「入所施設だからこそ起きてしまった相模原障害者殺傷事件」メモ

入所施設だからこそ起きてしまった

相模原障害者殺傷事件

 隣人を「排除せず」「差別せず」「共に生きる」ための当事者視点の改革

河東田博著


現代書館のサイトから

相模原事件は入所施設だからこそ起こった大量殺傷事件である。入所施設の実態を歴史的・社会的・構造的に明らかにし、神奈川県から2017年10月に出された「津久井やまゆり園再生基本構想」の問題点をも指摘し、脱施設の道筋を探る。

[著者紹介・編集担当書(ママ)より]

1987年、知的障害者の都立入所施設職員だった著者は、内部からの改革の困難さ故に職員を辞め、スウェーデンに渡り、ストックホルム教育大学大学院で学ぶ傍ら、自立生活運動とパーソナル・アシスタンス制度の提唱者アドルフ・ラツカ氏、「ノーマライゼーション育ての父」ベンクト・ニィリエ氏と交友関係を結び、二人の書籍を翻訳、パーソナル・アシスタンス制度とオリジナルのノーマライゼーション思想を日本に紹介する。帰国後、四国学院大学・徳島大学・立教大学教授として知的障害者の当事者活動と日本および諸外国の脱施設の研究を一貫して続け、ノーマライゼーション、脱施設研究の第一人者となる。また、地域で知的障害者自身が主体となる本人活動、政策決定過程への当事者参画を支援してきた。現在、浦和大学教授。

施設職員としての体験を持ち、そのベースから施設解体を唱えてきた著者だからこそ見えてくる、入所施設の現実--障害を抱えて生きることの苦労を知らない施設職員たちに自分の人生を懸命に生きようとする利用者の人生が握られている--。その中でこそ起きた事件であるということを本書で明らかにする。神奈川県の「津久井やまゆり園再生基本構想」が打ち出した、入所施設を基盤にした個室・ユニット化、小規模分散化、地域移行策では本質的な解決にならないことに言及。これだけの事件が起きても入所施設の在り方を根本的に変えようとしない、日本の障害福祉行政への著者からの最後通牒でもある。

【目次】

はじめに

序 章 隣人を「排除せず」「差別せず」「共に生きる」社会づくりを構想するために
 ――社会形成モデルの検討と社会形成モデルの現状―― 

第1章 障害者殺傷事件を生み出す歴史的・社会的・構造的実態1
 ――障害者運動史を通して見る社会的排除・差別・権利侵害の実態――

 第1節 人間性の否定的値踏みと社会的排除・差別

 第2節 社会的排除・差別の象徴としての入所施設の誕生と入所施設での悲惨な実態

 第3節 障害者による社会を変革する取り組み

第2章 障害者殺傷事件を生み出す歴史的・社会的・構造的実態2
 ――社会的排除・差別・権利侵害されてきた人たちの歩みを通して――

 第1節 人としての権利を侵害されている人たち

 第2節 改めてハンセン病回復者の社会的排除・差別・権利侵害を考える

 第3節 逸脱者とレッテルを貼られた障害当事者への社会的排除・差別・権利侵害

 第4節 社会から排除され再び社会に戻ってきた人たちへの差別・権利侵害

 第5節 日本で生活する外国人への社会的排除・差別・権利侵害

 第6節 障害のある人たちが今なお直面する社会的排除・差別・権利侵害

 第7節 女性・子ども・若者・高齢者への社会的排除・差別・権利侵害

第3章 障害者殺傷事件を生み出す歴史的・社会的・構造的実態3
 ――津久井やまゆり園殺傷事件の軌跡と事件の検証・検討チーム報告書の検討を通して―― 

 第1節 相模原障害者支援施設津久井やまゆり園殺傷事件の軌跡

 第2節 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」報告書に見る問題と課題

第4章 障害者殺傷事件を生み出す歴史的・社会的・構造的実態4
 ――精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の検討を通して――

 第1節 精神保健福祉法の目的

 第2節 相模原事件から精神保健福祉法改正案上程までの流れ

 第3節 精神保健福祉法改正案の主な改正点と特徴

 第4節 精神保健福祉法改正案への諸見解

第5章 障害者殺傷事件発生の要因とメカニズムを解明するために
 ――修正社会形成モデルの提示と諸方策「点検指標」の検討――

 第1節 混迷社会から垣間見える社会的排除・差別の要因とメカニズム

 第2節 混迷社会の意識化と修正社会形成モデルの提示

 第3節 障害者殺傷事件発生の要因・メカニズムと諸方策「点検指標」の検討

第6章 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための方策と評価1
 ――現在地での全面的な建替え/全個室・ユニット方式への疑問と評価

