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zoom RSS 『観光コースでないハワイ』メモ

<<   作成日時 : 2018/02/11 01:37   >>

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以下、読書メーターに切れ切れに書いたメモに加筆訂正。


知り合い二人が、ハワイに行く話をしていたので、思い出した高橋さんの本。

米国に併合されることを求めて、武力を背景に国王を退位させたものの、米国に拒否された植民者たちが仕方なくハワイ王国改め、ハワイ共和国を樹立。結局、5年後の1898年にに併合。(53p) 

またハワイの独立を求める人の声が紹介されている。
「急いで独立することは求めない。誰かが独占する社会ではない『アロハ』の精神。たくさんの人がそんな共生のディープカルチャーへの理解ができてからだ」とポカさんは言っている。64-65p


ハワイ語で教育する学校「ハラウクマナ」に配置されているコミュニティディレクター。
この学校の目的の一つはハワイ文化を教えることだが、もう一つの大きな目的な、政府から与えられた教育ではなく、コミュニティの人と一緒にカリキュラムを作っていくというもの。そのためのコミュニティディレクター。この仕組みと、目的、日本の地域の学校にも求められているのではないかと思った。70-71p


パールハーバー周辺施設について。
アリゾナ・メモリアルは平和を求める場所ではなく、「悲劇を繰り返さないために、より強い軍事力が必要」というメッセ―ジを伝える場所。92-93p 
展示されている潜水艦ボーフィン号は775名の疎開児童を含む1500名近い死者を出した対馬丸事件の加害者。そこには対馬丸を撃沈したマークも誇らしげに飾られ、その悲劇が語られることもない。94p

また、9月2日、日本政府が降伏文書に調印した戦艦ミズーリも展示されているとのこと。『ラルシュ・かなの家』で縁のある沢田神父は当時、海軍の将校として、調印式の前日に準備で戦艦ミズーリに乗りこんだ話をしてくれたことがある。外交官の子どもとして欧州で育ち、海軍に入り、その後神父になる沢田神父の物語を、このミズーリの話で思い出した。もちろん、この本には書いてないけど。

この本では、ハワイ経済と軍事基地の問題にも触れている。奪われた独立や、米軍基地による経済から離脱の問題など、沖縄との共通点は多い。



ハワイ本来の文化も観光資源になっていることについて、これをきっかけに興味を持つ人が冷えるのはいいこととしながら、ハワイアンスタディーズの研究者で権利回復運動を担ってきたハウナニ・ケイ・トラスクさんの以下の声を紹介。
《重要な点は、「ハワイの何もかもが、観光客、非先住民、来訪者としてのあなた方のものになる」というメッセージである。景観も先住民文化も、そして「先住の」民としての私たちのアイデンティティも、すべてが売りに出されている。「アロハ」という語が、ハワイ的なものを奪い取るための小道具として使われることが往々にしてある。実際、このようにして使われる「アロハ」は、先住民ハワイ民族の文化の枠組みから逸脱しているため、まったく意味を成さない。要するにハワイは、可愛らしい女性のように、売りものとして展示されている存在である。お金を少ししか持たないものは、わずかな時間しか触れ合えないが、日本人のようにたくさん持っている者は、ゆっくり味わうことができる。(中略)もうこれ以上、観光客に来て頂きたくない。私たちに観光客は必要でもないし、実際問題、うんざりしているのである》
『大地にしがみつけ』から孫引き(152-153p)。

 これもまた、沖縄やアイヌが抱える問題と似ているかもしれない。あるいは観光化された先住民文化、ほとんどすべてにあてはまるかもしれない。しかし、同時に食べていかなければならない現実もある。

 現実問題として、観光の収益の多くは植民した側の人間の懐に落ちているだろうが・・・。今も続く植民地的な状況を利用して、観光で生計を得る植民者も多い。確か『ポストコロニアリズム』で植民者の側の人間と植民された側の人間がどう対等に出会うことができるのかというのがポストコロニアリズムのテーマだと書かれていた。

 本橋哲也さんが『ポストコロニアリズム』(岩波新書)の中で書く以下のような視点。「もし植民地主義がもたらした人間と人間との出会いの失敗が、いまだに自己と他者とのあいだの壁となっているのなら、まずその歴史を知ることで、壁のありかを確かめよう。もし現代の世界において植民地主義からの脱却が未了であるのなら、その重荷を引きずりながら21世紀初頭に生きる私たち自身の課題を照らし、そこから先に進む道筋を探るためにポストコロニアリズムを生かし続けよう。(中略)<他者>に友として出会うために。」



152pから
「ワイキキを見てごらん。観光客は、ジェットスキーでもパラグライダーでも、望めば何でもできる。だけど、そんなものは世界中どこでもできるよね。なぜ、ハワイでしかできないことをやらないのだろう?・・・」 
 パシフィカ・ファンデーション・ハワイではハワイでしかできないローカルな活動を紹介。通常の旅行では、観光客はお金さえ出せば、土地の人々にサービスしてもらえるのが当然だと考えるが「コミュニティツーリズム」ではゲストをコミュニティに呼ぶかどうかはホストが決める。

商業的な施設でも伝統的なダンスを見せている場所もあるが、それは本物によく似たディナーショーにすぎない。ルアウ(祭り)はもともと・・特別な時にするもの。そこに家族や友人が来て祝うもの。観光客は家族や友人ではない。何かを祝いに来たわけではない。招かれていくのでないと本当のルアウではない。

ぼくもいままで、何回か観光地で伝統芸能などを見る機会があったかもしれない。確かに、言われてみれば、当然だが、それは本物ではなく、ただの見世物だ。



高橋さんのこれらの記述の背景にはピースボートのスタッフとして、さまざまな矛盾を抱えながら仕事をしてきたという経験があるのだと思う。観光で食べることとコロニアリズム・ポストコロニアリズムの微妙な関係と呼べるかもしれない。「小さな村にピースボート」という大きなシップが来て、消費すれば、小さな村の経済が大変になることは明白で、そのことを指摘したものを聴いたこともある。 どこでバランスをとるのか、常に問われているのだろう。


161pにはエコツーリズムについてそれが「旅行会社が利益を優先して自然への配慮をなくせば、従来のマスツーリズムよりも、もっと悪い影響を環境にもたらす可能性」について言及。次に紹介されるのが『ボランツーリズム』。ボランティアとツーリズムを合わせたもの。エコツーリズムのように自然との共存をめざし「環境を悪くしない」だけでなく、人がその地を訪れることで、環境が今より良くなるような活動の必要。163p


『観光コースではないハワイ』という本で、ハワイの現実から見えてきたのはハワイの話を超えて、観光と植民地主義であったり、民族の自立の話だった。なかなかに深い。

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