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zoom RSS 里山資本主義について考えること 批判的考察(十日町市地域おこし協力隊 村山祐太さん)

<<   作成日時 : 2014/10/21 07:08   >>

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若い友人が書いてくれた文章。

http://tu-ta.at.webry.info/201410/article_4.html の最初の方で紹介したのだけど、「一極集中の資本主義のアンチとしては面白いと思う一方で、自然との向き合い方として根本的にまずい」と教えてくれのは彼。十日町市地域おこし協力隊の村山祐太さん。そこのところをもう少し詳しく書いてくれました。

面白かったので、頼んで、ぼくのブログに掲載させてもらいました。これについてのぼくの感想は追って書きたいと思っています。


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里山資本主義について考えること 批判的考察

      十日町市地域おこし協力隊 村山祐太

藻谷浩介著「里山資本主義」は、自然愛好家や地域活性化を志す多くの人々に読まれている。内容は、高度経済成長を支えてきたマネー資本主義の行き詰まりから来る現代社会の病理を機に、元来あり続けた里山の営みから人間本来の幸福論を説き、マネーに依存しない経済システムへの帰化をこれからの時代に求めていこうというものである。中央集権型の資本のあり方への問題提起、そして地方の資源の再評価、また第一次産業から構築する産業のあり方を見直し、脱成長型・脱成長依存型の経済モデルを提唱する点では、農山村地域の暮らしの活性に寄与できるもので大変歓迎すべき本だと考える。


「里山資本主義」成長後の姿

「里山資本主義」が拡がり、成熟を経た先の未来を描くと、千葉大学・広井良典氏の提言する「定常型社会」が見えてくるだろう。つまり、地域経済が循環し、各地域のローカリズムとしての市民団体の発展、福祉性の向上、雇用の安定化が持続可能な形で、それぞれの地域の個性を持って実現されることが期待される。多元化社会の中のライフスタイルの一つとして「里山暮らし」は多くの若者が選択し、大学卒業後の進路にそれぞれに合った地域に溶け込んで、「里山資本主義」を実践し、「定常化社会」の継承を担っていくことだろう。

邑南町「耕すシェフ」、山崎亮市による海士町のコミュニティデザイン等の地方自治体の移住者呼び込みの事例、もしくは上勝町の葉っぱビジネス「いろどり」、馬路村のゆず製品など農村での商品開発での成功事例も多く出ていて、地方の経済性の確立が(田舎暮らしの本質とも言える「非市場」の暮らしの領域を担保しつつ)進み、その先に「里山資本主義」としての実践のためのフィールドがますます広がっていっているというのが「地域の再生」「地域おこし」という業界に関わる人々の評価の一般であろう。


「自然との向き合い方として根本的にまずい」という点

しかし一方で、この書籍に欠けている視点としてあげたいのが「身土不二としての地元土着民の視点」と「自然の資本評価からの脱却の意義」と考える。

「身土不二としての地元土着民の視点」

多元化社会の中の選択肢として広がる「里山資本主義」、しかしこの評価を認められるのはマネー資本主義・一極集中の資本主義に対する論理としてであって、人間の暮らしとして自然と共生する農村のあり方を求める道程で見つめると、「本来」の農の姿との乖離点が根本的な部分にあり、これが「里山資本主義」の論理では埋められない故に批判を申し立てる。

「里山資本」に賛同して「選択的に移住」してきた民ではない「代々の農村住民」は、損得勘定を乗り越えて「家」を継ぐことでその場所に留まっている。生まれてからその場所で、人・土地・文化との交友を築き続け、その場所とはつまりその人そのもののことである。「血縁」がその土地に留まって築かれるからこそ「地域文化」はそこに醸成され、「昔ばなし」など含めあらゆる民俗は「血縁」「地縁」あってこそ守られてきた。このひとつの生活圏である組織が「ムラ」で、ムラは内部の中でのみ発展・継承されてきた。つまり移住者への土地の譲渡ではなく、「一世代預かり型の土地所有」という代々の土地管理となり、血縁による分家と彼らによる新規耕作がムラを発展させた。だから農村住民が口々に言うのは、
「池谷集落※は村としては閉じる」(※集落に仕事を起こし、若者移住者の呼び込み運動により限界集落の状況を脱し、奇跡の集落と言われる。)
「カールさん※は竹所集落を乗っ取ろうとしている」(※古民家再生で有名なカールベンクスというドイツ人建築家。竹所集落内にカール氏のデザインした家を多く作り、移住者を募っている。現在半分が移住者となっている。計10世帯)
など、移住者が利用する里山に対する「ウチ」と「ソト」は違うものという認識の声である。

