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zoom RSS 小沢健二のドラッカー批判

<<   作成日時 : 2009/03/20 06:58   >>

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ドラッカーという人を知らないし、その著書も読んでいないことを前提に以下。

うさぎ!14話(子どもと昔話 38号2009年冬号掲載)で小沢はドラッカーを批判する。

<「自由にやっている」という幻想>という節にでてくる。
そこで彼は
==
この「俺は自由にやっている」という幻想こそが、上の人が下の人に与えたいものなのだ。20世紀後半からの企業マネジメントは、部下が「自分は思うように、自由にやっている」という錯覚を持つように、工夫を凝らしている。
==
と書く。なるべく「命令なんてしてませんよ」というムードをつくって最大限の力を引き出すことが企業マネジメントの基本的なテクニックのひとつだという。この文脈の中でドラッカーが紹介される。

小沢はドラッカーが「社会環境学者」と自称し、それは「こういう環境に置かれると、人はこう行動する」というのを研究しているかららしい、と紹介している。そしてこんな風に書いている。

===
 うまく環境をつくってあげると、人はのびのびと、率先して、上の人がやって欲しいことをやる。
 その環境づくりは、会社の中の環境づくりだけでは足りない。人が会社の外で自由になってしまうと、「あれ、待てよ。何かおかしい…」と疑いはじめる人が出てくるかもしれない。
 だから、…(略)…とか、学校をどうするとか、NPOを流行らせようとか、とにかく人を取り巻くものすべてをデザインしなければならない。社会全体を、社会環境をデザインしなければならない。
 …(略)…。
 そういうわけで企業マネジメントの巨人は、ご自分を「社会環境学者」だと呼ぶ。
 …(略)…。
 企業をマネジメントするとは、つまり社会環境をデザインして、お客を、働き手を、反抗する者たちを、要は人びとを全部コントロールすること。
 なるほど、言えてる。
 怖いような話だが、怖い世の中なのだから仕方がない。
===

そんな社会システムがあるといわれると、確かにそうだと思う。各種のカイゼンとか提案システムとかQCサークルというのは、そういうところを刺激して生産性を上げようとする。
そういうことをもっとスマートにやろうということなのか、とも思う。

しかし、とも思ってしまう。

企業(のようなところ)でヒーヒー言いながら働き、また人を働かせているぼくは少し考えさせられる。だって、働かざるを得ないじゃないか。また、働かせざるを得ない。いやいやでも働いてもらうしかないし、本当にいやなら辞めてもらうしかない。どうせ働くなら、気持ちよく働く(あるいは働かせる)ほうが楽だ。

ぼくの職場には一応、障害者雇用の促進というようなミッションのようなものがあり、本当に社会的に意味があるものを生産しているかどうかという問題はあるにしても、社会的有用性というようなことは感じないわけでもない。(ぼくが今働いているところはそういうちょっと特殊な環境もあるが、より広範な職場でそういうミッションのようなことを想定するのはそんなに難しいことではないように思える。)

企業にしてもNPOにしても、そのミッションの社会にとっての有用性を確認でき、その組織がミッションに沿って動いていると思われるとき、モチベーションはあがる。それ自体はそんなに悪いことでもないのではないかと思う。

そこでまた、「しかし」、と思ってしまう。

そのミッションのようなものを感じて働くことが、現状のうんざりするようなシステムを維持する力にもなる。人をコントロールするのにも役に立ったりするかもしれない。

現状のようではない新しい社会を構想するというミッションがある。その社会でも生産は必要とされ、生産に人びとを参加させるモチベーションも必要になる。まさに、その新しい社会を建設するというのは、有効なモチベーションになりえるだろう。

人びとを動員(mobilization)することの問題については以下
http://tu-ta.at.webry.info/200604/article_11.html
でも少し書いた。日本語の動員という言葉は、何かトップダウンの響きあり、好きじゃないが、とにかく他者にも動いて欲しくて呼びかけることはある。その目的が社会運動なのか、企業活動なのか、その区別は本当にはっきりつけられるのか、という疑いは持ち続けたほうがいいようにも思う。

ここで、小沢がドラッカーを批判しているのは、もう少し違うことなのかもしれないが、ここまできたら、もう少し書き続けてみる。


こういうことを考え始めると混乱して収拾がつかなくなるのだけれども、他者との関係をつくるということは他者に何らかの形で働きかけるということでもあり、それは社会運動であれ、企業活動であれ、宗教活動であれ、いろんな方向で、あらゆる場面で存在する。そこで、「有効な働きかけ方」というのは確かに存在するだろうし、多くの人がそのことを日々研究している。とりわけ資本主義社会はそのテクニックに長けているようにも思う。社会運動は資本主義が開発したそういうテクニックを使っていいっていうか、もっと勉強したほうがいいところはたくさんあるかもしれない。

ともかく、いろんな分野で人に働きかけるときに、働きかけるというその行為自体は、目的が異なっていても同じような行為だったりする。
そのテクニックの開発にかける物質力では社会運動は資本主義に到底かなわないだろう。それでも、「現状のこんな風じゃない社会が必要だ」という運動が勝てる可能性があるとすれば、気持ちよく生き続けるために必要なことは何なのかというその中身ということになるのだろう。



ちょっと蛇足だが、この「うさぎ!」が掲載されている「子どもと昔話」、前にも書いたかもしれないが、小沢健二父が主催する小澤昔話研究所で編集・発行していて、この雑誌に連載しているのは、その主催者とパートナー(つまり小沢健二母)の下河辺牧子、そして、小沢健二のパートナーのエリザベス・コールという具合にかなり身内で作られている(ぼくはそのころが悪いなんて全然思わない)。 で、今回、っていうか、いつもぼくが面白がっているのは、下河辺さんの連載。(この雑誌を買って、そういうサイドラインしか読まないことも多い。)そこで今回、彼女が書いてるのが、息子が学校でシャツにつけなければならなかった名札の話。彼女はしばしば名札を洗濯して、名札なしで息子を登校させたと書き、それについて「学校権力への忠誠心を身に刷り込むことだけはごめんだ、それが親という位置にいる私の課題だ、というような気持ちだったかもしれない」と書いている。この小沢健二のドラッカー批判を読むと、その教育はとても成功しているように思える。こんなに嵌ってしまっていいのかと思えるぐらい嵌っているんだけれども、それはぼくにとっては、ちょっとうらやましいような話でもある。こんな風に自由な価値観を次の世代に引き継ぐことに成功している、ぼくより少し上の世代の活動家はいないわけではないが、うまくいっていない場合も少なくないように思えるからだ。


眠くなったので、読み返さないで寝る。あとで後悔することもあるかなぁ。



(2017年1月24日、自分で読みにくくなったので配色を変更)

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