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zoom RSS タゴールとガンディーとセン(「タゴールとかれのインド」読書メモ)

<<   作成日時 : 2008/12/20 05:19   >>

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以下の研究会が今週の土曜日にある(もう今日だ)。

====
環境・平和メーリングリストの皆さま

 12月の定例研究会のお知らせです。今回は、ガンディーの社会経済思想を研究されている石井一也さんの報告です。アマルティア・センによるガンディー批判への反批判という大いに刺激的な議論が期待されますので、皆さま是非お集まりください。
 また年末ということもあり、終了後は恒例の懇親会(兼忘年会)も予定しております。こちらにも是非ご参加ください。お待ちしております。

◆◆◆12月定例研究会◆◆◆
日時:12月20日(土) 14時〜17時
             (13時から運営会)
場所:立教大学池袋キャンパス12号館地下1階第2会議室
http://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/campus.html
報告者:石井一也(香川大学法学部教授)
報告題目:、「グローバル化時代におけるガンディー思想の意義
           ―アマルティア・K・センによる批判を超えて―」
討論者:鴫原敦子、宮寺卓
-----------

これに先立って、知り合いから紹介されたアマルティア・センの「議論好きのインド人」の第5編 「タゴールとかれのインド」というのを読んでみた。

センがラビンナート・タゴールが創設した学校の出身者であるだけでなく、彼の祖父はタゴールといっしょに中国や日本に旅行するような人だったということを始めて知った。

記述されている内容は難しいものではないが、記述の方法はちょっと複雑で容易な抜書きを許さないような感じもするので、以下にぼくが抜書きしたり印象評価を書くことをあまり、まに受けない方がいいと思う。
この文章の中見出しはセン本人がつけたのか、編集者がつけたのかわからないが、中見出しのつけかたに成功していないと思う。

ともあれ、この文章は、そのセンがタゴールについて、ガンディーと対比も含めて書いたものだ。。

こんな風に書かれている。
===
 タゴールはガンディーに深い敬意を払っていたが、ナショナリズム、愛国主義、文化的交流の重要性、合理性や科学の役割、経済的、社会的発展の特質など、多くの主題で、かれの見解とは意見を異にしていた。私が強調したいのは、これらの差異には、明確な一定のパターンがあったことである。つまり、タゴールが主張したのは、理性の営み(リーズニングのルビ)のためのより広い空間、より伝統的でない視点、ほかの世界へのより強い関心、科学と客観性一般へのより強い敬意なのであった。
===

この後にタゴールがオリエンタリズム的な視線で誤解されていることに触れている。


また、タゴールのナショナリズム運動に対する条件付の支持についてもセンは書いている。
「理性にもとづかない伝統主義に対する強固な拒否」

問題はここで「理性」と書かれる、その中身なのだろう。何を理性とするか、センはそのことをあまり書いていないように思う。「科学と客観性」という名の中に、これまでどれだけの政治的意図が隠されてきたのか、ということをセンはどう思っているのだろう。



また、センはこんな風もに書く。
===
 タゴールはマハートマー・ガンディーに、個人としても、政治指導者としても最大級の敬意を払っていたが、そのナショナリズムの形態や、インドの過去の伝統についてのかれの保守的な本能には、深く懐疑的でもあった。かれはガンディーを個人的に批判したことは一度もない。1938年の評論「人間としてのガンディー」でタゴールはいう。

 政治家として、組織者として、民衆の指導者として、道徳の改革者として、ガンディーは偉大である。そのいずれよりも、人間としてかれは偉大なのだ。なぜなら、このいかなる側面も活動も、彼の人間性を制約できないからだ。むしろ、それらはすべてかれの人間性によって魂を吹き込まれ、支えられているのだ。(引用しながら思ったのだが、この「人間性」ヒューマニティだろうか。)

にもかかわらず、二人のあいだには深い亀裂が横たわっていた。タゴールはかれの異論について率直であった。

 理性を無視し、その位置に盲目の信仰を据えつけ、それを精神的なものと持ちあげる傾向を賛美するとき、われわれはみずからの心と運命の蒙昧化という代価を払い続けるのだ。われわれの民衆の内にある軽信という、この非合理の力を利用せんとする点で、私はマハートマージーを非難する。それは建物を建てるうえで即効的であるかもしれないが、他方で土台を掘り崩す。われわれ民族の指導者としての、マハートマージーへの私の評価は、ここから始まった。そして私にとっては幸運にも、そこでは終わらなかったのである。

