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<<   作成日時 : 2016/02/05 02:37   >>

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『環状島=トラウマの地政学』メモ

2015/12/19 に明治学院の国際平和研主催の研究会で宮地尚子さんの『トラウマの語り〜「環状島」その後』というテーマでの話を聞く機会があって、前から気になっていた『環状島=トラウマの地政学』を、その研究会が終わってから読んだ。


この本で扱うのは、トラウマについて
・語ることの可能性
・語る者のポジショナリティ

(3p)

環状島モデルとは何かについては、http://tu-ta.at.webry.info/201602/article_2.html に引用したいくつかのブログなどで読んでもらおう。

なぜ、これを考えたのかについて宮地さんは研究会では
「自分が研究者・支援者・臨床家として生きていく上で必要だった」と語っていた。

本の中では
トラウマを語ることの不可能性、その中心に近い者ほど語れない現状、しかし、それでも周囲の者や、語ることの困難性を越えた当事者が語ることについて、「言葉にならないはずのトラウマを、伝達可能な言葉にすることの矛盾は発話者をも聞く者をも揺るがせる」(4p)
と書く。そこから「それを語るのに自分がふさわしいか」という問い限りなく生まれ、「語れば語るほど「唇寒し」という思いに襲われ、そこで語ることをあきらめてしまうことも多い。しかし、それはトラウマの記憶を社会から抹殺してしまうことを容易にする。それではトラウマをもたらした者たち、そのトラウマをなかったことにしたい者たちの思うつぼであり、だからこそここで考えたい、というのが宮地さんの問題意識だ。4-5p

ポスト・コロニアリズムが発話者のポジショナリティを深く問う契機を促した。それは必要不可欠な問いであった。けれどもそこからは、本来目指す方向とは逆に、「当事者でなければ何もしゃべってはいけない」といった浅薄な誤解も生み出されてしまっている。(15-15p)


そこで問題を知ることができた支援者や代弁者が語れなくなるとしたら、それは別の形で当事者の発言の機会をふさぐことになるのだと宮地さんはいう。

実は、昨夜(1月15日)、明星大学の熊本博之さんの話を聞く機会があり、この環状島モデルを意識したのだった。彼は辺野古に10年通い研究を続け、辺野古の中でさまざまな形で引かれている分断線について語っていた。
そのもっとも目立つものとして、ゲート前の運動と辺野古住民多数派との分断線。ゲート前には辺野古の住民は少数の例外しかいないらしい。なぜ、分断線が引かれてしまうのか、それを越えるために何が必要なのかを考えるときにも、この環状島モデルを援用することができるかもしれないと考えた。(蛇足だけど、運動界隈ではいろいろ言われることの多いらしい熊本さんだが、開沼博さんのスタンスとは少し違うように感じた)

16p〜17pでは以下のように書かれてる。
「この問題に巻き込まれながらも発言しない・できないでいる人たちがいるのではないか」「この問題はどのような広がりのどのような高さの環状島を形成しているのか「この人は環状島のどこに位置して、どのような発言をしている(またはしていない)のか」「この人の発言は環状島のどの範囲の人たちにあてはまる内容か」「この人は環状島の他の場所にいる人たちの存在に、どれくらい気づいているか」といった問いを立てることに、可能性が見いだせはしないだろうか。

〜〜〜〜
また、宮地さんは「環状島」という地図をもつことで得てきた気づきや指針について以下のように列挙する。以下、気になった部宇文を箇条書きに変更
・被害者の声が言葉になるかならないかという領域、つまり<内海>の<波打ち際>で起きていることが重要であり、支援のもつ意義の一つは、<内海>から証言者を<陸地>にひきあげることにあること。
・トラウマの核心には触れえず、その周りをまわるしかない、というジレンマは必然性をもつこと。
・非当事者にしかできないこと、非当事者だからこそできることがあること。
・核心の「ずっと手前」でたんたんと仕事をすることには大きな意義があること。

