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zoom RSS 『ネガティブ・ケイパビリティ』メモ

<<   作成日時 : 2017/10/28 06:39   >>

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『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生著)
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どこかでこの本のことを知って読みたくなった。読後すぐに書いたメモは以下
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉は知らなくても、待つことの大切さ、変えられないものを受け入れることの大切さは語られてきたことではある。それにこの名前が与えられて可視化されるのであれば、それはいいことかもしれない。ただ、ネガティブ・ケイパビリティへのアプローチとして、もっと直接的に書けることはないのか、という読後感は残った。戦争のこと、帚木さんはいま、それを書くべき時代だと思ったのだろうな?


で、著者は精神科医で小説家の帚木蓬生さん。何度読んでも読めなくなる「ははきぎ」、そろそろ覚えよう。

精神科医というよりも作家として名高い著者。中身もとても文学的な本だ。ネガ ティブ・ケイパビリティについて、もっと正面から論じてくれたらいいのにな、という印象は残った。実際、それがどのように有効なのか、ということを帚木さんの診療所での経験に基づいてもっと書いてくれたらと思った。医師側のその有効性については書いてあったけど。ここで注目を集めた『ネガティブ・ケイパビリティ』という概念を正面から取り扱う記述、これからでてくることを期待。


冒頭で以下のような定義が掲載されている。
ネガティブ・ケイパビリティとは、
「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」
あるいは
「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」
3p


Wikiの説明
ネガティブ・ケイパビリティ(英語: Negative capability)は詩人ジョン・キーツが 不確実なものや未解決のものを受容する能力を記述した言葉。日本語訳は定まっておらず、「消極的能力」「消極的受容力」「否定的能力」など数多くの訳語が存在する[1]。『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』[2]によると、悩める現代人に最も必要と考えるのは「共感する」ことであり、この共感が成熟する過程で伴走し、容易に答えの出ない事態に耐えうる能力がネガティブ・ケイパビリティ。キーツが発見し、第二次世界大戦に従軍した精神科医ビオンにより再発見されたとのこと。
〜〜〜
キーツによると
ネガティブ・ケイパビリティ、短気に事実や理由を求めることなく、不確かさや、不可解なことや、疑惑ある状態の中に人が留まることが出来る時に見出されるもの


このネガティブ・ケイパビリティ、「変えられないものを受け入れる平穏を」というニーバーの祈りと重なる。だとすれば、同じように重要なのは【変えられないものと変えるべきものを区別する賢さ】ということになる。そして、ネガティブ・ケイパビリティとは逆に『変えるべきものを変える勇気』も問われることになる。そのあたりへの言及が弱いのも少し不満だった。

ちなみにWikiにはひどいものが多いが、Wikiの「ニーバーの祈り」の説明は勉強になった(ような気がした)。
とりわけ、最初にニーバーが発表したバージョンでは「変える勇気」が「静穏」の嘆願よりも前にあるという指摘も興味深い。
晩年、それが変わったことの説明はないが、わかる気もする。

セネガルの言い伝え
人の病の最良の薬は人である
89p


 
 ネガティブ・ケイパビリティを知っていなければ患者から逃げ出していたでしょう。どうにもならない問題なので、もう来てもらっても無駄ですと言って、追っ払っていたかもしれません。
・・・
 耐えているとき、私自身の精神科医としての記憶も理解も欲望も、消え去っているような気がします。あるのは目の前にいる生身の患者さんのみで、ひとりひとりの個性があり、ひとりひとりを取り巻く環境も違っています。その人が口にする言葉を、毎回毎回、来院のたびに味わい尽くすだけなのです。
 こんなことで治療になるのかと、叱る向きもあるかもしれません。
 しかし、人は・・・・誰も見ていないところで苦労するのは辛いものです。誰か自分の苦労を知って、見ているところなら、案外苦労に耐えられます。患者さんも同じで、あなたの苦労はこの私がちゃんと知ってますという主治医がいると、絶え続けられます。101p
もちろん、主治医との間に信頼関係があってこその話だと思うが。

また、104pから「希望する脳」という表現が出てくる。
人の脳は(基本的に)物事を楽観的に見るようにできている、という。(106p)
そして、その方が生きやすいというのは確かにある。

