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zoom RSS 感想 『脱植民地化と先住民女性』

<<   作成日時 : 2010/02/22 03:04   >>

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2004年に書いて、某MLに投稿した読書メモがWebに残っていたので、こっちにも転載

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Date: 2004年7月22日(木) 午前6時19分
タイトル: 感想 『脱植民地化と先住民女性』 藤岡美恵子インパクション140号 2004年3月


tu-taです。

表題の記事は少し前に出た雑誌の記事で、ぼくの感想も少し前に書いたものですが、自分の読書ノートから転載します。
誰かに読ませたくて書いたものだったことは確かなのですが、誰に書きたかったのかは忘れました。(とほほ)

最近、数人の人とこの件について話すことがあったので・・・。
転載させてもらいます。

自分のノートなので、ぼくにしかわからないような部分もあるかもしれません。
悪しからず。

以下、ノートから転載

===
藤岡美恵子『脱植民地化と先住民女性』 インパクション140号 2004年3月

既製フェミニズムズへの挑戦?

 これ、とってもチャレンジングな論文だと思います。まだ荒っぽいものかもしれませんが、ここで問題はとてもわかりやすい形で提起されているし、それは真剣に問われなければならない問題だと思うのです。(少なくともぼくには、このわかりやすさはとても重要です。)もしかしたら、それはいままでも誰かによって語られてきたものと重なる部分は多いかもしれませんが、このような形で提起されたことをぼくは知りません。(立岩真也は、以前に同じ主題について書いている人がいたとしたら、それは教えてもらえばいいというようなことを新しい本で書いているのですが、そういうのが好きです。)

で、このチャレンジングな論文ですが、いつ出るかと思っていたのが、ついに第一弾がでたという感じです。藤岡さんの既製フェミニズムズに対する違和感がこのような形で明確に表明されたのはこれが初めてだと思うんですけど、どうでしょ。(ぼくは彼女と何回か話をして、こんな話を聞いてはいたし、それを形にすることを無責任にあおってもいました。(笑))彼女はこの論文で、以下のように書きます。

「従来のフェミニズムやそれに影響を受けた日本のフェミニズム的理解では、「伝統的」価値観はすなわち家父長的であり、女性を抑圧的な役割に縛りつけるものでしかない。女性を文化の伝承者とみなす考えは、多くの場合女性たち自身によって否定される。しかし、先住民族女性(そして多くのマイノリティ女性)にとって事態はまったく逆である。・・・」
「・・・・女性差別をなくすためにはそれがどんな民族であれ、どんな経済的階層であれ、どのような信仰や精神世界に生きていようが、女性には経済的「自立」が必要で(もっと雇用を? それが搾取的な移住労働であっても)、女性はなにものからも(共同体からも)自由で、なににでもなれるべきである、と信じられていないだろうか。」


「伝統」を肯定的に語り、『共同体からの自由』を否定的な文脈で語るという、先住民と(orの)フェミニズムを語る上で避けて通ることができない問題に、火傷を恐れず手を出したというか、パンドラの箱を開けたというべきか、それに続けて彼女は次のように書きます。

「だとすれば、それが意味するのは個人の「自立」を基礎とする近代化であり、競争原理の上に成り立つ資本主義下の経済成長主義である。」

どうも、この前提にはIMADRのグァテマラプロジェクトの機関誌に掲載されていた中野さんのイリッチ理解があるように思えます。それは、イリッチが第三世界の多くの部分はいまだに従来型の工業化がもたらす近代を経験する必要がないというのを前提にしていることを、イリッチを批判するフェミニストが理解していないか無視しているというようなものだった、というような理解です。第三世界のいくつかの地域で、本当に従来型の近代を経験しないですむような未来が想定しえるのかどうか、ぼくには断言できないのですが、こういう観点からフェミニズムズを捉え返すという観点はとても面白いと思います。

そして、彼女はこの文章の最後で次のようにも問いかけます。
「女性は、それがどんな文化であれ、「伝統」文化のくびきから解放されるべきであると考える前に、私たちのうちのどれだけがアイヌの「伝統」文化を理解しているだろうか?
 これらの(括弧内略)疑問を私たちに問いかけることが必要だ。なぜなら、これらの問いはこれまでほとんど発せられることがなかったからだ。そして脱植民地化は、日本においてはまだ、完了するどころか、本当の意味では始まってもいないからである。」

この文章はインパクションの「先住民族は何を獲得し、何を失ったか」という特集に収録され、そのテーマを語る上で必要なものだったのかもしれないが、もっと広い文脈で読まれていもいいと思う。
「先住民族の文化を尊重すべき」といったとき、先住民族の女性が置かれている位置をどう考えるのかということを超えるパースペクティブがここにはあるように思う。
こんなになってしまった近代、それをどのように行きすごすのか。そんなことを考えるためのヒントもここにはあるような気がする。

 ともあれ、こういう藤岡さんの文章に対して、肯定であれ否定であれ、論議がかわされることが必要だと思う。

==ノートからの転載ここまで==

追加ですが、ぼくがこれを書いたあとに
『脱「開発」へのサブシステンス論 環境を平和学する2』が出版されていて、この本の、彼女が中心になって書いた3章の『ジェンダーと環境』では『男女平等では問題は解決しない』というような節も含めて、論旨が展開されています。

==MLからの転載ここまで==



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