『支援のてまえで たこの木クラブと多摩の四〇年』書評 季刊ピープルズ・プラン90号掲載

2020年の夏から秋に書いた書評。コロナ禍が少し収まってる時期だった。


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『支援のてまえで たこの木クラブと多摩の四〇年


『支援のてまえで』というこの本、「てまえ」だけでなく「その先」の話も描かれている。どんな内容かと言えば、重度と言われる知的障害者の支援の受けながらの一人暮らしを支える多摩市を中心としたニュータウン地域のネットワークのハブ的な位置にある「たこの木クラブ」の本。その地域をこの本では多摩と呼ぶと断り書きがあるが、わかりにくいので、この書評ではこの特殊な多摩について「多摩」と括弧をつける。このたこの木クラブと「多摩」のネットワークを含めた前史込みで40年の記録から見えてくるのは、重度の知的障害者の一人暮らしとそれを支える人のありようが現代社会の「人間のモノ化への対抗」にもなりえる可能性。ぼくも少し付き合いがあるので客観的な記述はできない。もともと、知的障害者も一緒に普通級で学ぼうという運動のなかで、地域で障害者かどうかを問わない子ども会が生まれ、そこから始まったたこの木クラブ。その子ども会の子どもは当然、大人になる。重度の知的障害者は、親が支援できなくなったら、施設に行くというのが今でも普通にやられているが、たこの木クラブの「支援」は、そんな風に仲間が地域から排除される現実を前に、目の前の仲間を地域から奪われないためにどうするか、というところから始まった。

 日本では「重度知的障害者と呼ばれる人」の多くは、家族の介助を受けて暮らし、それが出来なくなったら入所施設で暮らすjことになる。昨今、知的障害者が施設じゃなくて、という話だと「じゃあ、グループホーム」という流れが一般的だが、違う方法を模索していったところが、彼らの面白いところ。それは「自立生活」と呼ばれる重度の知的障害者の支援者付きの一人暮らし。じわじわ広がってはいるが、まだまだ限られた地域でしか行われていない。北多摩と南多摩の二つが日本におけるその運動の先進地区で、たこの木クラブは南多摩でそれを支えてきた。この本ではそこで支援付きの一人暮らしが広がっていた歴史と背景、そして、今の姿が描かれている。支援を受けながら、一人暮らしをする重度知的障害者と呼ばれる人の統計はないが、おそらく、100人程度だろう。その多くはその二つの先進地区に集中している。ぼくはこのたこの木クラブの記録と考え方から、多くのことをインスパイアされた。

 本の前半では三井さよさんという社会学者がたこの木クラブの活動に参加し、いろんな人に話を聞き、なぜ、それが可能になったのか、ということを探る。本の後半では関わってきた人の文章やインタビュー、講演記録。興味深い論点は多く、とりわけ、児玉雄大さんの「第4章 支援のその先へ」は面白かった。そこではたこの木クラブの「すいいち企画」を参与観察しプロセスを記述した後で、以下のように書かれている。

そこから「人間のモノ化」と「抑圧的な制度」という「支援」という枠だけでは括りきれない問題にたどり着き、つまりその問題は、支援を含む 「福祉」の領域に限定されるものではなく、「文化」「教育」「労働」「環境」等、社会を構成するあらゆる領域と共通した「今日的な課題」であり、ならば、それへの対抗も「支援」という枠内だけで実践するのではなく、他の領域と連携しながら行うほうがはるかに効果的・・・。

