ラミスさんの話をつぶやいたら、カクマクシャカさんから質問がきたので、それに答えた。

まず、きっかけになった投稿

ラミスさんが沖縄の現状を例示しているとする知念うしさんの100個のランドセルの話.。 http://tu-ta.at.webry.info/201202/article_1.html 批判されているようにヤマト側の運動は確かに弱いし、そんなNIBY的な運動もあるだろうが、100個のランドセルを押し付ける構造に向かう一歩先の視点も必要なのでは
2012.04.08 07:01


それへのカクマクシャカさんからのレスポンス

kakumakushaka@duruta はじめまして。「100個のランドセルを押し付ける構造に向かう一歩先の視点」に興味があります。具体的に「一歩先の視点」とは、どのようなものなのか、もう少しご教授いただければ嬉しいです。私ももっと学びたいと思っています。
2012.04.08 14:09




カクマクシャカさんへの応答(すべて4月9日)

@kakumakushaka 返信ありがとうございます。正確には75個のランドセルですね。押し付けてしまっている現実に敏感でなければならないのは間違いないし、その意味で知念さんの例はわかりやすい例え話です。まず対応として75個を軽くしなければならないというのも当然の話です。(続く
posted at 06:26:25

@kakumakushaka 続き)しかし、この例え話には米国が見えません。100個のランドセルは米国が日本との関係の中で押し付けているものです。75個も押し付けられている沖縄の負担をまずなんとかしなければいけないという主張はその通りなのですが、じゃあ100個はそのままで(続く
posted at 06:30:33

@kakumakushaka 続き) いいとは思えません。ぼくはラミスさんがいう「日本ではほとんど存在しない反安保運動」の参加者として、100個のランドセルを、沖縄の人といっしょに、どうなくしていけるのかという風に考えたいなぁと思うのです。とりあえずの優先順位として沖縄の(続く
posted at 06:37:22

@kakumakushaka 続き)負担を減らすためにヤマト側で何ができるか、ということはちゃんと考えなければならないことだと思いますが、それは米国政府と日本政府がいっしょになって押し付けている米軍基地をどうしていくのかという展望の中で考えられるべきだと思います。 (続く
posted at 06:40:51

@kakumakushaka 続き) 具体的にどうしたらいいのか、という答えはありません。まずは対話から始まるのではないかと思います。沖縄とヤマトの植民地主義的な関係を自覚した上で、それでもいっしょにやれることがあるはずだと信じながら、違いを違いとしてレスペクトする対話から(続く
posted at 06:46:40

@kakumakushaka 続き)始める必要があるのかと思います。東京でいっしょに反安保運動を担ってきたラミスさんが沖縄に移住して10年を経て「本土日本ではほとんど存在しない反安保運動が、もうちょっとで実現できそうなふりをし、沖縄を騙そうとするやりかた」だと考えざるを(続く
posted at 06:49:17

@kakumakushaka 続き)得なくなった状況に、内在的にアプローチする必要もあるのかもしれません。確かにカチンとくる言い方ですが、ラミスさんがそう感じてしまったという事実から出発するのも一つの方法かもしれないと思います。ちゃんとした答えになていないかもしれません。(続き
posted at 06:51:47

@kakumakushaka 続き)より考える契機を作ってもらえたことに感謝します。今後ともよろしく。
posted at 06:52:42


kakumakushaka@duruta 「レスペクトする対話から始める必要がある」とは本当にその通りだと思います。僕は沖縄県人なのですが、感情的になってしまうことも多々あります。僕も気をつけていきたいと思います。丁寧にお答えいただき本当にありがとうございます。2012.04.09 14:06

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