【「差別はいけない」とみんないうけれど。】メモ(20年6月20日追記)

綿野 恵太 著 2019/07出版 

出版社(平凡社)のサイト

https://www.heibonsha.co.jp/book/b455002.html

で最初に書かれてるコピーは以下

多様性を求めるリベラリズム、同質性を志向するデモクラシー、このふたつが克服できない対立なら、私たちにできることはなんだろう。

ぼくには、そもそもそんな対立があるのかという疑義もある。

そして、「この本の内容」として紹介されているのが以下

セクハラや差別が跡を絶たないのは、「差別はいけない」と叫ぶだけでは、解決できない問題がその背景にあるからだろう。反発・反感を手がかりにして、差別が生じる政治的・経済的・社会的な背景に迫る。「週刊読書人」論壇時評で注目の、気鋭のデビュー作。

【詳細内容紹介】

 足を踏んだ者には、踏まれた者の痛みはわからない。「足を踏まれた!」と誰かが叫び、足を踏んだ人間に抗議するのは当然である。しかし、自分の足は痛くない私たちも、誰かの足を踏んだ人間を非難している。「みんなが差別を批判できる時代」に私たちは生きている。だから、テレビでもネットでもすぐに炎上騒ぎになるし、他人の足を踏まないように気をつけて、私たちは日々暮らしている。このような考え方は、「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ、PC、政治的正しさ)」と呼ばれている。けれども、世の中には「差別はいけない」という考えに反発するひともいる。ポリコレはうっとおししい……正しさを考えるだけで息が詰まる……ハラスメントだってわざとやったわけじゃない……。セクハラ、パワハラは無くすべきだし、ヘイトスピーチを書き込んではいけない。それは大前提だ。しかし、ポリコレへの反発・反感が存在するのにはそれ相応の理由があるはずだ。みんながポリコレを自覚して、合理的に行動すれば、差別はなくなるのだろうか。もっとも人間はそんなに賢い生物ではないかもしれない。セクハラや差別が後をたたないのは、「差別はいけない」と叫ぶだけでは、解決できない問題がその背景にあるからだろう。本書は反発・反感を手がかりにして、差別が生じる政治的・経済的・社会的な背景に迫っていきたい。

【目次】

まえがき みんなが差別を批判できる時代

第一章  ポリティカル・コレクトネスの由来

第二章  日本のポリコレ批判

第三章  ハラスメントの論理

第四章  道徳としての差別

第五章  合理的な差別と統治功利主義

第六章  差別は意図的なものか

第七章  天皇制の道徳について

あとがき ポリティカル・コレクトネスの汚名を肯定すること、ふたたび


ブックメーターの読後すぐのメモ
~~
PCの話から、丸木俊・位里の『原爆の図』の超初期の展覧会の話まで書いてある。内田樹から加藤典洋・高橋哲哉論争に関しても。そして、帝国の慰安婦論争。さらにブレヒトとスターリニズムに関しても。天皇制に関する記載も。著者が研究者じゃないということは高評価。メモ書きたい。また、グーグルブックスで相当な量が読める。ただ、ここにある民主主義概念の排他性というのがどうなのかと思う。
~~

まえがき みんなが差別を批判できる時代

誰もが差別を批判できるようになったのはつい最近だという時代認識。

著者はかつては当事者だけが差別を批判できるという考え方が支配的だった。それは差別はいけないという認識が浸透したからではなく、差別を批判する言説に大きな転換があったからであり、その転換とはその批判のロジックが「アイデンティティ」から「シティズンシップ」にかわったのだと書く。(9-10p)

例えばヘイトスピーチ規制立法で守られるべきは「平等なシティズンシップの尊厳」であり、それは「集団そのものの尊厳や、集団をまとめる文化的または社会的構造のの尊厳」ではない。(13p)

