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<<   作成日時 : 2005/11/09 05:14   >>

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<連続講座>
入り会い再考・再生
=脱グローバリゼーション試論=
http://www.sakura-catv.ne.jp/~yamasoft/jikkenmura/koza/koza.htm

なかなか興味深い連続講座だった。最終回に向けて考えるチャンスをもらった。少し考えてメモをつくったので、ここに掲載。

===
11月9日の上記の講座の最終回での問題提起に向けて考えたメモ

問題設定

1.入り会い・コモンズを新自由主義グローバリゼーションの対抗軸として設定できるのか
1’、だとすれば、どのような条件が必要なのか?
2、都市でのコモンズをどう形成できるのか?
3、また、農村に最近まで存在していたそれはそのままで対抗軸になりえるのか?

*それらとサブシステンスの関係はどうなるのか



1及び1’について
===
入り会いと新自由主義グローバリゼーションの対立を典型的に示す例

「いのち・開発・NGO」(新評論)第19章
この章では、メキシコ西部・シナロア州ビアクストラ・プロジェクトという小農民の運動が、貧困で子どもが死ぬという状況を改善してきた例を紹介する。そこでは健康のプロジェクトが医療的なアプローチではない方法で、改善されてきた。このプロジェクトでは農地の公正な配分を問題にし、社会的政治的行動と発展していった。
 しかし、90年代に入り、これまでの成果が無になる危険がでてきた。それはNAFTA(北米自由貿易協定)への準備のために、米国が求める新自由主義的な政策で、エヒードという入会地が奪われ、その小農民の運動の成果も手ひどい打撃を被った。この危機的な状況から抜け出すきっかけを作ったのがサパティスタの闘争。その闘争によって、メキシコ政府は譲歩を余儀なくされ、エヒードを部分的に復活させることになった。これによって、プロジェクトは「取り返しのつかない敗北」は免れた。とはいうものの、NAFTAによって村人の健康は脅かされ続けている。

ここではエヒード(入会地)が具体的に新自由主義グローバリゼーションへの抵抗の手段でありえるということが例示されている。3秒に一人が殺されていく現実のために必要なのは「開発プロジェクト」ではなく、政治的社会的行動だということを、ここから読み取ることができる。(ホワイトバンドもそこのところを見て欲しい)

ここから、少なくとも一定の条件のもとでは、入り会いが新自由主義グローバリゼーションの対抗軸になりえていることを読み取ることができる。

グローバル資本主義のまったく自由な活動を保障する新自由主義グローバリゼーション体制と入り会いが相容れないものであることは間違いなさそうだ。しかし、大規模地主が大きな権力を持つところでは「入り会い」が新自由主義勢力への対抗、あるいは高く売りつける手段として、その地主の権力を擁護するために使われることもありえる。

また、メンバーシップの存在しない入り会いというのは在り得ないように思う。誰がメンバーシップを持ちえるのか、メンバーとして新しい人を迎える決定権を誰がもつのか、これは入り会いの適正な規模にも関連する課題だ。人の顔が見えるくらいの規模を超えて、民主主義が十分に働くかどうか、という課題にもつながるように思う。

更に、入り会いにおける「禁止則」はその重要な要素だと思う。
「環境平和学」(法律文化社2005年)の5章で伊藤美幸さんが紹介するフィリピン・東ネグロス州のアポ島におけるサンゴ礁(共有のサンクチュアリ)の保護活動の事例は新自由主義グローバリゼーションとの対抗という点では明確ではないが、コモンズが住民の栄養状態を好転させた例という風にも読み取ることが出来る。そこで、槌田敦や多部田政弘の理論を援用して「禁止則」の重要性も紹介されている。
==
槌田敦は・・・環境汚染や破壊を科学技術で解決できない以上、「子孫を困らせない暮らし」にまで人間の欲望を抑制するしかなく、それらの欲求は・・・個人の倫理にもとづく欲望の自粛では抑制できず社会的に抑制する必要があるとする。そして自然や社会の循環を阻害する行為に対しては「何かすべきことをする」よりも「してはならない」ことを制限するという視点を提示した。多部田政弘は、槌田の論を受けて、・・・市場経済が・・・自らの生存基盤を破壊して自滅するのを防ぐために、市場経済に内在していない禁止則を外部から設定して、市場経済の軌道を修正するという人間社会のルール(社会システム)つくりを提起した。102p
==

