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zoom RSS 「セックスと障害者」メモ

<<   作成日時 : 2016/08/01 04:08   >>

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この本については
http://www.whitehands.jp/sexanddisabilities.html
から各種の情報にアクセスできる。以下の目次もそこから。
アマゾンには『これってもしかして大学生のレポート?と思ってしまうことも』という厳しい評価も。

目次は

  はじめに

 エピソード1  射精介助の現場から

 エピソード2  メディアと障がい者の性

 エピソード3  障がい者の結婚推進事業「ぶ~け」の挑戦

 エピソード4  きょうだい・子どもの立場から見る障がい者の性

 エピソード5  障がい児者の性教育

 エピソード6  性犯罪の被害者と加害者

 エピソード7  障がいとLGBT(ダブルマイノリティ)

 エピソード8  性産業で働く女性障がい者

 エピローグ  生と性のバリアフリーを目指して
 


第一印象で読書メーターに書いたもの
ホワイトハンズの坂爪さん、上野ゼミの出身とのことでこの本の出版記念の対談を聴きに行って購入。ホワイトハンズの活動については http://www.arsvi.com/2010/1103kt.pdf で草山太郎さんが書いてるようにどうかなぁと思うところは多いし、上野さんとの対談の中でもいろいろつっこまれていたが、この本はそんなに悪くないと思う。それぞれ大事なことがコンパクトにまとめてある。読書メモを残しておきたいと思うのだが、買った本の読書メモは書き終わらないことが多い。


この出版記念の対談の記録は
http://www.gentosha.jp/category/syougaisya
に残っている。
また、ここでの上野さんに違和感が残ったのは以下の発言
上野 韓国のイルムのおネエさんたちに大受けに受けたのは、「セックス産業とは強姦の商品化である」、「キャバクラとはセクハラの商品化である」という上野の発言。

これと同様の発言についての批判は上野さんが中心で運営されているWANのサイト
https://wan.or.jp/article/show/4501 
に以下のように掲載されていた。
上野の「売買春とはこの接近の過程を、金銭を媒介に一挙に短縮する(つまりスキルのない者でも性交渉を持てる)という強姦の一種にほかならない」(57)という表現には、直感的に危険を感じざるを得ない。おそらく、男の利用者が事実セックスワーカー女性になら料金を支払っている以上何をしてもかまわないと思いこんでいることを指摘する意図で「強姦」という言葉を選んだのだろうが、これでは売買春と強姦の距離を不用意に縮めすぎている。売買春は、本来的には支払われた料金以上のサービスは提供しないし、どんな金額が支払ったとしても誰も「強姦する権利」を買い取れるはずがない。また、セックスワーカーには本来的に特定の行為を拒否する権利があるし、実際無理な要求をしてくる消費者からいかに自分の身を守るかが大きな課題である。こうしたセックスワーカーの日々おこなっている消費者との交渉を、一気にないことにしてしまいかねない「売買春は金銭を媒介とした強姦」という言い方はあまりにも事を単純化しているように思う。また、強姦という行為を矮小化する結果にもなりはしないだろうか。このような危ない表現を選んだ理由は?と疑問に感じる。



以下、メモ
〜〜〜〜
〜〜〜〜
カバーの袖の文章のタイトルは
<セックスとは「自尊心の基盤である」>

まず、そこでほんとにそうか、と思う。
自尊心を構成する要素ではあると思うが、基盤であるとまで書かれてしまうと違うと思う。
ちなみにここの結語部分では本の紹介も含めて以下のように書かれている。
・・・「純粋な天使」や「かわいそうな性的弱者」という画一的イメージを取り払った上で、障害者の性の現状を8つのエピソードから解説。そこから、障害にかかわらず自尊心の基盤であり社会参加の原動力でもある、人間にとっての本来の性のあり方が浮かび上がってくる。


上野千鶴子の弟子なのに、こんな風に本質主義みたいなことを言ってしまっていいのか、と思う。
で、「かわいそうな性的弱者」というイメージはまだいくらか残っていると思うが、さすがに「純粋な天使」なんて思ってる人がどれだけいるのかな、とも思った。

プロローグに書かれている「障がいのある人たちの性を取り巻く現実から、障がいの無い人たちの性の問題、ひいては私たちの社会が抱えている性の問題が見えてきます」(7p)というアプローチはいいと思う。
ただ、
「多くの人にとって性は一生を通して一番の関心事ではないでしょうか」
と言われても、ほんとにそうかと思う。確かにぼくにとっても かなり大きな関心事であることは間違いないけど、「一生を通して一番の」とまで書かれてしまうと、ちょっと違うような気がする。