 第1節 津久井やまゆり園障害者殺傷事件をどう受け止め、どう整理すべきか

 第2節 「現在地での全面的な建替え」「全個室・ユニット方式」への疑問と評価

第7章 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための方策と評価2
――津久井やまゆり園再生基本構想策定部会「検討結果報告書」&神奈川県「津久井やまゆり園再生基本構想」の評価――

 第1節 事件発生から神奈川県「津久井やまゆり園再生基本構想」策定までの経緯

 第2節 「津久井やまゆり園再生基本構想」策定への黒岩祐治神奈川県知事の想い

 第3節 神奈川県「津久井やまゆり園再生基本構想」の問題と課題

第8章 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための社会的仕組みづくり 
 ――隣人を「排除せず」「差別せず」「共に生きる」社会づくりの検討 1 

 第1節 障害者殺傷の芽となる虐待/権利侵害

 第2節 なぜ虐待や権利侵害が起こるのか

 第3節 知的障害者の生きる場を地域で保障するための社会的仕組みづくり:スウェーデンからの学び

第9章 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための権利擁護体制づくりづくりの検討 2 

 第1節 福祉現場での権利擁護体制づくりの必要性

 第2節 福祉現場で「権利擁護」体制を確立し「意思決定支援」を行うために

 第3節 「権利擁護・意思決定支援モデル」の実践を

終 章 隣人を「排除せず」「差別せず」「共に生きる」

おわりに

最初のメモ

「この本のタイトルだけで、だいぶ痛めつけられました」という兄弟が入所施設に入っていた知り合いがいた。そこは微妙な話でなかなかコメントできないが、入所施設だから起きてしまったということは言える話だと思う。で、この本、はじめのほうは退屈だと思って読んでいたが、神奈川県の対応の問題とか、具体的な対策とか、読んでいくうちに悪くないという評価に変わっていった。メモを書ければ書きたい。

~~~

河東田さんは四象限図を用いて、社会形成モデルというのを説明するのだが、それが出てくる必然性がよくわからないが、河東田さんはこんな風に説明している。

この「幸せづくり」とは、社会的な関係人と人との関係の中で育まれる営みであり、隣人を「排除せず」「差別せず」「共に生きる」共生社会をめざすものと言い換えることができる。その時形作られる「モデル」を「社会形成モデル」と表現してみたい。このモデルは、「障害者殺傷事件発生の要因とメカニズム」を解明し、「障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための方策」や「隣人を『排除せず』『差別せず』『共に生きる』共生社会」を検討するうえで役立つと思われるからである。21p

4象限をそれぞれ説明するのは煩雑なので飛ばすが、河東田さんが結語部分で言っているのは、「共生社会」の認識が多くの人に共有されるようになればいい、そのために、この殺傷事件を生む障害者差別の諸側面を多角的な視点から見ていく必要がある、というもの。 うまく言語化できないが、何か欠落しているような気がする。

1章3節(32p~)は障害当事者運動の歴史の概略が記載されている。河東田さんは80年以降、「国際的な障害者運動と呼応することで大きな変化が見られるようになった」と肯定的に評価している。ぼくが障害者運動に参加し始めたのが80年代の半ばからなので、それ以前との比較は難しいのだが、そういう側面も確かにあったかもしれないとはとは思う。しかし、その時代の個々の運動で具体的に見ていくと、国際的な運動との呼応はあまり感じられないような気がする。確かに「完全参加と平等」というスローガンが大きく掲げられていたというのはあるが、それ以上ではなかったのではないか。具体的なつながりは90年代に入ってからではなかったか?(CIL運動の「輸入」の準備は確かにこの頃から始まってるかもしれない。

81年のDPIの結成、86年のDPI日本会議の結成が障害者運動が対立から協調へという動きが見られてきたことの兆しと捉えられる。そんな風にも見えるのかと思った。

そして、それに続けて、この背景に「社会モデル」やノーマライゼーションやインクルージョンという考え方が紹介され、手を携えて共に生きていくことが必要だという認識が定着してきたからだろう、と書く。

このあたりがもっとも違和感が大きいところ。障害者運動の背景にそれらの思想があったのではなく、障害者運動がそれらの思想を育んできたのではないかと思うからだ。

