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zoom RSS 「私たちの津久井やまゆり園事件」メモ

<<   作成日時 : 2018/01/13 19:13  

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読書メータに書き連ねたもの
https://bookmeter.com/reviews/69050094
をこっちにも。

堀さんから直接購入していたのだが、やっと読んだ。 「私たちの津久井やまゆり園事件」というタイトルだが、中身は「それぞれの津久井やまゆり園事件」という感じで、そのままの規模での建て替えを求める元家族会長の尾野さんの話や、検討会での会長の発言なども収録されている。それぞれの主張をちゃんと読めるのはいい。
目次は http://www.shahyo.com/mokuroku/gendai_shahyo/politics/ISBN978-4-7845-2406-8.php へ。ここから序文と詳しい目次にもリンク。

堀さんによる序文と目次はWebで読むことができる。 70年代が原点だという堀さんの序文。間違ってはいないと思うが、ぼくの問題意識はそこにはない。

第1章の文章で堀さんは障害者「きいちゃん」の姉の結婚式参加にまつわる話を紹介し、自分も感銘し、じーんとくる話だが、それで終わっていいのか、と問題提起する。 自分が「きいちゃん」を拒否する社会のメンバーの一員であることの自覚が問われる。

また、この1章の堀さんの文章で印象的だったのが、植松容疑者が専門家の「支援方法論」に依拠し、彼にはユマニチュードの哲学がなかったという指摘。39p ありそうな話だとは思うが、推測でしかない。そのあたりは堀さん独特の断言的な物言いになっているのだが、・・・。

2章は津久井やまゆり園の前家族会長の尾野さんによるシャロームでの講演の記録。ここで印象に残ったエピソードは(事件前の話だが)、その人(たぶん母親)が当事者の遺骨をもって帰ったら、「なんだってそんなもの持ってきて」と夫から言われて困っていると電話がかかってきたという話。尾野さんはこの風潮が匿名につながっているという。50p

また、尾野さんによると、園長も職員も報道に対して話してはいけないと、県から止められているとのこと。51p

津久井やまゆり園は全国で第一号の指定管理団体、とのこと。そして、尾野さんは県立職員は本当に怠慢が多く、当時会長の尾野さんが家族会として共同会に指定管理するよう要望した、という。52〜53p (かながわ共同会のHPには神奈川県で最初の指定管理と書いてあった。http://www.kyoudoukai.jp/kanagawa/history.html の2005年4月の欄)

そして、衆議院議長あての植松容疑者の手紙は脅迫文だと主張するのだが、脅迫というより、犯行予告ではないかと思う。いずれにしても、殺された側からすれば同じだろう。で、一番大事な部分は尾野さんの「警察も相模原市も神奈川県も厚労省もかながわ中央会だけを悪者にして納めようとしている」という指摘55p

56p〜は資料として、「〈資料〉第七回神奈川県障害者施策会議専門部会議事録」が掲載されていて、ここに家族会の現会長を含めて、複数の家族会のメンバーや津久井やまゆり園の職員の証言がでていて、とても興味深い。

その会議で、家族会の会長は「園の再生に地域移行がでてくるのがおかしい」「自分たちは支援計画を作って正規の仕組みで入所している」「(地域移行を言う人は)この不幸な事件を利用している」と主張する。なぜ施設ではなく地域でという主張があるのかを理解していないのか、していないふりをしているのかは不明 62p

また、大月会長はここで「障害の重い人の意志が、どういう暮らしをしたいのか丁寧に聞く」という意見に、それ自体は正しいが、この事件とは無関係です。と言いきっている、前後の脈絡で不明の点も多いのだが、確かに事件とは無関係だが、事件を受けて、どこに住むかというのh、まさにその問題なのではないか?