〜〜〜
27pからは環状島における重力や風についての記述がある。その重力によってそれぞれの斜面からそれぞれの海へ落ちてしまうし、内部と外部を分かつ稜線部では強烈な風が吹く。

32pから始まる部分では環状島における「水位」の話も興味深い。
テクノロジーやメディアは、当事者の発言を可能にし、水位を下げるが、多くの者がそれを使いこなすことができるようになったら、それが使えない者にとっては水位を上げることになる。また、宮地さんは「障害学」の誕生もテクノロジー抜きには語れない、と書く。しかし、これは果たして本当にそうだろうか。医学モデルから社会モデルへの転換、という面でいえば、そこでは必ずしもテクノロジーを必要としないだろう。しかし、視覚障害当事者の研究という側面ではテクノロジーはかなり重要と言えるかもしれない。

34p〜は「社会運動と環状島」という節がある。
重力や風に抗して、水位を下げるのが社会運動の役割だと整理し、その上で
「運動においていちばん重要なことは、〈重力〉や〈風〉といった内向き外向きの力に抗して、当事者や非当事者が島の上に立ちつづけ、発言しつづけることである。そして、そういう人たちを増やすことである」
と宮地さんは書く。
水位を下げるという社会運動の役割のなかで、いちばん大事なことの中心に「当事者や非当事者が島の上に立ちつづけ、発言しつづけること」がある(34p)という。そういう言い方は確かにできるかも。

また、運動開始のプロセスについても環状島の比喩が用いられる。
いままで何もなかった海に礁がみえてきて、さらに水位が下がると環礁になり、次に礁と礁の間がつながって、環状島になっていく。これがイシュー化の描写そのものではないかというわけだ。36p

75pでは日本初のセクシャルハラスメント裁判原告の晴野まゆみさんを例に、彼女が抱えた問題は「女性差別」であると同時に「人権問題」でもあり、「労働問題」でもあり、「零細企業勤務の問題」でもあるとしたうえで、以下のように書かれている、
人間は多面的であるし、経験は多層的である。つねにそうでしかありえない。どんな体験であっても、焦点のあて方、切り口、名付け方によって、いく通りものイシュー化の方法がる。そして、それぞれで浮かび上がってくる環状島の形は異なる。


そして91pでは、複合差別にあっている被害者に関して、それぞれの差別に応じた環状島を描けばいいのだという、例えば障害者差別の環状島、女性差別の環状島、女性障害者差別の環状島、などなど。

それらの環状島を地図帳のようにずらっとならべて見えてくるものもあるのではないか、というわけだ。93pでは、それぞれの環状島の位置関係などが図示されている。

さらに97pでは外斜面の問題が描かれる。当事者ではないヨソモノだけれども味方という存在が支援者。この、内/外、味方/敵 というずれが認知されないことからくる混乱や傷つきがひんぱんに起きているのだが、「よそ者」だけれども「味方」という立場にあり、それが<外斜面>にたつというおkとであり、支援者の特徴だということを認識しておくことで、そのような不幸な例がかなり減るのではないかと宮地さんは書く。

また、被害を補償金の金額という一元的なものさしで算定するしかないような現状は確かにあるのだが、加害者が加害を認め、補償や和解のプロセスが始まって、客観的には闘いが楽になってきた頃、運動体が分裂しそうになるのは、被害の重さ比べと補償金による序列化の問題が関与しているのではないかと書かれている。98p
確かにそういうことはありそうだ。

103pでは許可証的(トークン)・マイノリティという存在が紹介される。会議の度にマイノリティの「代表」として呼び出され、結果として他のマイノリティの声を抑圧してしまうような存在とのこと。

7章は「ポジショナリティの問いかけ」125p〜

ポジショナリティについては115pの段階で千田さんの「アイデンティティとポジショナリティ」が援用されていて、ここで宮地さんは「投企」という言葉を千田さんのこの本から得た、と書いている。千田さん、すごい!

