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zoom RSS <「国民歌」を唱和した時代>メモ

<<   作成日時 : 2010/10/02 05:19   >>

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「国民歌」を唱和した時代―昭和の大衆歌謡 (歴史文化ライブラリー) 戸ノ下達也著

読書会に参加する前に書いたメモ
読書会で戸ノ下さんから聞いた話で書きたい話はあるんだが、・・・本人以外から封印されてる(笑)。


直後に読書メーターに書いたメモ
===
丸木美術館でのコンサート企画「ヒロシマから平和を祈る」で「軍歌」が使われたことへの批判があり、あわてて読んだ。15年戦争の時代の歌が生まれていく過程に何があったのか、ということはわかりやすく書いてある。それを受け入れた民衆の心情の部分への踏み込みがもう少しあればうれしい。
===

http://tu-ta.at.webry.info/201008/article_5.html
でも言及している。



===

まず、「国民歌」という定義について

そもそも国民歌とは
「国家目的に即応し、国民教化動員や国策宣伝のために制定された国もしくは国に準じた機関による『上から』の公的流行歌」3p

この定義の直後に戸ノ下さんは軍歌などと呼ばれる「それぞれの楽曲に異なった創作の背景があり、普及の意味があったのではなかろうか、であれば「国民歌」という概念でこれらの楽曲群を考えてみれば、社会と音楽の関わりや、大衆と音楽の関わりが見えやすくなるのでは・・・」と書くのだが、国民歌と一括してしまって、それぞれの楽曲の異なった創作の背景が果たしてみえてくるのかどうか、しかし、確かに国民歌と全体を鳥瞰することで見えてくるものはあるようにも思う。



国民歌と定義することの両義性

そして、そのように定義することで見えてくる側面もあるが、それが見えにくくするものもあるのではないか。


見えてくるものとしては、例えば以下の読売の書評がわかりやすく指摘している部分だろう。
==部分引用==
国民の一体感や運命共同体的悲壮感を高めるために、放送局や新聞社やレコード会社が歌を量産する。政府や軍に特に指導されずとも自主的に作り、老若男女に唱和させようとする。

そういう時代を、あたかも軍部が主導したかのような軍・歌・の・時・代・と呼んでは歴史を見誤る。国民歌の時代として、一見軍事色の薄い歌までを、国民の気持ちを揃(そろ)えるための歌と一括する。それでこそ本当の歴史が見えてくる。評・片山杜秀(音楽評論家・日本思想史研究者)強調部分は引用者
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20100816bk0d.htm
=ここまで=

しかし、
===
「国民歌」は、戦時期だけ存在した特殊な音楽ではなく、敗戦を境に断絶した側面と、戦後に脈々と継続していく側面の両面をはらんでいたのであるが、なぜ両面をはらんでいたのか、何が断絶し何が継続していたのか、主観や思い込みではなく、客観的かつ科学的な検証を真摯に行っていかなければならない(p.207)
===
というとき、戦時下に戦意を高揚させるために作られたという歌であるというその時代性は、国民歌という名称の中で、見えにくくなっていくのではないか。その文脈では「戦時歌謡」などの名称で捉えたほうがいい場合もあるように思う。




「国民歌謡」1936〜1941年→「国民合唱」1941年〜「われらの歌」1942年〜という流れについて説明されている。26p〜
「国民歌謡」の目指すところは、新鮮な歌、ある水準を保った品性、大衆の教養レベルにあわせた単純かつ新鮮な旋律を第一義とした国民的歌謡の創造であったが、その「国民歌謡」も盧溝橋事件以降、戦意昂揚、国策宣伝という役割を担うこととなったという。

同時に「聴取者の反応には大衆の求めていたホンネの部分も垣間見れる」とはいうものの、それは平和を求める歌というわけではない。

そこから→みんなの歌(19??年〜現在)の流れはどうなのだろうと思った。






以下はこの本の結語として書かれている。

「戦争の時代の「国民歌」は、封印されタブー視されたとはいえ、歴史の断面を打ち出す鏡として、通奏低音のように静かに現代の我々に語りかけているように思えてならない。これらの楽曲を、我々は歴史の教訓とし、二度とあのような戦争を起こしてはならない。平和の尊さと重さを改めて考えてみる必要があるのではなかろうか」(p.210)

という部分には以前、以下のような感想を書いた。
====

戦時の国民歌が、ある人にとっては15年戦争を肯定する通奏低音を奏でているかもしれないという現実もわるわけで、その錯綜した現実を切り拓いていくためにも、それらの音楽はなんであったのか、考え検証するという営みが聴衆を巻き込んで行われる必要はあるのだと思います。

丸木でのコンサートのその意図は明確だったとは思うものの、その意図に本当に成功していたかどうかは、もっと検証される必要があるのだと思います。

また、丸木美術館としては、日本国内では戦争が行われていないという現状を単純に「平和」として肯定的に捉えていいのかという課題も残されています。植民地化された現状が継続している沖縄の問題が問いかけているのは、まさにそういうことだと思います。

いまだに戦争を継続する米国との共同歩調を追究しているようにしか見えない菅政権が持つ危険や欺瞞を明確にし、「今の平和な日本を守ろう」というような意識から抜け出すためのアートの瞬発力を、ぼくは求めたいと思います。
====



読書会前に書いたメモ、ここまで

「敗戦を境に断絶した側面と、戦後に脈々と継続していく側面の両面」というのは国民歌の問題に限らず存在している。武藤一羊さんは戦後を規定する三大原理のなかに、戦前から継承している天皇制支配を含める。それを歌の面からも検証していくというのは必要な作業だと思う。

結語への感想は上に書いたとおりだが、少し付け足そう。
戸ノ下さんは「二度とあのような戦争を起こしてはならない。平和の尊さと重さを改めて考えてみる必要があるのではなかろうか」という、ありきたりといえばありきたりだが、そんなに軽くはない結語を書いている。しかし、こんな風な言葉で書くと、読み過ごされてしまう危険は大きいと思う。考えるべきは、敗戦から65年を経た現在の「平和」の中身はいったいどんなものなのか。戦前戦後を貫いて、日本社会は「国民歌」をどのように受容してきたのか。その国民統合のありかたは歴史的にどのように捉えられるべきなのか。さまざまな問いがここに包含されているように思う。


何か中途半端な感じはするが、とりあえず今日もここまで

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