ショック・ドクトリン 下巻メモ

http://tu-ta.at.webry.info/201204/article_4.html の続き。

気流舎での読書会
http://www.kiryuusha.com/blosxom.cgi/shop/event/120418a.html
にも遅れて参加した。

そこで気がついたのは、ナオミ・クラインは過去のものであるように記述する新自由主義は本当に終わっているのだろうかという疑問。メインストリームは変わっていないのではないか。息苦しい状況はひどくなりこそすれ、好転しているようには思えない。

そんななかで、じゃあ、どうすればいいのか、ということが問われていると思う。




ショック・ドクトリン 下巻メモ

カバーの裏
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 ショックドクトリンは、一九七〇年代チリの軍事クーデター後の独裁政権のもとで押しつけられた「改革」をモデルとし、その後、ポーランド、ソ連崩壊後のロシア、アパルトヘイト政策廃止後の南アフリカ、さらには最近のイラク戦争や、アジアの津波災害、ハリケーン・カトリーナなど、暴力的な衝撃で世の中を変えた事件とその後の「復興」や、(IMFや世界銀行が介入する)「構造調整」という名の暴力的改変に共通している。
 二〇〇四年のイラク取材を契機に、四年をかけた努力が結実した本書は、発売後すぐ、絶賛する反響が世界的に広がり、ベストセラーとなった。 日本は、大震災後の「復興」とい名の「日本版ショック・ドクトリン」に見舞われていないだろうか。3・11以降の日本を考えるためにも必読の書である。
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372pにはワシントン・コンセンサスという言葉を生み出したジョン・ウィリアムソンに関する記述がある。93年に彼がショック・ドクトリンに踏み出した演説が引用されている。

ところで、http://tu-ta.at.webry.info/201204/article_4.html の上巻のメモでワシントン・コンセンサスへの誤解を書いた。Wikiには以下のように書かれている。
ワシントン・コンセンサス (Washington Consensus) とは、ワシントンDC所在のシンクタンク国際経済研究所 (IIE) の研究員で国際経済学者のジョン・ウィリアムソンが1989年に発表した論文の中で定式化した経済用語である。

この用語は元来、1980年代を通じて先進諸国の金融機関と国際通貨基金 (IMF)、世界銀行を動揺させた途上国累積債務問題との取り組みにおいて、「最大公約数」(ウィリアムソン)と呼べる以下の10項目の政策を抽出し、列記したものであった。

財政赤字の是正
補助金カットなど財政支出の変更
税制改革
金利の自由化
競争力ある為替レート
貿易の自由化
直接投資の受け入れ促進
国営企業の民営化
規制緩和
所有権法の確立
このコンセンサス、誰と誰の間のコンセンサスなのだろう。
ぼくがどこかで読んで誤解していたように、ワシントンに本部を置くようなNGOはこのコンセンサスに加わっているのかどうか。赤旗のFAQによると、「ワシントンを本拠とするアメリカ政府、IMF(国際通貨基金)、世界銀行などの間で成立」とのこと。 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-01-11/20060111faq12_01_0.html

元IMF職員 デイヴィソン・ブドゥーの内部告発 379-382p カムドシュ宛の公開書簡の書き出し部分、おおざっぱに要約
ラ米諸国、カリブ諸国にあなたが処方した薬や数々の計略を押し付けてきた。辞職によって、・・・何百万という貧しく飢えた人々の血に染まった私の手を、ようやく洗うことができると感じている・・・。統計を操作し、経済を破綻させた上で、解雇や賃金カットなど最悪の処方箋を押し付ける・・380-381p
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トーマス・フリードマン
『レクサスとオリーブの木』で「グローバル化は…90年代にタイ、韓国、マレーシア、インドネシア、メキシコ、ブラジルの経済を崩壊させたことで、すべての人々に恩恵を施したと信じている。…」405p


いわゆる反グローバリゼーション運動の最大の成果は、シカゴ学派イデオロギーを国際的論議の場に引きずり出したことだと言っていいかもしれない 407p


(テキサスの)牧場で何か問題が起きるとジョージはすぐ、だったらチェーンソーでぶった切ってしまえ、と言うんです。これだからジョージとチェイニーとラムズフェルトの3人はうまく行くわけよね。(ブッシュ 妻)409p


ラムズフェルドのペンタゴンへの宣戦布告(人員削減、民営化)は2001年9月10日だった。417p


9/11直後、国内版経済ショック療法。表向きはテロリズムとの戦いを目標に掲げつつ、その実態は惨事便乗型資本主義複合体、すなわち国土安全保障と戦争および災害復興事業の民営化を狙う、本格的なニューエコノミーの構築にほかならなかった。434p