そのように扱うことの利点として、C.R.A.C.を結成した野間易通が引用されるのが微妙なのだが、以下のように書かれている。

野間とウォルドロンの両者がロールズに依拠するのは、ロールズがあらゆる社会的アイデンティティにかかわらない正義を考えたからだ。(13-14p)

アイデンティティの論理を前提とすると、いくら反差別運動に献身的にコミットしたとしても、差別に問われる可能性がある。先ほど説明した野間のカウンター団体も、日本人中心のメンバーだったため、「日本人ばかりではないか、朝鮮人差別だ」「女性が少ないではないか、男性中心主義だ」と批判が集まったという。しかし、野間は、そのような批判は運動を停滞させるだけだとして、アイデンティティ・ポリティクスを運動の原理に据えなかったことに積極的な価値を感じているようだ。たしかに野間が指摘するとおり、アイデンティティの論理はしばしば運動内部に亀裂や対立をもたらしてしまう。当事者・非当事者いかかわらず、広範なかたちで反差別運動をつくるためには、やはりシティズンシップに基づいた考え方が必要となる。(15-16P)

民主主義は「同質性」を必要とするので難民の受け入れは難しいという文脈の中で、以下のようにシュミットという人の議論が援用されている。

シュミットの定義によれば、民主主義はその「同質性」保つために「異質なるものはの排除あるいは殲滅が必要であ」った(23p)

シュミットを読んでいないので、これがどのような文脈で語られているか知らない。ともかく、シュミットであれ誰であれ、これはほんとうに妥当だと言えるだろうか? 
求められているのは異質なものも包み込んだ民主主義だと思うし、それが不可能だとは思えない。
とりわけ、「北」的なものと「南」的なものの分断、差別が国境を越えて進んでいる社会で、越境する民主主義、それも参加型の民主主義が求められている。確かに
同質の社会が民主主義を機能させやすいだろうっていうか、異質なものを包み込んだ民主主義を成功させている例はごく少ないかもしれないが、そこをあきらめた社会に希望はないのではないか。
難民を受け入れない社会こそが民主的でないということはできないか。異質なものを排除するのが民主主義なら、そんな民主主義はいらないと言いたい。ぼくが望む民主主義はもっと別のところにある。

このシュミットという人の民主主義に関する議論は少し前の19-22pにもっと詳しく紹介されている。自由主義と民主主義を区別する議論の中で、民主主義には同一性を担保とするもので、そのために同質性が必要となる。そのために排除や殲滅が必要、というのだが、なぜ、このように民主主義を貶める必要があるのかが理解できない。           

前書きに各章の説明があり、「第二章 日本のポリコレ批判」では日本のポリコレ批判の典型的な言説として、内田樹の『ためらいの倫理学』だと考えると書かれている。26p

その延長で『敗戦後論』をめぐる加藤・高橋論争と『帝国の慰安婦』をめぐる論争が俎上に上がる。 また「第七章 天皇制の道徳について」では君主のリベラル化は世界的な現象であるという。


第一章  ポリティカル・コレクトネスの由来

76pでは反緊縮運動と排外主義運動の親和性が語られているが、反緊縮運動を主張する政治勢力で反排外主義のところも多かったはず。都合のいい文脈で語られているのではないか?実態としてはどちらが主流だったのだろう?

とはいうものの、この本の著者も結論はそんなに違っておらず、反緊縮にみられるような経済的な階級闘争と反排外主義の結合を、ポリティカル・コレクトネスを「市民」(シティズンシップの尊厳)という立場から、共同して主張し、行えというものだ。77-78p

そして、第1章の結語部分では古い左翼は階級闘争で差別がなくなるというような幻想に囚われ、逆に新しい左翼は反差別は語るが階級闘争をなおざりにしたことを指摘した上で、以下のように語られていて、ここは合意できる部分ではある。

保守派によるポリティカル・コレクトネス(リベラルな言説)にたいする非難・攻撃は古い左翼(階級闘争)と新しい左翼(差別問題)の分裂を期せずして修復する機会を提供している。77-78p


