2014年1月に開催した研究会「障害の社会モデルその射程と限界」

7年前の1月の研究会の案内。
その案内がフェイスブックに残っていた。フェイスブックの情報はいつ消えるかわからないので、こちらで記録。
また、最後にちょっとだけ、その後のことにも触れている。
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2014年1月11日土曜日 13:30 UTC+09

研究会「障害の社会モデルその射程と限界」

無料東京大学(本郷)教育学部棟156教室

今年の早稲田大学での障害学会大会で大会シンポ・特別セッションを企画したメンバーで、引き続き、障害学の研究会を開いていこうと、今回、また新たに企画を立てました。まだ今後のことは未定ですが、障害学に関心をもつ方々をつないでいく場が今後も作っていければという話をしているところです。以下、企画になります。



「障害の社会モデルその射程と限界」

「障害学のリハビリテーション」が刊行された。その帯には「障害学は、何のために、どのようなものとして存在する(べき)か——その基本的な問いへの応答はあまりにも深められていない」と記載されている。この問いにどのように応答することが可能なのか、私には著者グループも少し手をこまねいているようにも見える。

そこで、著者の一人を焚きつけて研究会を企画した。とりあえず、テーマはこの本のにある「障害の社会モデルその射程と限界」とした。「障害学は、何のために、どのようなものとして存在する(べき)か」という問いと「障害の社会モデルその射程と限界」を問うことは密接に関係しているように思える。まずここから、障害学を問うことを始めてみたい。

最初に、星加さんから、この本の最初の基調論文に書かれたことを提起してもらった上で、この本の巻末の討論に参加している杉野さん、飯野さん、そして、知的障害と社会モデルという観点で岡部さんから、コメントをもらって、会場を含めた討論を行いたい。

無謀な試みかもしれない。「障害学は、何のために、どのようなものとして存在する(べき)か」という問いにどこまで肉薄できるかわからない。ただ、はっきりしているのは何もやられなければ、何も語られなければ、その問いは宙に浮いたままということだ。この試みを経ても、宙に浮いたままかもしれない。しかし、その問いに迫ろうとするプロセスこそが重要なのではないかと考えた。
長らく休眠状態の関東障害学研究会としての開催ではないが、これが何かのきっかけになればと考えている。


●日時: 2014年1月11日(土曜日) 13時30分~16時30分
●会場: 東京大学(本郷)教育学部棟156教室
●費用: 無料
●問題提起:星加良司
●討論:杉野昭博・飯野由里子・岡部耕典
●主催: 障害学を問う研究会
●共催: 東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター
●情報保障:
  パソコン要約筆記
  手話通訳(希望者がある場合のみ)
☆お手数ですが、手話通訳を希望される方は、12月23日(月)までに、下記のお問い合わせ先までご連絡下さい。また、その他何か個別にご要望等がありましたらご相談下さい。ただし、こちらでは対応できないこともございますので、その点は予めご了承下さい。
<お問い合わせ先>
東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター
電子メール:cbfe@p.u-tokyo.ac.jp
電話/FAX:03-5841-1406
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連絡も少なかったので、初めは、身内だけになるかなぁと思っていたのですが、予想以上に多くの方に来てもらいました。
会場が使いづらくて、遅れてきた方や、車椅子の方にはご迷惑をおかけしてしまいました。
また、司会の不手際でバタバタしてしまって、ごめんなさい。
中身は考えさせられる点も多く、よかったんじゃないかと自賛しているのですが、参加された方いかがだったでしょうか?
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とはいうものの、内容についての記録は残っていない。

そして、このイベントを行ったものの、そこで提示された問いは、あまり深められていないように感じている。

ただ、ここで研究会を行うきっかけとなった『障害学のリハビリテーション』の視点をエスカレートさせ、「障害学は終わった」と宣言するに至った(ように私には読めた)『障害社会学という視座』という本は出ている。
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b471293.html

この本の編者による「宣言」を含む部分のぼくの読書メモは
https://tu-ta.at.webry.info/202007/article_1.html

しかし、このような『宣言』が出たにもかかわらず、「微温的な仲間内の集まりで、行儀よく住み分けをして、相互不干渉を決め込んでいるようですらある」と、『障害学のリハビリテーション』の序章の中でも指摘された日本の障害学の論争と相互批判の少なさは生き続けているようにも見える。ちなみに障害学のリハビリテーションの書きかけの読書メモは https://tu-ta.at.webry.info/201401/article_2.html

この『終わった宣言』に対する学会側からの反論をぼくは見ていない。

確かに「微温的な仲間内の集まり」の居心地の良さは捨てがたいし、それ自体、否定されるべきものではないとも思う。
そして、アカデミックサークルの住民でもないぼくがこのことを否定するのもおかしな話でもある(あ、立命館生存研の仲間に入れてもらったから、棺桶に片足突っ込んだと言えるかも。でも、片足じゃなくて、足の小指くらいだな)。





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