 今回の書評ではこの話にも言及したかったが、紙幅と力量の関係で、たこの木に関わった人たちと社会運動の連関に限定して記述する。


たこの木クラブと社会運動という視点から

 たこの木とそれをハブとするネットワークに関わっている人たちは「社会運動へのハードルが低い」「労働運動や学生運動を経験した人が多い」というのを前提に、「しかし、ただ継承したものではない」ということを著者の三井さんは強調する。「『多摩』の支援ネットワークでは、『生活者』としての姿勢こそが重要であり、中心とみなされているところがある 」と書かれている。「生活者のとしての姿勢」ってなんだろう。「いろんな課題で社会や行政に対して、ガンガンやるが、あくまでも中心となるのは日々の事柄だ」という説明がある。読んでいるとわかるのだが、「日々の事柄」とはいうものの、自分たちだけの日々の事柄ではない。この本は障害者の日々の事柄がテーマになっているが、「生活者としての姿勢」というときに、そういうマイノリティの日々の事柄は見失われていないというのが「多摩」の特筆すべきところでないか。三井さんは言及していないが日々の事柄を中心とする「運動」が昔からなかったわけではない。それは大文字の政治闘争が盛んだった頃にも存在していた。(全共闘や新左翼はそれを子馬鹿にする傾向もあった、というか、ぼくもその一人だった。)だから、おそらく「多摩」のこのネットワークの特筆すべきところは、【『生活者』としての姿勢こそが重要】という部分ではなく、その「姿勢」に障害者と「共に」という価値が包含されていることではないか。

 そして、「とやかくいう前に、まず自分の目の前にあることや人にかかわる傾向がある。……その点こそがお互いの信頼関係の鍵となっていたようである」と書かれている。そう、目の前の人とかかわり続けることの大切さは忘れないようにしたい。目の前の人がさまざまな障害や困難、付き合いにくさを抱えていても関わり続けるということだ。そこに続けて、三井さんはこんな風に書く。

・・労働運動や学生運動との関係は無視できないが、その単なる延長線上ではないのである。注力するポイントが変わり、見えるものも変わり、場も変わっている。「闘い」や「闘争」という言葉はすでに似合わない。取り組むべきものは、大文字の世界ではなく、目の前のここにある。そのことは、多摩の支援ネットワークの中心的な役回りを果たした人たちは、おおむね共有していたと思う。159p

 ここには違和感が残った。そんな風にいわれるのを他でも聞いたことがある。しかし、いまの状況は【「闘い」や「闘争」】が必要のない状況なのか。闘い方や闘争の方法を変えることは求められているが、闘争は不必要だとは思えない。確かに「似合わない時代」かもしれないが、取り組むべきものは大文字の世界にも残っている。にもかかわらず、それが見えなくなっている状況もある。そして、旧来の方法では、その大文字の世界に有効にアプローチできない状況なのではないか。同時に 労働運動や学生運動が見落としてきた豊かなものが、たこの木の周りにあるのは間違いなく、単純に労働運動や学生運動の延長線上ではないと主張したい気持ちも理解できる。それは「単なる延長線上ではない」のだが紆余曲折を経た延長上ではあるとも言える。プラスもマイナスも含めて旧来の労働運動や学生運動の経験がそこに生かされている。その一つがさまざまな障害のある人も含んだ日々の暮らしを形成していくという話なのだ。

 また、学生運動は日本ではほとんど見えないが、いまでも労働運動の現場で苦闘している人はいる。なかなか成功はしていないが、新しい労働運動を再構築しなければならないという問題意識を持つ人もそれなりに存在する。問題は『大文字の世界』をめぐる闘争と『目の前のここ』がうまく接続できていないことだと思う。

 この「多摩」の事例のように熱かった時代の運動経験を抱えた人が全国各地でさまざまな社会運動を展開している。その熱い時代の運動とその人たちが展開している現在の社会運動の連関に関する研究や物語は意外と少ないのではないか。彼らが熱い時代の運動から何を学び、どのようにその否定的な側面を克服してきたのか、もっと語られていいと思う。

 これから社会変革を進めていくうえで大文字と小文字の政治という整理は課題を明確にするが、思考を停止させる側面もある。それはきれいに分けられないし、それをつなぐものも必要になる。重度知的障害者の支援付き一人暮らしを支えるたこの木クラブの活動について考察することは、そのことへのヒントになりえるのではないか。それこそがこの書評で書くべきテーマだったのだが、時間も紙幅も能力も尽きてしまったので、今後も考え続けたい。なお、たこの木クラブでは連続講座を準備中。詳細はまだ、決まっていないが講座の導入にはこの本が使用される予定。
~~原稿ココまで~~


この連続講座の予定は、「たこの木クラブ」のホームページに掲載されるはず。
1回目は2021年2月の予定(だけど、ほんとにできるのかなぁ(笑))


この原稿のもとになった、もっと長い読書メモは
https://tu-ta.at.webry.info/202010/article_3.html
こっちには目次なども転載している。


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