61pで河東田さんはU容疑者(河東田さんは実名で書いているが、以下を含めて、出したくないのでイニシャルにした。)の「障害者が動物といて生活している」「車イスに一生縛られている気の毒な利用者」という主張について、「入所施設では」という限定をつける。Uはそのような限定をつけていなかったはず。

https://matome.naver.jp/odai/2146960307054384401 で確認したが、やはり、そのような限定はつけていない。なぜ、このような書き方をされたのかは不明。まあ、「利用者」と書かれていることで、そんな風にとることもできるかも。

87-88pで引用してある津田英二さんの『障害者差別解放課程の理論化のために」の文章が興味深い

 障害者が一人の人格とはみなされず、自己決定能力を欠く者として見られ、 その状態を子どもとして比喩されているのだとしたら、それは差別的状況以外のなにものでもない。障害者を子ども扱いするという行為の中には、障害者の行為能力の限定を予め規定してしまう強制力と、愛情を傾けなければならない対象として障害者を扱おうとする努力とか表現されている。 こういった何気ない差別意識は、我々の心と体にしみついていて、姿勢や言葉づかいなどに端的に現れる。

 こうした視線や言葉づかいに現れる差別意識は、たぶんに無知や偏見と密接に関連している。

 相手を無恥や偏見ゆえに畏怖し、なるべく自分から遠ざけておこうとする行為は、差別の基本的な要因となっているように思われる。(中略)人々が差別の対象者を遠ざけようとし、実際に遠ざけることで無知や偏見が生じ、逆に無知や偏見によって差別が強化されるという循環関係として捉えられなければならないからだ。

差別する意識⇒排除しようとする意識⇒無関心の奨励⇒無知・偏見⇒差別の強化、こういった瞬間を、差別現象の本質の一側面として考えることができるだろう。そしてこの循環こそが、思い込みを氷解させる人間的な直接的関係の形成を阻害しているのだ。
(『生涯学習・社会教育学研究』No.20 1996年34p)

畏怖という表現はしっくりこないが、ここが無視や軽視も含まれるような話であれば、その通りだと思う。

そして、この次に引用される栗原彬さんの「まなざし」に関する文章もまた、興味深い。

 はじめにまなざしがある。 まざざしが他者に注がれて 自己との違いを識別する。違いを認めたまなざしは自分自身へと投げ返される。そのつどの状況の中で、他社に投げ込まれたまなざしは、瞬時に、そのつどの自他のアイデンティを振り分ける。

 しかし、まなざしはちがいの識別にとどまらず、その先に行く。まなざしは、その違いに力関係をもちこむ。 上下、優劣、貴賤、正常ー異常、中心ー周縁、 完全ー欠如。いずれにせよ、まなざしは、一方のアイデンティには 価値付与的に、他方のあアイデンティには価値剥奪的に働く。 まなざしが権力関係をつくり出し、そのことが関係の両端にある人間の総体を傾斜的に、非対称的に規定するとき差別が完成する。( 「差別とまなざし」 『日本社会の差別構造』 栗原彬編1996年弘文堂13p) この本では89p

これを河東田さんは人間関係形成の難しさの例として、引用している、そして、共生社会へ向かう社会形成モデルの話へつなげるのだが、ここのつながりが読み取れなかった。社会形成モデルで否定的なまなざしを消すことができるのか、消せないにしてもなんらかそれを緩和するようなことが考えられるのか、・・・。

90p~は堀さんの文章(「被害者も加害者も社会から他者化された存在」『私たちの津久井やまゆり園事件』収録)が援用されていて、92pの引用部分では、U容疑者の専門性が傷つけられたというような文章も引用されるのだが、Uにどのような専門性があったのかは疑問。ただ、施設で3年も働いていて、身近に障害者がいるにも関わらず、障害者をそのようにしか見ることが出来なかったのはなぜか、というのは問われなければならないだろう。そこには入所施設だからという必然性はないはず。しかし、彼がそう思うようになったことと、津久井やまゆり園で働いていたときに感じたことの相関はさまざまな面から、とりわけ津久井やまゆり園が主体的に考えなければならないことではないかと思う。

96pで河東田さんの書いているラッカさんの指摘に沿った快適な暮らしの全体像のイメージは以下

(1)住宅サービスと人的サービスを切り離し、社会生活に必要な必要かつ十分な人的サービスを一人ひとりに供給すること。

(2)社会生活に必要な必要かつ十分な人的サービスは、サービスを受ける人が自分で選び、自分で管理できるようにすること。


