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zoom RSS 「ガンジーの危険な平和憲法案」メモ

<<   作成日時 : 2010/04/06 18:31   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

辛口だった天野恵一さんが季刊ピープルズプランでかなり激賞しているのを見て、読んでみたくなったので、図書館で借りた。

天野さんは季刊ピープルズプランで2号にわたって、この本をとりあげ、次号もそれが続くと予告されている。なかなか手に入りにくいと思われがちな雑誌だが、メールオーダーで送られるので、関心のあるか方はぜひ申し込んで手にとって読んでみて欲しい。
http://www.peoples-plan.org/jp/modules/tinyd0/index.php?id=47
(天野さんの視点についてのコメントはどこかで書きたいけど、書けるかどうか不明、ただ、ちょっと甘すぎないかとも思う、最近少し甘くなった天野さんではあるが、もう少し疑義があってもいいようにも思うんだが。)


以下、メモ

ガンジーには知られてない平和憲法案があった。それはすごくラディカルだ。そして、これを読むとラディカルだったガンジーが中心となって独立させたインド国家が凡庸な国家になってしまった経緯もわかる。



まず、「はじめに」で、イラク戦争に米国は敗北したのだと断定しているのが興味深かった。イラクに期限のない基地を残せなかったことは敗北だとラミスさんは書いている。

サブプライムに端を発する世界経済制度の失敗とアメリカ帝国の軍事的な失敗 それに世界がどう対応するか、そのこととガンジーの思想が関係しているという。

村中心の経済では金融危機が不可能であり、市場最強の軍事力の敗北もガンジーの正しさを  「時代遅れに思えたこの研究が時宜にかなったものにみえてくるかも」とラミスさんはいう。


ガンジーは、自分の非暴力の思想が非現実的で実現不可能だと考えていたのではなく、ただ多くの人を説得できなかった、と考えていたようだ。(37p)


なぜか誰もが無視したガンジー的憲法草案ではインドの70万の村はそれぞれ独立した共和国になる。その上に全国をつなぐ組織はあるが、これは国際機関のようなもので、村にはアドバイスはできるが命令する権利はない。というわけで、これでは軍隊は持てないので平和憲法でもある。44p

一見、絵空事のような案だが、ガンジーは当時のインドの社会構造の中に自分の憲法案の基礎があると信じていたし、多くの人がその事実をわかってくれれば、遠い将来ではなく、インドが独立を獲得した段階で、その構想は実現可能だと思っていた。だから、憲法作成委員会が西洋型の国家を選んだとき、ガンジーはやっぱり不可能だったとは思わずに「私はインドを説得できなかった」と言って落胆した。49-49p

この案を現実の俎上に載せて、検証されなかったことは本当に残念だと思う。確かに穴は多々あるようにも思える。ぼくはここで、カディーと糸紡ぎなどをめぐるガンジーとタゴールの論争を想起する。
http://tu-ta.at.webry.info/200812/article_14.html
http://tu-ta.at.webry.info/200901/article_5.html


またガンジーは自らを Practical idealism 現実的理想主義 実現可能な理想主義者だと規定していた。「理想論こそが実力になりうる、と彼は信じていた」とラミスさんは書く。 54p なぜ理想論が実力になりうるのかというわかりやすい説明はここにはない。


徹底的なゼネストによる革命を求めていたという点で、ガンジーとマルクスは類似していると書く。(ストライキ=非協力)60p


また、ガンジーは暴力から生まれる力を真の「力」として信じていなかった。そして、サティヤグラハ(非暴力運動)は弱者のやりかたではない、彼は弱者(彼にとっては意志の弱い人)を美化する政治を行わなかった。ガンジーが暴力・軍事力を嫌がったのはそれが「力の論理」や「強者の論理」だからではなく、人の心に届かないので力になりえないから。63p

しかし、同時に非暴力は単に有効な手段ということではない。その実力的な側面と精神的な側面、倫理的な側面はわけられるものではないというガンジーの主張を、その説明にラミスさんは持ってくるのだが、ここはわかりにくい部分でもある。


