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zoom RSS 「NGOとは何か」伊勢崎賢治著 読書メモ その2

<<   作成日時 : 2007/08/29 05:26   >>

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ブックオフで購入したこの本のなかに
月刊 機(藤原書店)1997 10 No.75 が挟まっていた。

そこに、伊勢崎さん本人がこの本に寄せた文章が掲載されている。ここにこの本の意図がけっこうコンパクトにまとまっている。

以下、抜粋して引用。
この文章はこんな問いから始まる。
====
 日本の公共事業に、「公共性」がなくなってしまったのはいつごろからであろうか。
 公共事業の立案に地域住民が関与できるか? そもそもそんな事業が本当に地域に必要かどうかの根拠を示す情報公開があるか? 事業の入札プロセスを住民が監視することができるか? 完成した公共事業が本当に役に立ったかの評価は? そしてその評価からでる教訓を次の事業に反映させるシステムは? 
 これらは「まっとうな市民の関心事」である。
===

 本書の目的は、国際援助が、「人道的」の名のもとに隠蔽してきた「現場の真実」を正確に伝え、現在低迷の相を呈しているNGO業界を復興させるための提案をすることである。
 「現場の真実」とは何か。体制というものに批判能力のある、いわゆる「市民」の存在だ。日本の市民としての我々が、日本の行政に抱く意識。それと同じ意識をもつ市民が人道援助の行き先であるアフリカのどんな僻地にも存在するという事実である。
 彼らの意識はどこにどう向けられているか。彼らは、自分達の「貧困」を知っている。自分達の貧困が売・れ・る・ことも知っている。毎年莫大な援助金が、自分達のイメージを使って捻出され、政府間、国連組織、そして人道的民間援助事業として拠出されていることも知っている。
 そして、それらの事業を遂行するために大挙して訪れる「専門家」や海外ボランティアを支える経費が援助資金を食いつぶしていることも、もうすでに気付いている。さらに、それら「援助貴族」が、現地社会でも容易に得られる程度の知的水準であることも知っている。
 望みもしない援助事業に、莫大な浪費が、全くの不透明さの中で行われているという批判も脳裏に定着している。

===

 医療、教育、居住、経済復興と、貧困にあえぐ人々の生活へ、まず短期的な効果を上げるのが国際援助の使命である。もっと大きな社会変革への第三勢力になることがNGOの使命だ、などと大風呂敷を広げるつもりはないが、どんな事業でも立案、実施、評価のプロセスが冒頭に述べた「まっとうな市民の関心事」を組み込むこと。たぶんこれが、どんな圧政下の社会状況においても、人々と現地政府行政をつなぐ地域社会の人道的形成へ向かって、国際援助ができる唯一の長期的貢献なのだろう。

==

市民の代表であるNGOが、行政に対して逆に手本を示すような効率性と透明性、そして支援者の参加性を、NGO組織そのものの運営方法として社会に提示できているかどうか。
 筆者の考えは、否である。依然、現場との距離感を利用して、未開の土地へ行くという悲壮感だけで支援者の関心を引いている。どんなことでも感謝してくれる「麗しい人々」と日本の若者がつくる「麗しいストーリー」が、支援者への「お返し」である。全てが感情的である。だから彼らは、そういう感情を受け入れない現地の、「普通の市民」の存在を隠蔽する。日本でも、出資した事業に正当に成果を求める「普通の市民」がNGOの支援者になっていない。
 だから日本では、国際援助は市民運動になりえていないのだと思う。
 本書は、途上国社会と日本社会の両方に「市民」をアピールする、NGO業界を構築するための指南書になることを意識している。
===


伊勢崎さん(本当は崎は大きいではなく立)はこの本でプラン・インターナショナル(日本ではフォスタープラン教会)の現地代表としての経験から、NGO業界に対する厳しい指摘を投げかける。「開発NGOはこうあるべき」というのを歯に衣着せない明確さで。そこについ引き込まれてしまうのだが、先日、引用した部分にもあるようにNGO運動と社会変革の関係はきっぱり捨象されている。しかし、上に引用した文章ではきっぱり捨て去っているわけではないのではないかと思わせる。こんな風に書いている。「どんな事業でも立案、実施、評価のプロセスが冒頭に述べた『まっとうな市民の関心事』を組み込むこと。たぶんこれが、どんな圧政下の社会状況においても、人々と現地政府行政をつなぐ地域社会の人道的形成へ向かって、国際援助ができる唯一の長期的貢献なのだろう。」
 この「『まっとうな市民の関心事』を組み込むこと」ができれば、それだけで新自由主義グローバリゼーションが作ろうとする社会への明確な抵抗点が形成できるはずだ。南でも北でも、世界中どこでも。しかし、この「『まっとうな市民の関心事』を組み込むこと」は社会変革をめざす運動、つまり社会運動を欠いたままではありえないのではないか。

 伊勢崎さんが書く援助のリアリティは理解可能だし、そうだと思う。それはそれで一つの明確な立場ではある。

 そして、彼はそれをメインストリームに含まれるサブ・パラダイムだと割り切る。

 しかし同時に、この南と北の関係を変えていく必要があるという思いもまた彼の文章から透けて見える。彼が上に引用した文章の冒頭で書いたようなことを、本当に可能にするような社会こそ、実現したいと思う。人々がそれを可能にする力を手にすることができたら、「もうひとつの社会」の可能性も見えてくるのではないか。それが制限された資本主義で可能なのか、違う社会システムが必要なのかはわからないが。

 ともあれ、プラン・インターナショナルのような巨大NGOが行っているプロジェクトの多くは南と北の矛盾を顕在化するというより、その矛盾を覆い隠す役割を果たしているように思う。しかし、現場で求められていることが多いのもまた事実だろう。

 うまく言語化できないのだけれども、サブ・パラダイムとして矛盾を隠蔽しているかのようなプロジェクトが、その矛盾を顕在化し、社会を変革していくための土台をつくることに寄与するというようなことはありそうだ。 

 伊勢崎さんがNGOはここまでできるという限界に近いような地点を示すことで、そこから逆に社会運動の必要性をぼくは意識させられた。

社会変革とNGOの関係、伊勢崎さんがそれを否定することで見えてくることがあるように思う。

PARCの民際協力がぶつかっている壁もこのあたりのことと深く関係しているようにも思える。


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