第二章  日本のポリコレ批判

ここで最初に俎上に上がるのが内田樹の『ためらいの倫理学』。そこでのフェミニズム批判。

内田樹フェミニスト評価の問題についてはそうとう昔、指摘したおぼろげな記憶がある。しかし、自分の文章は探したけど、出てこない。

で、検索したら、彼のコラムでのフェミ批判の文章はいっぱい出てくる。

ここで著者は内田の文章を敷衍し、以下のように書く(要約)。
ポストモダンの思想家がアイデンティティの論理を尊重するあまり、被差別者を「交通不能の他者」として扱うことで差別の告発を代行する資格をえようとしてきた。そして、ポストモダンの思想家たちの他者に対する態度は実は「排外主義的ナショナリスト」たちの他者に対する共通しているのではないか、と。(88p)

内田がこのような形でポストモダンの思想家に連なる人たちを批判しているということの紹介だと思うのだが、ところで、レヴィナスって、ポストモダンの思想家じゃないのか、そしてレヴィナスの研究者である内田はその系譜の人だろう。
参照 http://www.kyoto-academeia.sakura.ne.jp/index.cgi?rm=mode4&menu=book_review&id=76

確かに高橋哲哉さんとか、【他者に対する態度は実は「排外主義的ナショナリスト」たちの他者に対する共通】しているような傾向の人がいないわけではないと思うのだが、もしかしたら、内田は自分の活動家時代の体験に惹きつけすぎて(当時はこんな反差別活動家が確かに多かったかもしれない)、それらの活動家をわかりやすく批判対象にしているのではないかと思ったのだった。(あ、わかりやすく敷衍したのは著者か) レイシズムを許容することはできないが、社会運動内部における意見の違いに対する寛容の欠如という問題は重要なことを提起しているのではないかと思う。

で、何が書きたいかと言えば、この一見わかりやすい批判の構図が、すでにあまり有効ではないのではないかということだ。確かに使える部分はあるかもしれない。ソキョンシク・高橋などによる花崎皋平批判とかには、この構図があてはまりそうだし、この後でに出てくる「帝国の慰安婦」をめぐる議論も。

で、著者の内田評価は以下に出てくる。

 つまり、左右のアイデンティティ・ポリティクスに「ためらい」を持ち、左翼的な弱者への同一化も、右翼的な国家への同一化も、ともに拒むことが内田樹の倫理学なのである。アイデンティティ・ ポリティクスにたいして、ブルームやシュレージンガーはシチズンシップの論理をもって対抗したが、内田はシチズンシップを対抗的に持ち出すことは避け、「たまらい」という消極的な姿勢を示すにとどまる。なぜシチズンシップを標榜することが避けられたのだろうか。ここで注目すべきは、『ためらいの倫理学』において、内田が加藤典洋『敗戦後論』を高く評価していることだ。ひとまず内田はブルームやシュレージンガーの「市民」の代わりになるものを見出したと言える。(91p)

何度か読み返したが、「市民」の代わりの『敗戦後論』というロジックが理解できなかった。また、ここから先で、高橋哲哉との論争の紹介とかになるが、もう一つよくわからないし、面白くないので略。この文脈で著者は内田たちの言い分を肯定的に紹介しているようにも読めるのだが、そう一筋縄ではいかないところが、この本の魅力でもあるが、わかりにくいところかもしれない。

