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zoom RSS 『日本に絶望している人のための政治入門』メモ

<<   作成日時 : 2015/06/23 07:33   >>

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誰かの書評か何かを読んで、意見がはっきり違うことはわかっていて、読み始めたのだけど、確かに『日本に絶望している人』の一人ではある。しかし、『日本に絶望している人』が読んでも、その絶望感が和らぐとは思えない。以下、読書メーターに書き残したメモから


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違う意見を読んでみようと思って、読み始めた本。当然、意見は違うし、つめが甘すぎるんじゃないかというような部分もあるが、説得力のあるロジックも少なくない。彼女とであれば、ちゃんと議論をつめていけば、新しい何かが見えるかもしれないとも感じさせる。と思ったのだが、この本から少し離れて。「三浦瑠麗という危険な若手女性学者」というブログ記事 http://blogs.yahoo.co.jp/kinakoworks/13112404.html が面白かった。やはり危なそうだ
6月9日 -


本の紹介サイトは http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610105 インタビューにもリンクしている。 左翼としては「闘え左翼! 正しい戦場で」とか言ってないで、自分で闘ったらどうでしょう、と言いたいところ(笑)
06/11 02:52



著者は自分の政治に関する思想を貫くものは「コンパッション Compation 」だと書く。それはブログ山猫日記にも書いてある。http://lullymiura.hatenadiary.jp/entry/2014/01/07/112441  ぼくもコンパションという言葉に惹かれていて、それは http://tu-ta.at.webry.info/201305/article_1.html にも書いている。 ちなみにぼくのが少し前だよ
06/11 06:47



で、そのコンパッションについてこんな風に書いている。「私のコンパッションとは、いわば積み重ねられた絶望感の上にやっと成り立ったものであって、憎しみや怒りを超えてようやっとたどり着いた戒めのようなものです」14p 宗教家たちもこんな風にいうが、ぼくは憎しみや怒りを超えないコンパッションがあるのではないかと思う。
06/11 06:54



そして、気になったのが、この本ではネオリベラリズムという言葉がまったく使われていないこと。ブログでも使われていない。 ネオリベラルという言葉を使わない不思議。ネオリベをリベラルと呼びたくないからなのか? しかし、そのことで読書を混乱させているのではないか?
06/13 02:16



著者は村山政権の自衛隊・日米安保を容認した時がリベラル勢力の生まれ変わり、自由のあとに来る社会の主導権を握りチャンスだったのに、リベラルな人たちはそれを逃したのだ、と暗に責めるのだが、根拠は示されない。普通に考えたら、あそこで衰退が決定づけられたのではないか、
06/13 04:07



20pで著者は非武装中立という選択肢はありえないというようなことを書いている。確かに日本のような大国がそれを貫いたという経験を人類は持たない。では、聞きたいが飢えて死ぬ人があとを絶たない社会で戦争(人殺し)のために莫大なお金が費やされる社会は正常なのだろうか?
06/13 08:50



確かにいままでそれがなかったとしてもそこをめざすという憲法9条の理念を実現するための努力を放棄していいとはぼくは思えない。
06/13 08:51



1991年の湾岸戦争への反対も「自己中心的な主張にしか映らない」(20p)と書かれている。あれが国連軍ではなく、多国籍軍だったという理由があったのではないか。覚えてないけど。
06/13 08:55



また、22pでは「福祉の充実を訴えても、その財源に関する具体案はない」とリベラルを非難し「先行きが混沌とする中ではシステムの全体像を理解できない経済音痴ぶりを露呈」とまで書く。確かにそういうリベラル勢力が主流だったかもしれないが、ちゃんと財源のことを主張している勢力がいることは少し調べればわかるはずだ。 また、経済成長に寄りかかった従来の延長でしか考えられていないTPPなどがほんとうに経済を救うと考えているなら、それこそがシステムの全体像が見えているのかと思うのだが、どうなのだろう。 く
06/13 10:13



著者は福祉について、「インセンティブ設計」の重要さを説く(24p)。日本にはそれがないと。そういう面は確かにあるとは思う。そして、そのインセンティブをぶらさげるのではなく、彼女や彼がインセンティブを持てるようにする支援が必要なのだと思う。
06/14 07:21



同じ24pには中身のなかった「ゆとり」導入批判。たしかに「ゆとり」導入時に、その中身が準備されていなかった問題はあるが、だから、教師間の競争を入れろというのは解決策にならないだろう。
06/14 07:24