(1)を適用すれば、グループホームも住居の供給と人的サービスを切り離すことになる。ところで、こうした場合、食事の提供はどちらに含まれることになるのだろう。

また、(2)に関しては自分で管理が困難な障害者がどのようなサポートを受けるかが大きな問題になるだろう。



100-101pでは、入所施設と呼ばずに済むための条件、地域社会の一員として生活していると言えるための「具体的点検指標」

①取り組みが可視化されているか

②社会の一員として地域で生きることができているか

③(取り組みが)自由で変化がもてるものとなっているか

④地域で役割に期待がもてるようになっているか

⑤社会との関係がもて自律的か

⑥本人意思が尊重され平等か

このように書かれているのだが、これを具体的な指標とするためには、この下にかなり具体的なチェック項目がないと難しいだろうと思った。



第8章 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための社会的仕組みづくり 
 ――隣人を「排除せず」「差別せず」「共に生きる」社会づくりの検討 1 
  第2節 なぜ虐待や権利侵害が起こるのか 148p~

ここで入所施設Aにおける利用者への虐待事件と対応が書かれている。

「権利擁護委員会」「権利擁護検討委員会」「権利擁護本人検討委員会」などが作られ、真剣に検討され、利用者代表委員会の意見をもとに利用者代表や保護者が理事会に出たり、施設長を選挙で決めるなどの改革が行わる。

それでも、入所施設である限り、元に戻ってしまうだろう、と河東田さんは書く。ただ、対策を講じなければ、虐待や権利侵害は度を増し、今般の殺傷事件のようになってしまう、とも書く。

第3節は「知的障害者の生きる場を地域で保障するための社会的仕組みづくり:スウェーデンからの学び」

ここでスウェーデンの3つの支援策が紹介されている。

1、家庭機能をもったグループホーム

児童のGHと成人のGHが分けられ、成人のGHは65歳までで、そこから高齢者のGHとのこと。4~5人のGHが基本で5~6人の職員配置があり、重度加算があるため10人が配置されているところもあるとか。どうしてPAよりもGHが先に来るのか、という問いが浮かぶのは中村和利さんの影響だろう。

2、自己決定を支えるパーソナルアシスタンス制度

この制度を重度知的障害者のGHに適用し、職員ではなくPAを使っているところもあるとか。しかし、そこでの意思決定支援の仕組みについては記述されていない。

3、友達の輪を広げるコンタクトパーソン制度

銀行に同行したり、一緒にコンサートに行ったりできるとか。ここに書かれた説明だけではわかりにくい面もある。



第9章 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするための権利擁護体制づくりづくりの検討 2 
 第1節 福祉現場での権利擁護体制づくりの必要性

ここでは陸前高田市の前の障がい者福祉計画が紹介されている。

ここで、紹介されているのは草案だが、できあがったものは
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/kategorie/fukushi/syougaisya-fukushi/keikaku/fukushikeikaku-4/27-29.pdf

に掲載されている。名簿には河東田さんの名前も。

通り一遍の普通の障害福祉計画とは違う。

興味がる人には読んで欲しい。

いちばんあたらしいバージョンも掲載されているが、ひとつ前のほうがより特徴的だ。

新しいほうには河東田さんの名前は入ってなかった。


そして、この1節の結語近くにはこんな風に書いてある

 障害者殺傷事件を二度と起こさないようにするために何より大切なのは、防犯体制を強化することよりも、第8章3節で述べてきた知的障害者の生きる場を地域で保障するための社会的仕組みづくりであり、身近な福祉現場での権利擁護体制づくりなのではないだろうか。(中略)・・・まず、「権利侵害防止・意思決定支援のための基本的な枠組み」を考える。その上で、どうしたら「福祉現場で『権利擁護』体制を確立し意思決定支援を行っていくことができるのか」を考えていくことにする。 160-161p

このあとにいろいろ書かれているが、気になったのはいくつかの委員会を設置すべきという提言。

まずは「意思決定支援委員会」。そこで「意思決定」を支えることができる人材を育成し、「意思決定支援プログラムの」の開発と遂行も求められるとのこと。