108p~は『帝国の慰安婦』をめぐるシティズンシップとアイデンティティの対立の問題が紹介される。途中の議論の紹介は省くが、ここの結語として書かれるのは以下。

 注意すべきは、朴が主張する「真の〈アジア連帯〉」 が、先に指摘した上野千鶴子のシチズンシップの論理にかぎりなく近いということだ。もちろん、朴の立場からすれば「シティズンシップ」という考えは、アメリカの「帝国」的な支配を正当化するイデオロギーにすぎないだろう。しかし、「真の〈アジア連帯〉」もまた、「国民という集団的アイデンティティの排他性を超え」た「連携」を(その危険性を警戒しつつも)目指すものだからだ。 しかし「市民」の理念の欺瞞性・空虚さを批判してきたアイデンティティの論理からすれば、そのような「連携」は日本人に都合のよい考えにしか見えないし、アイデンティティ・ポリティクスが依拠する「同質性」を危うくさせてしまう。『帝国の慰安婦』をめぐる論争は、「アイデンティティ」と「シチズンシップ」の論理が「克服できない対立」であることを象徴する出来事だったのである。117p 

簡単には解決できない隘路がここにあると思うが、「アイデンティティ」と「シチズンシップ」の論理を使わないほうが、この隘路から抜け出す道を探せるのではないかとという直感を持つ。その対立はほんとうに「克服できない対立」なのだろうか?

当事者の痛みによりそいながら、植民地主義の過去を直視し、そこをネグレクトせずに、ここから先のこうあって欲しいと思えるような社会に向かう道筋を探したいと思う。

『敗戦後論』当たりの議論が理解できなかったのはぼくの読みの浅さからくる問題なのだが、とりあえず置こう。

で、この章の結語近くで、結局、上野千鶴子も『敗戦後論』もピープルを国民にすり替えてしまったことを見逃してしまっていることを指摘し、それを象徴的にあらわしたのが内田樹が天皇主義者になってしまったことだという。自由主義と民主主義の対立を「調整」する君主という指摘でこの章は閉じられる。


第三章  ハラスメントの論理

第四章  道徳としての差別

第五章  合理的な差別と統治功利主義

 この章で江原由美子の『女性解放という思想』での議論が紹介されている。こんな引用がある。以下はアイデンティティ・ポリティクスの核になる「差異」は反差別運動を可能にするが一方で運動の分裂を引き起こしてしまうという文脈での引用。

 個別的な「差別問題」において、何をどの次元の「差異」とするか合意を得ることは非常に困難であることが予想される。被差別者は「差別」という事実の前において同一であるだけであって、その状況において多様である。一般に被差別者を単一カテゴリーの集団として規定するのは差別者であり、被差別者は「反差別」の運動過程において真に集団形成していく可能性はあれ、集団としての実質も、単一文化も持たぬことが多い。それゆえ、どの属性をどの次元の「差異」とするかに関しては、基本的に 被差別者内部において対立が存在してしまうのが当然であろう。(『女性解放という思想』77p、この本では206-207p)

そして、江原は障害者運動を例に以下のようにも書く。

 軽い「障害者」は往々にして、自己の「障害」がほとんど日常生活に支障をきたさないのに、様々な「偏見」によって「差別」されていることに怒りを感じざるをえない。それゆえ、「差異の存在」自体を否定する論理にむかいがちである。他方、重い「障害者」はまさにその論理の中に自己の存在の「否定」を見出してしまう。「差異がないのに差別されている」と怒ることは、では、「差異があれば差別されていいのか」という後者の側からの問いかけを必ず生む。それゆえしばしば、軽い「 障害者」と 重い「障害者」の間の対立は「健常者」と「障害者」との間の対立以上に深刻になる。(『女性解放という思想』78p、この本では208p)

この江原さんの本は、大昔に読んでから、読んでないので、なんとも言えない部分は多いのだが、障害者のなかでの「軽度」と「重度」の対立が、障害の有無での対立よりも深刻というのは都市伝説的な部分もあるのではないかと思う。そもそも、何が重度で何が軽度なのかという物差し自体を疑うことが必要でもある。だから、括弧をつけるとしたら障害者ではなく「重い」「軽い」という部分なのではないか。例えば、知的障害者の場合のトラブルで考えた場合に、言葉でのコミュニケーションがまったくできない人が重度と呼ばれるが、そのトラブルと、普通に話せて、一見、障害があるようには見えない人が抱えるトラブル、まったく異質だ。