また、レーニンとガンジーの異同について、以下のように整理されている。
===
レーニンは、国家権力をつかんでから、その権力を使って、違った形の社会を形成する、という考えだが、ガンジーは、植民地政府を覆す過程と新しい社会を形成する過程は同じである、と考えた。80p
===

スワラージ(=自立)を実現したインド国民会議がインド社会になった段階で、「新しい社会構造」が実現するとまで、ガンジーが考えたかどうか。ともかく、インドでは新しい社会構造は実現しなかった。


そして、ラミスさんはこんな風にも書く。

====
 現代社会の文脈からガンジーのこの憲法案を考えれば、面白いかもしれないが、とにかく非現実的で実現不可能、と感じる人がほとんどだろう。しかし、当時のインドの状況を考え…ガンジーが描いていた村のイメージは、村の人々にとって想像しにくくないはずだ。かえって、ヨ−ロッパからの輸入品としての近代国民国家、そしてそれに付随する合理主義、官僚主義・・・近代的な軍事力など、を考えれば、そちらの制度に切り替えることのほうが大きな飛躍だったかもしれない。92p
====


その直後に紹介されているパンチャーヤットのシステムも興味深いが略


2章の最後に記述されている「後期マルクス」とガンジーの思想の比較の話もまた、興味深い。ここは天野さんも詳しく言及しているところだ。
和田春樹さんの研究にもとづいて「シャニンは、晩年のマルクスがナロードニキの考え方に説得された、と主張した」という話が紹介されている。
===
 つまり、産業革命が始まったばかりのロシアでは、共産主義を求めてロシアの革命家が社会全体の産業化という恐ろしく苦しい過程の最後の段階まで発展するのを待たず、当時ロシアにまだ残っていた「原始共産制」、つまり村の共同体を生かし、その基本から未来社会を作っていけるのではないか、という考えだ。100p
===

これはイリッチが言っていた話ともつながるのではないか。「人類の三分の二が現代の産業社会を経験することを避けることが、いまでも可能であるということを明らかにしたい」(『コンヴィヴィアリティ』のための道具』1972年)

と、思ったら、後の「ガンジー思想の可能性」の最初ににも、イリッチの紹介はでてくる。137p


3章でラミスさんは2種類の平和憲法という紹介の仕方をしている。日本国憲法の9条は、明確で雄弁に戦争放棄を謳うが、ガンジーの案にはそういう言葉はない。しかし、その政治形態の構造自体から、戦争の可能性が最初から排除されている。106p

この新書、3章までがガンジーの憲法草案についての記述で、そのあとに「補論 ガンジー思想の可能性」という章外の章をおき、かなりの頁が割かれている。このガンジー思想を現代世界に生かすことが可能かどうかという考察だ。

さっき引用したイリッチの言葉はこの冒頭近くにでてくる。ここでは別の訳語が使われている。どうもこちらのほうが正確みたいだ。
===
 人類の三分の二は、産業時代を通過せずにすむことが可能だ、つまり、過度産業社会の混沌を避けるために選ばなければならない、生産手段のポスト産業バランスを、彼らがすぐ[つまり、産業社会における破壊がそれほど進んでいない間に]選ぶことができる。137p
===
「この案なら、まだ間に合う地域はあるかもしれない」とラミスさんは書く。これを有効な選択肢にしていくための小さいけれどさまざまな取り組みがある。これらの取り組みとその成功例をもっと可視化していく必要があるだろう。138p

ラミスさんはさらに英国の植民地支配に対するガンジーの思想や行動を紹介し、これを今の日本にどう生かすか、と問題を建てる。米国との関係で、この非協力という方法が使えないかという提起だ。「草の根の非協力運動」。「沖縄の人たちが独立を求めるようになったら、ガンジーの独立思想は役に立つだろう」という。142p

次に役に立つものとして紹介されているのがガンジーの権力を権力たらしめているのが権力によって管理され、振り回され、抑圧されている人の協力だという権力分析。それをどう庶民の手に取り戻すか。納得できない政府には税金を払わないというような非協力運動。ガンジーの時代のように自立した村をつくることが困難な状況で、この問題を考える際、「市民社会」という概念が役に立つかもしれない、とラミスさんは書く。143-146p