あと、「権利擁護委員会」と「権利擁護検討委員会」と「利用者権利擁護検討委員会」。それぞれの役割分担がよくわからない。

終章には160pと同じ趣旨のことが繰り返し書かれる

 私たちが今なすべき/できることは、不審者から利用者を守るためにより強固な防護壁を作ることではなく、 入所施設から利用者を解放し、地域の人たちの手を借りながら不審者から隣人への危害を未然に防ぐことができるようにすることである。つまり、入所施設の構造的欠陥をなくすための方策を具体的に検討することであり、入所施設「解体」へと考え方の軸足を移し、脱施設化・地域生活支援のための具体策をこそ強化すべきなのである。174p

その通りだと思うのだけど、河東田さんには、そこに踏み出すための具体策を、もう一歩進めて書いて欲しかった。あるべき形はこの本にかなり書いてあるようにスウェーデンなどを参考にしながら考えられるだろう。

必要なのは、そこに踏み出すための一歩だし、それがうまく出せていないのがいまの情況だと思うからだ。施設から地域へという転換を生み出すために、現場からその意識を作っていくことが大事だろう。その一つが自立生活声明文キャンペーンだ。

と同時に、やはり政府や制度を動かすことも大事だろう。

ぼくが考えているのは、

1、サービス等利用計画と個別支援計画に地域での自立や地域移行の欄を作成し、必ずそこに向けた本人の意向、そして課題と解決策を記入するようにすること(昔、厚生労働省の障害福祉課長だった浅野さんが言うには、これは課長が決めて実施に移すことが可能とのこと)。

 そして、これは政府が決めなくても、現場レベルでできることでもある。個別支援計画を書く職員やサービス等利用計画を書く相談専門員が意識的にそれを書き加えればいいだけの話でもある。当事者が会話ができるなら、何歳になったら、どこで、誰と生活したいか、聞いてみよう。写真や動画を見せrめおいいが、できれば、体験してもらって選んでもらうのがいちばんいいかも。体験できる場所を増やそう。本人に体験してもらおう。

ただ、現状では行政が決めなければやられないだろうから上から決めることも必要だろう。

2、入所施設を削減する数値目標を出し、具体的にそれを減らして、地域で生活できる施策を立案すること。その施策のためのヒントはこの本にたくさん書かれている。

これ以外にも考えられることはあるだろう。

そして、その方向に政府を動かすための方策も考える必要があるだろう。

「おわりに」では 冒頭で紹介された「福祉業界のこれまでの努力が無に帰した」というメールの主が、なんと大田通勤寮の元寮長の本間さんだったということが明らかになる。

隣にいた人だ。河東田さんは「彼女は、意志を汲もうとしない施設職員に対するやるせなさや質の低下を嘆いておられた」(178p)。そして、その時手渡された『「ユマニチュード」という革命』にその嘆きの理由があったと書く。それを読んで「人間関係の根源に迫る関りを忌避し、利用者主体ではなく、職員主体の施設のあり方に嘆きを語っていたのだということに気づかされた」と。

さらに、河東田さんは奈良崎真弓さんという人の意見を紹介する。

 「障害があるとかないとか関係なく、一緒に笑ったり感動したり、時には泣いたり怒ったり。それだけで、人は生きている価値があるんじゃないでしょうか。あるがままの命の重さを感じられるんじゃないかと思うんです。がんばらなくていい。笑ったり泣いたりできない人には『どうしたの?』と寄り添えばいい」(2016年8月26日朝日新聞)この本では179p

そのとおりだと思う。素敵な意見だった。

そのために地域でともに暮らす実践がある。そして、家族と暮らしている人は、主要に介助してくれている人が介助できなくなる前に、その準備をすることが必要だろう。

メモここまで

P.S.

この奈良崎さんがどんな人かわからなかったので検索したら、 「障害者欠格条項をなくす会」のエッセイがでてきた。

本人活動と仕事、自立した生活について

-私にとっての合理的配慮-

http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/essay/essay0109.html

そして、次に動画を見た。

奈良崎真弓さん 官僚の「半分は寝てる!」/ 障がい者制度改革推進会議

https://www.youtube.com/watch?v=26BaKsoDdnA

あっ、彼女なら、会ったことある。話したことあるなぁ。DETの紹介セミナーだったか。むこうは覚えてもらってないかもしれないけど。

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