FBに書いたコメントから
イラクの話もたくさん。例えば
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ワシントンDCで開かれた「イラク再建2」と題された会議の席上、ある参加者は私に真顔でこう言った。「まだ流血が続いているときこそが投資に最適の時期です」
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こんな話の詳しい実態や背景が克明に描かれる。第六部(16章~18章

何十億ドルという金を請負業者に配分し終わると、CPAは跡形もなく消えてなくなった。スタッフは民間業者に戻り、数々の不祥事が浮上したときにはCPAの失態を説明できる責任者は誰一人残っていなかった。だが、イラクでは、行方不明の数十億ドルに対する怒りは消えるはずもなかった。521p


ブレマー統治下のイラクは、まさにシカゴ学派の理論的帰結 523p


(2007年、イラクの内戦状態のどさくさの中で国営石油産業を民営化)崩壊の危機にある国から将来の富まで乗っ取ろうというのは、惨事便乗型資本主義のなかでも破廉恥の極みとしか言いようがない。548-550p

スリランカにおける「第二の津波」
津波発生のわずか4日後に水道民営化法案を可決。被災地におけるホテル以外の建設禁止。575-578p


津波を好機として活用したという点ではモルディブの右にでる国はない。沿岸部から貧しい住民を追い出すだけは満足せず、居住に適した地域の大部分から国民を締め出すという策にでた.582p


第二の津波とは・・・とりわけ衝撃の強い経済的ショック療法。通常は何年もかかる住民の立ち退きや地域の高級化(ジェントリフィケーション)が、ものの数日あるいは数週間、数ヶ月で実施できるから。585p


「タイ津波被災者・支援者連合」の緊急声明から
「企業家や政治家にとって津波はその願望をかなえてくれるもの。かねてからリゾートホテル、カジノやエビ養殖場を建設する障害になっていたコミュニティが、沿岸地帯からきれいさっぱり洗い流されたから・・・」585-586p


(スリランカでは)
NGOのロゴマークは沿岸地方一帯のありとあらゆる場所で目につくため、復興事業への怒りの矛先はいきおいNGOに向けられる。・・・。スリランカをバリのような観光地に変えることを画策する世銀USAID、それに政府当局者は、ほとんど都会の事務所にこもりきりだ。およそ援助と名のつくものを提供しているのはNGOだけ・・・。587p


(ハリケーン被害で)米政府は今回も引き出しと預け入れの両方の機能を持つキャッシュマシーンの役目を果たした。大型契約の受注によって政府から金を引き出した企業は、政府にその恩返しをする。ただし、請け負った仕事をきちんとこなすのではなく、次の選挙のために資金や献身的な選挙運動員を提供するのだ。599-600p


屋根にブルーシートをかける仕事、政府は1平方フィート175$で発注。最終的に請け負った作業に払われたのは2$ 600p


少し前までは、災害は細分化したコミュニティ同士が壁を乗り越えて団結するという、いわば社会の水平化が見られるまれな機会だった。ところが状況は今や逆転しつつある。601p


陸軍特殊部隊デルタフォースで秘密工作の司令官を務めて、現在はコンサルであるジョン・ロブの語る未来像。「新しい、弾力的な国家安全保障・・民間人をや民間企業を中心に築かれる。・・医療制度がそうであるようにセキュリティも住んでいる地域や勤務先ごとに機能・・、現在の集団的システムから真っ先に脱出するのは富裕な個人と多国籍企業。・・民間軍事会社に金を払って自宅や会社の施設を守り、安全環境を確保・・ビジネスジェット事業から発展した民間輸送ネットワークが安全な場所へ・・(こうした安全圏の外側にいる者は)わずかに残った国の・・最低限のサービスに甘んじるかまったくサービスを受けられないこともある。だが、貧困層にとってはそれ以外に避難できる場所はない」612-613p


事態はすでに進行・・アトランタ近郊の裕福な地区では自分たちの払った税金が、アフリカ系アメリカ人が多く住む低所得地区の学校や警察のために使われるのは我慢できない・・郡から独立して人口10万人のサンディ・スプリングスという市を発足させることを住民投票で決定  コーポラティズム改革運動30年の目的がついに果たされた 614-615p


(イラクにおけるグリーンゾーンとレッドゾーンが)究極の民営化の実験場だったとすればテスト段階はクリア・・616p


『ダボス・ジレンマ』
サマーズ元財務長官
「国際関係の専門家は今がかつてない最悪の時代だと言い、投資家はかつてない最高の時代だと言う」 
『銃 VS キャビア インデックス』
戦闘機の売り上げと自家用ジェットの売り上げ、従来は相反していたのに、いまは両方が伸びている。 618p