その市民社会の一般的な定義が紹介される。
「政府によって組織されず、直接管理されず、自主的、自発的に発生する社会の一部」
家族や企業は違う側面があるという紹介に続いて、ラミスさん自身の『ラディカル・デモクラシー』での記述が引用される。

ラミスさんは、まずそこで、大衆社会と市民社会を区別する。大衆は一個の群だが、市民社会は多種多様。政党が優位を占める公式の政治領域とは別個のもの。そして、アダム・ファーガソンを引用し、市民社会は政治家にならなくても、仲間の見えるところで行動し、自分の考えを公の場で形成する場所を持つ。市民社会は自由を要求しないが、自由を生み出す。148p

市民社会は農村でなく、まず都市に現れるという話を挟んで、ふたたぼラディカル・デモクラシーからの引用がある。

それは前衛党にとってかわる歴史的な変革主体になれるという理論家もいるが、階級党とは違い、市民社会は立ち上がって国家権力を奪取することはない。むしろ立ち上がるならば、自らをエンパワーする。国家を乗っ取ったり取って代わったりすることはせず、国家と立ち向かい、国家を置き去りにして、国家をコントロールする 149p

この引用、書かれていることがわからないわけではないが、そんな市民社会が果たして存在しただろうかという疑問をぼくは抱く。

市民社会のイメージをつかむために、正反対は何かを考えるのが役に立つとして、大政翼賛会で組織された社会だという。全体主義社会。あるいは植民地であることを忘れた植民地。151p この反対のイメージはわかる。しかし、「国家を乗っ取ったり取って代わったりすることはせず、国家と立ち向かい、国家を置き去りにして、国家をコントロールする」市民社会とは何か、とイメージするのには役に立たない。

二つの非暴力について158p
ラミスさんは、日常生活の中であたりまえにやっている非暴力の営み(通常、日常生活では暴力は起こらないというような意味での非暴力)とガンジーが提起している主義や運動としての非暴力をちゃんとわける必要があるのではないかと提起する。(ガンジーはこの区別をあまり意識していないとラミスさんは書いている)

この区別を意識できなかったところにガンジーの弱点があったということはできないだろうか。どうしても楽なほうに、快適なほうに流されやすい市井のぼくはそう思う。「ガンジーは、自分の非暴力の思想が非現実的で実現不可能だと考えていたのではなく、ただ多くの人を説得できなかった」 その原因はこのあたりにもあるのではないか。そしてサティシュ・クマールの弱点もこのあたりにあるんじゃないかと思う。


また、暴力革命について、ガンジーは「私は、それをできません。それだけでなく、…信じません」といったという話が紹介されている。161p
なぜ暴力革命がだめなのかということについて、ガンジーはまとまったものを書いていないけれども、いろいろな発言から読み取れるとラミスさんはいう。ガンジーは革命という言葉は使わないのだが、かれがいう社会変革は「革命」と呼びうるものだ。それは植民地制度に従属しないような、村中心の新しい市民社会を創ること。それは非暴力というまでもない非暴力の営みだという。

ラミスさんは、革命が本当に革命的であるのは、権力が移行することではなく、人の考え方や動き方、集まり方なのが変わることの方にあるという。だとすれば、そのような変革は暴力によってもたらされるものではない、ガンジーはそのことを言いたかったのではないか、というのだ。165p

選挙と議会政治による運動方法を選べば、それが中心となる政府となるので、主権を村に移すような新しい政治形態が目的ならば、最初から村レベルでその主権を起こすべきだとガンジーは主張した。しかし、ガンジー以外の国民会議の指導者は、村中心の政治形態も、非暴力の国家も目的としていなかった。「私はインドを説得できませんでした」という。166p

