富田晋くんの「命を守る会・金城祐治代表」への弔辞

このページに富田晋くんが書いた命を守る会・金城祐治代表(辺野古)への弔辞ともいえる文章が掲載されている。その文章の前には祐治さんの葬儀の写真。「妊婦と夏芽さんお腹対決」とかの写真になごませてもらいながら、この文章を読んだ。

タイトルは
「命を守る会・金城祐治代表が亡くなりました。富田晋より全国の皆様へ。」となっている。

ぜひ、全文を読んで欲しい。

上に紹介したページで読めるのだけれども、どうしても紹介したいのでここにも転載。

==以下、転載==
命を守る会・金城祐治代表が亡くなりました。富田晋より全国の皆様へ。

全国の皆様へ。

 全国の皆様。今日、僕の親父とも言える人が亡くなりました。祐治さんです。

 亡くなった直後、海上で船を操船中に電話で知りました。言葉になりません。この気持ちをどう表したらいいのか。

 涙が溢れ、止まらず、泣きながら船を操船しました。カヌー隊はオールを揚げ、悲しみと闘いの継続の意思を示していました。全員が泣きながら、されど祐治さんの意思を継ぐために闘いへと出ました。

 正直に言って「なぜこんな時に海に出なければならない。祐治さんのもとへ行きたい」と切に思いました。

人として泣きたいときもある、叫びたいときもある。それを抑えて海に出て闘う。このような状況を僕たちに強いているのは他ならぬ政府であることへ満身の怒りが込み上げてきました。そして涙も。

僕たちは祐治さんの気持ちに答えることは基地建設を阻むことだと信じ、闘いを今日一日継続しました。海上保安庁からの嫌がらせ、弾圧と闘いながら。


僕にとって祐治さんは人生の大半を濃密に過ごした人です。時には殴られて怒られました。時には酒とタバコの味を僕に教えました。時には人生の師として教えられ、語り合い。仲間として杯を交わし、これからの行く末を議論し、祐治さんはその後姿で僕に人生を教えました。僕が僕らしく生きること。人として生きること。若者が次代を担うのだということ。

皆さん、すみません。書いても、書ききれません。書いているだけで涙で画面がにじみます。

僕にとって今までの人生で一番にかけがえのない人が亡くなりました。

通夜に行ってお顔をあわせ、声をかけました。かえってきませんでした。触れて、声をかけました。冷たくなっており、安らかなお顔をしていました。

言葉にすることがこれほど難しいことはありません。

祐治さんは病室で夏芽さんに「今の若者は何をやっとるのか!若者が頑張らないとダメダ!あとは若者に任せる。」といっていたそうです。

僕のことは「晋は大丈夫か?あいつにもっとしっかりしたものを残してやりたかった。」と言っていたと後で初子さん(連れ合い)から聞きました。

祐治さん、祐治さん。祐治さん、祐治さん!

すみません。僕たちがもっともっと頑張れたはずです。僕がしっかりしていれば。

これからもっともっと頑張ります。見ていてください。僕の横で見ていてください。

祐治さんと過ごした7年間、本当に幸せでした。祐治さんの魂、祐治さんの思い、全て僕自身の魂に刻まれています。


全ての若者達よ!祐治さんの子供達よ!どうか、どうか最後までともにいて欲しい。

僕は祐治さんの代わりは出来ない。けれど引き受けようと努力することは出来る。未熟で、本当に未熟で色々な心配をかけてごめんなさい。精一杯頑張る。みんなの思いを引き受けるから。一緒に闘ってください。頼りないかもしれないけれど引き受けるから。

これからもっと厳しい時代と闘いが待っています。しかし、祐治さんは僕たちに示してくれた「継続は力なり、力は勝利なり」と。そして2度も基地建設を阻んできた。

「貧乏人には貧乏人なりの闘いがある。」

「心にいつも遊びと余裕を持て。」

「時代は動く、だから辛いし、楽しい。」

「もうちょっとしっかりしろ!」

「一つ一つの言葉に重みを持て。人に伝えることを大事にしなさい。」

「おまえが引き受ける番だ。ちょっと心配だけどな。」

「信じることを忘れちゃいかんよな。」

「年寄りには年寄りなりの考えがある。生意気ばかり言うな!」

「自分が大事だと思った言葉を継続して伝えなさい。」

「晋の財産は人間関係だ。大事にしなさい。そういうのを人徳って言うんだぞ。」

「明日、俺と一緒に現場に立つか?逃げてもいいぞ。(2004年4月18日の夜・強行前夜)」

「お前なぁ、四の五の言ってないで闘え!」

「ここにいる仲間たちを大事にしたいよなぁ。頼りないのが多いけど。」

「根を張って積み上げろ。長いトンネルの先には希望があるぞ。」

「俺は長くない。晋、分かっているな?」

「周りを見て考えろ。お前は突っ走りやすい。ちゃんと自分を抑えろ。」

「カーッとなったら足元を見る。闘ってもそれでこけたら意味ないでしょ。」

「STOP YUJIって俺のことか?まったく紛らわしいよな。」

「命を守る会で亡くなった10人の思いを引き継ぐ人間が必要なんだ。」

「頼りないリーダーでごめんな。」

「生きろ!最後まで生きろ。俺の前で死にそうな顔をするな!海から生きて帰ってこい」

「」まだまだたくさんたくさん教わりました。伝えきれないほどです。

一つ一つの言葉を自分のものとして引き受けていくには時間がかかると思います。しかし、それこそ僕にとって自分らしさなのです。原点なのです。


9月に僕とサオリちゃんの子供が生まれてきます。

最初「樹里」という名前にしようと思っていました。おばぁやおじぃたちが辺野古の闘いのことを「一本一本、木を植えていく闘い。それが育ち大木となり、森となり、基地建設を阻む」と言っていました。一本、一本の木を植えている里から生まれる子供だから「樹里」にしようと思いました。

しかし、話し合って変えました。

本当は子供が生まれたら祐治さんに真っ先に見せに行くつもりでした。それが叶わない悲しみと僕たちが祐治さんの意思を引き継ぐ決意として名前を「祐樹(ゆうき)」とします。

おじぃ・おばぁが言っていた「樹」の話し、そして祐治さんの「祐」の字をとりました。

祐治さんと共にあった7年を引き受け、僕は人生を賭けて基地建設を阻止します。

皆さん共にあってくれますか?

共にあってくれると信じています。

駆けつけられる方は事前調査を阻止するためにどうか辺野古に集まってください。闘いましょう。全ての人々の平和と平等のために!!祐治さんの魂は今、ここに共にある!!

==転載ここまで==



若い晋くんのあふれるような思いに涙がでます。



こんな若い人が存在することが、ときとして消えてしまいそうなぼくの希望とつながります。


いま、ぼくが辺野古に行くことは難しいし、東京での行動でさえ、なかなか参加できないけれども、それでも辺野古での基地建設を止めるためにぼくに何ができるか考え、行動しようと思う。ここで晋くんが呼びかけているのは若者に対してだけど、とうに若者を通り過ぎてしまったぼくもまた、晋くんの呼びかけに応えたい。


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この記事へのコメント

しげの
2007年05月31日 22:12
気になった文章を引用するのはわかるが、本当に辺野古の闘いについて現在あなたが参加できることがないのかを考えると、私からはそうでないように見える。活動ができていない点ではお互い様と言うかもしれないが、現在のあなたの運動に対するスタンスの取り方にはやや違和感を覚える。ぜひ、いまひとつ「できること」を真剣に見直していただきたいと思う。

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