「肯定形で、いまのようではない社会の姿を語れ」という主張(26-27p)には同意できる点も多いが、じゃあ、著者がそんな形で語れてるかといえば、中身はほとんどないような気がする。
06/14 07:28



29-30pでは以下のように書かれている。
…日本のリベラル勢力があまりに現実味に欠ける平和のための手段(=非武装平和など)の構想を持っていたがために、日本のリアリズム勢力は、ひたすらそれを打ち砕くことに心を傾けます</blockquoteそれに続けてリアリズムを主張して理想まで否定する勢力を批判するのだが、「非武装平和」という理想のために具体的に何ができるかというロードマップが書けていないことが問題なのだと思う。
06/14 07:45



2個前に書いた「ゆとり教育問題」ちょうどいま、内田樹さんが以下のツイートをしているのを見た。内田樹さん RT @levinassien: 学校の存在理由は「共同体を支える次世代の子どもたちの成熟を支援すること」であって、権力に服従するイエスマンを育てることでも、グローバル資本主義に最適化した「人材」を育てることでもありません。その目的の違いが学校に対する政治と市場からの暴力的な圧力を生み出すのです。
06/14 08:05



「リアリズムという宗教」という節の最後で、リベラルも保守も隣り合って生きていかなければならないというのが結語になっている。そこにみるべき点はあると思う。しかし、同時にその区分けで政治を語るところに無理があるような気がする。
06/14 08:26



46pでは【日本のメインストリームであったリベラル系メディアはこれまで指導者に在任中「靖国参拝しない」「歴史認識を問う」という踏絵をその都度迫ることで、保守派を陽の当たらない存在たらしめることに一役ならず、何役も買ってきました】と著して、『それは必要なことだったかも』、とも書くのだが、欧州の歴史で歴史修正主義者に場所が与えられることはなかったはず。
06/14 10:17



49pでは、彼は彼の取り巻きの右翼議員とは違い、右翼思想は持っていても現実的な政治家で、なんでも犠牲にして思想信条を追求することはない、と著者は書いているのだが、この間の安保法制をめぐる議論を見ているとそうは思えない。
06/14 10:43



著者は、総理個人にとっての主戦場が外交政策における保守主義の貫徹だとすると、その求心力を維持するために3つの選択肢がある、として、1、成長重視の路線が維持することを祈ること。 2、アベノミクスの第三の矢の構造改革に思い切り踏み込み、反利権構造の旗を掲げる。 3、保守思想の裾野を広げる。をあげる。 50p (続く
06/15 00:08



続き)そして、この3つをあげたうえで、同時にこの路線は自民党が普通の保守政党への道を歩むことだから、リベラルがまとまり、再び政権交代のプレッシャーにさらされるだろうと主張(51p)して、この弱者認識の奪い合い」という節の結語に向かう。その結語とは、リベラルが行ったような「排除の論理」が自らの首を絞めるというものなのだが、この前提を含めて怪しいと思う。
06/15 00:16



そして、三浦さんが一貫して主張しているのは、国民は安倍晋三の右翼的な政治思想を含めて、選挙で信任を与えたのだ、という部分。実際のところ、どうなのだろう。少くとも、40%が投票しなかったという事実はあるし・・・。しかし、それを明確に否定することもできないのがずるい出し方だと思う。
06/15 02:00




この本から少し離れて。「三浦瑠麗という危険な若手女性学者」というブログ記事 http://blogs.yahoo.co.jp/kinakoworks/13112404.html が面白かった。 結語部分だけ引用 /「外交安保政策においては、この不敵なモナリザ・スマイルをたたえる「ルリー・ミウラ」が日本における強力なスポークスパーソンになることは間違いないだろう。/ そして、日米の官僚機構が推し進めるさらなる日米同盟のグローバル化を、美貌と詭弁を駆使して、お茶の間にお届けするに違いないのである。/ 続く
06/15 05:06



続き)  そして「日本政治に絶望した一般庶民」はさらに絶望のどん底に叩き込まれることになるのである。 / 「日本のリベラル男子諸君、ネトウヨ男子諸君、東大話法に騙されるな、それが美人の女教授であっても」〜〜〜引用ここまで
06/15 05:07



