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help リーダーに追加 RSS 民衆運動のグローバル化とサブシステンス

<<   作成日時 : 2006/04/27 03:56   >>

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以下に転載するのは、2003年の秋から冬にかけて書いた文章。
研究会のメンバーで執筆したある本のひとつの章を二人で受け持ち、最初にぼくが書き、もう一人の執筆者が全面的に手を入れて完成稿となって、出版された。

部分的に書籍に採用されている部分もあるが、そのままの形では発表されていない。いま、読み直してみると書き直したい部分もあるっていうか、ポイントの定まっていない部分の多い文章だと思うが、直し始めると際限がさなそうだし、面倒なのでそのままの形で記録を残しておこうと思う。


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民衆運動のグローバル化とサブシステンス

 20%と80%

 上からのグローバル化が生みだす格差の拡大や新たな貧困、あるいは地球環境の危機について、ここではこれ以上触れない。それがもたらす災い(*1)については、意識的に無視しようとしない限り、国際機関もNGOも市民も、誰もが対処しなければならないと感じている。問題はどのように対処するのかということだ。しかし、どのように対処すべきなのかを考えるためには、それらの否定的な現象がどのような力関係の中で、誰によってもたらされているのか、また、その力関係を生みだす要素や動機は何なのかというようなことを可能な限り見ていく必要もある、もちろん、自らを観察の外に置くことはできない。
 報道されることもなく、何万人もの小さな子どもが毎日、飢え、つまり貧困に殺されている。そして、同じ地球に飽食の世界がある。二〇%の人口が八〇%の資源を使う世界(*2)だ。その世界秩序を守るために目の眩むような莫大な軍事費が使われる。二〇%の世界に自分が存在していることに自覚的でありたいと思うし、そのようではない社会をめざしたいと思う。そのためにどういう対処ができるのかということなのだ、それは、ぼくに何ができるかということでもある。ちょっと、肩(過多)に力が入りすぎたかもしれない。そういうことをあんまり肩に力をいれずに自然に考えたいと思う。

 違う価値観を

 近代の「もっとたくさん、もっと早く、もっと大きく」というような価値への警鐘はかなり古くからある。とりあえず、現代というところに限っても三〇年も前にシューマッハはスモール・イズ・ビューティフルと言っていたし、「成長の限界」(ローマ・クラブ)も主張されていた。それらは説得力のある論理として流通したにもかかわらず、量的な拡大志向・開発志向の「もっともっともっと」という論理に取って代わることはなかった。さまざまな問題が明確になった後も、限りない成長が追求されつづけている。なぜ、そこにブレーキが働かないのか、別の価値観がメインストリームになれないのか。そういう意味での価値観の転換がどのように可能なのか。それらの問いへの明確な回答はない。しかし、試行はさまざまな形で行われている。そして、この転換が遅れれば遅れるだけ、地球の持続可能性は失われていく。

