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zoom RSS 『現代思想2016年10月号緊急特集=相模原障害者殺傷事件』メモ(後半)

<<   作成日時 : 2016/11/13 08:10   >>

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後半
気が向いたら、少しずつ更新しようとして、更新したら字数制限にかかったので前後半に分離。これからも随時、更新するかも。できないかもしれないけど。



【介護労働の現在】

介護者は「生気の欠けた瞳」をしているのか / 深田耕一郎

「生気の欠けた瞳」が最初の節のタイトル。
Uが書いた衆議院議長宛の手紙に含まれるフレーズだ。そこには「施設で働いている職員の」という言葉がついている。
深田さんはここについて、「一面、真実であるかのように映る」(185p) と書き、これと異なる社会があることを示唆するのだが、ぼくはこれは違うと思った。彼は「自立生活の世界」には、これと異なる現実がある(186p)という。でも、この「生気の欠けた瞳」というフレーズは「施設で働いている職員の」と限定がついているのだから、この非難はあたらないだろう。
「施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」が多数あるらしいのは、このあとにある西角純志さんの文章からも読み取れる。

しかし、この文章の主題はそこにはない。「自立生活」と「施設」の違いだ。
本稿では「施設」という主題を問題にしながら、この事件から私たちは何を考えなければならないのかという問いに迫りたいと深田さんは書く。186p
「加害者は内側からやってくる」
まったく理解できないものの犯行ではなく、自分にも構造的に起こりえたこの社会の問題として捉えるべきと深田さんは書く。
 「保護者の同意を得て安楽死できる世界」を目標とするU。しかし、彼にこのように考えるに至らせる社会の現実がある。この社会の現実に「否」をつきつけ、別の新しい現実をつくりあげてきた実践が自立生活運動であり、それがもっと知られなければならないし、自立生活が持つ意味を何度でも訴え続けられなければならないという。
次の節は「自立生活運動は山をおりた」という節で、自立生活運動が退潮しているという話かと思ったが、そうではなくて、山の施設から出てきたという話だった。

で、結語部分で自立生活運動が示す、以下のケアのあり方を何度でも再確認すべきだと書く。
1、家族介護は困難だということ。
  家族が介護する必然性はないし、家族のみが苦しむ必然もない。
2、施設福祉には限界があること。
  施設は不可避的に集団管理的な抑圧構造を持ち、監獄にも似たその構造が暴力の温床となる。そのため、地域のなかで他人と暮らすことがとても重要
3、その他人介護者が支配の関係を超え、ともに生きられるように、ケアが自己を振り返るための現場であり続けること(そのためには介護者の給与や労働環境などの諸条件の保障を欠くことができない)。
 
これに続けて、以下のように書かれて、この文章が閉じられる。
地域における自立生活という生き方は私たちの社会が、その実現を求めて追求していかなければいけない課題である。こんにちほど、自立生活の訴える力が問われているときはない。

しかし、自立生活運動は全国にまんべんなく存在しているわけではない。重度の知的障害の自立生活になるとさらに少なく、いわゆる「じゅうしん」の人たちの地域の暮らしに関して、ぼくは「あゆちゃんち」以外に知らない。そんな現状で、いま、自分が住んでいる地域で何ができるか、仲間といっしょに少しずつ歩みを進めるしかないのだと思う。


