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zoom RSS 『パリのモスク―ユダヤ人を助けたイスラム教徒』メモ(一部訂正)

<<   作成日時 : 2010/08/21 15:41   >>

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池田真里さんが訳した『パリのモスク』
2010年7月31日カレン・グレイ・ルエル、デボラ・ダーランド・デセイ著
彩流社

とても薄い本だが、なかなか知られていない興味深い話だ。
1940年代前半、ドイツに占領されていたパリでモスクはドイツへのレジスタンスの隠れた拠点になっていた。そこで、・・・というような話はアマゾンの内容紹介にある。
以下、引用。
===
内容紹介
1940年から44年にかけて、パリはナチス・ドイツに占領され、ユダヤ人はいつ拘束され強制収容所に送られるかと恐怖のうちに暮らしていました。ユダヤ人だけでなく、ドイツ人以外のすべての人々の自由が制限される中で、ユダヤ人を助けようと危険をおかすような人はほとんどいません。

そのような日々に、ユダヤ人をかくまい危険なパリから脱出させるため力をつくした人々がいます。誰だったのでしょう。パリのどこで、そんなことが可能だったのでしょうか。当時も今も聞いた人の誰もが意外に感じ驚くであろう場所、それは――

この本は、これまでほとんど語られることのなかったイスラム教徒のユダヤ人救出活動に光をあて、その勇気と信念、献身を讃えるために書かれました。

昨日の未明、パリのユダヤ人は拘束された。老人も女性も子どもも。
私たちと同じに異郷の地にあり、私たちと同じ働く者たち。かれらは私たちの兄弟。かれらの子どもたちは私たちの子どもも同じ。その子たちの一人に出会った者は、不幸や悲しみの続く限り住みかと保護を与えるべし。我が同胞よ、あなたの心は寛容である。(本文より)
(中学生以上、絵本、読み物)
===
とある。

静かに美しい絵がたくさん使われている。文章は短い。もとは絵本だったという。

上のアマゾンの紹介の最後の部分は、当時パリに大勢いたムスリムであるカビール人の言葉で書かれたメモだ。それは1942年のパリでのユダヤ人の大量拘束の翌日、移民の間を回覧されたものだという。あとがきに書かれているのと同様の改行を入れて再び引用しよう。
=====
昨日の未明、パリのユダヤ人は拘束された。老人も女性も子どもも。
私たちと同じに異郷の地にあり、私たちと同じ働く者たち。
かれらは私たちの兄弟。
かれらの子どもたちは私たちの子どもも同じ。
その子たちの一人に出会った者は、不幸や悲しみの続く限り住みかと保護を与えるべし。
我が同胞よ、あなたの心は寛容である。
=====


知ってほしい話だ。こんな風にムスリムとユダヤ教徒は助け合って共存できるはずなのだ。一部の過激なシオニストのイスラエル建国運動でイスラエルがムスリムを暴力的に粉砕する形で「建国」されたことから、その関係は壊された。「建国」60年を過ぎ、帰還を含む和解はますます困難になっている現実は確かにあるのだが、将来に可能性がないわけではないはず。

1948年の「建国」からのプロセスをすべて見直し、それぞれの宗教を信じるものが共存できる社会のためのステップが準備される必要がある。


この話はこんな風に結ばれている。
====
 大モスクで働いていたムスリムとレジスタンスを闘ったムスリムは、ユダヤ人もそうでない人も追われる人は誰でも助け、命を救いました。大きな危険をおかしながら正しいと信じることに身を捧げたのです。恐怖のホロコースト(ユダヤ人の大虐殺)のただ中で、パリの大モスクの壁のむこうでは、高貴で勇気ある行為が静かに進められていたのでした。「ユダヤ人は自分たちの兄弟姉妹」であるといって、ムスリムがユダヤ人救出に取り組んだ事実は忘れられてはなりません。
====


 そして、池田さんによる訳者あとがきには、当時のレジスタンスに植民地出身者が多数参加していたことがほとんど語られてこなかったと書かれている。フランス国家の側は戦後すぐに植民地独立闘争に直面し、対独レジスタンスに植民地出身者が大勢参加していたことを隠したかったし、植民地の側も本国のために共に闘ったことを公にしたくなかったらしい。

そして、当時の大モスクの指導者ベンガプリの評価も定まっていなかったという。ムスリムとの関係を気にするドイツ政府との比較的良好な関係を前提にドイツからの信用を得ていたからこそ、モスクをレジスタンスが使用することができたわけだ。その関係を維持するための努力が否定的にとらえられることもあったのだろう。