この「希望する脳」という文脈のなかで、重い障害のある人も希望を持ち、医師としてケアしていても長い付き合いの中でケアの喜びが生まれる。と書かれている。重い障害のある人も希望を持ち、ケアする側にも喜びがあるというのは間違いないが、それが「希望する脳」とか楽観主義という文脈のなかで語られるべきかどうか、疑問が残る部分でもある。

112pでは相模原障害者殺傷事件について、帚木さんはこんな風に書く。
・・・。真心をもって真摯に介護を続けていけば、いつかはこのケアする喜びに気がつくはずです。
 しかしそこには、共感とネガティブ・ケイパビリティが要請されます。介護をしても無駄ではないかという速断は、その双方が欠けるとき、恐ろしくも成立してしまうのです。

ここでは介護について書かれているが、いわゆる「支援」という営み全般についても「共感とネガティブ・ケイパビリティ」をベースに置くことで、時に凹んだりすることはあっても、その仕事に関わる楽しさやうれしい気持ちを維持できるかもしれない、そんな気がしてきた。

また、それに続けて、メディシン・マン(祈祷師・伝統治療師)は患者をたぶらかして、非科学的な治療を行う詐欺師だから嫌いだったが、その見方が変わった。と書かれている。
「現代の精神科医は薬の効き方についてはよく知っているものの、患者の扱い方に関しては、メディシンマン以下」
とのこと。
「患者の扱い方に関しては、メディシンマン以下」というのはその通りだと思うが、薬の効き方についてもよく知っているとは言いにくい精神科医が多いような気がする
 
さっき引用した
セネガルの言い伝え「人の病の最良の薬は人である」がわかってないから、彼らが処方する薬さえ効かないんじゃないかと思うことはある。

118pに記載されている帚木さんがお願いしている祈祷師が教えてくれたという七夕の儀式がなかなかいい。
「…旧暦の七夕…その日は手持ちの鏡の裏に、自分の願い事を書いた紙を貼ってください。そして鏡には、自分の一番良い笑顔を映すのです。その笑顔がそのまま神様に届き、願い事がかないます」さらに「自分が病気になりそうだったら、病気などにならない、と三度続けて言うといいです。気分が落ち込んだときは、自分を誉めてやりましょう。人がとかく他人を悪く言いがちですから、少なくとも自分だけは自分を誉めてやらなければどうしますか」


これを一種の認知行動療法ではないかと帚木さんは書く。

137pではプラセボでも副作用が出て、それを「ノセボ効果」と呼ぶと書かれている。プラセボ効果があるのだから、当然と言えば当然か。
「ノセボ効果」でのぼせちゃったりして。

ノセボ効果について検索した結果、「プラセボ製薬株式会社」という社名がでてきてびっくり
https://placebo.co.jp/company/

…「健康病」と称される状況から脱するには、個々人の健康観の転換が必要…自分の身体に自信を持つ、そんな健康観を「プラセボ効果」の観点から提示
ちなみに上記の「プラセボ製薬株式会社」によるノセボ効果の説明は
https://placebo.co.jp/placebo-dictionary/nocebo-effect/

ちなみに薬について、
医師との信頼関係で効果が違うとの話。
信頼している医師が「これはうつ効きます」と言って、ビタミン剤を投与しても抗うつ効果はおおいに得られるとのこと。
そして、薬嫌いな患者にはその薬の副作用に加えてノセボ効果もでるとのこと。
そして、患者がいよいよ困って、自分から薬はないですかとなったときに、ほんの少量の薬でも効く、とのこと。

さらに「ノセボ効果は、服薬にまとわりついている副作用の記憶が前頭葉に蘇って、さまざまな感覚を生じさせるのかもしれません」とのこと。

220pで著者は「メルケル首相とトランプ大統領が象徴するように、これからは寛容と不寛容のせめぎ合いの時代に突入します」と書いているのだ、その根拠は何だろう。確かにそんな風に見えないわけでもないが、歴史はそんな風に動くのだろうか?

おわりにの前の10章の後半はわだつみなどを長く引用し、戦争の話であり、ネガティブ・ケイパビリティが戦争を防ぐという結語になる。

この本の最後に紹介されるエピソードはルアンダのろうあの子どもの孤児院の話。この本は共感で始まって共感で終わる。その共感の土台になるのがネガティブ・ケイパビリティだという。



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