で、この章では、ポジショナリティの問題も環状島モデルを用いることで、理解を容易にすることが描かれる。後述するが、この章での「支援者」というポジショナリティの問題が刺さった。
ポジショナリティを問われる問題の例として、FGM,、元従軍「慰安婦」、沖縄の基地問題、などがあげられる。127p
ここではFGMの問題が例として挙げられる。
まず、それは<内斜面>から<外斜面>への問いとして登場する。そこにあるのは、去ることができるものとできないものの差。従来、行われてきた、支援や代弁という形での搾取や領有への告発でもある。宮地さんはそれは了解可能であるとして、その問題を最初に挙げるのだが、彼女が言いたいことの主要な部分は、その正しさを認めた上での、そのポジショナリティを問うことがもつ危険の問題なのではないかと思える。
まず、このポジショナリティの問いかけが外斜面には向かうが、外海には向かわないことが指摘される。134p〜
つまり、フェミニストのFGM批判を批判する人たちがその文脈で第一世界の多国籍企業のエグゼクティブなどを批判することはない

そして、ポジショナリティを問うことが外斜面にいる人を外海におしやることもある。その選択は微妙だ。136p
以下のように書かれている。
 
支援は難しい。支援者であることは難しい。私たちは「支援者」という役割について、まだまだじゅうぶんに理解していないし、支援者としての礼儀や規範のようなものを打ち立てていない。微妙な立場にいること、混乱や傷つきやすい場所であることを理解した上で、当事者との関係をめぐる礼儀や規範を探っていく必要がある。支援者がつねに擁護される必要などないし、脳天気に近づいていくのも困りものだが、批判を浴びるような場所にあえて身をさらそうとする、勇気のある人たちもそこには含まれる。そういう人たちが無理のない形で支援を続けていけるための方策を考えていくことは必要だ。
136-137p
この文章、たぶん、ぼく以外の人もいろいろなところで引用しているのではないかと思うが、いまはネットにつながっていないので探せない。(「支援は難しい。支援者であることは難しい。」で検索したけど、でてこなかった)

そもそも「支援者としての礼儀や規範」など打ち立てられるのか、とも思う。仮に打ち立てられたとしても、そこは安住の地ではないはずだ。いつもそのポジショナリティを問い続ける姿勢が支援者には求められているのだと思える。と同時に、それは内発的な問いでなければならず、そのことのしんどさが何をもたらすかということにも注意深くなければならないだろう。また、ひとりでも多くの支援者を組織するためには「脳天気に近づいてくる困りもの」たちを輪に引き入れ、いっしょに考えていけるような環境づくりも必要になるだろう。
この宮地さんの文章は、そんなさまざまなことを触発させる凄い文章だと思う。

そして、次の頁で宮地さんが明確に語っているように、たとえば、差別する側にいる男は、たとえばセックスワークの問題など、語らなければ安全ではある。外海にいる限り、まず批判されることはない。

差別される側の人が、その内部のさまざまな問題で軋轢を表出しているとき、見ない振りをすることが、知恵のある振る舞いだとされる。

宮地さんはFBM論争や従軍慰安婦をめぐる論争などで欧米フェミニストや日本のフェミニストが批判されるのを、ほくそえんで見ていたフェミニズム嫌いの男性は少なくなかったに違いない、と書くのだが、その比較的見えやすい図式のさらに内側で、フェミニズムにシンパシーを感じている男たちも「沈黙は金」という態度を守ってきたのではないかと思う。

また、140pでは糾弾について以下のように書かれている。
「糾弾」という行為は・・・反差別運動への恐怖や偏見も生み出してきた。実際の糾弾は一方的に責め立てるものではなく、説明や説得にもとづくコミュニケーションであるとしても、糾弾は、差別者のポジショナリティが問われる行為であり、あるカテゴリーに括られたうえで、追いつめられ、隠し持った傷までさらけ出されるような想像がなされるからでもあると思う。