ムラの人達にとって、そこにある里山はムラの人々が共働によって守ってきたものであって、ヨソ者が私的に利用することは「本来」の農村として「人(血縁)」「土地(自然)」「労働」が一体化してきた姿とは全く別のものとなる。

「資本」とは人から分離された資源のことであって、資本主義は人が土地に根付いた「土着」を不要とし(ムラの共働による所有は外からの私的利用を受け付けない)、多元化された選択肢による「里山」を求める(これによって私的利用の権利を確保する)。それを利用するかしないか、価値があるから利用すべきだというのが「里山資本主義」の自然の向き合い方となるだろう。

一方で農村の伝統的な暮らしは、里山を人から分離されたものとして見ることはなかった。「自然(しぜん)」という言葉は、西欧から入ってきた英語「ネイチャー」という客観的科学対象として扱う自然への訳語である。それまでは「自然(じねん)」であり、人から分離して扱う対象ではなかった。人が生きるとは里山に直接頼るという事で、自然と同化して捉えられていた。足尾鉱毒事件の最中、土地の譲り渡しを迫られた谷中村の農民が答えた言葉、「私たちがこの自然を所有しているのではなく、この自然に私たちが所有されている(自然の所有物である)」は、この認識をよく表していると思う。

しかし近代農学とは、土地というのは「人の暮らしを包摂した自然」ではなく、食糧の生産資源として扱うようになった。このように人の暮らしと農業を別のものとして考える農学を「デカルト的・ニュートン的パラダイム」と言って祖田修は批判している。この視点を要さない「里山資本主義」を「自然との向き合い方」という点で私はその欠点を指摘する。

そして訴えたいのは「マネー資本主義」の限界から「定常化社会」のために、里山があるからそれを大事にしていこう、という「状況の俯瞰」による地域の見つめ直しという外在的な捉え方が本義なのではなくて、その時代変化に振り回されてきた農村のその中身からの視点を持って時代を築いていくことが最も必要なことだと考える。上記の声の通り、ムラ社会は移住者の私的利用を必ずしも歓迎はしない。里山を私的利用するだけの自己実現タイプの移住者なら、「ウチ」のムラ住民にとっては不本意とはならないのか。それゆえ「里山暮らしの礼賛」に終始するだけの著作であれば都市住民への里山幸福論の呼びかけでしかなく、肝心の里山を紡いできた暮らしの本質が何なのかという事を農民の視点から一緒に理解を深めようという出発がそこにはない。

農民は子に農業と土地と文化を継承させたい、だけどそれが出来なくなった。地方の再生に求められるのは「里山資本」主義ではなくて、純粋に、農村の形が壊されないような政策的取り組みではないのか。農村の「本来」の暮らしが守られてこそ、現代資本主義の危機的状況は回避できる。具体的には、時事としてはTPPの反対、中長期的には食糧各種および木材の貿易自由化や減反調整の自省的改正、農業基本法の検証から地域自給を保護するのが農村住民の求める声の大多数であろう。

その先には、多元化社会の中、(人と土地の離反・流動を前提とする)ライフスタイルとしての選択肢としての「里山暮らし」ではなく、「血縁」「地縁」による「住める場所はここしかない」故郷としての伝統的な農村が築かれる。農民が求める未来も、ここにあると捉えている。 ※一方で「伝統的農村の悪習」も方法を磨けば克服を図っていけるはずだと考える。

「自然の資本評価からの脱却の意義」と考える。(読書直後メモ※1月)
書籍でも一部触れてはいたが、もっとも評価すべきはそもそも経済に関わらない生活次元があるということであり、その幅を広げていくことが勘所となる。ジャムに加工して雇用を作るのや木材でエネルギーを供給するビジネスの礼賛もいいが、ゴミ収集だって土建業だっていいから農的・地域的に生きていることが素晴らしいのであって、エネルギービジネスよりもそこにある木を無駄にせず暖をとる行為自体が人間本来の暮らしなのだということが前提に来るべきである。

人間のニーズの充足を商品に向けるのではなく、自然に向けることが現代社会に必要な姿勢で、不安払拭のための安定資本としての評価として自然に目を向けていくことは結局資本主義の限界がもたらす課題からは脱却できないままである。

土地の上で表面的に人・モノ・お金が流動するという資本主義の土台自体を振り払って、その自然の歴史軸・空間軸・そして構造が文化・伝統であるという認識を深めることから、資本主義の課題を克服する道としては活動していきたい。

補足
内山節さんにお会いした際に伺いましたが、「里山資本主義」内の木質バイオマス発電、使ってるのは地域内の木材ではなくて、外国の木材だそうです。「だったら港に発電所作ったほうが効率いいですね…」なんて話しましたね。

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