本に戻って、  著者は安倍政権が軍事費を増大させたことを擁護する。「あげたといっても10年前の水準に戻しただけ」(58p)と強弁するのだが、今年度の予算では「防衛費は3年連続の増額で過去最高となる4兆9801億円」。そのほとんどは人を生かすためではなく、殺すためのお金だ。そして、背景には突出する財政赤字もあるなかでの伸びだということも見ておく必要があるだろう。
06/16 05:29



また、58pでは、メインストリームの政治家で核武装や空母などの導入を考えているものはいない、というのだが、これも怪しい。彼らはいま言ってないだけで、潜在的核武装能力を手放そうとはしないし、「いずも型護衛艦」は米国が持つ巨大な原子力空母と比べると小さいが、世界水準では立派な軽空母だろう。
06/16 05:35



さらに次のページ(59p)では中負担・中福祉で基本的人権や個人主義を尊重し、防衛主体の軍事力の保持というコンセンサスが存在しているというのだが、自民党の憲法草案をみると、そこを突破しようと試みていることは明らかなのではないか。ま、さすがにこの憲法草案については彼女も否定しているが。
06/16 05:38



1章の結語(60p)として著者は、現政権への「右傾化批判」は歴史認識はそうだが政策には反映されていないから杞憂だと退け、その保守主義は戦後民主主義の果実の上に築かれている、と主張する。その戦後民主主義の果実を現政権が少しずつ掘り崩そうとしている現実はあえて見ようとしていないようだ。
06/16 05:45



65pで、著者は日本には分断がないとした上で、「日本の地方は全部保守で、全部自民です」と断言する。まず、そこに沖縄は含まれない。それは日本ではないという主張なら、ラディカルなのだけど。日本の地方がかつて堅牢な保守基盤で、この間基本的に自民党に支配されていたという事実はあるかもしれないが、それは揺らぎつつあるのではないか。
06/16 05:52



戦後のリベラリズムをGHQが主導したという主張(70p〜)は、そういう面があるのを否定できないが、その後は官僚組織がそれを擁護したという主張も含めて、リベラリズムが徹底したものではなかったが故にさまざまな社会運動が存在したという側面はここではまったく捨象されている。
06/17 07:47



そして、今後の日本政治の展開の鍵は保守二大政党制が出現するかどうかだ(73p)というのだが、この主張もにわかには頷けない。
06/17 08:31



【「維新」と反エスタブリッシュメント感情】という節では維新を高く評価し、例えば82pでは、大阪の放漫な財政を大幅に改善したと、維新を高く評価する。(大阪市の借金が増えたなどのデータも見たことがあるが、実際のところはどうなのだろう?)そして、この節の結語では、「維新は自民党と安倍政権へのもっとも本質的な挑戦」とまで書くのだが、ぼくには補完勢力のように見える。数年後にどちらの評価が正しいか明らかになるだろう。
06/17 12:44



【アベノミクスの歴史的位置づけ】(86p〜)という節では、アベノミクスが過小評価されているという。 3つの理由があげられていて、ひとつめはまだ成果が出ていないから、というのだが、成果が出てないものが評価されないのは当然で、これからも出そうにないのではないか?他の二つの理由もどうかと思う。
06/19 02:21



著者はさかんに自らのことをリベラルだと繰り返すのだが、それはイラクやアフガンでの虐殺を恥じない米国民主党のようなリべラルなのかもしれないと思った。
06/19 02:28



「安倍政権はちゃんとしている」(110p〜)とか書かれているのだが、よく読むと、納得できるような根拠が示されているようには思えない。最初に紹介した「三浦瑠麗という危険な若手女性学者」というブログ記事 http://blogs.yahoo.co.jp/kinakoworks/13112404.html に書かれていることがほんとうなんじゃないかと思えてくる。
06/19 05:41



127pからは「地方創生」について。いまの安倍政権のやっている「地方創生」がダメだという結論までは理解できるのだが、彼女が主張するアイデアは解雇の自由化だったり、所得税のフラット化。
06/20 02:39



そして、くり返しTPPやEPAなどの新自由主義的な改革の促進を評価もしている(128pなど)。それらい問題は何もないと考えているようだ。
06/20 02:40



ただ、彼女の過去20年の大きな変化についての観察には同意できる。ま、あたりまえの話だが。2点を挙げており、ひとつは経済のグローバル化の進展であり、もうひとつは労働者の非正規雇用の拡大(4割に達している)。前者についても、それを肯定的に捉えているようなのだけど。129p
06/20 02:41