障害者地域自立生活支援の現場から思うこと / 渡邉 琢

冒頭で自分の基本的な思いと考えはシノドス http://synodos.jp/welfare/17696 に寄稿した文章に期してある、とされる。

また自分の思いは8月6日の追悼集会のメッセージにあると書き、ここでも全文引用されている。これは短いので引用してしまおう。
http://touken.org/20160806tsuitosyukai/messagejp1/ から
今回、被害にあわれた方は、なぜ施設に入所されていたのだろう?
なぜ、地域社会で生き続けることができなかったのだろう?
今、どんな重度の障害があっても、地域で自立して生きる生き方が少しずつ広がっている。
知的障害があろうと、重複障害であろうと、ぼくの目の前では、地域で自立生活する人たちがあらわれている。
被害にあわれた方々は、名前すら公表されることがはばかれた。
彼らは人里離れた施設で隠れるようにしてのみ、生きることを許されていたのだろうか。
社会的には忘却されていた方々だったのだろうか。
このような事件というかたちで、わたしたちは19名の死を追悼しているが、
もしこのような事件がなければ、わたしたちは亡くなられた方々とつながれる可能性はあったのだろうか?
ここにいるどれくらいの人が、重度の知的障害者の方が多数入られている入所施設を訪問し、入所者とつながりをもとうとしたことがあるだろうか?
今回、容疑者が狙ったのは、社会からのつながりを断たれた障害者たちだった。
事件そのものは犯人が起こしたものだが、重度障害者が地域社会でなく施設でしか生きることができない社会をつくってきたのは、わたしたち一人ひとりである。
厳しい言葉でいえば、今まで見捨てておいて、今さら追悼するのは遅いのではないか。
なぜ、亡くなる前にわたしたちはかれらとつながることができなかったのか。
なぜ、施設に入る前に、地域で生き続けることを支援することができなかったのか。
今、成人の知的障害者の5人に一人は、入所施設に入っている。実数でいえば11万人。
真の意味での追悼は、社会的に忘却されている方々とつながりをつくるところからはじまるのではないだろうか。

続いて、ある日の渡邊さんの日常の光景が記され、それらの実践や経験からの彼の思いが記述される。

この2,3年、彼の周りの知的障害の人たちが次々と一人暮らしを開始するようになってきている、と書き、それを可能にしたJCILの運動などが紹介した上で、「こういうことを言うと恵まれた地域や人間関係があっていいねという話になりがちだ」とされる。ぼくもそう言いそうになる。そして、現状でこのようなことを可能にする地域が非常に少ないのも事実だ。

彼はこの状況を、さまざまな思いをかさねあわせて、10年近くかけてできあがってきたきたのだ、と書く。すぐには無理かもしれないけれども、10年かければ何とかなることもあるだろう、と。

この10年をできるだけ縮めたいとも思う。

そして、結語近くでは、障害者の加害に言及し、以下のように書く。
「加害とどう向き合い、どう対処していくかは、障害者の地域生活支援に取り組むうえでとても重要なテーマだ。加害を加えるから、あるいは加害を加えやすいから、自分たちの団体や地域から排除して、施設や病院にいってもらおうとするとすれば、それはあまりにも安直だろう。少なくともそれはインクルーシブ社会を目指す態度ではないと思う。・・・
 他者を排除しやすい社会は加害者を生みやすいし、当然同時に被害者を生みやすい。・・・自分たちに危害を加えかねない人をも、インクルーシブ社会の包摂の対象と考えていく、一面で大変苦しく胆力のいる作業でもある。202p
 ほんとに困難だと思う。例えば自分が関わる事業所での加害可能性が高い人の利用希望があったときに、それをどう受け止めるのか。いっしょにいる限り、絶対安全な環境に向けて努力することはできても、「絶対」など作れない。常識のあるスタッフはそういうメンバーの排除を求めるかもしれない。加害可能性の程度によっては、ぼくも排除に同意することがあるかもしれないとさえ思う。そのぎりぎりの葛藤をどう乗り越えて、インクルーシブを求めるのか、そこにまさに「胆力:が試される部分があるのだろう。

以下、フェイスブックに書いたものから
〜〜〜
Taku Watanabeさんは現代思想で今回の事件について「障害者への日頃からの差別、虐待、そして地域社会からの断絶を余儀なくされる入所施設という構造的問題が、その大きな社会的背景、要因としてあるのだろう」と書いています。確かに入所施設だからこそ起きた大量殺人だったのですが、犯人は断絶して、障害者を知らない人間ではなく、何年も同じ時間を過ごしてきた人間でした。確かに、同じ時間を過ごしたのはその「断絶された空間」だったのですが、それでも、長い時間、同じ時間を過ごしてきた人を殺したくなって、殺してしまうという心情がなかなか理解できません。彼がなぜ、そのように思うに至ったのか、と思うのです。おそらく入職時には障害者を殺してやろうと思っていたわけではないと思うのです。その彼が、障害者と同じ時間を過ごすうちに、そう思うようになってしまった背景について、裁判の過程でちゃんと彼から話を聞き出して、公表してほしいと思います。