また、この議事録で家族会の杉山副会長は大規模施設が教育力を持っているのだ、小規模施設やGHにはその力がない、と力説。(66p)。 家族会役員の平野さんだけが、建て替えに何十億のお金をかけるのであれば、地域移行に使ったほうが有効と主張。

また、この議事録によると、前会長の尾野さんは「建て替えに60億〜80億かかるのであれば、GHを作ればいいという声は知的障害とは関係のない人たちで、津久井のことも神奈川県のこともやまゆり園の利用者のことも職員知らない人たちが騒いだ結果だ」と主張している。このあたりの尾野さんの言い方は後に変わっているかもしれない。

この議事録では津久井やまゆり園の園長や管理監督職の証言も収録されていて、そこで山田支援部長は施設否定の言説で自分たちの仕事が否定されているように感じる職員もおり、今後自信をもって仕事を続けられるか不安を抱える職員も多い中で仕事を続けている状況だが、利用者や家族の気持ちに寄り添うことが大きな使命だと思って仕事にあたっている(75p)、とのこと

同じ議事録で、北嶌日中支援課長は「大規模施設が否定されている昨今ですが、事件を機に小規模化するようなことはしないでほしい」と主張(75p)。

3章は5月27日に相模原市で行われた集会での早稲田大学の岡部さんの講演の記録。岡部さんは事件以降、マスコミの取材や執筆依頼に「いつも心がざわざわしていた」。そして、この日の集会の設営(前に紙で作ったシンボルの絵と性別と年齢だけが書かれた位牌のようなものが置かれていた)への違和感も表明しながら、話を始める。

彼の息子の自立生活の話と映像があり、津久井やまゆり園にいた人たちの状態についてはほとんど知らないが、と断ったうえで、強度行動障害の人がいたのではないか、だとしたら、地域移行=GHというような暗黙の全体があることにいたたまれない気持ちになる。もし息子がやまゆり園に居て、これから地域移行せよ、GHで暮らせと言われたら、「それは無理です」と答える、という。そして、GH以外にも地域で暮らすというような「選択肢を知っているのかなぁ」「知らなければ親も本人も決定のしようがない」と。(90-91p)

そして、施設の建て替えには問題がある。再建すべきは施設ではなく、一人ひとりの生活としたうえで、大事なのは「南風」だという(91p)。入所者の家族への南風をどう届けるか、それが難しいのだろうなと思う。岡部さんは例えば、CILなどがうちで受け入れるので、来ませんか、というような取り組みが必要なのではないか(92p)という。客観的に考え得ると、そんな話ができる開かれた関係(あるいは場)をどう作るか、ということだ必要なのだろう。

次の尾野さんの講演は「一旦は同じ規模で再建」という主張だが、最後に誰かが「尾野さんは息子一矢さんを自立生活させる、と宣言されています」(100p) と書き足されている。しかし、この一文を書いた人の署名はない。

尾野さんの講演を受けて、討議も掲載されている。かなり「討議」がふさわしい内容。「質疑応答」ではない。最初に発言したのが県央福祉会の理事長佐瀬さん。38のGHに375名がいるとのこと。ぼくは「県央福祉会」と「かながわ共同会」で、ちょっと混乱した。彼は尾野さんが県立時代に比べて、「かながわ共同会」の職員は素晴らしいと言ったのを受けて、「美辞麗句」だと反論。実態は毎日こまねずみのようにくるくる回って、支援しているだけで、利用者と向き合う暇がないのだと。

討論でのやまぼうしの伊藤さんの発言の最後の部分を以下に引用(80年代にぼくが彼と出会った頃、彼は東京都立の療護施設の職員で当時は民生局支部と呼ばれた福祉局の労働組合の偉い人だったが、施設で生活している人の当事者運動にも関わっていた)
・・・「人生やり直しがきかない、30年40年施設で暮らしてきた人に、最後の10年20年を自分の人生にプライドを持って生きてよかったという、生活を一緒に創りましょう」と。
 厳しい施設生活を送った人が、どうして地域で生活できないことがあるだろうか。GHは個室、本人が中心のプログラム・・・入所施設ほど厳しい条件はない・・・今、サテライトに取り組んでいる・・・。109p
外で暮らすほうが厳しいことは多いのではないかと思うのだが、外で暮らした方が輝ける人が多いのではないかと思う

誤植発見 111pで大月会長とすべきところが、大塚会長になってます。 また、どこか忘れましたが、「かながわ共同会」とづべきところが「神奈川共同会」になってたり。(見つけた、98pと100p)

「討論」では平野さんと尾野さんの直接対決の場面もあるが、場の設定の問題もあり、あまり深められていないような気もするので、ここを深めるるのも面白いかもしれないと思った。