はじめの方については第一印象にも書いた
草山太郎さんが書いてる 
障害者の性へのサポートについて考える
─ホワイトハンズの理念とサービスの検討をとおして―
http://www.arsvi.com/2010/1103kt.pdf を読んでから読むのがオススメ。
射精しないと健康に悪いみたいな話にはエビデンスはないのではないか。


で、最初に興味深かったのが、エピソード3 障がい者の結婚推進事業「ぶ〜け」の挑戦。73p〜

これ、南高愛隣会の事業とのこと。彼らの触法障害者問題への取り組みは知っていたが、こういう問題に取り組んでいるというのを知らなかった。これは知的障害者向けの法人自主事業とのこと。
ここに専従職員を3名配置し、地域担当スタッフ14名の、計17名で運営、当初は無料だったが、H26年から有料となり、200名強の会員がいて、2500円〜5000円の会費と各種イベントの参加料が必要とのこと(78-79p)、事業としてペイはしないんじゃないかと思う。

そこでの4つの支援は
1、出会い、恋活(婚活)サポート
2、夫婦・パートナー生活応援
3、子育てサポート
4、自分磨き・スキルアップスクール(恋活た婚活に必要なスキル)


ある支援者が言ったという「100回のSSTより1回の恋愛」(94p)いうのは確かにそうだろうなぁと思った。
また、「結婚やパートナーとの生活自体は、ゴールでもなければ自立でもない」(95p)というのも。
ここから健常者の問題も見えてくる。

エピソード4  きょうだい・子どもの立場から見る障がい者の性
も興味深かった。以下に結語的な部分のみ引用
障がい者のいる家族が、決して開けてはいけない禁断の「パンドラの箱」ではなく、必要に応じて外部からもそれなりに見通すことができ、開閉も積み重ねも加工も自由にできる「半透明のクリアボックス」のような柔軟な存在になっていけば、性の問題で悩む当事者やその家族を減らすことができるのではないでしょうか 123p

なにげなく読み飛ばしていた文章だが、タイプしてみて、この文章は変だと思った。第一に、これ主語がとても不明確。

家族が箱だということはありえる比喩だと思うが、家族が自らをパンドラの箱にしているわけではなく、家族はいくつもの箱を持っていて、そのなかの障害のある人の性の問題に関してのみブラックボックスに入れてしまっているということだろう。つまり、家族そのものが箱ではなく、家族がその部分を開けてはいけない箱に入れてしまっていることが問題なのであって、家族が箱だという比喩はわかりにくいのではないかとお思ったのだった。


 エピソード5  障がい児者の性教育  について
ここは日本福祉大学の木全和巳さんのインタビューが軸になる。ここは外してはいけない、でも外しがちなポイントだと思ったのが以下。
「・・・一人ひとり本当に違います。どうしても自分の周りにいる障がい者、これまで自分が関わってきた障がい者のイメージだけで考えてしまいがちですが、まず「一人ひとり本当に違う」という部分を共有していかないと話が重なり合わない。個別の課題を丁寧に見ながら関わっていくことが大事です」128p


136ー138pには東京都の七生養護学校で起きた(というか日本会議系議員によって起こされた)事件(そこで行われていた性教育が弾圧された事件)について3ページもかけて触れているのだが、明確な意図を持って行われたその政治的背景については一切と言っていいほど触れられていない。この政治への忌避感も気になるところ。

そして、この章の最後の節の
「愛される障がい者」から「愛する障がい者」へ
というのはどうだろう。
「性」と「愛」という二つのテーマの重なる部分と重ならない部分をもう少し整理した方がいいのではないか、というのはFBでの千田さんのコメントから示唆を受けた部分。
彼はこの結語に近い部分で以下のように書く。
障がい児の性教育の目的は、「愛される障がい者」を育てることではなく、「愛する障がい者」を育てることだといえるのかもしれません。・・・(この)パラダイムシフトを実現できるか否かが、私たちの社会が見せかけではない真のノーマライゼーションを実現できるか否かの試金石になるはずです。145p



エピソード6  性犯罪の被害者と加害者

ここで気になったのが「全ての障がい者は性的な存在である」(158p)という節のタイトル。歴史的に、あたかも彼や彼女には性が存在しないかのように振る舞われてきたことの問題は大きいし、それを指摘しなければならないというのも理解できる。『セックスと障害者』というテーマでそれを強調するのは当然だろう。