イスラエルがダボス・ジレンマのモデルケース 624p

ナオミ・クラインが分析するイスラエルを単独主義に追い込んだ二つの要因。
1、ロシアからの移民
2、主要輸出品が伝統的消費やハイテク製品から、対テロ対策に関連する技術や機器へと大きく転換したこと。
627p

現在のイスラエル人口の18%以上が90年代の旧ソ連からの移民 628p

不法入植地に住むイスラエル市民のうち、約25000人はこれらの新移民 631p

NY警察にかかってきた電話は、イスラエルのナイス・システムズが開発した技術によって録音、分析される。同社はLA警察や・・も監視…ほか、ロナルド・レーガン空港はじめ…監視ビデオカメラを納入…。637p

要塞化がもっとも進んでいるのがイスラエルだ。なにしろ国全体が要塞化されたゲーテッド・コミュニティと化し、壁の外には永久に見捨てられた人々が暮らすレッド・ゾーンが広がっているのである。ある社会が平和構築への経済的インセンティブを放棄し、勝利者のいない終わりなき「テロとの戦い」を戦い、それによって利益を得ることにのめり込んだときの姿が、まさにここにある。 644p


ピチット・ラクタル(アジア災害対策センター事務局長)
「住民がいちばんよくわかっている。地元社会のことなら何から何まで知っているし、自分たちの弱点もちゃんと承知しています」 647p


シカゴ学派はその35年間の歴史を通じて、ビジネス界の有力者や熱意に満ちたイデオローグ、豪腕の政治家らとの密接な協力によって自らのアジェンダを推進してきた。だが、2006年までに、こうした各界の主要人物たちの多くは刑務所に入るか、罪に問われるかという状況にあったのだ。650p


(ベネズエラとウルグアイ)…、選挙によって「ワシントン・コンセンサス」に正面からノーを突きつけたこの南米二ヵ国では、国民がふたたび民主主義への信頼を取り戻し、民主主義の力によって自分たちの生活が改善されると信じるに至ったのだ。こうした熱気に満ちた国民とは対照的に、選挙時の公約がどうあれ経済政策に大きな変化のない国々では民主主義への信頼が失われつつあり、このことは投票率の低下や政治家への深い不信感、宗教原理主義の台頭といった現象となって現れている。654p
ナオミ・クラインは北米系の人だから、こんな風に書いているが、欧州の人ならここでは宗教原理主義の台頭ではなく、ルペンなどの極右排外主義者の台頭となるだろうし、日本では橋下・石原などの極右排外主義者の台頭ということになるのだろう。

655-656pにかけて、新自由主義的な政策に反対して政権の座に着いたカチンスキ兄弟(超保守政党「法と正義」)の話がある。
…兄弟はそうした政策は貧者から金を奪い取り、大企業と自己利益を追求する政治家を利するものだと批判した。ところがいざ政権の座に就くと、「法と正義」は同性愛者やユダヤ人、フェミニスト、外国人、共産主義者といった、もっとも攻撃しやすい(カッコ内tu-ta:と彼らが見た)対象に矛先を向けたのだ。
新自由主義的な政策を批判するような形で政権の座に着いた日本の民主党は新自由主義的な政策に戻りつつある。

ラテンアメリカ市民の多くは、東欧やアジアの一部地域で崩壊したのはあくまでも権威主義的共産主義であることを十分に理解している。単に社会主義政党が選挙によって政権に就くだけでなく、職場や土地所有が民主的に運営されているという意味での民主主義的社会主義は、北欧諸国からイタリアのエミリア・ロマーニャ州(協同組合制度を取り入れて成功している)まで、世界各地に存在する。…チリのアジェンデ大統領が打ち立てようとしたのは 657-658p


2005年、IMFの融資総額のうちラテンアメリカ諸国への融資は80%を占めていたが、2007年にはわずか1%に激減 668p
しかし、これはいくらなんでもっていう感じの変化だ。もっと詳しく中身を見ていく必要がありそう。

(IMF、世銀、WTOという)あたかも経済的必然であるかのようにシカゴ学派のイデオロギーを押しつけてきた3つの主要な国際機関は、今や絶滅の危機に瀕している。668-669p
ほんとうにシカゴ学派は終わったのかどうか、終わったのだとしたら、次に何がその位置に収まったのか、楽観はできないのではないか?