だが、「そこでは終わらなかった」にしても、視点の差は強力な分裂要因ではあった。
===

センはここやこの後の記述で、ガンディーが「幸運にも、そこでは終わらなかった」と書いていることよりも、その視点の差に注目し、終わらなかったことには言及しない。


象徴的なのは「チャルカー」(糸挽車)をめぐるふたりのやりとりだ。

センはタゴールによるガンディーの糸を紡ぐ主張への批判を紹介し、セン自身が経済的な問題としてタゴールが正しく、ガンディーが誤っていたという。

とそれへのガンディーの反論を紹介した後、以下のように書く。

===
もし、タゴールがガンディーの議論の何がしかを見失っていたとしたら、ガンディーもまた、タゴールの批判の中心的な論点を見失っていたのである。ただたんにチャルカーが経済的にほとんど意味をなさないというだけでなく、タゴールが考えたのは、これが人々に何事かを思考させる方法ではないということであった。「チャルカーはだれにも思考を要求しない。人はただひたすら、時代遅れの発明品を回すのみで、最小限の判断や忍耐力しか用いない」と。
===

また、個人的な性生活に対するタゴールとガンディーの態度の違いも論じる。結婚して数年の夫婦生活の後は禁欲を説いたガンディーといろいろドラマがあったのではないかと思われるタゴール。
ガンディーは禁欲を勧め、タゴールは避妊と家族計画を擁護したという。


愛国主義への批判という小見出しがつけられた節では、こんな風に始まる(ちなみに、この節では直接的にはガンディーに言及していない)。
===
 ラビンナートは独立運動がしばしばとることになった、ナショナリズムの極端な形態には反発した。同時代の政治のとりわけ活動的な役割から、かれが身を退けることになったのは、このためであった。
===
そして、タゴールの以下のような手紙が紹介されている。
「愛国主義は、私たちの最後の精神的なよりどころではありません。私のよりどころは人間性(ヒューマニティ)です。・・」


また、タゴールによる日本の賛美と批判も興味深いが、今日の主題からは外れるので略。
タゴールがナショナリズムが道を誤らせた例として、日本の軍国主義に言及している。
ただ、センが「平和国家としての戦後日本の誕生を見たなら、タゴールはこのうえなく満足したことであろう」とだけ書いているのはどうかと思う。確かに誕生はそういうもんもであったが、現状はどうなのか。日本の外務省に持ち上げられるセンはそのことには触れない。

その後で、タゴールのソ連への評価と批判もあり、これも興味深いが略。

現状のインド評価について、センはこんな風に書く。
===
 ガンディージーと違って、ラビンナートはインドの近代工業の発展や技術の進歩に憤ることはなかったであろう。インドが「時代遅れの発明品である糸挽車」の回転のくびきに繋がれることを、彼は望まなかったからである。タゴールは人間が機械に支配されることを危惧したが、近代技術を善用することには反対ではなかった。
==

ぼくはセンのこの評価も無邪気すぎると思う。「近代工業の発展」がいまのインドに何をもたらしているだろう。近代技術の善用と悪用を誰がどのように峻別するのか。また、インドにおける貧困や暴力と近代化の関係を見る視点はセンにはないのか、とも感じる。

そして、この文章の最後の小見出しは「文化的分離主義」についてだ。
ここでもガンディーには触れない。そして、センは戦後、インドから東西のパキスタンが生まれたことについても何も書かない。この文脈でそれに触れられないのも何か変な感じはある。


センが現実の国際政治の中で自らの言説がどのように使われるかということを、どんな風に考えているのだろう。どうも、メインストリームの現状の世界のありかたに親和的過ぎるのではないかという感じが否めない。

この文章の結語はこんな文章で締めくくられる。
===
かれがつねに一貫して発した問いは、すべてを考慮に入れたとき、提起されているものを望むべき十分な論拠は果たして存在するのかという問いであった。歴史はたしかに重要であるが、理性の営み(リーズニングのルビ)は、過去をも超えねばならない。理性の営みの至上性、いいかえれば自由における恐れなき理性の営みの中に、私たちは、いまなお途絶えることのないラビンナート・タゴールの声を聞くのである。
===

問題はこのリーズニングとルビが振られている「理性の営み」の中身であり、その理性は誰が所有しているのかということではないか。それはアプリオリに存在するのだろうか。


すごく眠くなったから、このあたりでやめるが、科学や理性という名のもとで何が行われてきたのかという問いこそたてるべきだと思う。
また、歴史の上に人々の感情や思いが形成されている。そのことを抜きに理性で人は動くのか、そんな感想を最後に感じた。

なんだか、すごく眠いから、もう一眠りしよう。


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