これには必然性があるようにも思う。なぜガンジーがインドを説得できなかったのか、これを越えていくために何が必要なのかということこそ、検討されなければならないのではないだろうか。現代社会はもっと頑迷にガンジーの説得を拒みそうだ。しかし、一方で環境的制約も明らかになりつつある。現状維持と楽な暮らしを求める市井のぼくのような人をその気にさせる何かが決定的に欠落している。そこで、レーニンは暴力を持ち出さざるをえなかったのではないか。

確かにガンジーがいうように武器で意見をしたがわせるより、非暴力抵抗・非協力の方が圧倒的に強いだろうと思う。それが実現できるのであれば。だから、ガンジーに欠落していたものが革命社会を防衛するための武装だとは思いたくない。なぜガンジーはその圧倒的な影響力をもってなお、説得できなかったのか。それは単に戦術的な誤りなのか。そうではないと直感的に思うのだが、ここがなかなか言葉にできない。


で、政府を支持するか、反対するか、変えるかという選択肢を持ち、選択する能力を持っているのが市民社会だとラミスさんは書くのだが、ラミスさんがイメー ジする市民社会というのがやはり見えてこない。172p


そんな風にラミスさんは非暴力での革命をさんざんアジっておきながら、「私は革命を勧めるためでなく、主権在民を考えるためにこの文章を書いているのである」という。革命勧めていいじゃないかと思うんだけど、なかなか慎重だ。

言いかえとマインドコントロールの話も面白いので、メモしておこう。
内政干渉は「援助」、乱開発は「経済発展」、侵略は「人道的介入」、虐殺は「付随的損害」、成功した弾圧は「平和」
これらを信じさせることで、マインドコントロールは可能になる。173p


また、いまの日本における象徴天皇制が市民社会の発展を制限するように働いているという記述177-178pも興味深いが飛ばす。ぼくは天皇制がそれほどに人々の意識を規定しているだろうかという疑問も持つが。

ガンジーの社会変革のイメージが記載されている。179p
===
 彼のイメージでは、政府は覆されるのではなく、下から蝕まれて、だんだん権威のない、空のものになり、いつの間にか国家主権は政府から国民の側に移されてしまうという構造だ。ラミスさんは自分で「日食」ではなく「国家食」というイメージだと書きながら、それじゃ戻っちゃうからだめで、本当に国家を食べちゃうことだという。ガンジーの憲法草案もそういう国家食だという。この憲法は紙に書いてある憲法ではなく英語のコンスティチューションが意味する、国家の実際の構造のことだという。

で、それは主権もまた同じだという。

そして、この本の結語に向かっていく。
===
 つまり、主権とは、得ることでも、書くことでも、要求することでもなく、やることなのだ。

 主権者であるように行動すれば、そのうち主権者になるものだ。
===

最後の文章はこうなっている。
===
日本を含む、主権在民の原理に基づいている憲法を持っている国家でも、その主権在民の原理が抽象論でなく、具体的に市民社会が主権=権力を握るようになることだとすれば、ガンジーの憲法思想は継続的な戦いの指針になりうるはずだ。
===
183p


「おわりに」でラミスさんは、ガンジーの思想を西洋思想を通して理解しようとしたこと、とりわけマキャベリをもってきたことに強く反発されたことを紹介する。それは「方法論的な間違いであるだけでなく、傲慢だと思いませんか」と。

ラミスさんはラミスさんらしく、その批判はありえる批判だとしたうえで、マキャベリとガンジーを対比させることの妥当性を主張する。そして、「おわりに」の最後にガンジーがほとんど非暴力で達成させたインドの独立、その「非暴力独立運動」が「普通の暴力国家」になる過程で人身御供が必要であり、それにもっともふさわしい人物がそうされたのだとして、この本を閉じる。


天野さんの激賞に誘われて読んだこの本、小さな穴はあるかもしれないが、社会変革の流れの中で、とても大切なポイントが指摘されていると思う。これは大田昌国さんの暴力論にもつながるものだろう。

国家のもつ暴力をわたしたちのオルタナティブはどう超えていくことができるのか、21世紀のオルタナティブが実現するかどうか、あるいはどのようなものとして実現するのかを考えていく上で欠かせない視点がここにあると思う。






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