サブシステンス指向

 価値観の転換のための重要なキーワードとしてサブシステンスという言葉がある。この説明は序章を参照してもらうことにし、以下ではサブシステンス志向とはどういう志向かという、いくつかの例を引きたい。
 まず、世界人口の二〇%が資源の八〇%を消費するような社会から脱却、このような暴力的な社会が永続可能だとは思えないし、この格差を極端に拡大すれば暴力を伴って当面の持続は可能だとしても八〇%の人の本来性はまっとうできない。こういう社会から脱却するために、まず私たちが生活する「北」が変ることが求められている。地球資源の八〇%を使う二〇%の人間に、大量消費ではなく、いかに消費を減らして生活するかということが問われる。だから「構造調整が必要なのは北の世界なのだ」というザックスの意見(*3)はまったくそのとおりだと思う。なかなか想像するのも難しいが大量消費、大量生産を前提にしない社会を構想したい。戸田清は循環型省資源型の社会のための五つのRを提唱する。これは従来言われてきた四つのR(削減・再利用・修理・再生利用)の最初に拒否を持ってきたものだ。戦争や公共性のない公共事業への拒否が最初に必要だというのだ。(*4) また古田睦美(*5)は、環境ホルモンも含まれうるペットボトルに入ったお茶ではなく自分でお茶を沸かして飲むことや給食に地元で取れた有機野菜を使うことを要求することもサブシステンス志向の第一歩であるという。しかし、それらの行動がそこで終われば、それは充分ではない。そこから世界の矛盾が見える仕組みが必要だ。この不公正な世界の変革を視野に入れていく必要がある。このような取り組みは「ナマケモノ倶楽部」(*6)などを通して日本でも始まっている。(*7)
 サブシステンス志向はそもそも農業との連関の深い志向性だ。そこで、どのような農業が志向されるかといえば、それは輸出用の作物よりも自給用の食糧に重点がおかれる農業であり、二〇%の人のための高価な食材(換金作物)よりも、すべての人ができるだけ近隣の地域で安全に食べていくことが出来る食料生産に重点を置いた農業だ。そのような農業がサブシステンス志向といえるだろう。別の表現をすれば、自給を基本とした地産地消型の持続可能な循環型有機農業志向ということもできる。
 また、サブシステンス志向の技術とは一部の人にしか渡らない高速化や大量生産をめざす現在の技術ではなく、基本的な生活に必要なものを少ない投入で生産するというような志向性だろう。そこでは公正な分配を視野に入れることは不可欠の要素だ。さらに地域に根ざした適正な技術が必要とされる。汚染を防止する技術は必要だが、同時に汚染を生む原因を取り除くことが考えられなければならない。そのような農業や技術では、交換価値ではなく、使用価値(使用しない価値も含む)が基準になる。
 そのサブシステンス志向をどう実現するのか。それは現実の社会へのコミットメント、つまり社会運動を抜きには考えられない。以下では「上からのグローバル化」に対抗する社会運動として、最近、とても注目されている世界社会フォーラム(WSF)を中心的な例に考えたい。しかし、WSFに触れる前に新しい政治行動、社会運動の形について少しだけ考えたい。

二〇〇一年のサパティスタ行進

 二〇〇一年二月二四日、サパティスタ民族解放軍(EZLN)(*8)の指揮官たちは地下から姿を現し、メキシコにおける歴史的な行進が始まった。サパティスタの白いバスは、通過したメキシコの各地であふれるような支持者に迎えられ、ラカンドンの森から首都メキシコシティーをめざした。彼女や彼は堂々と平和裏に行進を貫き、国会で覆面をかぶったまま演説し、そして森に帰っていった。その行進は「沈黙の艦隊」の潜水艦のニューヨーク入港を思いださせるような、否、それ以上の感動的な行進だった。そこには核兵器による脅しも戦闘による環境破壊もなかったのだから。しかし、それは「何の成果も得られなかった」(マルコス副司令官の演説)という。とはいうものの、ここに新しい政治行動の萌芽を見ることができる。ノーム・チョムスキーは以下のように言った。
 「・・・サパティスタの行進は、国際的規模で壮大な希望の展望を切り開いた。それは政治制度の枠外で展開される一つの社会的闘争が、当局に大きな変化を受け入れさせることができることを示す一つの証拠なのである。」(*9)
 確かにマルコス自身が語るように具体的な成果はなかった。しかし、チョムスキーもいうように、このような形で政治が変化しうるという大きな可能性を示唆しているのではないか。共同体を基礎に地域に根付いて、世界に向けて言説による新自由主義グローバリゼーションに対抗する闘争を続けるサパティスタをサブシステンス志向だとぼくは呼びたい。

