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zoom RSS 針生一郎の中村正義論から

<<   作成日時 : 2010/07/20 04:35   >>

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購入しただけで、まだ読んでいない針生さんの『わが愛憎の画家たち』平凡社選書1983年カバーの裏に中村正義論からの抜書きがある。

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中村正義のうちには日展と芸術院に対抗する組織への願望が根づよくひそんでいて、ふりかえるとそういう戦略的展望ではいつも彼と論争し、対立した。晩年には「アトリエに帰れ」といった忠告もたえず彼につきまとったが、それに対して「純粋芸術家は大嫌いだ」「オレはペテン師かデモンストレーターで、画家でなくてもいい」などとうそぶいて、業執(ヤフーの辞書にはない)にとり憑かれたように文章を書き、運動を組織し、事業を企て、画壇の変革を求めてやまないのが中村の真骨頂だった。川口松太郎ははじめて中村に会った後、「あの男の眼は、気ちがいの眼だよ」と語ったそうだが、わたしがあらゆる対立をこえて一点彼に心ひかれるのも、まさにあの気ちがいじみた、みさかいのない情熱である。その魔性の衝迫に駆られて、中村は制作一本にうちこんで円熟をとげるコースを拒絶し、芸術と社会とのあるべき関係をつくりだすべく苦闘しながら、志半ばにして世を去った。
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この中村正義論のタイトルは「病魔と創造の魔の相克」

ここだけ読んでも針生さんの中村正義によせる思いが伝わってくる。


冒頭部分でこんな風にも書いている。
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わたしは彼の告別式の弔辞で、この風雲児の死とともに、日本画の新生と画壇の変革を求めて幾多の冒険が行われた、ひとつの季節が終わるだろうと述べた。その予感どおり、近年の日本画は総じて深みもなければ毒もない、キレイゴトのつくりものとなり、因襲的な画壇機構も無傷のまま存続して、美術界全体にけだるいような無風状態が支配している。
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針生さん、この時代と比較していまのアートシーンをどんな風に見ていたのだろう。もっと聞いておけばよかったなぁ。





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