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zoom RSS 『カプカプのつくり方』から抜粋 スタッフがするべきこと・・・など

<<   作成日時 : 2016/05/11 18:47   >>

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クラウドファンディング
「障害福祉」から世界を変える「カプカプの作り方」出版プロジェクト
https://cf.yokohama.localgood.jp/project/kapukapu
からできた本。
『ザツゼンに生きる』がだんぜん面白くて、メモを書いたので紹介。

この本が欲しい人は
https://cf.yokohama.localgood.jp/project/kapukapu/updates/238
から、どうぞ。


以下、

『カプカプのつくり方』から抜粋
〜〜〜
カプカプにはマニュアルはない。でも考え方の指標はある。「呼び方」については「同僚だと考えて振舞ってください。呼び方も同僚を呼ぶようにしてください。」

スタッフがするべきこと

「肯定すること」

具体的には、そばに寄り添うとか励ますとか頷くとかいう身体表現。
「肯定すること」の表現としての 「ありがとう」 「声掛け」


「ありがとう」

また、「ありがとう」という言葉がカプカプでは頻繁に使われる。さりげない気遣いも見逃さず「ありがとう」。すれ違う時にちょっと体をかわしてくれたら 「ありがとう」、お節介にも「ありがとう」、過干渉にも「ありがとう」、他所では注意されそうなことでも悪意なくなされたと思えば、まず「ありがとう」と 受けてから「でもね、こういう時はこうしてもらった方がうんたらかんたら」

「声掛け」

不安定な人にはスタッフがそれぞれのスタイルで「大丈夫」とか「今日の悩みは?」とか声をかける。作業をしていても「その感じいいねぇ」とか「それ、面白い」とか。ちょっと離れていて声が届きにくい人には「やってるかい?」みたいな視線を送る。朝はハグとか握手とか出っ張ったお腹をつついたりとか、再会を喜び合うような感じ。帰りも別れを惜しむようにハイタッチや投げキッス。14p
これって、最近テレビドラマで言葉を知った『陽性転移』の危険があると思うんだけど、みんながやれば大丈夫なのか?

「肯定すること」というのは相手が存在してくれることに感謝するさまざまな振る舞い
障害がある人たちは延々と否定され続けてきたようなもの。そんな人たちに「自由にのびのびやっていいんですよ!」なんて言っても、それは励ましになりません。声掛けや視線を交わすことを延々と重ねる中で、それまでの否定されてきた負の状況を、自分はここにいてもいいんだというゼロ地点に本人が恢復できるように寄り添うことが、まずはスタッフの大事な仕事。

ここに居てもいんだと思えた安心の先に、一人ひとりの個性が爆発的に現れる。
カプカプでスタッフによく言うのが、「育てるとか伸ばすとか余計なこと考えなくてよいから、とにかく殺さないでほしい」ということ。「殺す」とは「限界を決めつける」とか「可能性を閉ざす」とか「枠にはめる」とかの、こちらの都合でしてしまいがちな、その人がその人らしさを発揮することのジャマになるような言動。「殺さないスタッフ」に求められるのは「常識」に囚われないこと。

指導的な関わりがなければよいってことでもないが、支援者なんてものには、干渉し邪魔をする危険性が染み付いているということをいつも意識していたいもの。15p

障害がある人たちのことを面白がったり笑ったりするのが、なんだかいけないような気がしてしまうとしたら、それはどうしてなのか問うてみたほうがいい。たいていの場合は意識の底にある「規範意識」や「常識」みたいなものがじゃましているはず。・・・・。どうして笑いたくなったのか、その理由を抜きにして笑うことを不謹慎と断ずるのは、可能性を閉ざす・・・。

そして、カプカプがだんぜん面白いのは

【世界をつくりなおす】っていう壮大なミッションをちゃんと掲げていること。

ぼくなんか、障害者運動にも少しだけかかわりながら、ブログや仕事以外では障害者の問題を通して世界を照射することが世界変革につながるんだみたいな、えらそうなことを書いたり、言ったりして、仕事についても、ちょっとはそんな風に思ってもいるんだけど、職場のミッションとして掲げることはできていない。真似してみたくなった。

鈴木励滋さんはこんな風に書く。
「違いをなくす」のではなく、「関係を変えていく」こいうのが、いまのことろわたしの目指す「障害」の乗り越え方です。それは関係にこそ問題があるのではないかと思っていて、そこが突破口にならないかと考えているからです。
 「障害は個性である」とか「みんなちがって、みんないい」(金子みすず)とか「差異を差異として受容する」(大江健三郎)という言葉に魅了されながらも、なにもしなくてもそのようになるわけではない現実を目の当たりにしてきました。だからこそ、ほんとうに違っていてもよいという世の中、差異が生きづらさとならないような社会、誰でもが生きていてよい世界へ、誰でもが歩を進めるために何ができるかを問いつづけています。
 そのひとつの応えが、カプカプのような場を増やしていくことなのです。そういう場のことを「ゆるしゃば」と呼んでみようかなと思っています。・・・・


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