入り会いは禁止則を共有するメンバーによって成立しているということもできるのではないか。

また、
1''、「コモンズの囲い込みから始まった資本主義に対抗するためにコモンズの再生を」という風に問題を立てることも可能かも?


2、都市とコモンズについて(1の問にも関連しながら)

マリア・ミース(他)は「サブシステンス・パースペクティブ」(英語版1999年・来年、翻訳書が藤原書店から発行予定)の中で「第六章 コモンズを守り、取りもどし、もう一度つくりあげること」という章を設定し、はじめに以下のような問題提起をしている。
===
 工業国に必要なのは、失われたコモンズを取りもどし、もう一度つくりあげることである。・・・、・・・。今なぜこの問題が起こっているのか。コモンズを破壊しているのは誰なのか。なぜコモンズを再びつくりあげなければならないのか。グローバル・コモンズというものはあり得るのか。豊かな工業国においては、どんなものが「新しいコモンズ」となり得るのだろうか。
===
ここで、彼女たちはグローバル・コモンズのいんちきさを書く。コミュニティなくして、コモンズはありえないと。
 また、この章では「負のコモンズ」という提起も行っている。ゴミを「負のコモンズ」として、とりあげる。(このあたりに日本語の「入り会い」と「コモンズ」の違い)コモンズが成立していた頃には、コモンズ的な資源であったゴミが税金を使って処理しなければならなくなっている現実、そして、それを再生するとりくみが紹介されている。(先月の報告にあった生ゴミと地域通貨の組み合わせの紹介もここにも位置けられるだろう。)
==

また、都市における入り会いという観点で、例えば、労働者協同組合は一種の入り会いという風に発想したが、そこから広げて労働組合も入り会いという風に考えてもいいのではないかと労働情報のAさんはいう。そう考えていくと、産直グループはもちろん、生協も入り会いのバリエーションではないか、という視点も在りえる。そのように広げて考えていく中で、入り会いとそれらは何が違うのか、だとすれば入り会いとは何かという風に戻っていくことも可能。そこで、考えたこと。

「利潤だけを追求するのではなく、助け合うことを基本に全体が持続的に生存していくための禁止則を共有しつつ、メンバーとしての果実も共有する共同体」

   (内橋克人さんが提唱する「共生経済」との連関)
  
そういう共同体が新自由主義と対抗していくために「入り会い」を考える中から見えてくるのではないか。

3、最近まで成立していた入り会いのままでいいのか

2の結語で提示した共同体は、その基本的な性質を維持しながら、外に開かれていることも重要。従来の入り会いの限界は、そのメンバーシップの閉鎖性にあるように思う。入り会いについて実証的な研究をしていない印象評価だが。ニューカマーを入り会いのメンバーに迎えることはどのように可能になるのか、また彼・彼女との間で、生存を持続的に維持するための禁止則をどのように共有しうるかという問題もあらわれる。

ジェンダーと入り会いを考える中から見えてきたこと

それぞれの地域の文化と入り会いの関係
入り会いが地域の文化を育み、地域の文化が入り会いを支える関係
それぞれの地域が有する文化を、その独自性(かけがえのなさ)を維持しながら抑圧的でないものに作り変えていくこと。そういう視点でジェンダーと入り会いを考えたい。地域における肯定的な社会的性差(ジェンダー)を想定することは可能か?その文化が有する社会的性差も固有性を維持しながら、抑圧的でないものにつくりかえることの可能性。抑圧的な社会的性差と抑圧的でない社会的性差をどう峻別するか。(このあたりについては藤岡美恵子さんのいくつかの論文 ex.「グローバル化時代の先住民族」(法律文化社2004年)の第7章などが参照できる。)これ以上深入りすると本題から外れるし、深みにはまりそうなので、ここまで。

さらに、マイノリティと入り会い、障害者が生産性にかかわらず、入り会いのメンバーになれるような関係性を構築する必要。


*サブシステンスとコモンズ

まず、サブシステンスとは何か
ぼくが見た中ではいちばん簡潔な「アンペイド・ワークとは何か」(藤原書店)の中村陽一さんの用語解説。
===
サブシステンス(subsistence)
一般的には、生命の維持や生存のための活動をさし、たとえば「最低生活費保証原則」(subsistence principle) といった用例が見られるが、本書ではK・ポランニー、I・イリイチ、M・ミースらの用法に学んでいる。すなわち、たんなる生命維持や生存にとどまらず、人々の営みの根底にあってその社会生活の基礎をなす物質的・精神的な基盤のことである。イリイチ『シャドウ・ワーク』邦訳では「人間生活の自立・自存」と訳されている。
===
環境・平和研究会(平和学会環境部会)の横山正樹さんのもっとも単純な定義は
「個と集団の本来性(潜在的実現可能性)を発現させ、類として永続させる諸条件の総体」==

これだけ書いてもわかりにくいだろうが、これまでの開発や利潤を優先するありかたから転換するための、ひとつの展望、あるいは視座。「脱開発主義」というふうに言っても、それが何を指すのかわかりにくい。なにかを開発しなければ、発展させなければ、(Development)と考えるのではなく、地域で持続的に生きていく、食べる、飲む、社会生活を営むということがちゃんと、平和にできることを基本に考える。そのために人間の生活に必要なものは物質的な基盤だけではないはずであり、世界各地で西欧近代の価値観が入ってくる前にはもっていた部分もあるのではないか、そういう意味から回帰主義と批判されることもあるが、西欧近代が発見した概念の中でも、人権概念や平等概念など、現在生きていくうえで捨てられないものも少なくないので、サブシステンスの価値を現代に創造していくことが問われている。

その観点から、このサブシステンスという視点と入り会い(コモンズ)の重なる領域は広い。それは2で例にあげた、ミースらの本の「サブシステンス・パースペクティブ」という本の中に「コモンズ」に関する章が設けられていることからも読み取れる。

新自由主義グローバリゼーションに抵抗するさまざまな取り組みの中でも、さまざまな潮流があるが、地球の持続可能性を含めて、現代をラディカルに捉え返し、変革していく営みを形成していく上で、「入り会い」から敷衍していくことも可能だし、それはサブシステンス視座とか、サブシステンス志向という考え方ととても親和性のあるものになりえると思う。


サブシステンスという考え方では個人よりも共同体に、より注目する。
コモンズ≒入り会いは「サブシステンス派」(仮称??)の重要な課題



おまけ
==その他のサブシステンス定義==
また、西山志保さんは「ボランティア活動の論理」(東信堂2005年)の中で、サブシステンスの系譜を網羅的に紹介した後(この紹介に少し違和感もあるがサブシステンスの系譜は俯瞰できる)、自らのサブシステンス定義について、以下のように定義。
==
他者との関わりのなかで、「生」の固有性に徹底してこだわっていくという、人間の実存に関わる根源的営みであり、人間本来の実践(praxis)としての「働き」を基盤として、他者との対話的な相互関係を捉える視座(38p)
==


以上




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内 容 ニックネーム/日時
入り会い権、
メキシコ サンジエゴ国境は 何度も 渡り Tajiana市街地に バスで パスポートを 見せて 渡り。しつているが 最近は もっと 自由自在に 行き来しているという、
メキシコの人 人の 往来は 入り会い権は、現在どうなつたのか
ゆうちゃん
2010/10/16 06:19
ゆうちゃんさま、コメントどうも。
でも質問の趣旨がわからなくて・・・。っていうか、趣旨がわかっても答えもわからないと思いますが。
tu-ta
2010/10/21 02:35

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