しかし、当然の話だが、いつでもどこでもそこからだけ見ていいわけでもない。そのあたりに微妙な違和感も残るのだった、

ただ、ここでの以下の記述は留意すべき話だと思った。
・・・福祉職や支援職にとって、障がいのある人の性について学ぶことは、自分自身が予期せずに性暴力の加害者になってしまうことを予防する方法でもあります。160p

スタッフ向けのなんらかの取り組みが必要なんだろうなと思った。


163p〜はトラブルシューターについて説明されている。
以下の説明は簡潔でわかりやすい。
トラブルシューターは、障がいのある人が地域でトラブルを起こしたり、法律に違反する行為をしてしまった場合、その理由や背景を理解した上で、地域社会への啓発や関係機関との説明と調整、適切な刑事手続き・保護・矯正などの処遇を求める活動を行います。
 一見すると・・・専門職の仕事に見えますが、トラブルシューターには、その地域に暮らしている全ての人がなることができます。商店街のおじさんや八百屋のおばさん、学校の先生やコンビニの店長が、同じ地域で暮らしている障がいのある人がトラブルを起こした際に、トラブルシューターに「変身」して問題解決に取り組む、というイメージ(163p)

別に「変身」はしなくてもいいと思うけど、まあ、こんなイメージだろうと思う。ただ、トラブルシュートというときにシューティングされるのは、彼の障がいに関わる行為や部分ではなく、回りが変わることで従来トラブルとされてきたことをトラブルでなくしていくということだと思う。
あるいはトラブルはなくならないから、トラブルコーピングというのが近いのではないか、と思ったりもしている。

165p〜は堀江まゆみさんの講演を引用して、再犯スパイラルを防ぐための3つの支援について書かれている。
1、「トラブルの予防」
2、「入り口支援」(犯罪を起こしてしまった場合の刑事手続きへの支援。具体的には不必要な起訴がされないようにとか)
3、「出口支援」(出所後に地域で暮らすための支援)

167p〜紹介されているPandA-Jで行っているという「発達要害のある人のための性支援ワークショップ」というのも興味深い。
家族と支援者に対する講義(全1回)
本人向け(全3回)で、
1回目 プライベートとパブリックの違い、対人関係に必要なスキル
2回目 どのような行動が性的逸脱行動に当たるのか。そこに行かないためにどうするか。
3回目 相手の無理解や偏見によって事件として取り扱われそうになった場合、自分を守るための方法


こうしたWSの他に知的障害がある人のための性加害・性犯罪再犯を防止するための地域包括的支援プログラムのインストラクター講習会も開催してるとのこと。PandAでこんなこともやってることを知らなかった。



 エピソード8  性産業で働く女性障がい者

この章は「風(ふう)テラス」の紹介が軸になっている。
なぜ、障害女性が風俗で働くか、という問いが立てられる。
ここにはその仕事が好きだからという例は書かれていない。
そして、ここに書かれている答えは明確である。
福祉的雇用の賃金は低く、また、特に技能のない障害者の一般雇用の賃金も最賃近くでしかないから、食べていけないのだ。最賃で食べていけないという状況を越えない限り、「望まない」風俗での就業はなくならないだろう。

そして、風俗で働く障害女性は福祉とつながっていないわけではなく、いくつかの制度は使っており、彼女たちの真の問題は「制度にはつながっているが、人とつながっていないこと」(200p)。つまり、心の拠り所になるような人間関係がないことだという。それを風俗の仕事が支えているということらしい。そこには必要とされているという感じがあるのかもしれない。

続いて出てくる『沢木耕太郎が描いたかにた婦人の村』のエピソードも興味深い。牧師が善意で「障害や病気を抱えた天涯孤独の彼女たちが社会に出たとしても、また売春の世界に戻ってしまうだけでありできることは何もない」(206p)とその収容施設をつくったのだが、結局、そこを女性たちは選ばなかったという話だ。


そして、著者は意思決定支援について、以下のように書く。
 意思決定支援は、全ての福祉サービスや権利擁護の前提となる、非常に重要な支援です。しかし、障がいのある人の意思決定を真の意味で支援することは極めて困難です。長年付き合っている介助者や、何十年も一緒に生活している家族ですら、本人の意思を100%理解して代弁できるということはありえません。・・・長年付き合えば付き合うほど、分からないことが増えていく場合もあります。
  最終的には、本人のことを知っている家族・職員・専門家などの複数の人が意見を出し合って、そこで出た結論を「本人にとっても最善の選択」とみなして代理実行していくという形にならざるをえません。
  しかしこうした過程で決定された「本人の意思」は、どうしても生活の「安定」や「現状維持」に主眼を置いたものになります。211p