彼女の主張で、ほとんど唯一?、聞くに値するなぁと感じるのが、非正規労働の問題の告発135p〜。この構造的な不平等が日本の民主主義の問題でもあると主張する。ここはまったくその通りだと思う。北欧やオーストラリアでは時給が1500円から2000円になっているという。同一価値労働・同一賃金の主張も。また、日本の官僚や財界の政策担当者は非正規労働のリアリティが感じていないだろうという意見も同感
06/20 02:41



そして、労働組合のその問題への取り組みがまだ不十分だという主張も納得できるし、2000万人もいる未組織労働者の声を組織できていない政党の不甲斐なさもそのとおりだと思う。しかし、その声を政党がちゃんと拾うのは困難だろう。どうすれば、その大変さが投票行動に結びつくのか。もしかしたら、投票に行かない60%の多くに非正規労働者も多く含まれているかも。教育をはじめとする今の体制(反体制も)が人々から政治を遠ざけているのか
06/20 02:50



そして、労働組合のその問題への取り組みがまだ不十分だという主張も納得できるし、2000万人もいる未組織労働者の声を組織できていない政党の不甲斐なさもそのとおりだと思う。(142p)   しかし、その声を政党がちゃんと拾うのは困難だろう。どうすれば、その大変さが投票行動に結びつくのか。もしかしたら、投票に行かない60%の多くに非正規労働者も多く含まれているかも。教育をはじめとする今の体制(反体制も)が人々から政治を遠ざけているのか
06/20 02:51



そして、著者は共和主義に基づくフェミニズムが重要だという。個人主義に基づくフェミニズムには二つの致命的な弱点があるという。  1、個人主義の選択を重視すると専業主婦という選択も含むので、その権利を取り込む結果、内部対立を抱くことになった。 2、出生率の低下とぶつかった。168-169  それは個人の選択を不可侵の権利だと認めた上で、子どもを共同体でとして大切にし、子どもを育てる家庭をサポートするものと説明するのだが、その程度のことは個人主義に基づくフェミニズムも主張してきたことだと思う。
06/20 07:07



次に彼女が例示する子どもをサポートする政策で、例えば母子手帳を親子手帳に変えて男にも責任を持たせ、夕方の迎えもさせろというのは納得せくる話だが、保育園のサービスを金持ちと貧乏人で差別化せよ、というような主張(そういう言い方はしてないが、そういうことだ)131p はいただけない。
06/20 07:14



「集団自衛権論争の本質」という節では、冒頭で以下のように書かれる。要約すると「行われている論争に辟易する。論壇に最も足りないのがコンパッションという立場から、イデオロギーの踏み絵を突きつけられることにイヤーな気分になるが、あえて踏まないといけない場合もあるだろう」とのこと。コンパッションをいうのであれば、辟易する前になぜ、そのような論争が起こるのかと当事者への内在的な理解が必要なんじゃないかと思った。
06/21 02:52



ここ(155p)で紹介されている田中均さんの「まず集団的自衛権の行使容認ありきではあるまい/ 安全保障体制の強化のためになすべきことは?」http://diamond.jp/articles/-/53309 を読んでみた。これは、この著者のものよりはるかに手ごわそうだ。
06/21 06:47



158pでは「殺戮を止めるには軍隊が必要で、それには兵士が必要、そこには犠牲が伴う。しかし、日本人はそのことに向き合ってこなかった」と主張。それ自体は現状では間違ってはいないが、殺戮を止めるのは軍隊だけではなく、さまざまなアプローチが必要なのも間違いない。そこで、どのような役割を果たすのか、という伊勢崎賢治さんの問題定期を、三浦瑠璃さんにはお返ししたい。
06/21 09:35



158pでは「殺戮を止めるには軍隊が必要で、それには兵士が必要、そこには犠牲が伴う。しかし、日本人はそのことに向き合ってこなかった」と主張。それ自体は現状では間違ってはいないが、殺戮を止めるのは軍隊だけではなく、さまざまなアプローチが必要なのも間違いない。そこで、どのような役割を果たすのか、という伊勢崎賢治さんの『日本人は人を殺しに行くのか』での問題提起を、三浦瑠璃さんにはお返ししたい。
06/22 06:02