岡部さんはこの討論のなかでも、家族や当事者を訪問して「一緒に暮らそう、自分が責任を持ちます」というようなアプローチが大事なのだと強調している。113p

岡部さんの発言を受けて、県央福祉会の理事長佐瀬さんが再び発言し、GHを作るだけではできない。体験型、ショート型のホームを作ろうと言っても県が聞かない、また県の小島福祉部長は、GHのスタッフの質が悪いという悪口を質を高めようともしないで言っている、とも指摘している。114p

117pにはぼくの発言も紹介されているが、あまり内容はない。

平野さんも再び発言していて、「自分の子どもはやまゆり園で非常に状態が良くなって、感謝している、でも社会に出ることを進めたい、と発言(121p)

次に神奈川検証委員会の委員長の石渡さんが発言。誰が要約したのか知らないが、この発言は文字だけ見ると、あまり整理されていない。彼女が言っているのを適当にまとめると、 
1、検証委員会で議論されていたことが、ちゃんと社会に伝わっていない。
2、神奈川県が障害のある人の生活を理解しているとは思えない。
3、知的障害本人の人たちの声が軽視されている。  
4、これが正解ということはなくて、とにかく本人の思いをしっかり受けとめていくことが大事。  
5、これまで多くの入所施設やGHを見てきたが、GHの人には自信がある。
(122p)、とのこと

126pからは普通学級へ全国連絡会の会報に名谷さんが書いた記事が掲載されていて、そこでは岡部さんの「なぜ名前が知りたいんですか」を正面から批判している。「私たちは名前が知りたいのではなく、名前が公表されないことを問題にしているのだ」と。「被害者の親・家族をそのようにさせている社会の問題にこそ目を向けるべき」と主張。そして、「住みやすい地域なんてない。地域は大変だ。でも地域は住まないと変わらない」という言葉が心に残ったと書く。相模原でGHをやってる女性の発言かと思う。それを彼女は普通級に置き換える。確かに障害のある子どもが普通級に入っていかないと、普通級は変わらないかもしれないが、彼や彼女は普通級を変えるために存在しているわけではない。そこに桎梏があり、ジレンマがある。

138p〜は岩橋さんが書くべき内容だと言いながら、書けなかった苦悩を書いている。

142p〜の伊藤勲さんの文章では府中療育センターの闘争と共に、療護施設自治会ネットワークの運動にも触れている。前者についてはいろいろな人が書いているが、後者の運動もちゃんと語り継がれる必要があるだろうと思う。また、伊藤さんには府中の闘争が東京都の側からどう見えていたのか、という観点から、誰か聞き取っておいた方がいいと思う。

また、伊藤さんは日野療護園からの地域移行の取り組みについても、記載している。このあたりも、もっと詳しく記録される必要があると思う。

149p〜は討論でもでてきた県央福祉会の理事長佐瀬さんの文章。ここでの彼の提起は、障害者施設で働く職員の専門性の高い教育システムとGHを支える制度と仕組み。前者について、まず、フィンランドの社会・保健医療の共通資格であるラヒホイタヤ制度を紹介する。かなり厳しい実習中心の資格制度だが、「社会福祉士」とか「PSW」とかのくだらない資格試験を考えると、こっちのほうがマシだとも思える。ただ、必要なことはちょっとずれてるような気もする。(Wikiにラヒホイタヤ制度の詳しい説明がある。この説明を読むと印象は変わるが、前提としてフィンランドではほとんどすべての教育が無償ということがあるのだとわかる)

そもそも、この時代に入職のハードルを上げるというのが、どうかと思える感じもある。入口を低くして、中でどう育てるか、という感じが必要なのかとも思う。賃金の低さもなんとかしなくちゃいけない。

後者のGHを支えるシステムについては、「現在のGHの運営基盤や運営スタッフでは心もとない面もある」として、
1、1ホームだけの職員体制では不安  
2、障害特性に応じた支援と専門性を高めることの必要 
3、4ホーム(1ホーム2ユニットで10名)*に1か所、「地域生活支援センター」を設置(ここも原文に間違いがありそうなので勝手に修正)。各ホームへの支援・サポート、ホーム職員への専門的アドバイス、GHどうしの横のつながりと関係機関との連携の強化が必要、
など挙げられている。(153p)

