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zoom RSS 北朝鮮の「核実験」声明 から考えたこと

<<   作成日時 : 2006/10/06 06:15   >>

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北朝鮮の「核実験」声明、
全文が川崎さんのブログに掲載されている。(英・日)
http://kawasakiakira.at.webry.info/200610/article_4.html

 この朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の「核実験」声明、何のため、誰のために出されたものなのか考える。そのためにもう一度、読み直してみた。

前段の米国の脅威というのは確かにあるだろう。しかし、それに対して核兵器を準備して対抗するという戦略に誰が同意するだろうか。

また、結語の「対話と協商をつうじて朝鮮半島の非核化を実現しようとする」ことと核実験を準備することがどう整合性を持ちえるのか?

 まず、この声明が誰を利しているのか、という基本的なことに考えが及ばない北朝鮮という国家、これはやはり末期症状というべきなのか?このような声明こそ、日本の超保守新政権が待ち望んでいたものだということに少しでも考えが及ばないのだろうか?これがまた日本の軍事化を加速させる口実に使われるだろう。だから、ミサイル防衛が必要で、北朝鮮制裁が必要だという議論を生む。そして、ただでさえ力が弱っている日本の平和運動はまた打撃を受けることになる(これらは情けないことではあるのだが)。そして、核兵器廃絶の運動に水をさすことになる。それは結果として、米国中心の世界秩序を強化する。

 「すべての核兵器が廃絶されるべき」、北朝鮮もそう主張しているように読める部分もある。その北朝鮮が核兵器を所有し、実験すると宣言する。どうして、こんなことになってしまうのか?
 米国の核兵器も中国の核兵器も廃絶されなければならないという自明の主張がまた危機に曝されている。

 さまざまな口実で核兵器を所有する国家が増えている。日本が潜在的な核兵器保有国であることも、見ていかなければならないだろう。六ヶ所村でのプルトニウム生産が本格的に始まりつつある。偵察衛星の打ち上げにも抵抗はなくなり、ミサイルの技術とほとんど変わらないといわれるロケットの技術開発にはいまも多額の国家資金が投入され続けている。

 暴力と破壊が呼応しあい、憎しみの連鎖続いていくことが、この21世紀初頭の特徴になりつつある。そして、残念なことに、結果的に日本の民衆の多数は、その構造を支えてしまっているのではないか。

 ナショナリズムを煽られ、過去、日本が引き起こした戦争が賛美される。国家主義に傾倒した教育基本法の改悪が具体的に目の前に現れているのに、なかなか目に見えるような抵抗運動が形成できない。たしかに全体から考えると極少数ではあるが、少なくない人がそれらへの抵抗を組織しようと努力している。

例えば、教育学者の以下のような声明が出され、
===
「教育基本法改正継続審議に向けての見解と要望」
http://www.kyouikukanrengakkai.org/kenkaitoyoubou2006.8.26.htm
===
この見解への教育学者への賛同が呼びかけられると同時に、この見解に「“勝手に賛同する”みんなの署名運動」
も呼びかけられている。
署名の入り口は以下
http://www.fleic.dyndns.org/cgi-bin/gakkaisando.cgi

署名についてのわかりやすい説明はPDFで以下
http://www.stop-ner.jp/061015shomei.pdf
=====

 絶望したくなるような状況だが、絶望してあきらめることこそ、憎しみの連鎖を組織する勢力が望んでいること。

 どうしたら、この状況を変えていけるのか。とりあえず自分で出来る小さな努力を続けるしかない。すぐに実を結ぶことはないかもしれない。劇的に状況が好転するなどということは当分なさそうだ。

 そんな中でも、こうあって欲しいという方向への変化を信じて、できることをやり続けること。それは禁欲的な修行者のように思えるかもしれないし、そのように見える人もいる。

 でも、ぼくにはそんな風にできない。憎しみの連鎖をどこかで食い止めようとする人びとのつながりの中に楽しいことがある。それを楽しみ、そして、疲れたら休む。

 また、そのような変化を求める直接的な政治行動だけで生きてはいけない。おいしいものを食べたり飲んだり、映画や絵画を見たり、音楽を聴いたり、小説を読んだり。テレビやラジオでも楽しめる。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、そんな全体の暮らしがある。その全体の暮らしの中に、こうあって欲しいと願う「いまとは違う世界」を求める直接的な行動や間接的な行動を埋め込むことが出来たらいいと思う。

 確かにそれはなかなかうまくはいかない。だけど、とりあえずいまは、失敗して、ちょっとした怪我をすることがあっても大怪我をすることはない。だいたいのことは笑い飛ばしていいはずだと思う。

 何かをやるか、やらないか悩んだときは、とりあえず出来そうだったらやってみる。でも、あんまり無理はしない。

 ぼくにはそんな風にしかできないんだけれども、とりあえずそれでいいんだと思う。

 北朝鮮の核実験声明のことを書き始めて、思いっきり話がそれてしまった。

 こんな絶望的な状況だから、とりあえず自分で自分を肯定してあげよう。その肯定を他者が生きることにもつなげてみよう。そこから何かを始めることができるような気がする。



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