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zoom RSS <翻弄され続けた57年…「八ッ場」現地ルポ>読売

<<   作成日時 : 2009/09/09 04:03   >>

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先日、八ッ場ダムのことを地元のことは何も知らないで少し書いた。
http://tu-ta.at.webry.info/200909/article_2.html

そんな中で表記の
翻弄され続けた57年…「八ッ場」現地ルポ
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090909-OYT1T00104.htm
という読売新聞の記事を読んだ。

現地の複雑さはここから読みとることができる。そういう意味では大切な情報だと思うが、しかし、ここには、なぜこれが無駄なダムだと言われているのかという話が一切掲載されていない。これはどうかと思う。そのあたりに読売新聞の政治的意図を感じてしまうのは、ぼくだけ?

ここに住み、暮らしてきたこの人たちの思いを無視していいという話ではないはずだとは思う。そういう意味で、この情報は必要な情報ではある。

しかし、ここでダム建設の中止に反対している人たちが望んでいるのは、生活の再建であり、ダムの建設ではないのではないかと思う。

本当に、このダムが必要なダムなのかどうなのか、という話を抜いて、このように人情に訴えるような話だけをするっていうようなことを、もしかしたら、ぼくも逆の立場からやってきたかもしれない、と少し反省。

自らの生活のために国策に協力させられた人たちが納得できる形で、ダムを作らないですませる手腕が政治に求められているのだと思う。


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翻弄され続けた57年…「八ッ場」現地ルポ


 政権を握った民主党から「ムダな公共事業」と名指しされたダムの町が大揺れだ。

 国土交通省が今月3日、本体工事の入札を延期した群馬県長野原町の八ッ場(やんば)ダム。57年もの間、ダム計画に翻弄(ほんろう)され続けてきた町を歩いた。

 ◆ダム計画で町は二分◆

 利根川上流の吾妻川を見下ろす山の中腹。ダムができれば水没する同町川原湯地区の温泉街の移転予定地では、重機がうなりを上げ、新しい町の造成が進んでいた。同じく水に沈むJR吾妻線の付け替え工事も進み、すでに出来上がった新しいトンネルには銀色に光るレールが敷かれていた。

 「私たちにとって、このダムは単なる公共事業ではない。失われた半世紀の生活を取り戻すための事業なのです」。川原湯温泉旅館組合の豊田明美組合長(44)は話した。

 ダム計画が降ってわいたのは1952年5月。47年に関東を襲ったカスリーン台風で利根川の堤防が決壊、洪水被害は東京まで広がって1900人を超える死者・行方不明者が出た。この大水害を機に国が計画したのが八ッ場ダムだった。

 温泉街で土産物屋を営む樋田ふさ子さん(80)は52年11月、別の町から嫁いできた。激しい反対運動が起こり、夫の淳一郎さん(82)は集会に担ぎ出され、壇上に。「得をするのは大企業。住民にメリットはない」。旗やプラカードを手に集まった約800人を前に叫んだ。

 反対運動は60年代以降にさらに激化。隣同士で賛成、反対に分かれていがみ合った。74年、淳一郎さんの父が条件付きの賛成派に転じると、家族は反対派から白い目で見られた。ふさ子さんは「すべてダムのせい。なぜこんな思いをしなければならないのか」と泣いた。

 80年、県が独自の生活再建案を示したのを機に反対運動は下火になる。92年から用地補償調査が始まり、2001年に補償基準が作られると、次々に移転が始まった。今年3月現在、水没地区の340戸のうち257戸が移転。内訳は205戸は町外、52戸が町内の代替地などに移り住んだ。

 元旅館経営者、竹田博栄さん(79)は反対派の中心メンバーだったが、最終的にダム建設を容認し、温泉街の再生計画に期待を寄せていた。だが、代替地計画の見直しなどで工事は延び延びに。旅館は雨漏りし、ボイラーも壊れたが、水没する建物に多大な修理費用はかけられない。「ギリギリまで頑張ったが限界だった」。3年前に旅館を閉じ、近くの中之条町に開いた喫茶店で悔しそうな表情を見せた。

 ◆今は中止反対運動に◆

 美容室を営む降旗しのぶさん(59)は今年4月、町内の代替地に移転した。まだ数軒しか家はなく、客足は3分の1ほどに減ったが、これから移転して来る人たちと、ダムを中心とした暮らしをすることにわずかな希望を抱いていた。入札延期が決まった後、地元のお祭りで、地元の自民県議らがダム推進の住民協議会を設立しようと、ビラ配りをした。10日には町内で発足会を開く予定だ。降旗さんは「今さら昔とまったく逆の反対運動をすることになるなんて」と話した。

 代替地に移転予定の八ッ場林業協同組合の美才治章組合長(62)も「鳩山さんも小沢さんも元々、建設を推し進めた自民党にいたのに、ムダ遣いというのなら、なぜもっと早く言わないのか」と怒りをあらわにする。

 水没地区の樋田さん夫婦も、ダム湖畔の温泉街に引っ越す予定だったが、そのダム湖が政権交代の荒波の中で消えようとしていることに戸惑いを隠さない。「今までダムのせいで苦労してきたのに、なぜまた苦労しなければならないのか。この57年は何だったのか」。ふさ子さんは土産物屋の軒先に腰掛け、削られた山肌をぼう然と見つめていた。(大垣裕、中村隆)
(2009年9月9日02時02分 読売新聞)

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