154pからの斎藤縣三さんの文章は、何か間に合わせで書いた感が否めない(違ってたらごめんなさい)。彼が50年前、入所施設で何を見たのかをもっと詳しく書いて欲しかったし、どんな経緯で71年にわっぱの会を始めたのか、それまでにどんな試行錯誤があったのか、みたいな話を読みたかった。

河東田 博さんが書いている『第5章 入所施設は重度知的障害者の生きる場か──日本とスウェーデン』(164p〜
)は読みごたえがあった。前半では自分で経験した入所施設の経験(職員や研究者として、だとは思うが)にもとづき、入所施設がどんなに良心的でも構造的に問題があることが立体的に見えるように記述されている。そして、スウェーデンにおける入所施設解体とその後のGHのことがコンパクトに記載されている。そこに記載されている「コンタクトパーソン」という制度が興味深い。

コンタクトパーソンについては、http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/jiritsu/hikaku-h20/swedish.html に詳しい説明を河東田さんたちが書いている。

以下、そこから引用
コンタクトパーソンは、障害をもつ人と一緒に余暇活動に参加したり、障害をもつ人の日常生活への一般的なアドバイスを行う人で、その目的は、障害をもつ人と一緒に時間を過ごし、その人の余暇活動を手助けすることを通して、その人が障害ゆえに孤立するのを防ぐことにある。

このサービスは重度の障害をもつ人の社会参加に貢献している。おおよそ月に8時間程度(約2時間/週)を上述の活動内容にあてることが期待され、コンタクトパーソンには月単位で一定の報酬と一定の費用補償が支払われる。

コンタクトパーソンはガイドヘルパーとは違って、互いの家を訪ねることもできるし、電話での交流も可能で、友人同士のようなコンタクトの取り方になる。ガイドヘルパーは基本的に移動の付き添いと考えられる。

Ivarには一緒に何かをしたり、余暇活動に参加できる人がいることはたいへん有意義だと考えられるので、このサービスを勧めるだろう。(Ivarとは便宜上、モデルにつけられた名前)

コンタクトパーソンが許可されると、該当業務部門にその決定が通達される。Ivarに合いそうな人物が見つかると、両者が会い、お互いを知る機会をもつ。いい関係が保てそうだと思われたら、LSS査定員と両者は契約を結び、このサービスが開始される。


河東田さんの文章の最後の段落の書きだしは「私たちが相模原の障害者支援施設の大量殺傷事件から学ぶべきことは、私たちの心に巣食う優生思想と差別意識と決別していくこと以外にはない」(176p)というもの。これだけ読むと、そんなこと言われてもなぁと思ってしまうが、続く部分にはもう少し具体的に書かれている。
・障害当事者との長く地道な協働作業を通して、あらゆる場で当事者参画を実現させ、脱施設化・地域生活支援を強力に推し進めていくこと
・常に当事者の声/声なき声に耳を傾け、当事者に寄り添いながら、共生社会を実現していくこと
・その先に、優生思想からの解放と構造的欠陥をもち共生を妨げる入所施設が解体をされ、充実した地域での生きる場が地域生活支援悪(ママ)として用意されていくものと思われる。
(176p)
(しかし、「地域生活支援悪」ってなんだろう。単なるミスタッチか?)


あと、興味深かったのが桐原さんの文章の中の「相模原事件をめぐる問題の立て方と難しさ」(228p)。
 病者集団として、「容疑者を措置入院歴のある同胞と位置づけた上で考えていく必要」があったが、「障害者を標的にして大量殺人をおかした容疑者を措置入院歴があるというだけで同胞とみなすことへの抵抗感」があり、「結局、殺された障害者と措置入院歴のある容疑者の双方の実存に思慮した見立ては誰一人として示すに至らなかった」と書く。「実存に思慮した見立て」というのもわかるようなわからないような微妙な表現だと思う。 、