WSF・・・「それはポルトアレグレだ」

 WSFは二〇〇一年から二〇〇三年まで三度にわたって、ブラジル南部の州都ポルトアレグレで行われた。このWSFについて、前述のマルコス副司令官の言葉を借りよう。
 「われわれの見解ではグローバリゼーションに対する抵抗の歴史におけるポルトアレグレの影響は、1994年1月1日(*10)の影響よりも、シアトル(*11)の影響よりもかなり大きいものがあります。なぜなら、常に左翼を限界づけているもの、すなわち常に反対、反対ばかりを主張するが何も提案せず、オルタナティブを提起しないという限界を左翼が乗り越えざるを得なくするだろうからです。」(*9-2)
 マルコス副司令官がこのように絶賛するWSFとは何か、その原則憲章での定義をいくつかピックアップする。
・新自由主義に反対する。
・そこは公開された討議の場所であるが、WSFとしての採決はしない。
・政党や軍事組織の代表者は参加することができない。
・WSFは・・・プロセスである。
・非暴力の立場を・・・
(*12)
 また、それはかつての共産主義インターナショナルのように特定のイデオロギーを持った人々の集まりではない、というのも特徴に加えることができるだろう。「WSFについての初めての書物」と銘打った「もうひとつの世界は可能だ」の編者は以下のようにWSFを定義する。
 「WSFは単一のグローバル市民社会の出現がもたらした、最も新しく、活力に満ち、潜在的に生産的な、接合の場である。フォーラムの到来は、多くの活動家にとって、これまで不可能だったことを可能にするものだった。新自由主義的グローバル化の鎧の裂け目を、新たに暴き出したことによって、運動は、もうひとつの世界は可能であると、主張しはじめた。」 (*13)
 WSFは二〇〇一年に二万人が参加し、二〇〇二年には五万人が、そして二〇〇三年には十万人が(*14)参加した巨大な会議であり、二〇〇四年にはインドのムンバイで開催される。それは世界中から政財界の「主だった人」と言われる人間が参加して、スイスのダボスで毎年開かれる「世界経済フォーラム(WEF)」の対抗会議でもある。
 WSFには主催者が準備するいくつかのテーマでの数千人から数万人の規模の会議と、参加者が申し込んで準備する無数のワークショップがある。WSF本体は自らを討議と交流の場と限定しているために決議はしない。これは会議を継続していくための賢明な選択だろう。
 しかし、WSFには並行して開かれる社会運動の会議(ムンバイでのWSFから活動者会議と名称変更)があり、その会議で新自由主義グローバリゼーションやミリタリズムに反対する世界的な行動に向けた決議が行われる。二〇〇三年二月十五日のイラク戦争に反対する世界同時行動は全体で一五〇〇万人が参加するというヴェトナム反戦での最大の闘争をも上回る規模のものとなり、同年九月のメキシコ・カンクーンでのWTO閣僚会議を失敗に追い込む一因となった抗議行動もその社会運動の会議で討議され呼びかけられたものだった。また、二〇〇四年、場所を初めてポルトアレグレから移す、インドのムンバイでのWSFでは世界の反戦運動が集まる世界反戦総会も準備され、イラクでの不当な占領に反対する世界統一行動について話し合われることになっている。
 またWSFの特徴として、課題横断的にさまざまな問題に取り組んでいる社会運動が集まるということがある。従来、世界の社会運動が課題ごとに集まるような場所はあったが、このようにすべての課題にとりくむNGOや社会運動があつまることはなかった。
 WSFではイギリスのサッチャー元首相が言いきった「オルタナティブはない」(*15)という新自由主義グローバリゼーションへのオルタナティブが模索されている。そして、その経験が交換される場でもある。新自由主義の自由とは強い国家と強い市民だけにとっての自由であるということがもっと強調されなければならないだろう。(*16)
 ダボスのWEFの対抗会議であるWSFが、なぜブラジルの地方都市であるポルトアレグレなのか、その答えはポルトアレグレ市が採用している参加型予算システムにある。市の予算のうち公務員の給与をのぞいた事業費の八〇%について、市内を十六に分けたコミュニティで討議し優先順位を決定し、その執行額を決める。ダボスが象徴する上からのグローバリゼーションに対する民衆による具体的な参加型のオルタナティブがそこにはある。(*17) ポルトアレグレでのWSF参加者がデモで叫んだ。「オルタナティブはあるか?」「それはポルトアレグレだ。」


