迎春

迎春

とても新年を祝う気になれないような選挙結果でした。「どうして」という思いはなかなか消えません。多くの人の意思が反映されないという選挙制度の問題はあるものの、相対的に多くの人が自民党や維新に投票したという事実は消えません。どうして、あのひどい改憲案をかかげる自民党や、民主主義を壊してしまいそうな維新にそれなりに多くの人が投票し、あるいは40%もの人が投票さえボイコットしたのかということを、もう少しちゃんと考える必要があるのかと思い始めています。

 とはいうものの、どんな状況であれ、こうあって欲しいと思える社会を実現するためにやるべきことはあるはずです。あるいは湯浅誠さんの言葉を借りれば、最低の状況の中でも最悪の事態を回避するためにできることを捜す事はできるはずだと考えるべきなのかもしれません。

 3・11の悲惨な原発事故が残念ながら忘れられそうな状況もあります。非常に多くの人がふるさとを失い、帰る展望もないままであるにもかかわらず、事故を起こした原発は不安定な状況であるにもかかわらず、です。

しかし、この事故を経て、多くの人がデモにでるようになりました。それは日本社会における小さくない変化です。とはいうものの、選挙でそれは争点になりえず、原発を許容する人たちが多く当選する結果になりました。

 そして、ぼくは家で連れ合いにそんな評論家みたいな事をいっている時間があれば、皿の1枚でも洗え、と言われ、同居の孫にあごでこき使われながら、日々を過ごしています。
 
        

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