の概念に過ぎないと思って生きてきあした。だけど、この裁判に勝って、それは概念にとどまらないんだ、われわれも人間回復したんだ。だから希望を持ってもいいんだとこの判決は教えてくれました。それで、私は聞いて欲しいことがある。私は長年恋愛をしています。しかもその人は健常者だ。私は彼女に結婚してくれとは言えませんでした。希望というのは、結婚してほしいと言えることではないのか・・・」
258p そして、それを紹介したあとで、「今でも毎晩彼女とは電話しているよ。今でも彼女のことを思うとドキドキするよ」と語る80歳の谺さんはなんかいい。


あと、知らなかったのが「幽霊一家」と題する鬼太郎の誕生の物語。なんと「目玉のおやじ」はハンセン病だった。286p〜
ハンセン病の溶けた顔からでてきたのが、目玉のおやじだという。その描き方に谺さんは異を唱えてもいるが。
そして、その誕生の話が隠蔽され続けていることが問題だと谺さんはいう。水木しげるの展覧会でも境港の水木しげる記念館にもその話は出てこないらしい。ハンセン病問題を理解した上で、この誕生の話が記念館などに展示されてしかるべきだと思う。

また、このエッセイの末尾では「もののけ姫」について、そこでのハンセン病と誰もが想像できる集団の描き方が許せないとし、『「愚作」と断じ、心から軽蔑してやまない』と書かれている。
291p
ぼくは、そこに宮崎のハンセン病への片思いのような感情を感じたのだけど、このあたりが谺さんらしい部分なのかもしれないと、生前は一度、表面的な話などを聞いただけで、彼の人柄など、全く知らなかったぼくは勝手に想像してしまう。


310pでは楽泉園の将来構想について書かれており、そこでは特区を活用とある。楽泉園をかつてなかったような温泉治療施設にするのはいいと思うが、特区はどうかと思う。

編者あとがきで姜さんはと以下のように書かいている
。この本の中には痛切に突きつけられる問いの数々があるが、ぎりぎりと骨身に刻み込まれたのは「社会も国家も自分以外のなにものも命の支えとならない時に、人は何によって生きるのか?」というシンプルで困難な問いであり、この本を通して谺さんは「人と人とのつながりによって生きる。つながりを断たれた者は、命がけでつながりを求める」と、その問いに応える。
336p

そして、姜さんは「ハンセン病国賠訴訟に最初に立ち上がった人々の多くが、「草の根の共産主義者だった」ということに注目する。これを「政党の組織力といった薄っぺらい世俗的な政治のレベルに貶めて考えると大きな間違いを犯すのではなかろうか」と書く。コミュニズムの理念を純粋な形を信じて守り育んできた人たちが療養所にこそいたのであり、であり、その人たちに日本社会の現在のありようを問われているのは療養所の外に住む私たちの方だというのが姜さんの主張だ。337p


さまざまな権利を奪われ尽くされたところから立ち上がった彼らから学べることは、まだ少なくないのかもしれない。

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