ポルトアレグレからケララではなくムンバイへ

 二〇〇四年、WSFは初めてポルトアレグレを離れる。WSFでの激論の末、二〇〇四年をムンバイで、二〇〇五年はポルトアレグレで開催されることになった。ムンバイはポルトアレグレとは逆の象徴的な都市だ。世界でも最大規模のスラムがあり、インドの商業中心地として新自由主義グローバリゼーションを牽引するような都市でもある。WSFをインドへという話は二〇〇二年頃からあり、インド南部のケララ民衆科学協会(KSSP)というNGOがピープルズプランという民衆自身による地域プログラムを推進しているケララ州での開催が検討されていた。しかし、インド国内の社会運動の論議でムンバイに決まったそうだ。そのKSSPの代表的な論者であるM.P.パラメスラワン(MP)は第二回のWSFの記録とも言える「もうひとつの世界は可能だ」(*18)の中で以下の表現を残している。 「参加と持続可能性への要求は、変わることなく規模の小ささを要求する。小さいということは、美しいだけでなく、力強いものでなければならない」。また、このMPが「すべては臨界以下の大きさだ。小さすぎて衝撃力を持てない」(*19)ともいう。小さくて力強い運動がもっと存在しなければならない。ここでKSSPの取り組みについて触れる余裕はないが、その外国の援助資金に頼らない地域に根ざした取り組みはサブシステンス志向と重なる部分が少なくないと考える。

WSFへの批判

 第3回のWSFでは並行して、声なきもののフォーラムというイベントも開催された。そこでの主張は「声なきもののWSFへの参加を保障せよ」というものだった。確かに世界のただ一箇所で開催される会議に自費で参加できるのは世界の二〇%の側だということに自覚的である必要がある。また、このような大規模会議の弊害はそれだけではないかもしれない。そして、WSFへの最大の批判は「それがまだ可能性の域を出ていない」というものかもしれない。しかし、可能性に賭けなければ私たちの未来はない。
 また、誤解のないようにことわっておくと、WSF全体がサブシステンス志向というわけではない。世界のさまざまな社会運動が参加しているので、その参加者のすべてが生産力主義や開発主義から自由であるわけではない。
 
NGOと社会運動

 北沢洋子は著書「利潤か人間か」の中で反グローバリゼーション運動の分岐について触れ、資金力のある国際NGOを中心とするグループと反グローバリゼーションの社会運動を中心とするグループに分類する。 また、これは「革命か改良か」あるいは「改良派と急進派」という分類にも対応する昔ながらの分岐でもある。(*20) 確かに北沢が紹介しているようにオクスファムの公正貿易キャンペーンに対する批判はあり、その「先進国は公正に市場を開放せよ」という主張の問題は小さくない。それを額面どおり受け取ると、サブシステンス志向とは対立するものとなる。
 しかし、問題は多様に存在するオルタナティブ、あるいはオルタナティブに向かう動きを、理論はもちろん、とりわけ実践の中で検証しあうことであり、その実践についての率直な意見交換を行うことだと思う。WSFはそのための場所だということもできる。
 また、前述の本の中で北沢は「現在、資本主義に取って代わるオルタナティブは存在しない」と言い、その明確なビジョンがないことがポルトアレグレで共同宣言が出せなかった理由であるという。確かに社会主義が従来の形では成立しなくなった現状で、新自由主義グローバリゼーションへの単一の明確なオルタナティブもおろか、そういう大理論も存在しない。何をオルタナティブと呼ぶかという違いにすぎないかもしれないが、ぼくは「オルタナティブは存在する」と、あえて言いたい。「別のダボス」(*21)の共著者のフランソワ・ボレは「私たちはもはや、すべての問題に対する解答をアプリオリに提供する単一の精密なモデルを引合いに出すことはできない。」という。
 極端な富の偏在が一気に解決するようなことは現状では考えられない。しかし、超国家的な企業群が導く近代資本制社会のステレオタイプな価値に対するオルタナティブな取り組みは始まっている。北沢が主張するように、今、出来ることは、この進行を弱めることしかないのかもしれない。彼女の主張は連帯経済などの積み重ねの自動延長上には私たちが望むようなポスト資本主義はない、ということなら、それはそうかもしれない。しかし、「オルタナティブはない」という問題の立て方は単一のオルタナティブの存在を前提にしていると言えないだろうか。それが単一ではないという立場に立てば、「もうひとつの世界は可能だ」(Another world is possible! )というWSFの有名なスローガンは正確さを欠いている。現状の新自由主義グローバリゼーションが塗りつぶす単一の世界ではない、多様な社会が可能なのだ。もうひとつではなく、ふたつ、みっつ、よっつと複数の現状のようではない社会が可能なのではないか。人と人、あるいは人と環境がいまとは違う豊かさの中で、公正に生きていける社会が求められている。(*22) 多様性を認めながらも、同時にその多様な価値が共存できるような普遍も求められている。(*23) サブシステンス志向をその多様と普遍の結び目のあたりに位置付けることができないかと考えている。もちろん、「サブシステンスだけが唯一のオルタナティブな方法とは言えないい。」(*24)これは「Subsistence perspective 」(*25)の主著者でサブシステンス概念をかなり早い時期から肯定的に使い始め、イリッチ(*26)にも影響を与えたというビーレフェルト学派のマリア・ミースのことばだ。彼女はその著書の中で様々なサブシステンス志向の具体例をひいている。しかし、同時に反グローバリゼーション運動やサブシステンス志向がめざす未来像はまだまだ明確ではないと思う。しかし、それは私たちがチャレンジできる領域の広さでもある。