宮地さんはここでも穏当にこのように書くのだが、実際には「差別者のポジショナリティが問われる行為」として「あるカテゴリーに括られたうえで、追いつめられ、隠し持った傷までさらけ出されるような」ことはたくさんあったと思う。ぼくの印象だと、そのような例は少なくなかったというか、そういうのが普通だったのではないか。この文章は、経験したわかるものだけわかるように、そこへの警鐘として書かれているように感じた。しかし、同時にここに書かれているように「説明や説得にもとづくコミュニケーション」として、理解を深めるような「糾弾」があったのも事実で、それは大切にしたいと思うが、そういう例は稀だったようにも感じている。

さらに興味深いのは、「ポジショナリティの議論が起きるとき、セクシャリティが関わることが多いのはなぜか」という宮地さんの問いとその答えだ。以下のように答えている。
おそらくそれはセクシャリティが激しい環状を喚起し、「一部圧倒性」と「一部了解不能性」を当事者にも支援者にももたらすからである。143p
ただ、ぼくの経験ではポジショナリティを問われるのは、ポストコロニアリズムだし、植民地主義に関するテーマで、その範囲の中で付随してセクシャリティにも関わる問題が多いというのが正確だと思う。前提的な話として触れられていないのかもしれないが。

この章の最後のほうではアリス・ウォーカーのFGM批判が俎上にあがる。アリス・ウォーカーが自身の経験から「家父長制の暴力」という言葉を探り当て、そこからFGMを受けた少女に対する強いつながりの認識、「この女の子は私なんだ」という「投企的同一性」がその延長線上にあると宮地さんは指摘し、それを肯定的にとらえる。そして、章の結語として以下のように書く。
・・・ポジショナリティの問いかけにおいて重要なのは、問う側も問われる側も「全面的同一化」の幻想や願望をもたず、互いの他者性を認め合うこと。批判されても全面的に否定されたと考えず、すぐにその場から立ち去らないこと。健全な「部分的同一化」を行いながらも強度や「一部圧倒性」を否定せず、「一部了解不能性」をも抱え込むこと。そして、問いがなされるかぎりそこにはコミュニケーションが存在することを、肯定的にとらえることである。150p



8章は「加害者はどこにいるのか」151p〜

この環状島モデルで
加害者は<内海>の中心部である<ゼロ地点>の真上にかつていたし、今もそこにいる。「幻影」としてだが、臨在感をもって、そこに君臨している。153-154p
とされ、しかし、現実には用を済ませたら、さっさとその場を離れ、外海に消え去っていく。そもそも環状島はトラウマティックなできごとが起きてから、かなり時間がたってからでないと形成されない。だから、そのときには加害者は遠くに逃げ去っているのが一般的だ、とされる。155p
しかし被害者から見れば、加害者はそこに君臨し続ける。現実にはその場に存在しないのだから、「被害妄想」とか「過剰反応」に見えるかもしれないが、トラウマ体験とはそういうものだという。157-158p

164p〜の「加害者の償いと被害者の赦し」という節も興味深かった。
加害者が被害者の上に君臨し続けているという理解が「和解」や「赦し」や「謝罪」や被害者の回復」について考える役に立つ、と宮地さんは書く。「和解とは相手を赦すということではなく、相手が存在するのを赦すということである」という言葉を聞いたことがあるとして(引用元不明)、その真上に存在する加害者の存在が赦せるようになるということは、加害者が存在しても支配者として君臨はしていないということであり、そのためには加害者が変わることが必要であるという。被害者の多くが賠償金よりも何よりもまず、真の謝罪を望むという。真の謝罪があれば当然に加害者はできうる限りの賠償に向かうはずであるから、当然といえば当然なのだが、なぜそうかという部分で宮地さんは以下のように書く。
真の謝罪は、加害者がもう事件当時の加害者ではないことを示し、そこには二度と戻らないということの宣言だからである。165p


