『居るのはつらいよ』というケアとセラピーの話(2)(ほんの紹介24回目)

たこの木通信2020年2月に掲載した原稿のわかりにくかった部分を少し加筆した。

『居るのはつらいよ』というケアとセラピーの話(2)

(ほんの紹介24回目)


 居るのはつらいよケアとセラピーについての覚書の続き。先月、書いたものを読み返したのだけど、何が書きたかったのかとよくわからない(涙)。すみません。

著者の東畑さんはケアとセラピーの違いを提示することで、問題の輪郭をはっきりさせていく。 その力量はすごい。その明快さと話の面白さで、どんどん引き込まれていく。物語として読めば、エンタテイメントとしても面白く、それでいいと思う。しかし、現場で使う理論としては、立ち止まってほんとにその整理でいいのか、自分の現場にあてはまるのかと考えることも必要だろう。そして、そのうえで使えそうだという感触が残るのだった。東畑さんも書いているように、両極の間のグラデーションで考えていくことが重要なのだろう。
 なぜ何を書きたいのかわからなくなってしまったのか考えてみた。そう、セラピーって何かっていうのがよくわかっていないからだった。 セラピーとは何か、この本を離れて少し検索してみた。

 英辞郎に掲載されているのは以下

Therapy 名

1、〔長期に及ぶ病気やけがの〕治療

After the accident he underwent therapy to walk again. : 事故の後、彼は再び歩けるよう治療を受けた。

2、《心理学》心理療法

◆【同】psychotherapy

Freud's therapy often worked well. : フロイトの心理療法は大きな効果を示すことが良くあった。

3、癒しの力、治療効果

I believe in the therapy of laughter. : 笑いには癒しの力があると信じている。

前回も書いたが、ここで書かれているセラピーとは、ほぼの心理療法の話だ。他のセラピーに関して、この本でまったく無視している(ように思える)ところに心理療法家の視野の狭さの問題があるかも。ともあれ、この本には以下のような対比が書かれている。

 ケア       セラピー  

傷つけない    傷に向き合う

ニーズを満たす  ニーズの変化

やってあげる    やらせる

 支える       介入する

  開放        閉鎖

  水平        垂直

  構造        人

 蓋をする      蓋を取る

  依存        自立

デイケア室の中にもセラピーがあり、カウンセリングルームの中にもケアがあると東畑さんは書く。セラピーは垂直的だと東畑さんは書くが、ぼくは、共同作業としての水平的なセラピーはありえるのではないか、とも思う。

 著者の別の本(『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』)に心理療法の話はあるらしいがそれは読んでいないし、ぼくはセラピーやカウンセリングのことをあまり知らないので、そんな気がするという話でしかないのだけど。

 でも、この本に書かれているような、何気ない日常と居場所、それぞれの中での関係性がとても大切で、そこでケアしケアされ、あるいは気づかないうちに、セラピーし、されていくなかで回復につながるっていうのはありそうな話だ。就労支援事業所でも関係性の中で元気になっていく人は多い。その多くは支援やトレーニングの成果ではなく、人間関係の中で元気になっていると思う。

 人との関係性の中で傷つき病んでいった人たちは、人との関係性の中でしか回復出来ない。

しかし、そのための居場所を存続させることと、そのためには誰かがお金を稼ぐ手段としても場所の維持が必要になるという、両者の微妙な関係が話をややこしくする。そんな話もこの本にはあるが書ききれない。



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