著者の集団自衛権の解釈変更に関する理解が端的に現れているのは162pの以下。「集団自衛権の解釈変更は、日本の民主主義がたどり着きつつある、コンセンサスとはとてもいえない、けれども不可逆的な変化の方向性なのだと思います」 そして、この直前に「(戦後の安全保障に関する)ガラス細工の支柱の多くは安全保障環境の変化と国民の意識変化の前に姿を消した」とある。果たして本当にそうか?
06/22 06:11



さっき、少しだけ紹介した田中均さんの「まず集団的自衛権の行使容認ありきではあるまい/ 安全保障体制の強化のためになすべきことは?」の結論はぼくが考えているものと大きく異なるが、「まず集団的自衛権の行使容認ありきでは」なく、他にやるべきことが数多くあるという認識は共有できる。いちばんやるべきは中国との緊張の緩和ではないか?(緊張感をなくすわけにはいかないだろうが)
06/22 06:16



しかし、この本の著者、三浦さんが書いてるように「(戦後の安全保障に関する)ガラス細工の支柱の多く(が)・・・姿を消した」わけではないにしても、消しつつあるのは事実かもしれない。そこで、米国を信頼してついていくしかないというのが、安倍政権や三浦さんの基本的なスタンスなのだが、米国と喧嘩しないで、かつべったりでもないという新しいガラス細工が求められているようにぼくには思える。
06/22 06:24



163pで著者は「原発問題では反対派の急進的な態度によって少なく遠消極的な容認派が増えた」というフレーズがなにげなく使われているのだけれども、そんな事実は検証が可能だろうか?推測の域を出ないように思う。三浦さんの周りで数人そういう人がいたかもしれないけれども。
06/22 06:27



この「集団自衛権論争の本質」という節の結語部分(166p)で、著者は、国際的な常識に則って、同盟国との集団的自衛権の行使については(保守的であるにしても)当然だと主張し、そのすぐあとで国際的な問題の解決につながらない武力行使には反対すすべきだと書くのだが、日本政府がいままで米国の武力行使に一度お反対していないという事実はここでは隠されている。
06/22 06:34



次の節(167p〜)は「闘え左翼、ただし正しい戦場で」というタイトル。本気で書いてるとしたら、左翼へのコンパッションの間違った使い方だ。自分は評論だけして闘わない奴がいちばん嫌われるってことを理解していない。馬鹿にしてるなら、そうなのかと思うけど、しかし、どうも本気で書いてるようで、三浦瑠璃という著者の人間性が現れているところかもしれない。
06/22 06:41



この節に書いてあることは単純で、「集団自衛権の行使などあたりまえの話なのだから、そことか、歴史認識の問題に反対するんじゃなくて、「地方、女性、非正規」の問題こそが戦場だ、というもの。「闘え」と発言する自分の存在を抜きにして、こんな風に言える人にコンパッションとかいう言葉を使って欲しくないと思う。
06/22 06:47



「Gゼロの世界」という節で、合理的な対中戦略として「中国人が日本に持っている権益があまりに大きく有望という状況をつくればいいと書く。(179p)  米国と一緒に戦争できるって話より、そっちが先だろうと思った。
06/22 07:49



「日韓関係の未来」という節では、現在のこの成り行きは成熟の過程での必然とか書かれているのだが(213p)、日本の外交官の質はなんだか劣化してるように思えるのはぼくだけだろか?昔の外交官のことは知らないけれども、浅井基文さんとか、もう少し良心的な人がいたような気がする。
06/22 23:40



とはいうものの、日本の外交が韓国側の変化に対応できなかったことに、現在の不幸な日韓関係の原因があるという話(217p)は納得できる話だ。しかし、今後の方向性として、日米韓の戦略的利益のために韓国内のリベラル系勢力との関係構築を、と書かれてしまうとひっかかる。リベラル系勢力との関係構築を中国を含めたアジアの安定のために求めるべきではないか。
06/23 00:14



最後の二つの節は沖縄に関するもの。「日米同盟と沖縄」「沖縄県知事選とアメリカとの付き合い方」。ここで、著者は沖縄への基地依存を日米安保を維持するという観点から「いいことなのか、疑問がわきます」(222p)と書く。そして、「現行の日米同盟のあり方、特に沖縄における基地のあり方に反対でありながら、かつ親米であること、かつリアリストであることは可能なのではないか」(225p)と主張する。ここで、見えてくるのは、こういう勢力を含めて、いまのオール沖縄が存在するということだろう。(続く)
06/23 00:35