また、江原さんは、女性差別、障害者差別について、一見、身体条件や能力に基づく差別のように見えるが、そうではなく、ラベルにより差別だと、こんな昔に書いている(この本では210p)。いま、調べたら1985/12/1とある。まだ、障害の社会モデルという言葉がなかった時代の話だ。それはちょっとすごいことなのかも。

216pではピンカーという人が引用されていて、結果としての完全な男女平等(賃金や仕事に関して)を求める政策を妨げるものは自然科学にも社会科学にもないが、便益も一緒にコストもついてくる、と書かれている。(ピンカー『人間の本性を考える(下)』146p)

女性以上に障害者の賃金や仕事に関して「結果としての完全な平等」を求めたら、もっと難しいことになるだろう。その行為がリーズナブル・アコモデーションとして認められるのかどうか、過度な負担とされるかどうかという線をむぐる綱引きの問題でもある。


また、228pに記載されている市民の論理から統治の論理へという話が面白いと思いつつ、こんなに単純化はできないのではないかと思ったのだった。そこにはこんな風に書いてある。

各メンバーの「尊厳」が守られるという「安心」を得るために、ヘイトスピーチを規制すべきだ、という主張につながっていった。しかし、社会のメンバーの「安心」のためにヘイトスピーチを規制とするというロジックには、「市民」の「尊厳」に 依拠をするかに見えて、「秩序ある社会」の「見かけ」を維持したいという欲望の存在が指摘できるし、そこには既に社会全体をコントロールしようとする「統治」の論理が忍び込んでいるのではないか。くわえて、シティズンシップが前提としてきた、「自律」的な「市民」「個人」というモデルが崩れ去ったからこそ、現在、それに代わる「統治」のロジックが優位に立ちつつあるのだ。228p

ここで指摘されること、わかるような気もするのだが、安心して生きたいという社会の構成員の思いは否定できないだろう。そして、【「秩序ある社会」の「見かけ」を欲望すること】と本当に秩序がある社会を求めることをどう区別するかも微妙だ。そういういろんなものを含みこみつつ、ヘイトスピーチをなくしていくという合意だけを求めるのは危険なのだろうか?

また、それに続いて、進化生物学や認知科学の新たな知見から、それを根拠にした様々な差別が正当化されてきたと著者は書き、女性は出産するので家庭に入るべきだという話や、 女性は共感能力や言語能力が高いために子育てに向いているとか、そんな話が例として挙げられる。(229p) これも微妙な部分をあわせもつ話ではある。

ともあれ、著者が強調するのは、合理的な差別と統治はきわめて相性がよく、いかに「空虚」であれ、「市民」という理念を失ってしまえば、合理的な差別を差別として批判することもできなくなってしまう、という話だ。230p


第六章  差別は意図的なものか

この章で興味深かったのが、257

 哲学者の木島泰三は、刑罰を帰結主義的に正当化する議論(とりわけ『自由意志なしで生きる』のダーク・ベレブームに典型的な議論)において犯罪者は「危険な伝染病者」のような扱いを受けるとしている。つまり、犯罪者は社会に危害を与えないように「隔離」され、犯罪に導く要因を取り除くための「治療」がほどこされる。ひとびとの処罰感情に左右されがちな応報主義に比べて、処罰の苦痛も軽くなり(たとえば死刑は正当化されない)、より優れた社会的な高価をあげることが期待できる。しかし、犯罪に導く要因の「治療」が困難である場合には、社会から半永久的に「隔離」されたり、あらかじめ犯罪に結びつく性質が把握されれば、犯罪が予想される人物を未然に「隔離」するという予防的な措置がとられる危険がある。