166pでは加害者が取り返しのつかない加害の重さに気づいたとき、精神的なバランスを崩すという事例が原爆投下の命令を下したイーザリーを例にだす(『ヒロシマわが罪と罰』)。彼自身が広島の惨状の写真を見て、精神的なバランスを崩すようになったとのこと。


9章 研究者の位置と当事者研究

環状島モデルで、研究者の位置は二つ
一つは上空でヘリコプターの位置からの観察
もう一つは参与観察として、外海から上陸しての観察
それは外斜面から始まり、尾根での風圧、
そこから外斜面を駆け下り外海に戻るパターンと
内斜面から内海の波打ち際に近づくパターンがある。
172-176p

内斜面にいて研究者は当事者との同一化幻想が生まれやすいが、両者は同じ地平にいるわけではない、と宮地さんは書く。177p
これは環状島モデルで図示できないかもしれない。同じ場所にいるのだけれども、別の地平に立っている。環状島の中を装甲車で動いているというイメージでもいいかもしれない。
論文を書くに当たって、同一化幻想が破綻するプロセスを宮地さんは以下のように書く。
研究者は論文に何をどこまで書くのか、書いたものを当事者に送るべきなのか、送ってどういう反応を受けるのだろうかということに早晩悩まされることになる。「当事者と親しくなればなるほど、研究者として優秀であって、素晴らしいものが書ける」といった思いこみがいかに甘いロマン主義だったのかに気づかされる。「当事者の視点」は「学問的中立」のもとに相対化・抽象化され、「当事者のため」という熱意は、学術的な「場」からの要求と齟齬をきたすか、パターナリスティクな専門家領域に変容していく。179p

この学問的中立という言葉につけられている「」に注目したいと思う。そもそも「学問的中立」なんてものが、存在するのか。仮に存在するとしたら、それはどのような条件で存在するのか。その研究は何のための研究なのか、ということが鋭く問われるのではないかと思う。そもそも研究のための研究などというもののために現場は時間を割いてつきあう必要があるのか、と思う。


さらに、もう一つのパターンとして当事者研究の例があげられる。
宮地さんのイメージではネイティブ人類学者(アンソロポロジスト)。

そして、到来した「当事者の時代」には解放と苦悩の両方があるという。182p

まず、解放の事例として挙げられるのが、『べてるの家の「当事者研究」』。そこには「学問の原初の喜びのようなものがあふれ」、それがどれほどのエンパワメントをもたらすのか、逆に言えば、専門家がどれほど当事者の力を奪ってきたのか鮮やかに示されている、と宮地さんは書く。182-183p
そして、「しかし」として以下のように続く。
最初の解放や高揚の後には、長い混乱と窒息感がやってくるかもしれない。・・・自分自身が専門家になると決めた当事者は、学問という枠そのものの窮屈さや抑圧性、学問の「場」のもつ排他性に気づかされる。183p

ぼくは、いいかげんなことを書き散らし、研究者と同席する機会も少なくないのだけど、「研究者」っていう専門家を見てると、確かにめんどくさそうだなぁと思う。研究会とかに参加するのはけっこう好きだけど、結局、研究者とかにはなれないし、なれない腹いせという潜在意識もあるかもしれないけど、なりたいとも思わないなぁ。

この章の結語では以下のように書かれている。
・・・過去の抑圧や傷や恥、将来の暴力の予感といった「一部圧倒性」や「一部了解不能性」は暗号のようにテキストの壁の奥に織り込まれる(富山「暴力の予感」)。
「ネイティブ人類学者」は、インフォーマント以上、欧米の人類学者未満の存在として、一般に伝わるよう複数言語を駆使できる便利な存在として、いつでも「許可証(トークン)的マインリティ」にも「植民地支配の道先案内人」にも登用されうる。暗号が見逃されないかぎりは。185p