(続き)オール沖縄の意義を認めながら、しかし、やはり危ういという認識もちゃんと持つ必要があるのだろう。沖縄の保守の危機感は、このままでは日米安保の存続すら危うくなるというものなのかもしれない。オール沖縄という呉越同舟が、いまは必要だと思うのだが、その先をちゃんと見据える必要はあるのだと思う。
06/23 00:39



233pでは米国が東アジアでのコミットメントを減らしていくのは必然として、4つの選択肢を提示する。 1、撤退の現実を受け入れず、米国にすがりつく。 2、米国に頼らない自主防衛論戦の強化。 3、中国への擦り寄り。 4、アジアの他国と中国包囲網をしく。 そして、以下のように解説する。 1は現状の延長ではこうなりそうな選択。2は財政が持たない。 3はスマートにできれば支持層もいるだろうが、中国の民主主義の問題はどうか。 4は、他のアイアの国は乗ってこないだろうし、まあ、梯子を外されるのがオチ。 (続く
06/23 01:39



続き)というような説明をしたあとで、著者は5番目の解決策を提示する。「アジアの経済・政治・安保分野における協力と統合の動きを主導する」(234p)というもの。これしかないと書く。ここは珍しく意見が近い。主導するのはどうかと思うが、この方向への促しは必要だろう。しかし、今の政治家や官僚のレベルでは難しだろうなぁと思う。
06/23 01:45



そして、沖縄をアジアのハブに、というのが「日米同盟と沖縄」という節の結語に置かれる。正確には東アジア、あるいは北東アジアのハブなんじゃないかと思うけど。米軍基地を撤去して、「不戦の北東アジアのシンボル」になるのは悪い話ではないように思う。
06/23 01:49



最後の節で著者は、日本政府は米国とのあいだに本当の意味での信頼関係を形成できていない、同盟とは一緒に血を流すことだから、それに関する国民的同意が作れないから、やめたらいい、とまで書いている(249p)。ぼくもやめたらいいと思うけど、三浦瑠璃さんの論理ではやめるという選択はないはずなんだが、そういう風に書いてしまう人なんだなぁと思った。
06/23 04:30



そして、その直後で書いている部分も同意「信頼関係がなく、米国になすべき主張できない日本政府」著者はそれを形成し、信頼関係を作って、総理は以下のように米国大統領と交渉してはどうか、と書く。  「沖縄の基地を集約したい。観光で生きている沖縄の自然を壊すのは、民意が持たない。ついては、嘉手納統合でもいいので一緒に知恵を出せないか。お宅の外交官も軍官僚も頭が固いみたいだけど、何とかしてくれ」。こんな風に総理大臣が本気で訴えれば米国大統領は聞いてくれる、というのが彼女の主張(249-250p)。 (続く)
06/23 04:42



続き)そして、そのためになんらかのカード(例えばロシアか中東か中国のサイバー攻撃への共同対処か、おそらく最大のカードはアジアの地域主義の話になる)を冷徹に考えるべきだと書いている。米国大統領が本当に聞いてくれるかどうか、またカードの中身は別として、首相がこんな風に交渉すべきだというのはその通りかもしれない。鳩山元首相も、どうせやめるのなら、こんな風に交渉してからにすればよかったのにと思う。
06/23 04:45



こんな話でこの本は終わるのだが、三浦瑠璃さんという人がどんな意図でこの本を書いているのか、正直わからない。前に紹介したブログにあった「東大話法」っていうのは、こんなものなのか、とも思う。それがなんだか知らないけど。いろいろ気になることが書いてあるので、ついたくさんメモしたくなったのだった。
06/23 04:49



あとがきで著者の三浦さんは自分の専門について以下のように書きます。「国際政治における平和と民主主義というテーマについて、内政の構造的理解から対外政策に関する理論構築をする」これが本店の仕事で、夜店の仕事としての政治評論。読んでいて、感じたのは、大きなパラダイムの転換に関する想像力のなさ。コンパッションを基本にすると言いながら、そのコンパッションの底も浅いような気がする。平川克美さんがいうところの「移行期的混乱」その移行期であるという認識が薄いのかも。
06/23 05:20



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