植松死刑囚のことを考えないわけにはいかない。そして、プリズン・サークルも思い出す。まず、前提として、日本社会の刑罰の仕組みが圧倒的に応報主義できていて、それがほんの少しだけ変わり始めているのが現状というところではないか? その現状の中で、これをいう危険については自覚的でありたい。そのことが障害者の累犯をもたらし、再犯の場合、1000円足らずの万引きでの実刑というような例が後を絶たない現状を生んでいる。

しかし、他方で刑務所内での教育や治療などを強調しすぎると、ここで書かれているような負の側面も表出しうるということは認識すべきなのだろう。

そして、著者はこの議論をハラスメントから差別禁止につなげる。こんな風に書かれている。

 差別を禁止する法律が制定されるとして、差別への処罰は応報主義ではなく、帰結主義的に正当化されざるをえないだろう。おそらく帰結主義的な立場から想定される刑罰の例が示すように、差別への対処は「抑止」「予防」「治療」へと還元されていくのだろう。258p

ここで不思議なのはすでに制定された「障害者差別解消法」に言及されていないことだ位置づかなかったのか、知識がなかったのかわからないが、実質的に「差別を禁止する法律」はすでに制定されている。そこでは「抑止」や「予防」的なことは多数書かれているが、「治療」的なアプローチはあまりないと言えるのではないか?

そして、この節の結語ではDVや痴漢が依存症であるとして、治療の対象になりつつある現状(性犯罪者に対する薬物的な去勢が例に挙げられる)について、以下のように書かれる。

「自律」的な個人の確立(あらゆり「責任」を引き受ける強い主体)が目指されるいっぽうで。そのような「市民」像を根底から否定するような効率的な「統治」、いいかえれば、帰結主義的な「抑止」「予防」「治療」が導入されているという矛盾がここにはある。260p

そして、この章の結語は以下。

 「責任のインフレ」にたいして、あらゆる「責任」を認める強い主体でもなく、また責任なしの社会を構築するものでもないとしたら、言葉による責任を見直してみるのもひとつの手だろう。なにかしら相手の行為を「不快」に感じたとしても、相手の「責任」を追及するまえに一度その「不快」を言語化してみるべきだろう。 (中略) 言語によってみずからの行為を説明することは、「責任のインフレ」=「無限の負債」を逃れるための最初の一歩である。そのためのいくつかの道筋は本書のなかにすでに示したはずである。264p

示されたはずの道筋が読めてない(涙)。


第七章  天皇制の道徳について

天皇主義者にをなっていった内田樹に関する記述に続いて、政治学者・水島治郎の、平成天皇が世界の立憲君主を参考にしているのではないかという文章を引用している。テレビで直接、国民に退位の意志を語るのは前例がいくつもあるらしい。272-273p

277p~は吉田内閣による「逆コース」に関連した平成の天皇制とはかけ離れた明仁のイメージが城山三郎の小説『大義の末』に描かれていることが紹介されている。1951年11月の話だ。昭和天皇の京都大学訪問と、そこでの小競り合いで学生8人が無期停学に。

 そして、京大の学生らが主催したその年の7月の「総合原爆展」の百貨店での開催があり、11月の京大文化祭での「原爆展」が大学当局から認められなかった、その背景に天皇訪問があったのではないか、ということで昭和天皇宛の「公開質問状」があり、そこで原爆展への来場も求められていた。城山三郎の『大義の末』には、それをモデルとした場面があるという。以下のように引用されている。

 学園祭をはさんで市民に公開の予定であった原爆展は、学生たちが願い出ていた部屋の使用を拒否され、予定通りの開催ができなくなった。T大の原爆展で、皇太子は、つまらぬものは見ないと言った。森からそれを聞いて間もない今、K大では天皇行幸のために原爆展そのものが開催できなくなったのだ。皇太子と天皇の父子が原爆展を忌避することですっきり一筋に連なったことが柿見には悲しかった。あの少年がそんなことをいう筈がない。その父の天皇もまた……。天皇父子にそうした態度をとらせているにちがいない一つの組織が、はじめておぼろげに感じられた。それはもはや存在してはならぬもの、幻影すら現れてはならぬ組織でなかったか。(『大義の末』角川文庫83p、この本では279p)