248p〜浜島さんが書いている海外比較コラムも印象に残った。ベルギーKCEレポート144(2010年)を紹介している。それによると、医療エビデンスよりも倫理に基づいて実施された西欧福祉国家における精神科病院脱施設化で結果的に患者を地域に移行し彼らの生活の質は向上したが、回復は彼らがアクセスできる資源によって差があるとのこと。90年以降「行き過ぎた」脱施設化が懸念され「再入院化」の傾向があると言及されているとのこと。いくつかの例も出されているが、これへのカウンターレポートはないのだろうか?)
 このコラムの結語を見ると浜島さんは「ベルギーKCEレポート144」を肯定的に評価しているのだと思う。で、このコラムの最後の文章は「障害者条約を精神医療改革の武器にできるか否かは我々の関心にかかっている」とのこと。

264p〜のニュースタート事務局関西理事長(この肩書は巻末の記載のママ、変だけど)の高橋淳敏さんが精神医療のことを以下のように表現していて、これは手厳しいが真理かもしれないと思った。
・・・入院患者のふりをして、病院で働いている人にこう聞いてみればいい。「ここにいれば病気は治りますか?」と。あとで引き返してきて、鎮静剤を打たれるかもしれないが。医者は投薬治療をこのまま進めてよいものなのか自信はない。いや、むしろこのまま進めてもだめなのだけは分かっている。「仕方がない。家族のせいだ、地域の理解もない。」少なくとも何十年もの間、彼・彼女らはそうやって問題があった人を、せめて家族や地域のためにと隔離する仕事をしてきた。患者や症状と向き合ってもどうしようもない。毅然とした態度の先には、健常者が見る蜃気楼を見据えている。過去にあった日常が手本となり、それらの日々が繰り返されるように。埋まらない溝を埋め、その場から逃げるようにして働いている。
そして、この高橋淳敏さん(面識はないです)の極めつけは、以下のような主張だ。ぼくの主観を踏まえて要約する。
〜〜〜
このように社会から隔離するだけの治療や人がよりよく生きるなどということとは関係のない仕事の繰り返し、それを植松容疑者も感じていたのではないか。
〜〜以下は文章をそのまま引用〜〜
彼の働きによって助かっただろうひ被支援者が、家族にも地域にも本人の生にも接続されないような経験があって、国家なんかを持ち出して、間違った政治家や権力者が妄想しそうなことを、自分なら執行できると思ったのかもしれない。
 (中略) 彼は弱く未熟な介護労働者だったはずだ。施設の仕事の中身を大きく変えることができるのは、その責任を与えられた人たちの側にある。
そういう意味で言えば、入所施設で働く多くのの人がそうなのではないか。もちろん、あまり疑問を持たずに彼らには施設入所が必要だと純粋に働いている人も少なくはないだろう。そして、変えることのできる介護労働者など、ほんの一握りもいないはず。しかし、変えよう、変えたいという気持ちを失わずに働き続けることで結果として変えられなくても見えてくるものはあるのではないか?

 ここに続く部分で、やりたくて始めたカフェの事業が10年くらい経ったところでB型に乗っ取られてしまって、それは自分たちのやりたいとことは違う、と書かれている(266p)のだが、B型を使ってやりたいことをやることも不可能ではないのではないか。難しいとは思おうけど。国から出てるお金を使って、制度の超えて制度を制度として運用するようなありかたがあるはず。カプカプが生活介護の制度を使うように。

 さらにここに続けて、トリエステの精神科医の話を引用して、急性期の状態(「クライシス」と呼ぶ)は患者本人だけの「危機」なのではなく、家族や周辺のコミュニティや精神医療スタッフにとっての「危機」であり、乗り越えて成長するための「機会」である、という話を紹介する。そこからこの著者の解釈が入るとしながら、日本の精神医療では「急性期」は回避すべきものであり、機会をみすみす見逃している。イタリアと日本の差はそこにあるのではないか、それが今回の植松容疑者の件でもマイナスに出たのではないか、というわけだ。267-268p

そして、この最後の文章がかっこいいと思ったのだが、「今の社会状況はクライシスだと考えるが、この機会を回避するのではなく、地域で乗り越えたい」というのだった。

エピローグでは堀さんが1970年代に書いたらしい、知的障害の新聞をやぶることが好きな少年の、それも仕事になる日が来るはずだという主旨の詩を紹介している。そして、介護を受ける老人がおむつを替えるときに腰を浮かすことも労働だという例も、それを労働に転化することはできる、と言いきっている。清々しい。

読書メモ終わり。

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