津久井やまゆり園の悲劇 / 西角純志


冒頭に近い部分で
「私が勤務していたのは2001年から2005年迄だが、既に事件の予兆のようなものがあったのかもしれない。当時の津久井やまゆり園は相模原市合併以前の神奈川県の直営の時代であった。そして津久井やまゆり園がもっとも輝いていた時期であった」
と書かれている。どのように最も輝いていたのか、読み取れなかったが。

ここで著者は当時書いた文章を参照しながら「《津久井やまゆり園の悲劇》について考えてみたい」と書く。当時書いた文章が掲載されたのは【分会論集『菜の花』】とある。自治労の組合の分会論集なのだろうか、横浜哲学カフェで会う、神奈川県職員労働組合の元委員長に聞いてみよう。

ともあれ、県立時代のやまゆり園の職員の、この西角純志さんの文章が、ぼくにはこの雑誌のなかで一番印象に残った。某出版社の編集者の小林律子さんは共通の知り合いがこの本に触れたフェイスブックの記事にコメントを残していた。
「『現代思想』だけあって、やはり「思想」、形而上学だなあという読後感。特に元やまゆり園の職員さん。」
ぼくは以下のようなコメントをした。
「確かに、あの文章の多くは形而上学的だったのですが、そこは飛ばして、ぼくには元やまゆり園の職員さんが書いた内部告発の部分がいちばん印象に残りました。あんな風に働く人たちの中でUは、障害者を殺すべき存在だと思うに至ったのかと垣間見えるような気がしたのです。」

以下はやはりフェイスブックでの渡邊琢さんとのやりとりでも「入所施設の中で、今回のやまゆり園事件の犯人がおかしくなっていったというようなことが想像できるような内部告発。彼が直接的にそうだと指摘しているわけではないのですが」と書いた。

「2、津久井やまゆり園の光と影」
著者は入職してから4年目の文章で、来る前に連想していたのはアウシュビッツと『千と千尋の神隠し』の世界だったと書いている。
そして、この施設に入り込み、自分を見失い、どちらが障害者の世界なのかわからなくなったおいうようなことを現在の文章で書いている。こんな風に書かれる。
健常者であるはずの自分が障害者の施設に入り込むことで、自己を完全に見失い自分は健常者なのか障害者なのかわからなくなる。・・・障害者の方が、現実の健常者の世界であるような錯覚に陥ってしまうのだ。そこは通常の世界ではなく、障害者特有の奇妙な声の響きや、しぐさ、振る舞いがある。この空間に入り込むと誰しも戸惑いを感じるに違いない。
 このように書いているのを読んでの第一印象は、当時のやまゆり園で著者はやはり自分とは明らかに異なる存在として「利用者」を感じていたのか、ということ、なのだが、この少し後に引用される、当時の文章でこの印象はがらっと変わる。そこにはこんな風に書かれている。
 私にとっての知的障害者施設で働く生きがいを感じる瞬間は、「利用者」に「あるがまま」の無力な自分の存在を受け入れてもらえた時である。・・・人間である以上、楽しいこと、辛いこともある。そうした「痛み」を共に共有し合い、言葉でうまく表現できなくても「共感」し合える。そんな時、私は施設での仕事の生きがいを感じる。「共感」とは「同感」とは異なり、相手の心を聴くといったことや、以心伝心といった意味合いも含んでいる。「障害者」と「健常者」。あるいは「利用者」と「職員」といった関係を二項対立として捉えるのではなく、互いの「罪の告白」を通して本質的な意思で結ばれた信頼関係〔=絆〕を再構築していくこと、それが大切だと思っている。それは施設を、家族的な社会の「共同体」(Gemeinde)として、再出発させることを意味している。