著者はこのように戦争の被害を見ることを避ける平成天皇がリベラル化した契機として正田美智子との結婚、そして彼女から影響されたという具体的な記述が続く。そこでは原武史と河西秀哉が援用されている。(280-282p)

そして、世界の君主がリベラル化しているねじれに関して、前出の水島の『現代世界の陛下たち』を引用する。

 ここで注意すべきことは、このような現代の王室のありようについて、進歩派は概して肯定的であり、むしろ右派の側に不満が見られることである。かつて各国の左派は王政打倒を掲げ共和制樹立を目指していたが、ある時点でお王政の容認に転じ、現在は王室の進化的姿勢に「共感」する傾向がある。これに対し右派は、歴史と伝統を重視する立場から、本来は王政の主たる擁護者のはずであるが、王室の進歩的姿勢には苦々しいものを感じている。 (『現代世界の陛下たち』ⅳ頁、この本では286p)

日本だけではないのだなぁ。確かに安倍と比べれば誰でも進歩的に見えるだろうとは思うけど。とはいうものの、「このようなねじれがもっとも顕著にあらわれたのが日本である」(287p)と著者は書く。そして、リベラル化したのは(平成)天皇皇后個人の資質が優れていたわけでもなく「天皇の霊的使命」によるものでもない。「『デモクラシーと君主制の両立』というパラドクス」に適応した結果である、という部分は非常に明解でいい。

しかし、同時に君主としてはリベラルとしての限界があり、天皇が訪問したのは44年~45年にかけて米軍と闘い敗北した地域だけで、「満州事変や日中戦争で日本軍が軍事行動を起こした場所や都市、太平洋戦争でも日本軍が米軍や英軍に奇襲を仕掛けた場所に行っていないという原武史の文章を引いている。また、在日ブラジル人の学校には行っても、在日朝鮮や中国人の学校には行っていないと。

昨年、天皇になった彼が朝鮮に行けるかどうか、あと数年で越えられる可能性はあり、それくらいのことはできないわけじゃないと思うんだが、どうだろう? 

また、【昭和天皇が一貫して戦争責任を回避し続けたことが、あらゆる政治にたいして責任を持たぬままに「超越」する、「象徴」という存在を確立したといえる。責任を回避する同様の態度は、明仁にも見ることができる】292-293p と書かれている。そして、生前退位をほのめかした(とこの本には書いてあるが主張した言ってもいいと思う)明仁天皇の政治的発言はマスメディアでは誰からも非難されず、憲法を無視する形で、その意志は実現したのだった。

この章の結語近くでは、再び民主主義と自由主義は相容れないはずだという話に戻る。(303-304p) 民主主義はほんとうに国民という限定のもとでした成立しえないのか、どうしても、そうは思いたくない自分がいる。それを結び付けようとした日本の戦後民主主義の成立がその原理に反する天皇制=身分制度という制度によってもたらされているという矛盾。そして、この章は以下の文章で閉じられる。ここはまったくその通りだと思う。

【「差別はいけない」とみんないうけれど、天皇制という身分制度からは都合よく目をそらし続けているのである。】


あとがき ポリティカル・コレクトネスの汚名を肯定すること、ふたたび

フェイスブックやツイッターという安心できる場で差別に反対するとしながら、監視社会の強化に邁進している「自称左派」に対する不満がこの本を書かせたと著者は書く。(310p) 
ぼくも「フェイスブックやツイッターという安心できる場で差別に反対している」「自称左派」であるのは間違いない。そして、その多くの「自称左派」と同様に自分では『監視社会の強化に邁進している』とは考えていない。このあたり、自分が批判されてるような気分もありつつ、何を「監視社会の強化に邁進している」かを曖昧にして、自らを免罪させる効果も持つ微妙な部分だと思う。

