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zoom RSS 【「ダウン症」で生まれた子どもは不幸ですか?】という記事へのコメント

<<   作成日時 : 2016/03/24 03:55   >>

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以下はフェイスブックのノートに残したんだけど、こっちにも残します。
〜〜〜〜
フェイスブックが「長い投稿はノートに」とか言ってきたので、ノートにも残すことにした。
【「ダウン症」で生まれた子どもは不幸ですか?】という記事 http://toyokeizai.net/articles/-/109130
この記事のコメント欄に書いたのは以下なのだけど、ここで引用した意見に反論したくなったから。
まず、その意見の全文を紹介。
私 は、30年ダウンの子供に接して来たので、ダウン症の人には親しみを感じます。だけど、産みたくない親御様の気持ちは否定できません。子供は、次世代を担 う大切な人類の宝物です。順調に成長して、自立して親から離れて生活します。ダウンの子供は、親から離れて自立することは難しいことです。親は、ダウンの 子供に安心することはできないのです。自分の亡き後に、ダウンの子供の生活が苦しみに満ちたものになることへの恐れ、自分が守る力を無くした時の子供の苦 しみを常に考えて生きています。
ダウンの子供が嫌いなのでなく、ダウンの子供の親になることを拒否するのだと思います。我が子が、自分が守ることができなくなった時に、幸せとは確信できないために、ダウンの子供の親になることを拒否すると思います。
私は、ダウンの子供が、愛しいです。親亡き後にこの子供たちが無力感に苛まれるのが堪らなく可哀想です。ただひとりで、親の最期を看取らないとならない、そんなダウンの人を何人も見て来ました。
健常者なら、伴侶があり子供もしっかり育てて磐石な人生を築いて、親を安心させることができます。だけど、ダウンの子供は、、、


で、それへの反論も兼ねてぼくが書いたのが以下

〜〜〜〜
「産みたくない親御様の気持ちは否定できません」という意見がありました。「ダウンの子供は、親から離れて自立することは難しいこと」が理由に挙げられて います。成人しても、親が見続けなければならないという考え方が前提にあるのだと思います。確かに、いまでも、そのような考え方をされる方が多いですし、 行政も言葉には出さなくても、そのように考えているのではないかと思えます。

しかし、国連で採択され、日本政府も批准した障害者権利条約では、障害があっても、その社会の同じ年代の人たちと同様の暮らしができるようにしなければならないと書かれています。

それは親が実現するのではなく、社会が実現すべき課題です。少しずつではありますが、成人して、親と離れて、施設ではなく地域で暮らすさまざまな障害を持った人が増えています。

いつまでも親が面倒をみなければならないという考え方から離れることが大切で、それを前提として、この記事の結語の
 当然ながら、「平凡なダウン症の家庭」は、あなたの街に、あなたの隣に存在しています。私たちと同じように、今日も、笑って、泣いて、怒って暮らしているのです。
 どうか、「生きたい……」と願う小さな命を、ダウン症を理由にして諦めないでください。ダウン症は決して不幸ではありません。私が取材を通じて、そう強く感じた現実を、より多くの方々に知っていただきたいと思います。
という部分を読み返して欲しいと思います。確かに現状では、理想通りいかないこともあります。しかし、それは実現させなければいけないことだと思うのです。これから生まれる子どもが成人する20年後にそんな社会をちゃんと作ることが大人に問われているのだと思います。

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