アグロエコロジーが面白そうだ

吉田太郎さんが「アグロエコロジー・ブログ」で「政治運動としてのアグロエコロジー」というのを書いていて、すごく興味深かったので紹介したくなった。
http://agroecology.typepad.jp/blog/2010/07/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC.html

”政治運動”にかかわってきたぼくには、これは面白かった。

前提となるアグロエコロジーとは何かという話だが
同じく吉田さんの「アグロエコロジー特別講座について」(キューバ有機農業ブログ)
http://pub.ne.jp/cubaorganic/?entry_id=2394965
がわかりやすい。

こんな風に書かれている。
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世界を変えるアグロエコロジー
 さて、有機農業もルーツを辿ればインドやアジアにゆきつくのだが、アグロエコロジーは、有機農業とは違って、開発途上国で発展してきた農業である。

 吉幾三の「俺ら、東京さいくだ」の歌詞のアナロジーで言えば、
「ハァ、肥料も無エ、農薬も無エ、トラクターもそれほど走って無エ、遺伝子組換え種子は生まれてこのかた 見だごとア無エ」という地域にも関わらず「俺らこんな村いやだ」とは言わずに村に踏みとどまった農民たちが作り出してきた農業である。
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で、本題に戻る。この「政治運動としてのアグロエコロジー」を読んでもらえばいいのだが、自分用にメモを残す。

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2010年5月18~22日。スリランカのコロンボで、土地農業改革運動(MONLAR= Movement for Land and Agricultural Reform)の招聘を受け、ビア・カンペシーナ(La Via Campesina)は、第2回アグロエコロジー集会を開催した
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とのこと。

ビア・カンペシーナの主張は
「農民やその家族にとって、まっとうな労働条件を創り出し、環境的にも経済的にも持続可能で、社会的にも公正で文化的にも受け入れられる農業システムを再構築するには、我々はアグロエコロジーしかない、と信じている」というもの。

吉田さんはこれが過激な主張だと書いているが、どうも本人もそう思っていないのではないかと思われる節もないではない。少なくともぼくには、あたりまえでとても穏当な主張だ。

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第2回の集会では、企業寄りではなく、まさに農民のための農業改革や食料主権が各国政府で推進されるよう、「アグロエコロジーのための政策創案の枠組み」も叩き台として提唱している
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スリランカ宣言:アジアのアグロエコロジーの挑戦
Sri Lanka Declaration: Asian Agroecology Encounter
http://www.viacampesina.org/en/index.php?option=com_content&view=article&id=925:sri-lanka-declaration-asian-agroecology-encounter&catid=17:sustainable-peasants-agriculture&Itemid=42

(見ての通りEncounterを「挑戦」とするのは、意訳というか誤訳に近いかも?「立ち向かう」という意味と「出会う」という意味が掛け合わされているようにも思う。始めは「アジアのアグロエコロジーは立ち向かい、出会う」としたのだが、冗長で意味不明なのでやめた)

ただ、この宣言に中身はあまり期待しないほうがよさそうだ。英語が読める人は読んでほしいが、ぼくにはあまり中身があるとは思えなかった(ただ、ぼくの英語力の問題かも)。

で、その1ヵ月後の6月21~22日にブリュッセルにおいて国際会議「2050年のグローバルな食料ニーズを満たすためのアグロエコロジーのアプローチの寄与(The contribution of agroecological approaches to meet 2050 global food needs)」が開催されたというのも紹介されている。