で、続いて、ブレヒトの異化効果という演劇理論が紹介される。異化こそが差別批判のことだと。意識していない差別を差別として感じさせること。そして、津村僑がそれを書いているとのこと。こんな風に書かれているらしい。

ブレヒトの演劇は「社会的な身ぶり」を「利用可能なように示」すことで、観客の無自覚な「 社会的な身ぶり」に「 否定的に介入する」。その結果、「自分の日常的な身ぶりをかっこに入れ。〈異化する〉ことができる 311-312p(「ブレヒト・非Aの詩人」津村僑)

そして、最後にこのように書かれている。

社会主義リアリズムにたいするブレヒトの呪詛は、まさにポリティカル・コレクトネスの徹底を叫ぶ左派にも当てはまる。「政治的に正しい:表現を求めて、「秩序ある社会」という「見かけ」を維持するために、法による規制やアーキテクチュアの設計によって、ヘイトスピーチやポルノグラフィを、あらゆる公共空間から排除しようとする態度は、まさにスターリニストにほかならない。しかし、ブレヒトが偉大なのは、「言語の官僚制の一典型たるスターリニズム」に批判的でありながらも、共産主義という大義に忠実な、「政治的に正しい」人物だったことである。ブレヒトがこれらの問題に直面した1930年代とはまさに、本書で繰り返し指摘した「自由主義「と「民主主義」の対立が激化した時代だったが、その対立の最中にはスターリニズムに対する闘いもまた存在していたのである。ポリティカル・コレクトネスの汚名を肯定することは、スターリニズム(官僚制)の支配に手を貸すことではまったくないのである。315p

ちょっと注意して読み返さないと分かりにくい最後の一文だが、ま、そういうことなのだと、若いころ、トロツキストをめざしていたぼくは思うのだった。


20年6月20日追記


書き終わって、保存するというボタンをクリックすると書いたはずの追記がみんな消えている。
そんなことを2度も繰り返した。

だめじゃん。
ぼくもダメだけど、このブログの仕様もダメだよなぁ。


読み終わったはずの本のことをま~ったく覚えていない。

メモを読み返して、本が読めていないことに気がつく。
文字を追ってはいるけど、本は読めていない。

【「差別はいけない」とみんないうけれど】
障害者のグループホームへの反対が公然と語られる。
外国ルーツの人が日本社会を批判すると、「じゃあ、母国へ帰れ」と言われる。
倫理的に正しいとされる言葉がうっとうしがられる。

ここにはいくつもの問題が隠されていると思う。

・人は正しさだけで生きていない。 損か得か、好きか嫌いか、楽しいか楽しくないか、

・正しさの基準が多様であること。多くのレイシストは自分をレイスストだと思っておらず、正しい行動をしていると信じている。


だから、何が差別に当たるのか、知ることはとても大切だと思う。当事者と出会うことのなかで、それを知ることが出来ればいいと思う。しかし、出会いの場は少なく、学校教育は表面的な感じが強い。勉強ができない子どもや、運動が出来ない子ども、あるいは家庭に問題があって、ご飯が食べられなかったり、身なりを整えられない子どもをおいてきぼりにしたまま、「差別はいけない」と言われても、子どもは見ている。

レイシストはどのようにレイシストになるのか。
「障害者グループホームは来るな」と公然と語る背景に何があるのか。
野宿者を排除して、さらに生きにくい場所に追いやって平気な人々の心情。

「差別はいけない」というとき、そのあたりをちゃんと考えなくちゃいけないのではないかと、本の内容のことをすっかり忘れ、読書メモを読んでも何が書いてあったのか本質的な部分が思い出せないなかで、そんなことを思ったのだった。

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