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zoom RSS 知的障害の人の自立生活について(反天連NL500字)

<<   作成日時 : 2018/04/13 07:30   >>

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ときどき知り合いから依頼を受ける反天連NLの500字コラムへの寄稿
正式名称は 第]期・反天皇制運動連絡会発行の 反天皇性運動 Alert

500字でまとめる練習にはいいのだが、いつもうまく書けない。

以下は今年2月に書いたもの。
〜〜〜〜〜

知的障害の人の自立生活について

 津久井やまゆり園での障害者の多量殺傷事件から1年半。19人という死者は三菱重工爆破事件よりも地下鉄サリン事件よりも多い。そして、容疑者のUはいまでも、意思疎通のできない(彼にはできなかったという話だが)障害者を殺した自分の行動の正しさを主張している。

 精神病院に入院させられている人の多さにおいて、日本が飛びぬけていることは知られているが、知的障害者においてもそれは似ていて、40万人の知的障害者のうち10万人が入所施設。そしておそらく、残りの30万の大半は親との同居。

 その施設の多くは「別世界」のような場所にある。なぜ、知的障害者の多くは成人しても親の家を出て、自分が住みたい場所で暮らすことができないことがあたり前とされているのか。ぼくが住んでいる地域でも、主に母親が、ぎりぎりまで知的障害のある子どもの面倒を見て、それが出来なくなったら入所施設という例がいまでも少なくない。重い知的障害者が介助者を入れて地域で生活するという取り組みはまだまだ知られていない。そして、そんな暮らしを支えることができる機関もまだ少ない。そんな暮らしを知ってもらおうというキャンペーンを始めた。「知的障害者自立生活声明」で検索してほしい。
https://jirituseikatu.jimdo.com/

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なぜ、ギリギリまで親が抱え込むのか?

我が街で始まった知的障碍者たちの自立生活とその支援の始まりは、重度と評される知的障害の当事者から。
入所施設に入れられていた人。
入所施設に入れられそうになった人。
そんな人たちから始まり、当事者たちの暮らしをロールモデルとして、親の限界が来る前に「自立」という事を指向してこれたように思います。
そう描ける親たちは、そう描いても良いだけの地域のつながりがあり、我が子の周囲にたくさんの知り合いがいて、親が我が子と袂を分かつのは、周囲の人たちに委ねるか否かという判断の中で、我が子を送り出してきたように思います。
そして、
30年以上経って、ようやく成人して後出会った当事者たちの自立生活なるものをいかに獲得していくかというかという課題に取り組み始めています。

そもそも私たちが親もとを離れて自立生活を始める手前で、
実は、「いづれは親もとを離れて」という前提を基に様々な準備をしています。(受験勉強であったり、就活であったり、仲間づくりであったり)

その準備を奪われてきた人たちは、障害の有無にかかわらず親もとを離れ暮らすことがままならない状況が拡大しているようにも思います。

「将来の暮らし」が描けない知的障害の当事者。
親に与えられた子育て(子ども管理)に対する社会のプレッシャー。
親もとで過ごせる内は親もとに居続けるのが、親も子も「普通」になってしまう。

ならば、
「自立生活」云々を語る手前で、その準備に向けて取り組む必要があると思うのですが、
それを言うと「自律した生活ができるように訓練する」みたいになってしまう。
そこも含めて問いつつ、
当事者自身の将来に向けて周囲が関わっていく必要があるように思います。
岩ちゃん
2018/04/14 08:02

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