ここで紹介されているアグロエコロジーへの応援演説、慣行・企業型農業批判も引用しておこう。

オリビエ・デ・シューター(Olivier De Schutter)さん
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「これが、今、私どもが手にしている最善の選択肢です。それを使わない余裕はないのです」
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「現在起きている世界的な食料危機は過去20にわたる大国の誤った政策によってもたらされた」 ・・・ 食料危機に対し、「これはまさに始まりであって、廉価な食料があふれる時代は終わった」と述べ、世界銀行と国際通貨基金(IMF)が農業への投資の必要性を過小評価してきた、とりわけ、IMFに対し「負債を抱える開発途上国に食料自給を犠牲にして、換金作物の生産や輸出を求めた」と非難している
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(デ・シューターへのインタビュー)
あなたの前任者であるジャン・ジグレール氏は、かつて、子どもが飢餓で命を落とす時に、『その子どもは殺害されたのだ』と語っていました。同意されますか

「同意します。毎年、300万人の子どもが栄養不良で死んでいます。そして、開発途上国では3人に1人の子どもが貧血で苦しむ母親から産まれています。それは非常に深刻な問題です。 そして、この状況の原因をたどっていけば、つまるところ、政府によりなされた誤った決定にゆきつきます」
===

 デ・シューターは言う。

「私たちは、こうした持続可能な農業モデルを拡大し、最も貧しい農民たちのために確実に機能させられます。今、必要なことは、成功したパイロット・プロジェクトを国家政策にまで動かす政治的意思なのです」(3)
 デ・シューターは、キューバ、ブラジル、そして、アフリカにおけるアグロエコロジーの成功は、近代農法にかわるモデルとなるべきだと言う(6)。

 キューバ、ビア・カンペシーナ、ジュールス・プレティ。いずれも私にはよく馴染むテーマばかりだ。アグロエコロジーは、あくまでも「学」である。だが、エコロジーが「学」から離れ、政治運動となっていったように、アグロエコロジーも国際会議の場で火花を散らしている。ビル・ゲイツと米国VSビア・カンペシーナとキューバ連合軍。これに国連顧問も絡んで、三つどもえの死闘が繰り広げられるとなれば、戦いの帰趨はわからない。だが、野次馬根性をもって今後の展開が楽しめことだけは間違いない。

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「政治運動としてのアグロエコロジー」からの引用ここまで

ここで読む限りでは国連顧問は完全にビア・カンペシーナとキューバ連合軍の側についているような気もするが、他にもこの問題に関する顧問がいるんだろうか。ま、ここには書かれていない国連の事情もあるから、三つ巴になる部分はあるのかもしれない。


で、吉田さんは続いて
「続・政治運動としてのアグロエコロジー」
http://agroecology.typepad.jp/blog/2010/07/%E7%B6%9A%E6%94%BF%E6%B2%BB%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC.html

というのも書いている。

2010年5月11~14日ここでは、キューバ農林技術協会(ACTAF = Asociacion de Tecnicos Agricolas y Forestales-Cuba)の主催の第8回有機農業・持続可能な農業国際会議の概観を報告している。この会議「第6回ラテンアメリカ・アグロエコロジー地域運動会議」も兼ねていたという。

以下は再びそこから引用
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開催式では、ラテンアメリカ・アグロエコロジー学会のミゲル・アルティエリ(Miguel Altigri)代表がこう述べた。

「グローバルな金融危機、エネルギー、社会危機は全世界の数百万人に影響しています。旱魃、洪水、ハリケーンと気候変動も国際的な科学会への挑戦です。この現状に対応する新たな農業モデルを見出す必要があります。そして、キューバは資源の合理的な利用と環境保全の世界モデルなのです」
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これに続けて吉田さんは

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アルティエリは、アグロエコロジーに基づき持続的農法を開発したキューバの農民たちの仕事を高く評価した(4)。 ミゲル・アルティエリ代表は、運動としてのアグロエコロジーがなぜ必要なのか、そして、学会が誕生した経緯を、そのウェブサイトで書いている。内容の要旨を紹介してみよう
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というわけで、以下はその要旨。