*1 「上からのグローバル化がもたらす災い」は確かに存在する。しかし、格差の拡大や貧困、あるいは地球環境の危機は決して、グローバル化だけが原因ではない。それらは旧来からあったものでもある。なぜ、グローバル化との関係だけが取りざたされるのかが考られなければならない。
*2 ヴッパタール研究所『地球が生き残るための条件』家の光協会、二〇〇二年
*3 ヴォルフガング・ザックス『地球文明の未来学』新評論、二〇〇三年
*4 戸田清『環境学と平和学』新泉社、二〇〇三年
*5 古田睦美『「主婦」の向こうに』市民セクター政策機構ブックレット、二〇〇〇年。彼女はまた、『Subsistence Perspective』や『世界システムと女性』藤原書店の著者のマリア・ミースの日本の紹介者でもある。
*6 http://www.sloth.gr.jp/J-index.htm
*7 ここでは「北」の取り組みを中心にとりあげたが、第三世界に眼を向けると話はもっとわかりやすくなる。『ラダック・懐かしい未来』(山と渓谷社二〇〇三年) http://www.adf.jp/~af/
はサブシステンス志向が示す、わかりやすい事例だ。また、市場経済とサブシステンスの関係を考えるうえでは『女の町フチタン』藤原書店も。
*8 サパティスタとはメキシコ南部チアパス州のマヤ系先住民族の新しいタイプの闘争。これについては「環境を平和学する」17章でも触れているし、彼らの宣言などをまとめた書籍『もう、たくさんだ!メキシコ先住民族蜂起の記録1』(現代企画室、1995年)もある。また、彼らの新しさを考察するためには山本純一『インターネットを武器にした<ゲリラ>』慶應義塾大学出版会二〇〇二年での分析も興味深い。
*9 イグナシオ・ラモネ『マルコス ここは世界の片隅なのか 』 現代企画室二〇〇二年
*10 サパティスタが武装蜂起した日、新自由主義グローバリゼーションを明確に示すNAFTA(北米自由貿易協定)が発効した日に、この蜂起は行われた。
*11 シアトルWTO閣僚会合、反グローバリゼーション闘争の記念碑的闘争でこの閣僚会議は破綻に追いこまれた。このシアトルを分岐点とする見方は多い。
*12 WSF原則憲章は書籍では『もうひとつの世界は可能だ』また、web siteは www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/charter.html
両者の翻訳には多少のニュアンスの違いがある。また、WSFとしての公式な意見文書はこの原則憲章だけで、他のWSFで発表された意見文書はすべて、参加者・参加団体の責任で発表されたもの。
*13 「もうひとつの世界は可能だ」
*14 別処珠樹「資本主義の後に来るもの」(月刊 『自然と人間』03年4月号)による。 http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/op.html 
WSFの参加人数は資料によってさまざまある。北沢洋子『利潤か人間か』コモンズ二〇〇三年によると、二〇〇一年のWSFの参加者は一万六千人、『別のダボス』によると、「一二二か国から、七〇〇余の社会運動組織の四七〇〇人の代表と一万五千人余の一般参加者」など。
*15 There Is No Alternative のイニシャルをとってTINA症候群 とも呼ばれる。
*16 労働情報638‐9号 中西新太郎「新自由主義とナショナリズム」二〇〇四年一月合併号