10章 環状島と知の役割

この章では、研究者・専門家・知識人の環状島での役割。
期待できるのは
1、海に環状島を浮かび上がらせる。
2、イシュー化のための概念や用語を生み出し、環を作りやすくする。
3、内海の大きさと深さを推定・測定する。
4、波打ち際の徴候を感じ取り、読み解いて、内海を小さくする。
5、内斜面の地を這う人たちの情報を外に持ち出し、広く伝える。
6、内斜面を這う人たちに上空や外からの情報を流す。
7、既存の見方とは異なる切り口で環状島を描いてみる。
8、島の土台を支える。
9、水位を下げる。


4について、被害者は聞いてくれそうな人、わかってくれそうな人がいるということを感じ取るだけで、発話の量や質がかわってくrと宮地さんは指摘する。194p

9については、聞く能力をもった受け手をつくることであり、弱者が自由に語ることのできる場所や媒体を提供したり広げることだ、という。198p

200pの最後で語られている「比較学問学」が必要という話も興味深い。

201pでは9の逆が紹介され、実際に専門家・知識人がこれまでどんな抑圧や加害への荷担、隠蔽の機能を果たしてきたかについては、水俣病、ハンセン氏病、薬害エイズなど枚挙にいとまがない、とされる。

さらに、より巧妙な形として、ある領域の専門家を育てないといったこともある、として、DV被害者支援のことを例に挙げる。2001年のDV防止法制定は大きな意義があったとしつつ、予算はほとんど付いておらず、DVの知識やノウハウを蓄積している相談員のほとんどは非常勤で収入が限られ、昇進の可能性どころか将来の身分保障さえない、そんな処遇は専門家をちゃんと育てない、という主張だ。204p

また、知は環状島を浮かび上がらせることは、同時に被害者を海に沈めてしまうこともできるという指摘を宮地さんは忘れない。205ー206p

当事者研究の意義を認めた上での限界の指摘も興味深い。それは単純に当事者研究はカムアウトが前提だという話だ。そして「かくれ当事者研究」「ずらし当事者研究」の可能性も示唆される。210ー211p

これらが書かれている節「かくれ当事者研究もしくは抽象化の効用」の最後に宮地さんは「生命学」を提唱する森岡正博を援用し、彼が「自分を棚上げにしない」姿勢を重視しつつも、それを他人の批判に使わないこと、特に人びとの面前では使わないことの重要性を説いていることに注目する。「私語り」は生命学の重要な手法だが必須ではなく、慎重な配慮が必要だと指摘している森岡を援用した上で、宮地さんは、彼があえてそう書いたのは、学問上の礼儀作法ではなく、人間の多面性や複雑さ、誰も皆うかがい知れぬ側面、他人が簡単に触れるべきではない部分をもっていることへの理解と敬意を示したいためであるように思う、と書く。
安易な当事者中心主義への警鐘と読むこともできるだろうが、そこは安易でもいいんじゃないか、という思いがないわけではない。


「最後に」
この節の冒頭で宮地さんはここまで書いてきたことを以下のようにまとめる。
環状島は、本来語ることができないはずのトラウマを語ろうとするとき、どのようなことが起きるのか、という問いから生まれた。現象の複雑さとその中にあるいくつかの法則性を提示し、よくある誤解を解くという効用はあったと思うが、解決策を提示できたわけではない。むしろ、いかに齟齬やトラブルが起きやすく、解決が困難な構造になっているのかを認識するためのものであったといってもいいかもしれない。213p



「聞こえない声を聞く姿勢さえあれば、当事者かどうかは関係ないかも知れない、また、当事者から一番遠い人とつながろうとすることが、逆説的に内海にいちばん深く寄り添うことになるのかも」、というこの本の結語部分は何が言いたいのかよくわからなかった。


参考文献のなかで興味深くてマーカーをつけたのが以下の2冊だが、どこでどんな風に引用されてたのか忘れた
鷺沢萠『ケナリも花、サクラも花』
鈴城雅文『原爆=写真論――「網膜の戦争」をめぐって』

読書メモは以上


次にWebから拾ったものと研究会の時のメモを添付。研究会のメモはほとんど役に立たない。




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