今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS 〈帝国〉と小沢健二 読書メモ16 2-6

<<   作成日時 : 2008/05/22 03:33   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 2 / コメント 0

〈帝国〉2-6 「〈帝国〉の主権」では〈帝国〉の時代、つまり現在では「もはや外部は存在しない」、ということが繰り返される。ここで問題にされる内と外というのが、いまひとつ理解できないのだが例えば、こんな風に書かれている。
===
  もはや外部は存在しない

・・・内部と外部の区別が段々となくなってきているのである。
 こうした変容は主権の概念という見地から検討したときとりわけ鮮明なものになる。一般的にいって近代的主権は、これまで(・・・)領土およびそうした領土とその外部との関係という観点から構想されてきた。たとえばホッブスからルソーにいたる近代初期の社会理論家たちは、市民的〔市民社会の〕秩序を、自然の外的秩序とは対立的ないしは対照的な
、境界の確定された内部空間として理解した。・・・またこれと類似した仕方で近代心理学の理論家たちは、衝動や情念や本能そして無意識を人間精神の内部にある外部、私たちの私たちの心底に潜む自然の継続というふうに空間的表現をメタファーとして用いながら理解した。<すこし長い省略>こういうわけだから、これらさまざまな文脈における近代化の課程は、外部の内部化、つまりは自然の文明化にほかならないと言えるだろう。
 しかしながら〈帝国〉の世界においては、市民的秩序と自然的秩序の間のこの主権の弁証法はすでに終焉を迎えてしまっている。・・・242-243p
===

ずいぶん西欧的な見方だなぁと思う。これはたぶん、昨日の読書会に参加した多くが感じたことなんじゃないか。アジアでは(日本さえ含みながら)、克服すべき外としての自然というよりも、その中に存在させてもらっている自然という考え方のほうが根強いんじゃないだろうか。もちろん、克服すべき自然というような問題の建て方が西欧近代とともに流れ込んできてはいるが、親和すべき自然という意識は まだまだ残っているように思う。

そこで、唐突なんだが、小沢健二がでてくる。『子どもと昔話35号』の巻頭に彼はこんなことを書いている。
===
 昔話の世界では、犬が人を守ってくれたり、ばけものが空を飛んできたり、木が人に話しかけたりする。そういう世界に住んでいない人たちからは、「昔話の世界は、もう失われてしまった」という、悲しそうな声が聞こえてくる。
 計算することなどできないけれど、僕は地球の面積の九割くらいは、まだ余裕で「昔話の世界」なのではないかと思う。動物や植物や神々やばけものが、土の上で、水辺で、人と係わる場所。そういう場所は、都市が建てられてしまった場所とは大きく違う。
 いわゆる「開発途上国」を旅していると、割としじゅう、昔話の世界に足を踏み入れる。そこでの掟は、文字と数字で埋めつくされた「先進国」の、ぼんやりした常識とは、全く違う。
 そういう場所に「開発の投資」が入ってくると、昔話の世界は、投資と激突する。開発のためにブルドーザーで土が壊される、という話だけではない。人の生活が変えられてしまう。現金がないと生活できない仕組みが、社会にしみこんでくる。人は神々や動物から切り離されて・・・(以下、興味のある人は購入して読んでください。)

==引用ココまで==

(ちなみに、ここでの開発例はブルドーザーだが、NGOによる農村開発やマイクロファイナンスというような開発も昔話の世界を壊すことに貢献している場合が多い)


で、この話で思い出すのがイリッチの「人類の三分の二が現代の産業社会を経験することを避けることが、いまでも可能であるということを明らかにしたい」(『コンヴィヴィアリティ』のための道具』1972年)という課題意識。この40年前ののイリッチの認識が現在どの程度有効なのか、という問題もある。

 小沢健二が書いているように、物語の世界は(9割かどうかはわからないが)まだ残っていると思う。しかし、それは開発によって消されつつある。そして、この続きで彼は「その地域に住んでいる人たちの多くが昔話の世界を馬鹿にし始めると、昔話の世界は支えを失った家屋のように崩れてしまう」と書く。ぼくも昔話が生きている世界を残し再生させたいと思う。でも、それは、できればいままでと同様にではなく、ちょっと違う形にして残したい。昔話の生きる世界にあった従属や抑圧を取り除く形で残せたらいいと思う。そんなことが可能かどうかはやってみなければわからないけれども。

 ハート/ネグリはそんな外部はもはや存在しないと書く。〈帝国〉の時代を促進させて、突き抜けろと主張する。〈帝国〉は読んでいくと、けっこう刺激に満ちた本だけれども、そのあたりはどうも違うんじゃないかと思う。何がどう違うのかということを明確には書けないが。

「懐かしい未来」を構想したいと思う。しかし、その懐かしい未来とは何かというグランドデザインをぼくは書けないし、それは懐かしい未来的なものを求める小さなひとつひとつの営みの中からしか見えてこないだろうと感じる。また、そこに至る正しいルートマップもない。

とりあえず出来ることはレジスタンスとリニューアルという具体的な行為、そしてそれを水平的につなげていくこと。そこから見えてくることをたどるしかない。

わからないことをわからないと自覚し、なんだろうなぁ、どうしたらいいんだろうなぁと考えながら、とりあえず歩いていこう。たまにつらいことはあっても、基本的に愉しみながら。そして、疲れたら休みつつ。






上記の記事が「面白いかも」って思ったら、この下にある「人気blogランキングへ」というのをクリックしてください。
人気blogランキングへ

クリックしてくれた人数のランキングです。クリックするとランキングのサイトに飛び、うんざりするような排外主義ブログのタイトルの山を見ることになります。こんなランキングに登録するバカバカしさを感じないわけでもないんですが、・・・
でも、クリックしてもらえるとうれしかったりもします。

人気blogランキングへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
2008年東京大学五月祭企画『護憲×改憲 徹底討論!』のご紹介
私が親しくしてもらっている大津留さんから、あと二日後にせまった2008年東京大学五月祭企画「護憲×改憲 徹底討論!」TBがきたのでご紹介します!2005年9月より日本国憲法擁護連合と掲げてブログを開始しましたので、この企画は私の全存在をかけて絶対紹介しなければならないという使命感にもえて紹介することにしました!当時私は白ヘルシンパでしたが、私も数年前、東大祭に参加していた黒ヘル&赤ヘルの方々の講演会聴講目的のために、京王井の頭線東大駒場駅を下車して東大五月祭にいったことがあります。ですから東大祭... ...続きを見る
日本国憲法擁護本当の自由主義と民主主義連...
2008/05/23 11:34
「企業的な社会、セラピー的な社会」の感想のつもりが…。
「企業的な社会、セラピー的な社会」の感想のつもりが「うさぎ!」など全体の感想になってしまった。 ...続きを見る
今日、考えたこと
2010/02/14 22:49

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
〈帝国〉と小沢健二 読書メモ16 2-6 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる