『海を撃つ』メモ それは希望なのか、それとも・・・(追記、コリンさんによるとかなり変だ)       

それは希望なのか、それとも人々をさらにひどいところに誘(いざな)うのか

(3月10日追記:安東さんにことを知らずに書いていたのだけど、あとで教えてもらって追記を書いた。最後のほうの追記まで読んで欲しい)

この本の読書メモを書こうとして、ずっと書けないでいる。なかなか書けないのはなにやかやとバタバタしているからでもあるが、何かこの本に起因する要素もあるような気がする。この本に関するテキストは十分にWEBにある。

まず、本人がnoteで紹介している。
安東量子著『海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて』(みすず書房)
https://note.com/ando_ryoko/n/n4851f6d69d81


ここからいくつかの書評がリンクされている。

そして、この本の中心的な話でもある
ICRP勧告111号は以下
https://www.icrp.org/docs/P111_Japanese.pdf

丁寧な読書メモは
https://rmaruy.hatenablog.com/entry/2019/02/12/221138
重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

それらに必要なことはきれいに書かれているような気もするので、もう書く必要がないかと思ったり、しかし、決定的に何かが欠落しているようにも読める。

また、ICRP委員ジャック・ロシャールさんの講演のパワポ資料もWEBにはある。ここに彼の思想がでていて、安東さんもほぼ同様のことを考えているのだと思う。

「原子力災害後の生活環境の回復―チェルノブイリから学ぶこと」
https://drive.google.com/file/d/0By3NxxA_Y7SlNzBmNGYwNWQtNDUyNi00ZWFlLTk0N2ItYmRmMjA5YTIwOGI1/view

そして、このnoteを読んでいたら、
成田闘争と「水」問題
https://note.com/ando_ryoko/n/necb19cfb032f
という記事を見つけた。
これをフェイスブックの三里塚を議論するページで紹介して、
彼女がいろいろ批判されていることを知った。

安東さんの『海を撃つ』にも引用してある上記のスライド、
「原子力災害後の生活環境の回復―チェルノブイリから学ぶこと」
とりわけこの結語部分が気になっている。

「住民と当局の間の信頼を強固にする、あるいは回復する 」
とある。

このあたりに安東さんが批判されることの根っこがあるのではないかと思った。
日本政府をはじめとして、数々の自治体も含めて、いつまでたっても信頼できない当局がほとんどではないか。とりわけ日本政府はどんどんひどくなっているようにも見える。

原発を推進してきた政策の失敗への反省はほぼ忘れられているか、はじめから反省などしていないように思えるような振舞いの数々。彼らとどう信頼関係を結べるのかわからない。

安東さんは汚染水の問題を汚染水とは呼ばない。彼女が【成田闘争と「水」問題】で書いているように、時間がかかっても、徹底的に話し合って、少なくともそれまでは海に流したりするべきではない。そこは合意できるところだ。

そして、上記のnoteで安東さんが援用している成田での「円卓会議」について考える。隅谷委員会が間に入った円卓会議で熱田派反対同盟は国に対して、反省と大きな譲歩を引き出すことに成功した。

しかし、そこでの約束がどんどん破られているようにも思える現状。円卓会議への参加自体は当事者が決めた話だし、ぼくは大きく間違ってはいないはずだと思うのだけど、そのあと、約束がどんどん反故にされている状況をどう考えたらいいのか。 

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 この本の安東さんの、ときに文学的な美しい文章に酔わされる。そして、ぼくにはロジカルであるようにも読める。というか、ぼくが酔わされていたようにも感じる。

何かがひっかかり、検索したら、たくさんの批判が出てきた。しかし、しっくりくる批判にぼくは出会えなかった。ネットで見かける批判の多くは汚染されたその地に、できれば留まりたいという気持ちを無視、あるいはないがしろにするものばかりだった。住み続けたい人にどう寄り添うかが彼女の立脚点っだと思えるから。

汚染を測りながら、それでもなんとか住み続けたいと人の気持ちは明確に表現されている。
そして、こんな場所に住むべきでないと考える人が批判する。
だから、その批判の多くは的が外れているように見える。

そのために何が可能なのか、という部分でICRP委員ジャック・ロシャールさんが援用される。

これは、この地で生活を続けたいという人たちに寄り添い、チェルノブイリ原発事故で被災地で行政と協力して、その方法を探って得られた話だと思う。

住み続けたい人がいるからだ。そのためは当局との信頼関係が必要になるというロジックも理解できる。
しかし、こんなになっても信頼できない当局がある。

真摯に話し合うことの大切さという文脈で安東さんは三里塚の円卓会議の話をnoteに書いているのだが、隅谷委員会の話には続きがある。これは単純なハッピーエンドの物語ではない。

繰り返しになるが、日本政府はそこで表明した反省を忘れ、数々の約束を時間の経過の中で反故にしている。反対運動が小さくなったという経緯もそれに影響しているようだと思う。約束が反故にされていることは報道もされないし、それを知る人も少ない。

徹底的に真実を出して、それをもとに話し合うという理想は美しい。しかし、そうはいかない現実がある。

とても考えさせられる、悩ましい本に出会った、そんな気がする。


追記
植松さんにフェイスブックで以下の情報をもらいました。
~~
こちらの本は読みましたか。https://www.amazon.co.jp/%E5.../product-reviews/4753103145
~~
この本のアマゾンのレビューに安東さんから
本文の中で、触れられている「福島のエートス」の安東量子と申します。私どもに関する記述につきましては、ネット上の根拠のない噂に憶測を重ねたものであり、まったく信頼できないものであることを指摘しておきます」とあり、それに対して、コリンさん側からのほぼ全面的な反論が掲載されていて、安東さんはそれ以上、反論していないので、ここではコリンさんの説得力が際立っている。
~~~
植松さんのコメントへの私からの返信
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本は読んでいませんでした。
この書評欄のコリンさんの反論、すごく説得力ありますね。
ただ他方で、その地で住み続けたい人がいるという事実にどう耳を傾けるのか、また、上記のブログでも紹介した
ICRP勧告111号
をどう考えるべきなのか、
まず、コリンさんの本を読んでみたいと思います。
~~~





~~以下、引用~~

・・・を得ることではない。元の暮らしに戻りたい、元の環境を取り戻したい、それだけだ。それがどれだけ先のことであろうとも。年間一ミリシーベルトは、その願いのシンボルだ。ベラルーシで人びとは、年間一ミリシーベルトを線量低減の目標とすることを 望んだ。福島でもまたそうだった。別の場所で原子力災害が起きて同じような状況に なった時、人びとは、また同じように一ミリシーベルトを選択するだろう。

 彼にICRP の勧告にこの数値が記されていようが いまいが、人びとは「一」を求めるはずだ。なぜなら、「一」はもっとも小さな数字だから。そして、年間一ミリシーベルト以下になれば、事故前の放射線量を次の目標として願うだろう。これは放射線の人体影響のリスクの指標ではない。科学的な基準でさえない。ただ、人びとの願いなのだ。元の暮らしに戻りたい、かつての環境を取り戻したい。誰もが心の奥底で 強く願い、しかし、口に出すことさえ憚られるほど当たり前のことなので、滅多に言 い表されることもない、ささやかな、けれど決して消えることのない強い願いだ。 今でも、ときおり夢に見る。原発事故の起きなかった世界を、暮らしを。なにひとつ損なわれていなかったあの頃のことを。それがもはや失われてふたたび取り戻すととができないのであるならば、ずっと先のことを夢に見る。環境中に散らばる放射性物質が消え失せた世界のことを。誰も放射線のことなんて気にしない。土地は放射線・・・


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