これを「意思決定支援」と呼べるのか、というのが著者の指摘。ここは大事な部分だと思う。ここを重視して、最善の選択ではない本人のWantsをと言っているのが南オーストラリアのSDM。


212pで著者は「真にユートピアはどこに」と問題を立て、「その在り処は未だにはっきりとわかってはいませんが、・・・」と答えるのだが、そもそも「ユートピア」ていいうのは「存在しない場所」っていう意味じゃなかったかと思う。その問題の立て方はなんだろう?この章の最後でこんな風に問題をたて、障害のある人とない人の主張と意思決定が尊重されることが大事だと、なんだか凡庸なことが書かれて、「傷だらけのユートピアが」云々と書くのだが、だったら、ユートピアっていう必要はないんじゃないかと思った。

最後のエピローグに入って、脳性麻痺の人のことが紹介され、226pでは【「童貞を捨てるために女性を金で買う」といった利己的な側面】という表現もでてくる。セックスワーカーにお金を払う行為が「利己的な行為」かどうかは議論が分かれるところだろう。

そして、『生と性のバリアフリー憲章』というのが紹介される。228-229p

ネットで探したら、PDFは見つかった。
せっかくの憲章、ちゃんとHTMLとかでWebに掲載すればいのに>ホワイトハンズ
そのPDFからコピペ

1. 障がいのある人に性があることは、「当たり前のこと」です。

2. 障がいのある人にとって、 性は、「自尊心の基盤」です。

3. 障がいのある人にとって、 性は、 自立や 就労等の「社会参加のための原動力」です。

4. 障がいのある人の性の問題は、「支援者の性」の問題でもあります。

5. 障がいのある人の性の問題は、社会の性問題を反映する「鏡」です。

(2014年8月9日:第一回目のフォーラムにて宣言)

2以外は大事なことだと思うが、
この「2. 障がいのある人にとって、 性は、「自尊心の基盤」です。」の決め付けが気になるなぁ。もちろんそれが基盤になる人はいると思うが、そうじゃない人もいるだろう。
こんな風に言われることで、苦しくなる人もいるんじゃないか。

そして、230pに節のタイトルとして
【「正解」の探求ではなく、「結論」の積み重ねを】
とあり、そのようなことが書いてあるのだが、大切なのは【「正解」の探求ではない】というのは理解できる、しかし、そうではなくて、必要なことは本当に【「結論」の積み重ね】なのだろうか。ぼくは結論を積み重ねることよりも、失敗も含めて、さまざまな経験を積み重ね、試行錯誤していくことが大事なのではないかと思えるのだけど。

236pで著者は日本は障害福祉の後進国ではない、という。確かに、お金は使われるようになった。それなりに進んだ制度もある。しかし、
1、社会的入院がまだ大量に残っておりこと
2、まだまだたくさんある大規模施設、
3、主要に介助する家族が介助できなくなったとき、住み慣れた地域を離れて、遠いところにある入所施設に入らざるを得ない現状
3、成年後見制度で意思決定支援の仕組みがないこと

などを考えたとき、ほんとうに「後進国」ではないと言えるのかどうかは疑問。
それらは日本の障害者の現状を考える上で、とても大事で欠かすことのできない視点だと思うからだ。
また、適正な性教育に対して、バックラッシュを行った日本会議の勢力が政権を担い続けている。

あとがきでは障害者が生きていく上で最低限必要な3つの性の権利を著者は提案する。239p

1、本人の特性や発達状況に見合った適正な内容の性教育を、適切な時期に受ける権利。
2、日常生活のなかで、生理現象としての性(射精や月経)のケアを受ける権利
3、社会参加を通して異性(同性)と交流する権利

ここでどうかと思ったのが、<生理現象としての性(射精や月経)>という表現。自慰じゃなくて射精なのか?射精と月経という風に並べて語られるようなものなのか?

これに続く240pの「前提支援」という考え方には、そうか、そういう言い方もあるのかと思った。
「前提支援」とは「障がいがある人が交際や結婚生活のスキルを身につけるために必要な前提条件・学習環境を整備すること」
さらに「障がい者の性」先進国をつくりあげるための最短かつ唯一のルートは、これら3つの権利を保障するための前提支援を、地域のなかで地道に継続していく以外にはあり得ない、というのが著者の主張。

確かに他に何かアプローチの方法があるとは思えない。

〜〜〜〜〜

メモは以上、いろいろ違和感もたくさん残った本だったが、この問題を考えようとするときにいいきっかけにできる本だと思う。



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