ぼく(鶴田)はこの文章にとまどう。利用者と呼ばれる人たちとの関係性を密にしていきたいという思いは共感できるし、そうであって欲しいと思う。しかし、この大規模収容施設をそのままの形で【家族的な社会の「共同体」】になどできるだろうか。そこを解体していく方向こそが必要なのではないかと。

これの少し後の部分で、やまゆり園の家族会の機関誌に掲載されたUのあいさつ文が紹介される。
ここには若い職員の仕事への意欲や意気込みが読み取れる、多少割り引かなければならない面はあるかもしれないが、嘘はないように読める。この著者もそのように読み、なぜ彼は変わったのかと問う。「利用者と接することで優生思想が開花していったとみて間違いないだろう」と書くのだが、ほんとうにそうかと思う。Uをあの行動に駆り立てた優生思想の開花は、利用者と接することでというよりも、大規模収容施設という環境の中で育まれたのではないだろうか。
そして、それに近いことは著者自身も【5、ホームに潜む「内なる優性思想」】に書いているように思う。
この節で紹介されている大規模収容施設での職員のひどい働き方を規定しているのは、職員個人の資質によるものがないわけではないだろうが、この『大規模収容施設』で、地域から切り離された人の面倒を見るという働き方が規定している部分も大きいのではないか。もちろん、彼らが地域のGHで、あるいは幸運にいわゆる「自立生活」にたどり着けたとしても、その危険はないわけではないだろう。しかし、地域で暮らすことで彼らの生活や、そこで抱える困難は可視化される可能性が格段にひろがるのではないだろうか・


【憎しみの時代ヘイトクライムとしての相模原事件

「これはヘイトクライムである」の先へ / 明戸隆浩
ここでレイシズムの要素などが示された(217p)後で、以下のように書かれている。
今回の事件の容疑者の主張がこうした現代的レイシズムに当てはまるかというと、その答えは否定的なものにならざるを得ない。容疑者が繰り返しているのは「社会のために障害者はいなくなるべきだ」ということであり、たとえば冒頭でも引いた「手紙」の中には、障害者差別の否定も、障害者が努力しないことへの非難も、障害者の要求が過剰であることへの反発も、障害者が特権を享受しているという批判もほとんどうかがえない。・・・こうした点で、今回の事件を通して提示された「思想」をただちに「最近ネットでありがちな言説」と同一視することは、必ずしも的確なものではない。

そして、その後の議論が非常に複雑でわかりにくい。古典的レイシズムに関して、最初に定義が示され、それには当たらないが親和性が高いとされる。しかし、この事件の背景にあるのが古典的レイシズムではないかと指摘される。
古典的なものは訴求力は弱い、ナチスの優生学をそのまま持ってきても支持する人間は少ない、しかし、優生学一般や新しい優生学となると、すそのは広がる。新しい優生学は今回の事件とは直接的にはつなげるのは乱暴すぎる、と主張される。それはそれとしてありそうな話だ。この区別は認識しておいたほうがいいかも。

次に障害と自己責任化という話に移り、ダウン症の子どもが出世前検診で中絶され、様相が変わりつつあることを示した、サンデル、松原洋子、玉井真理子の文章が引用される。219p

そして、自己決定の余地があったことがヘイトクライムやヘイトスピーチを正当化するような社会で、まともな自己決定などできるはずがない、という指摘も重要だろう。

結語の部分では、政府が「ヘイトクライム」や「障害者差別」に言及したメッセージを出さなかったことに批判が集まったことを紹介し、なぜ、そのようなメッセージが必要なのかと問う。
それは「あなたがヘイトクライム/スピーチにさらされたとき、社会はあなたの側に立つ」というメッセージを社会の側が出すこと、それが「自己決定」が可能な社会にとって、必要な条件の一つだからである。と書かれている。
結局、やまゆりもヘイトという規定でよかったのか、とも思うが、社会がメッセージを出さなければならないというのはその通りだろう。