アカデミズムはあんまり好きじゃないので、運動の部分のみ抜き取る

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運動として発展してきたアグロエコロジー

 中国、ヨーロッパ、米国他の牛の飼料のために、輸出用の遺伝子組換え大豆を工業的に生産する。先進国からのバイオ燃料需要に応じ、サトウキビ、トウモロコシ、大豆、パーム油、ユーカリ等を製造する。こうしたグローバルな需要が、ラテンアメリカ農業の姿を変貌させつつある。そして、いまだ経験なき経済、社会、そして、エコロジー的なリスクをもたらしている。 工業型農業は高額な石油に依存する。生態系や生物多様性の保全への脅威となることに加え、モノカルチャーは気候変動にも脆弱だ。輸出型農業やバイオ燃料モデルを推進することは、小規模な農民たちの地域自給力も奪っていく。

 こうした動きに対応し、この20年で、食料主権とアグロエコロジーの概念がかなり注目されてきた。近代的な農学と先住民たちの知識体系を組み合わせる。この新たな農業技術は、何千人もの農民たちの間で普及しているし、農業生物多様性や土壌と水を保全しながら、農村コミュニティの食料安全保障を高められることが、NGO、政府、学術機関によって実証されつつある。 持続型農業を促進するため、何百ものNGOがアグロエコロジーを活用し、諸大学もアグロエコロジー学科や修士コースを設けはじめ、ブラジル、キューバ、ベネズエラ、ボリビア、ペルー政府は、その農業開発戦略の一部にアグロエコロジーを組み入れている。農民運動、ビア・カンペシーナ、ブラジルの小規模農民運動(MPA=Movimento dos Pequenos Agricultores)、土地なし農民運動(MST =Movimiento de Trabajadores sin Tierra)等も食料主権促進のために、アグロエコロジーを提唱している
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日本でのアグエコってありそうだと思って、アグロエコロジー+日本というキーワードで検索。

恵泉女学園大学で去年、開催された国際シンポジウム「持続可能な環境と社会を目指して-アグロエコロジーの可能性を問う」というのを紹介するブログ([NORA的日常] ひねもす里山)がでてきた。
http://nora-yokohama.org/satoyama/002/post_58.html

で、大江さんがコーディネータをやってる。「な~んだ」こんな近いところでやってたのか、って感じだ。

ここでは以下のようなアグエコの定義が示されている。
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アグロエコロジーについて、「フードシステムの生態学」と定義される新しい学際的な学問領域であり、農場から農村景観、地域コミュニティまで視野に入れ、持続可能な食料生産・流通・消費を目指し、社会学、文化人類学、環境学、倫理学、経済学も含むものであると説明
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で、それを「思い切ってNORAなりに言い換え」ると、
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農場から食卓まで(Farm to Table)農産物が流れていくことによって、里山の生態系も、かかわる人びとの暮らしも豊かになることを目指す学問領域
===
とのこと。

この「豊かさ」というのがくせものだ。日本の文脈でこれを読むと、また物質的な豊かさじゃない別の豊かさを求めているようにも読めるが、いわゆる「第三世界」ではこれが物質的な豊かさももたらすものとして提唱されているようだ(吉田さんの説明のぼくなりの解釈)

物質的にはあまり豊かとは言えないかもしれない日本の小規模な農家にも適用できそうだし、そういうことをめざしている農家は少なくないはず。この言葉は使われてなくても実践の例はある。このような農業がもっと広がることが求められている。


アグロエコロジー、なかなか面白そう。



ちなみに、世界のアグロエコロジーに関する情報は、ここで紹介した吉田太郎さんの「アグロエコロジー・ブログ」で、日々、ぼう大な情報が積み重ねられている(とても読みきれないが)。

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この記事へのコメント

spitzibara
2013年07月04日 20:53
こんばんは。いつもお世話になります。今日、当方のブログで紹介した記事がアグロエコロジーに触れていて、検索したらこちらのエントリーがヒットしたので、リンク、引用させていただきました。よろしくお願いいたします。

(6日、夜の部でお目にかかれるかもしれないので、楽しみにしております)

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