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zoom RSS 「所属変更あるいは汚名返上としての中途診断」読書メモ

<<   作成日時 : 2007/11/26 07:10   >>

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「発達障害」についての勉強の続き


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所属変更あるいは汚名返上としての中途診断
 ――人が自らラベルを求めるとき――
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これは「障害学の主張」に掲載されているニキ・リンコさんの論文のタイトル。
先週、火曜日に行ったクリニックの医者のアドバイスでまず、うちにあるニキさんの文章を再読。この論文でニキさんは「障害は先天性なのに診断は中途」の人の現状と考察の材料を提供したいとしている。

いくつか気になった記述をまとめて書く。
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このような場合、人生半ばで自己像を転換させられるだけでなく、それ以外にも付随的な条件による修飾が多い、として、いくつかの例があげられる。例えば、情報が普及していなかった障害について、マスコミなどで取り上げられた場合、「受診ラッシュ」で、診断できる相談先や専門家の不足という事情が発生する、外野からの「単なる流行だろう」というバックラッシュや揶揄に遭う者もいるかもしれない、など。 177p
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現在は軽度発達障害が次第に知られるようになりつつある過渡期なので、成人後に発見され、診断される事例も増えていそうなものだが、人数についての統計を見つけることはできなかった。 178p
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10 障害というラベリングによって安心すること

 未診断で成長した軽度発達障害者が成人後に診断を受けると、安心した、救われたと語ることが多い。特に、自ら情報を収集した後に専門家を訪れ、自分の仮診断を裏書してもらった場合にその傾向が強いようだ。・・・。
 もちろん、喜ぶ人ばかりではない。「障害」という用語に抵抗を示すものもいれば、「努力しても変わらない、治らない」ことに絶望する者もいる。「都合が良すぎる」という反感も多い。・・・。最も多いのは、安心と悲嘆が相半ばするという反応ではないだろうか。 194p
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 仮に、子どものうちにADDと診断されていたら、どうだっただろうか?(中略)少なくとも、何が起こっているのかだけは理解できる。つかみにくい経験も意味が通る。(Solden) 197p
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12 説明を求める思いを持つこと自体を否定されるとき

 「説明が欲しい」という欲求は、なかなか理解を得にくいものであるらしい。LDや自閉など、治療法のない障害の場合「わかっても何もできないのに、なぜ診断を受けたがるのか?」という疑問を周囲からぶつけられることもある。 199p

 「なぜ自分から障害者になりたがるのか」という問いの陰には、「『障害者』というレッテルは誰にとっても、常にマイナスのものであるはず」という素朴な前提がある。(長い中略)
・・・。身に合わない「健常者」というレッテルに苦しみ続けるか、差別もコミで障害者として認めてもらうかという二者択一に追い込まれる必要はなかろう。
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・・・「故意に手を抜く健常者に対する非難」・・・。「ダサい健常者に対する蔑視」を浴びてきた者が少なくない。そんな当事者にとっては、たとえ偏見までコミで受け入れたにしても(その必要があるとは思わないが)、単に制裁の種類が変わるにすぎないのだから、・・・・。「故意に手を抜く健常者」から「それなりにがんばってきた障害者」への変更は、転落ではなくヨコ方向への移動 202-3p
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先日、読書メモを書いた
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自閉症スペクトラム
ー浅草事件の検証ー自閉症と裁判
LDとAD/HDの乱用
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という本では
<昨今は「軽度発達障害」という言葉が好んで用いられています。・・・LD、ADHDどちらの言葉も乱用気味> とか <社会病理を子どもの個人病理へとすりかえている> というような評価も書かれていたし、また、 <診断は周囲の大人しだいでどうにでもなってしまうことになる。心配なのは、この変化が大量投薬への道を準備することである。> とも書かれていた。ニキさんの主張と「自閉症スペクトラム」という本での主張、対立する部分は小さくないように思うが、両者がそれなりの「正しさ」を含んでいる。

 また、何人もの人が書いている「自閉症スペクトラム」という本では、
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近年の発達障害概念の普及と拡大によって、精神発達遅滞や小児自閉症という枠には入らないが、学習能力や対人関係、衝動のコントロールなどの発達においてハンディキャップを背負っている子どもたちとその親に対して援助の手が差し伸べられるようになったということは確かなことである。発達障害への理解が深まることは、子どもの発達の個別性や多様性を理解するという方向に向かうなら、歓迎すべきことであるように思われる
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と書く論者もいる。

 つまり、「軽度発達障害」という言葉の広がりは、それによって救われる人を生み出す一方で、不適応を作り出す社会や学校の問題を個人の問題にすりかえ、等閑視させる危険も持つ。また、障害者雇用率を現状のままにしたまま、「軽度発達障害」の人が手帳をとりやすくすることは石川憲彦が指摘するように、より重度な障害者が障害者雇用のパイを奪われかねない危険を生じさせる。現実に、この新自由主義競争の激化の中で、福祉工場でもそういう感じは生まれつつある。

 発達障害者支援法を現状の障害者福祉のパイを奪わないような形で中身のあるものにしていくことが問われているにもかかわらず、障害者施策に向ける予算の大幅な拡大はおそらくほとんど予定されておらず、望まれる障害者雇用率の大幅な拡大も起こりそうにない。

つまり「軽度発達障害」という診断の拡大が、従来の障害者も含めて、人を生きやすくするかどうかは、それを受け入れる社会が変わることを前提にしているように思われる。

ニキさんが主張するように、「軽度発達障害」という診断が広がることで生きやすくなる人は確かに存在する。その一方で現在の新自由主義的な政治や社会のメインストリームがそのままで、効果的なな施策が施されないまま「軽度発達障害」という診断が広がることは、従来からマージナライズされてきた人が生きにくい現状を、より加速させるだけのようにも思える。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
いつも勉強してるので感心しています。よくそんなに時間があるよね。時間の使い方が上手なのでしょうか。
かえ
2007/11/26 22:25
私ができることといえば目立たない形で自分ができることがあればして、あとは自分の体を気遣いつつ少しでもいろんな人と関わりを持つことに参加することだけですね。トホホ。
かすみ
2007/11/27 06:49

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