*17 WSFの紹介をからめて、ポルトアレグレの参加型予算システムを説明している文章は多いが、当事者による説明は、、世界水フォーラムの期間中に開催された国際NGOセミナーでの発表がある。(『水の民営化に代わるオルタナティブを求めて』季刊ピープルズ・プラン24号二〇〇三年)
*18 ウィリアム・F・フィッシャー/トーマス・ポニア『もうひとつの世界は可能だ』(日本経済評論社二〇〇三年)は二〇〇二年のWSFの報告書のような本。ここでのMPの記述はタイトルのみのレジュメのようで少し物足りない。MP本人は二〇〇三年秋、旅行で日本に立ち寄ったときに初めてその本の存在を知ったようで、これはもっと長い文書の要約だと言っていた。
*19 武藤一羊『ビジョンと現実』インパクト出版会、一九九八年
*20 『もうひとつの世界は可能だ』の中でもこれが主要な論点のトップにあげられている。公正で持続可能な社会を実現するためにどちらの実践が有効なのかという観点で、使い分けたりしながら、それが主要な矛盾ではないことを自覚し、実践の中で検証していくしかないだろう。また、同様の課題についてさまざまな論者がとりあげている。季刊ピープルズ・プランでもこれを繰り返し取り上げているが、とりわけ二四号(二〇〇三年秋)の小倉利丸による「非政府・非市場的市民社会から反/脱資本主義へ」と稲葉奈々子の「社会運動とNPO」は興味深い。また反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)グァテマラプロジェクト編『マヤ先住民族 自治と自決をめざすプロジェクト』現代企画室二〇〇三年に収録されている藤岡美恵子「地球市民社会を問い直す」も参考になる。上記のいくつかの論文は参加への警鐘を促す立場に近いと考えるし、私もその立場に近い。他方、目加田説子『国境を越える市民ネットワーク』(東洋経済新報社、二〇〇三年)は違う立場を明確にしていて、検討の対象として優れている。
*21 フランソワ・ウタール/フランソワ・ボレ『別のダボス』つげ書房新社、二〇〇二年
*22 バンダナ・シヴァの「生命系民主主義運動」(『もうひとつの世界は可能だ』収録論文)の主張にも類似していると思う。
*23 ザックス『地球文明の未来学』の普遍と多様についての論考を参照した。
*24 マリア・ミース「サブシステンス・パースペクティブの可能性」『環』十二号二〇〇三年(聞き手=古田睦美)
*25 Subsistence perspective この本の翻訳作業は古田睦美を中心とするピープルズ・プラン研究所のサブシステンス研究部会で進行中。
*26 中野憲志がIMADR−JCグァテマラプロジェクトの機関誌コンパで連載しているサブシステンスをからめてイリッチとフェミニズムの再考を促すいくつかの連載は注目に値すると考える。
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転載、ここまで。
こんなに長い文章を最後まで読んでくれた人、本当にありがとう。


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「もうひとつの世界は可能だ」読書ノート
また読書ノートのバックアップ == もうひとつの世界は可能だ 世界社会フォーラムとグローバル化への民衆のオルタナティブ  ウィリアム・F・フィッシャー/トーマス・ポニア 日本経済評論社 2003年12月発行、== その月に購入 ...続きを見る
今日、考えたこと
2006/08/17 23:47

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