これらの事実が初めて明らかになったのは1991年に発表された映画「忘れられたレジスタンス――パリのモスク」だったという。
不思議なことにこれは「従軍慰安婦」と呼ばれた人たちのカムアウトの時期ともほぼ一致するのではないか。約半世紀の時間がここでも必要とされたわけだ。


ちなみにこの映画「忘れられたレジスタンス――パリのモスク」は上映権料なしでどこでも上映可能とのこと。問い合わせのメールアドレスは
parismosquejpn@gmai.com
日本語のメールで申し込み可能、日本語の字幕も入った映像とのこと。
2009年に「さらば戦争!映画祭」でも上映されている。 


ちなみに「パリ」と「モスク」の2語で検索すると、観光地としてのパリのモスクが紹介されている。
http://www.cahierdeparis.com/1_%83p%83%8A%82%CC%83%82%83X%83N_1187
こんな風に書かれている
===
 400万から500万人いると言われるフランスのイスラム教徒。その象徴とも言えるのが、カルチエ・ラタンにそびえる白い建物、モスケ・ドゥ・パリ(パリのモスク)ではないでしょうか。ここはもちろん実際に使われている礼拝所ですが、サロン・ド・テとレストランは誰でも気軽に入れます。パリのど真ん中にいることを忘れてしまいそうなその独特な雰囲気に惹かれて、毎日多くのパリジャンたちで賑わっています。
サロン・ド・テでは甘味たっぷりのオリエンタル菓子やミントティー(2€)を味わいましょう。
飾りタイルの内装がとても美しいレストランでは、クスクス(12€〜)やタジン(13.50€〜)など本場の味を楽しめます。天気の良い日には、テーブルに落ちたお菓子のおこぼれにあずかろうと開け放たれた窓からスズメたちが入ってきてびっくり。そんな光景ものどかな、ゆったりとした午後にぴったりの場所です。(2007-09-15)
===

こんな宣伝の話に誘われて、パリのモスクに行く人にも、この歴史を知って欲しいと思う。




蛇足だが、アマゾンの紹介を読んで、ユダヤ教徒はいても、ユダヤ人はいるのかとか、ドイツ人とは誰か、とかいうような疑問は湧いた。

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「『パリのモスク―ユダヤ人を助けたイスラム教徒』メモ」について maggieさんからのコメントをこちらにも再掲 ===以下、再掲=== エドワード・サイードが(確か彼自身のインタビュー映画やダニエル・バレンボイムとの対談において)アラブもSemite、anti-Semiticとは反アラブでもある、と言っていたのを思い出しました。イスラエル批判の文脈で、でしたが。そしてムスリム=アラブではありませんが。 ...続きを見る
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2010/08/21 22:20

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内 容 ニックネーム/日時
エドワード・サイードが(確か彼自身のインタビュー映画やダニエル・バレンボイムとの対談において)アラブもSemite、anti-Semiticとは反アラブでもある、と言っていたのを思い出しました。イスラエル批判の文脈で、でしたが。そしてムスリム=アラブではありませんが。

アマゾンで表紙を見てみました。きれいですネ。まだカスタマーレビューはないようですね(お書きにはならないのでしょうか?)。

一つだけご質問なのですが...ユダヤは(血統的な)民族ではないので、基本的にユダヤ人=ユダヤ教徒だと思うのですが...
maggie
2010/08/21 18:17
maggieさん、コメントどうも。
anti-Semiticは反ユダヤって意味ですよね、「アラブもSemite」っていうのはどういう意味でしょう?

「ユダヤ人=ユダヤ教徒」というのはその通りだと思うのです。では、なぜキリスト教徒とかイスラム教徒とか仏教徒はキリスト人やイスラム人や仏教人ではないのに、ユダヤ人だけはそう呼ばれるのでしょうか?そこにも何らかのポリティクスがあると思うわけです。
tu-ta
2010/08/21 20:13
maggieさま
コメントへの補足を書こうとしたら、長くなったので新しいエントリーで書いてます。
tu-ta
2010/08/21 22:42
私はサイードの発言を、アラブ人もセム族(アラビア語もセム語派)だからだと理解してましたが...違うでしょうか?
ユダヤ‘人’と、(血統的な)民族集団として扱うのは、ナチスもそうでしたが、いまではシオニストの人に多いかと理解してます...
maggie
2010/08/21 22:56

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