フェイスブックなどに書いたコメントとか

ふと、思ったこと

https://www.facebook.com/masahide.tsuruta/posts/3736586236421866

ぼくが働いているところもそうなのだけど、多くの就労支援事業所は「障害の社会モデル」という言葉は知っていると思う。
しかし、実際に行われていることは既存の社会の枠に個々の障害者をどう嵌め込んでいくのか、ということが圧倒的に多いと感じている。

実際の就労支援で既存の社会の枠に嵌めることが不要だとは思わないが、支援者はそこを超えることをいつも意識しておくことが必要なのではないか。
「障害の社会モデル」という言葉を知ることが必要なのではなく、問われているのは、それを行動にすること。
既存の社会の枠組みを少しでも揺らすようなことが出来ない就労支援って、面白くないと思う。

 

鎌田さんの

まだ間に合う。
もう間に合わない。
みなさん、
みなさんは、
心の中で、
どう感じています?
ほんとうにそう信じてます?
なにを根拠にですか?

という問いかけに
https://www.facebook.com/yoji.kamata1sds/posts/3695857083830045

2月9日 8:56
もうダメかもしれない、と思います。
ぼくはもう61歳なので、たぶん、ぼくが生きている間はなんとかなるかもしれません。ただ、次の世代にどうなるか、とても不安です。
でも、諦めたら、そこでゲームオーバーみたいな感じに。
だから、ほんの少しかもしれない可能性に賭けてみたいと思います。
もうダメだと諦めて生きるより、ほんの少しかもしれないけれども、人間が社会を作り変えていけるという可能性に賭けて、そのためにぼくができることを、ハチドリが火事に水をかけるくらいのことしかできないかもしれないけれども、やり続けていければいいなぁと思います。そのほうが、諦めて生きるより100倍楽しいはず。

ただ、同時にちゃんと絶望することも大事なのだろうな、とも思います。
絶望するしかないような現状はあるわけです。中途半端な期待などできない時代です。
ぼくにはなかなかできないけれども、本気で徹底的に絶望して、その先にわずかに見えるかもしれない光を探すような話かもしれない、とも思います。中途半端な希望をまき散らすのは間違っているようにも思います。

絶望に絶望を重ねて、しかし、それでも最後の期待だけは捨てない、そんな態度が自分に求められているような気がしています。
ただ、鎌田さんは、いろいろ極に向かって突っ走って、壁にぶつかりがちかなぁと思うので(笑)、「いいかげんがいい加減だよ」と言ってあげたい気持ちもあります。

とりあえず、いまをなんとかしのげば、子どもたちの世代には子どもたちが自分たちの力でなんとかしてくれることを祈るしかありません。
そのために、できるだけ社会をひどくしないことくらいかなぁ、いまできることは、とも思います。



2021年2月12日金曜日 18:30~
大地に根ざしたピープルの歩み ―農民、先住民族からの問いかけ
https://www.facebook.com/events/1025893561236641/
~~~

この終了後アンケートに書いたのが以下

それぞれ大切で素敵な話がされたと思います。とりわけ宇梶さんの詩のような語りは気持ちよく心に響きました。
松平さんの話で気づいたこと。
「パンデミックで食糧輸入が止まらなかったのはラッキーだった」
確かに、飛行機が止まったように船も止まっていたら、日本社会は食糧不足でパニックになったはず。

しかし、活動家の悪い癖で、なかなか出来ていないことを書きたくなります。

PP21で議論され、水俣宣言に結実した成果。その文章は格調高く美しい。そして、いまでも十分有効な真実が語られていると思います。 しかし、その後30年、メインストリームはほぼそれに逆行し、世界はますますひどい方向に進んでいき、いまもそれを止めることができないでいます。 だから、いま、考えるべきは、どうしてそれが実現しなかったのか、逆にどうしたらその水俣宣言の豊かな果実を世界はは味わうことが出来るのか、ということでもあるかもしれない、と感じました。

マックス・ヴェーバーがいうところの転轍機はなかなか動きません。メインストリームの世界像は基本的に20世紀のままです。平和からも、平等からもはるかにかけ離れ、世界を覆う核兵器はなくならず、戦争で故郷を失う人は後を絶たず、ほんの一握りの金持ちが富を独占し、貧しい人たちはさらに貧しくなっている、そんな絶望的な状況を私たちは生きています。 他方で、レベッカ・ソルニットが『暗闇のなかの希望』で書いているように、私たちが何もやらなければ、世界はもっとひどいところに行っていたかもしれない、とも思います。

この絶望的な状況をちゃんと絶望したうえで、ほんの一筋しかない光に希望を託している、そんな時代を生きていくしかないのかもしれません。 水俣宣言に結実した思想をどう実現するのか、なぜ、30年も棚ざらしにしてしまったのか、さらにみんなで考え、さまざまな運動に身を投じる中で行動し続けることが求められているようにも思います。
~~~~

ヘルパーさんの問いに

身体障害者のヘルパーをしています。
利用者さんは20代前半で私は46歳なのですが、
共通の話題が無くて困っています。
仕事はすぐに終わるので、空き時間に何を
話したら良いかコミニケーションに困って
います。
何か良い方法はありませんでしょうか?
~~
という質問にぼくが答えたのが
https://www.facebook.com/masahide.tsuruta/posts/3927419180653698:16
~~
ヘルパーに大切なこととして、その人のことをちゃんと見て、その人が何を求めているか、どんな価値観で生きているかを知ることがあると思います。
そんな風に見ていく中で、その人が話をしたがっているのか、あるいは、メニューにない家事援助で、本人が気がついていないけれども、ほんとはして欲しいこと、とかあるかもしれません。その人が欲しているのは何なのかを想像して、本人に確認してみてはどうでしょう?

あと、本人に出来ることを代わってやってしまうのではなく、もし、時間があれば、いっしょにできる部分を手伝いながら分担してもらうという風に、本人をその気にさせるという支援もあるはず。強制は逆効果だと思いますが。

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この記事へのコメント

はま
2021年05月02日 20:28
労働者階級は負けた、というか勝ったことはない。福祉国家はつかの間の戦後の慰労(とソ連への対抗)と思います。ゼロ時間契約の介護者の話を読むと苦しいです ↓ 竹端さんのブログ参照:
「ゼロ時間契約」の現実 – surume blog http://surume.org/.../%EF%BD%A2%E3%82%BC%E3%83%AD%E6%99...
イギリスの障害者雇用支援プログラムで地域のNPOが大企業の下請けになっている話を読むと苦しいです。でも、歴史を読んで人は間違いを繰り返していることを知ると、次も間違いながら続くことがあるかもと思います。