ショック・ドクトリンのメカニズムが多くの人々に深く理解されれば、ある社会全体を驚愕と混乱に陥れるのは難しくなる。・・・
 その格好の例が、2006年のイスラエルによる侵攻後、レバノン国民が見せた対応・・・。
 ・・・シオニラ首相がパリで援助国を安心させようと躍起になっている間に、レバノン国内はストライキと道路封鎖によって麻痺状態に陥った。これは戦争災害に群がる賛辞便乗型資本主義に対する初めての国民規模の反乱だった。・・・大半のメディアはこれをヒズボラ勢力の伸張によるものだと説明したが、NYの地元紙『ニュスデイ』の中東支局長モハマド・バッジは、そうした解釈は事態の真の意味を見落としていると指摘する。「・・・真の要因は、長年レバノンのシーア派を苦しめてきた経済的不平等にほかならない。これは貧困層と労働者階級の反乱なのだ」671-673p

ヒズボラが慈善活動と同時に政治活動も行っていること、イランからの多額の資金が流れ込んでいることは紛れもない事実だ。しかし重要なのは効率の良さにとどまらず、ヒズボラが再建されつつある地域社会から立ち上がった、地元民による地元の組織だという点である。復興を請け負う外国企業がはるか遠くからの官僚組織の指示に基づき、民間警備員や通訳を雇って外国式の運営法によって事業を行うのとは違い、ヒズボラが迅速に行動できたのは彼らが路地の1本1本、非常用送電機の一台一台を知り尽くし、誰に仕事を任せるべきかを知っていたからだ。675p
これは東日本震災の復興のなかでも通用する話なのではないか。外国から復興に来ている企業の例は少ないかもしれないが、中央の大手ゼネコンに仕切られているという話はよく聞く話だ。また、宮城県の復興計画も惨事便乗型資本主義に近いような気がする。


注目すべきなのは、バンガー県バンタンワー村のケース
・・・。村民たちは政府側との交渉の結果、沿岸の一部の土地を放棄する代わりに、残りの先祖伝来の土地を法的に所有する権利を手に入れた。・・・・。
 津波被害にあったタイの沿岸部地域では、こうした住民の直接参加による復興が一般的になっている。地域社会のリーダーによれば、成功のカギは「占領された立場にあっても土地の権利を主張する」こと、言い換えれば「自らの手を使って交渉する」のだという。さらにタイでは、被災者たちが従来とは違う形の援助を要求した。ただ座して施しを待つのではなく、自分たちの手で復興を行うのに必要な手段を求めたのだ。その結果、多くの建築学科の学生や教授が、村人たち自身が住居を設計したり村の再建の青写真を描けるようにボランティアで手助けしたり、熟練した船大工が村人に高機能の漁船の造り方を教えたりしている。こうして津波前より強固な地域社会が生まれた。678p
ハリケーン・カトリーナから1年後、タイで異例の交流会が開催された。タイの復興に関わる草の根グループのリーダーと、ニューオリンズの被災者代表団との交流である。アメリカ側の代表はいくつかのタイの村を視察し、復興のスピードの速さに目を丸くした。「われわれ被災者はただ政府が何かをしてくれるのを待っているだけだったが、ここでは住民が自分たちの手で復興を進めている」と・・・。
 実際、彼らはニューオリンズに戻るとすぐに地元で直接行動を起こした。・・・679p
日本でもタイから学べることがたくさんありそうな気がする。被災地住民のタイツアー、誰かが企画できないかと思った。

自力で復興に努めるこうした人々には共通する重要な点がある。彼らは異口同音に、自分たちは建物を修復しているだけでなく、自分自身を癒しているのだと言う。・・・この無力感から立ち直る何よりの方法は、助けること――皆で力を合わせて再生のために汗することだ。・・・
 こうした住民による自力復興は、惨事便乗型資本主義の対極にあるものだ。後者はモデル国家を構築するために、常にまっさらな白紙状態を求める。・・・民衆による再建の運動は、人間が生み出したおびただしい混乱から逃れることはできないという前提から出発する。・・・この再生のための運動は、白紙(スクラッチ)からではなく、残り物(スクラップ)――つまり、瓦礫や廃品など周りにいくらでも転がっているものから始めようという試みだ。・・・地域社会に根を張り、ひたすら実質的な改革に取り組むという意味においての急進的(ラディカル)なこれらの人々は、自らを単なる修繕屋とみなし、手に入るものを使って地域社会を手直しし、強化し、平等で住みやすい場所へと作り変えている。そして何にも増して、自らの回復力の増強を図っている――来るべきショックに備えて。
680-681p
この本はこんな結語で閉じられる。ちょっと尻すぼみな感じがしないでもない。でも、こういう地味な努力の積み重ねこそが必要とされているのかもしれないと思い直す。目に見える社会運動とともに、こんな風にラディカルで地道な社会の紡ぎ直しが。

スクラッチを白紙という日本語にしている訳者の努力。もともとの意味は「ひっかく」というような意味で、「…を(…から)そぎ[こすり]取る,かき消す」というような使い方もあるから、白紙になるのだろう。かさぶたを無理やりに剥がされて血が出ているような白紙状態。

そして、ここに書かれている社会を再生する手法もまたレヴィ=ストロースのいうブリコラージュの手法なのだと思う。

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