ところで、ここにあらわれているレイシズムかどうかという問題は、障害者に対するレイシズムと他のレイシズムとの違いに起因するところも大きいのではないかと思った。
この事件がレイシズムにあたらないとするのは、新旧のレイシズムの定義自体に問題があるという気がする。障害者問題の多くは「生産性」の問題と直結する。今回の主張は生産性がない、意思を通じることができない(Uができないという話なのだが、ほんとにできなかったかどうかも疑問視されている)から殺せという極端なものだったが、検査をして、生まない選択をするという背景にあるものは何だろう。
確かに、生むことで背負うことになることはあるだろう。いわゆる定型発達の子どもと違う配慮は必要になる。というようなことはいくつかあるだろうが、実際、堕胎を決めた人にそれを聞いてみたいと思った。


このいま、想像力の圧倒的な欠如 / 岡原正幸
岡原さんは冒頭で、
「まずは思い巡らしてみよう。・・・どのようにして襲われたのか、その時、一人一人はどんな姿で、・・・同室の仲間の最期の姿を目にしたかもしれない。・・・ひとつひとつ想像してみよう。ありったけの力で微細に具体的に想像してみよう」(222p)と書く。これはつらい。想像してみようと呼びかけられるだけで、嘔吐しそうになる。
なぜ、想像せよと呼びかけるのか、といえば、「今回の事件を自分たちの世界とは断絶されたできごととして多くの人に了解させるように動いている気がしているからである」(223p下段
)という。

そして、「いのちに優劣はない」という原則を原則として維持するには、原則通りに進まなかった事例につねに目を向け、その上でいのちには優劣はないと言い続け、その言葉を選び続ける必要がある。・・・それは理性的な判断である以上に、情熱的な行動だったとも言える。

「私たちは私たちの価値を放棄したりはしない。今回の事件に対する私たちの回答は、さらなる民主主義、さらなる公正性、さらなる人間性だ」(オスロで77人が殺害されたときのノルウェー首相の発言)227p


「ぼくら一人一人が、それはダメなんだ、というノーをつきつけていく。わざわざ声にしていく必要があると思う」


土地の名前は残ったか? / 猪瀬浩平

猪瀬さんはここで名前も語られず死んでいくしかなかった人について書く。戦前、相模湖ダムの建設にあたっても名前もわからないまま工事で死んだ人がいたという話も含めて。某小さな出版社の社長はこの文章がいちばん心に残ったと言っていた。

猪瀬さんは饒舌な、容疑者やこの事件を解説する人と何も語らない19人の被害者を対比し以下のように書く。
・・・語らないどころか、彼らがどんな人であったか、どんな名前であったのかを知る手がかりもほとんど示されていない。19人の沈黙は、生きている人達を当惑させ、そしてまた饒舌に語らしめる

そして、これに当惑する、という。

ぼくも饒舌にメモを書き連ねてきた。そもそも、この事件に関して、この本だけでも小さな活字でぎっしりと220p以上が費やされ、他の雑誌での特集されたりしている。「この事件を忘れず、語り継がなければならない」としてときにそれは不可避であり、そのように書く猪瀬さん自身がここに何ページにもわたって書き、おそらくこれからも、この事件への言及は続けるのではないか。

【この事件をめぐる状況において、私が当惑するのは、殺された人が語らない人であ・る・こ・と・に・さ・れ・て・い・る・点だ。・・・施設に暮らす重度障害者の彼らに語るに足る人生があったと考えない空気が世間に存在していた。それが遺族感情に配慮して名前を公開しないという神奈川県警の判断を裏打ちしている、と私は考える。そうであれば、容疑者と彼の語りを聞き心動かされる傍観者は、思考の基盤を共有している。この時、殺されてしまった人びとの生きていた経験よりも、彼ら、彼女らの死のほうが大きな意味をもつことになる。】(230p)


この文章のキーワードが読めなくて苦労した、。書きで引いて、ネットで調べた。「吶喊」(とっかん)。らも

猪瀬さんの文章については、もうし越し書き続けたいと思う。


11月13日
渡邊琢さんとところと深田さんのところを追記 猪瀬さんのところも少しだけ補足

11月14日
猪瀬さんの部分を途中まで書き足した。

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