今日、考えたこと

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zoom RSS 壁と卵

<<   作成日時 : 2009/02/21 04:19   >>

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しばらく公表する気がしなかった理由を考えようとする自分がいる。
誰かに請われて書いているわけでもないのに。

壁と卵のことを考えていたら、とりあえず文字通りのメモを書き残したくなった。
まとまらない堂々巡りのメモ。
脈絡は想像にまかせます。
====
構造的暴力というシステムと闘うことが、それなりに意識的に暮らし始めてからの日常的な風景でもあった。(結果的にはそうだったんじゃないかと思う。)
構造的暴力を減らすことは可能だったりすることもある。

構造的暴力がより少ない別のシステムがあるとすれば、そういうシステムを求める。
しかし、それもシステムだ。
それ以上にましなシステムが考えられないとしても、壁は壁。

卵が間違っているように思えても壁ではなく卵の側に立つとあの作家は言った。
ぼくは正しい壁のようなものを求めてこなかったかと自問する。

いつでも、もっとましなシステムも求めたいと思う。
構造的な暴力を減らすことはましなシステムを求めることとイコールではないとしても。

DOではなくUNDOが必要なのだといった人がいたらしい。

ゲバラがキューバを出たのは卵の側にいたかったからという理由がまったくないわけではないかもしれないと思う。


正しそうに見える壁と腐った卵
どちらの側に立つ?

安住できるような壁がいまはないのだが、安住できるようなシステムが欲しかったりもする。

壁は常に卵をぶつけられ続けなければならない。
ちょっと気恥ずかしいが書いてみる「永続革命」

システムを不断に疑い続けることの必要性。

卵の側に立ちながら、壁を守るという立場に立つ
そんな重層性というような立場か
あるいは言い訳


壁と卵というような単純な比喩にいとも簡単に混乱させられる。
もう生まれてから半世紀になるのに。

まぁ、それだけよくできた演説だったってことにしておこうと思う。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
あの作家のスピーチを読んでみました。
壁と卵のたとえはともかく(このアイデアは彼のオリジナルですか?)、
そういうことを考えて小説を書いていたとは知りませんでした。
遥か昔高校生のころに読んだ彼のベストセラー小説は僕にとって、「言葉が宙空に浮いて」いて、ちっとも頭に入ってこなかった記憶があり、それ以来彼の小説からは遠ざかっています。
このスピーチを読んで、彼の小説に対する姿勢を知って、しかし改めて彼の小説を読もうとする気持ちにならないのも正直な所。
壁か卵か?卵の殻を壁のように固くする、ってのは駄目ですか?
あきおっち
2009/02/23 10:34
あきおっち!(書いててちょっと恥ずかしい(笑))
コメントありがと。

スピーチにはちょっと心動かされましたが(いろんな意味で)、  ぼくも読もうとは思いませんでした。

「卵の殻を壁のように固くする、ってのは駄目ですか?」
笑えましたが、殻に閉じこもってしまいそう。
tu-ta
2009/03/05 07:28
以前も何かの折にコメントさせて頂いたことがあるのですが、その際のHNを思い出せませんので、思いつきの闖入者めいた名前で失礼します。

「卵と壁」って評判が良いようですが、私も引いたクチです。殺傷兵器への言及だけは拍手喝采な気分でしたけど。

私の拙い理解では、壁の前では全てが等価な卵だと仰ったと思うのですが、それも気持ち悪くて、最初は理由が分らなかったのですが、最近、どこかで「天皇の赤子による一億総玉砕」の記憶が疼いたからだと気づきました。

う〜ん、スピーチの内容ではなく、私の感じ方に問題があるのでしょうか!?
ななし
2009/03/07 22:49
こんばんわ このトピックに今更のように堂々巡りする自分がいます。再度の書き込み、ご容赦ください。

私が気になったのは、このスピーチに「卵と壁」以外に「小説家」が配置されていることです。

第二次大戦中の罪深いプロパガンダによれば、「無力な日本人も天皇の赤子としては尊く、其故、赤子の命運は天皇に委ねられるべき」でした。
今回のスピーチによると、「壁の前で無力な卵の硬い殻で覆われた尊さを小説家のみが済度できる」そうです。

この比喩に先立つ導入部分で、会場に赴いた理由を自らの自由意志だと語った小説家が、壁からの賞を受けたお礼に壁と自分以外の人間を「無力な卵」と名指すとき、そこに幾許かの悪意も含まれていない筈もなく、「卵の側に立つ」と言明するとき、卵の調理はお任せくださいと優秀なエージェントであることを誓っているようにしか聞こえないのであり・・・

私が芸術には程遠い、スパイ物・剣劇物を読みすぎているのかも知れませんが・・・ここは、卵として寝首をかかれない注意が必要なところではないかと思う次第です。
ななし
2009/03/12 20:29
長文になってしまって、連続投稿になります。

冗談はさておき、素直に感動する立場をとるにしても、この比喩は殺伐としているな〜と思います。私が抽象的な思考に馴染めないだけかもしれませんが、この壁は無論屋外にあるとして、拠って建つ土地や頭上に存在する太陽の気配が感じられないのはどうよ? と・・・

ぺんぺん草も生えてなさそう・・・鉛筆より重い物を持ったことのないインテリ・シティボーイの心象風景って、国籍を問わずこんな感じなのでしょうか? 人間以前に存在しているものへの畏敬の念が感じられないのは、エコな観点からも不気味に感じます。

長々と失礼しました。今後は自粛に努めます。

あ、申し遅れましたが、こちらのブログの更新をいつも楽しみにしています。って云っても、村上さんみたいに照れて露悪的にならないで下さいね。あの少年ぽっさも人気の秘密なのでしょうが、アラカン(アラウンド還暦)ですよね。問題あるな〜


ななし
2009/03/12 20:36
ななしさん。
コメントにレスポンスできずにすみません。

自粛しないでどんどんコメントください。
いつも読んでます。

コメントをもらって、誰かが読んでることを確認できることをぼくは楽しみにしてます。
とりわけ、ななしさんのコメントは考えさせるものが少なくないです。
壁と卵について、ぼくはどっちつかずの宙に浮いたままの評価しかできずにいるのですが。

あの賞を受けることの問題は当然あるものの、村上があの場で話をしたことの影響力はあるのではないかとも思うのです。


tu-ta
2009/03/12 21:57

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