今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS 三里塚闘争ってなんだったんだろう

<<   作成日時 : 2005/08/29 05:30   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 4

「元管制塔被告への不当な損害賠償請求に抗議し、皆さんへ、大胆率直に、訴える声明の会」よりアピールが出されています。
http://jioos.podzone.net/index.php?itemid=36#more

どうして政府に賠償しなければならないのか!
煮え切らない思いは残ります。
ボタンのかけ違いを政府は謝罪したのではなかったでしょうか。
ただ、実行行為を担った人だけに、その責を負わせるわけにはいかない、その1点だけのためにカンパをさせていただきました。

しかし、三里塚闘争についてここまでの経過をどう考えたらいいのかというような視点が、例えばこの管制塔被告支援連帯基金サイト http://jioos.podzone.net/
から抜け落ちているというだけでなく、ぼくが知る限り、あまりなされていないように思います。
また、当時のヘルメットなどを支援集会で被ろうとかいうセンスにもついていけません。何か、ノスタルジーだけが先行しているように感じます。


 ぼくの年代、そして少し上の新左翼の多くの人が三里塚闘争に青春をかけていたと言っても過言ではないと思います。ぼくはこの3.26闘争の2年後に運動にかかわり始めたので、多少冷めた目で考えることができるのかもしれませんが、管制塔闘争だけでなく、三里塚闘争全体の意味についての考察があまりにもなされていないのではないでしょうか?これから日本で社会運動をどう形成していくことが必要なのかというような観点からも、そこには考えられなければならない材料がたくさんあると思うのです。

 フランスではラルザックの闘争からボベの闘いに、そして現在のattacを中心とするオルタ・グローバリゼーション運動へと面々とつながっています。ひるがえって、日本の戦後の社会運動の中で三里塚闘争が持っていた、あるいは持っている意味はなんだったのか、70年代後半から80年初頭、多くの学生や労働者がある意味、職場や学園の課題を半ば投げ出す形であそこに駆けつけたことが本当に正しかったのかどうか。83年の反対同盟の分裂、その分裂後の個人襲撃、その後の政府との話し合い。その話し合いで政府は多少は自らの非を認めてテーブルについたのではなかったか。そういうことの一切合財をちゃんと考えようというようなことが、問われているように思います。
 この被告連帯基金の書き込みを読んでいると、何かノスタルジーだけが一人歩きしているような気分になります。たとえば、この掲示板のスローガン。
「賠償金攻撃へ怒りをぶつけろ!第2、第3の3.26を!」
確かに怒りをぶつたいわけですが、第2第3の3.26を、どのように、なんのために、誰が戦う必要があるのでしょうか。

 賠償を払わなければならないところに追い込まれたこと自体は、この時点では敗北でしょう。それを当時、闘争を担った、あるいはその後にもそれに共感して戦った人間として、被告だけに損害賠償を負わせるのではなく、シェアしようという考え方には共感できたからこそ、少しかもしれませんが、ぼくにとっては少なくない金額をカンパしました。ぼくには、そこから新しい何かが生まれると考えるのは無理があるように思います。

 しかし、当時を顧みて、いま、自分たちのやっていること、あるいは自分の立ち位置を考えるいいチャンスではあると思うのです。

 いま財布を痛めることになって、これを書こうというモチベーションが高まったというのは「お粗末な状態だ」という批判はあるかもしれませんが、少し前から考えていたことでもあります。脱WTO草の根キャンペーンが地球的課題の実験村と共催で連続セミナーを開き、実験村の人たちと集会の後、いっしょに飲むようになって、ほんの数ヶ月前の話ですが、考え初めていたのでした。三里塚闘争、とりわけ90年代、政府との話し合いという方向を熱田派反対同盟は選んだわけですが、そのことの可否、なぜ、それを選んだのか残っている数少ない闘争主体にそのことを問うのは酷なような気もするのですが、現在という地点からそのことを考えることが問われているように思います。もちろん、支援する側はそれを支持していたことを含めて考えられなければなりません。

 そこで獲得された思想の質は、かなり重要な提起を含んでいたと思います。しかし、その後の経過を考えると、運動はどんどん小さくなり、話し合いのテーブルで獲得したはずのことも、少しずつ切り崩され、現在にいたっているように思います。

 ぼくも自分の足跡をどんどん忘れているようなところがあるので、えらそうなことは言えないのですが、これからの社会運動のありかたを考えていくために、前向きな方向で三里塚闘争をもう一度考え直すことが問われているように考えます。

 とは、言うものの、何をどこから、どのように考えるべきでしょうか。
 確かに重い課題ではあります。財布からお金を出さざるを得なくなった痛みを忘れないうちに、でも、そんなに急がないで少しずつ考えてみたいと思います。

これを読んでくれた人が下の「人気blogランキングへ」というのをクリックしてくれると、そのクリックしてくれた人の人数でランクが決まる仕組みです。クリックするとランキングのサイトに飛び、うんざりするような排外主義ブログのタイトルの山を見ることになりますが、クリックしてもらえるとうれしかったりもします。
人気blogランキングへ


 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
まっぺんさんへのレスポンス
「三里塚闘争ってなんだったんだろう」について、まっぺんさんがコメントしてくれたこと http://jioos.podzone.net/board.php  記事No.35 へのレスポンスです。 ...続きを見る
今日、考えたこと
2005/08/31 22:19
「三里塚闘争ってなんだったんだろう」へのコメントについて
「三里塚闘争ってなんだったんだろう」に関するコメントについて ...続きを見る
今日、考えたこと
2005/09/03 00:16
管制塔カンパ、期日までに達成確実に
管制塔被告にかけられた民事請求の1億300万円を集めるカンパ運動http://jioos.podzone.net/ 全額集まることが確実になったとのこと。多くの人がかなり無理をして、集めたり、お金を出したりした結果だと思う。そのことはすごいことだし。みなさんの努力には頭が下がる。 ...続きを見る
今日、考えたこと
2005/10/29 06:01

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
a@初めまして。「まっぺん」という名でウエブサイトを開き、交流している者です。「被告団支援サイト」から来ました。こちらにコメントしようとしたら「500字以内で」といわれたので、被告団支援サイトの方を見てください。
http://jioos.podzone.net/board.php
「三里塚闘争ってなんだったんだろうについ...
2005/08/29 21:12
私もそう思います。「異議な〜し!!!」(^^;)
故あって名前は黙秘します
2005/08/30 18:41
昨日の書き込み【私もそう思います。「異議な〜し!!!」(^^;)】の「そう」は、筆者に賛成ということ、「異議な〜し」はジョークでした。今日、再訪して、「昨日のコメントは???」と反省。
故あって名前は黙秘します
2005/08/31 17:49
「フランスではラルザックの闘争からボベの闘いに、そして現在のattacを中心とするオルタ・グローバリゼーション運動へと面々とつながっています。ひるがえって、日本の戦後の社会運動の中で三里塚闘争が持っていた、あるいは持っている意味はなんだったのか、」
初めまして、「T」といいます。フランスのこのあたりについて詳しいようすですが、何か資料を御存知でしたら、教えてください。私も三里塚闘争に参加した元被告ですが、過去の運動を担った人たちを突付いてもあまり良いものは出てこないように思います。

2005/09/02 10:53

コメントする help

ニックネーム
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
三里塚闘争ってなんだったんだろう 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる