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zoom RSS 【良い支援?】メモ その1

<<   作成日時 : 2011/07/28 13:27   >>

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良い支援?―知的障害/自閉の人たちの自立生活と支援
寺本 晃久 (著), 末永 弘 (著), 岩橋 誠治 (著), 岡部 耕典 (著)

基本的に知的障害の人の自立生活をめぐる話だが、多くの示唆がある。


立命館大学の生存学のサイトに詳しい紹介がある。
http://www.arsvi.com/b2000/0811ta.htm

ここに掲載されている以下のようなキャッチコピーが本書をよくわらわしている。
「大変だ」とされがちな人の自立生活を現実のものとしてきた、歴史と実践のみが語りうる、
常識に凝り固まった支援は通用しない!
当事者主体って? 意志を尊重するって?「見守り」介護って?
知的障害/自閉の人の〈自立生活〉という暮らし方がある!


よくみたら、上記にも「まえがき」(寺本さん)があったが、以下は、ぼくがタイプしたもの
ぼくたちが「自立生活」と言うとき、世間では「重度の」と言われる人も当然含まれます。/「支援」があれば誰でも地域で自分らしく生きられる。できないのは支援が十分でないから、ということでしかありません。4p


…奇妙な本です。すぐに役に立つような事例集やマニュアルではありません。…「言いっぱなし」なとこ ろがあります。…療育の場面では…「あるべき姿」や「守るべきルール」があり、そこに適合するよう…。社会の常識に乗れるようにすることが「良い支援」なのでしょうか。5-6p


もちろん、生きていくために一定の教育やルールを守ったりすることや、コミュニケーションを容易にしていくことはあると思うし、そのことで楽に生きられるようになるという面もあります。ただ、ぼくはルールを守ることは生きていくための手段に過ぎないと思うし、ルールを守ることが先に来てしまうことが、現実的には必要なことはわかりつつも、いつも気になってしまいます。さまざまな常識的な対応の狭間で逡巡するとや、どうしても「正しさ」からはずれてしまうところに、せつなくなるとともに応援したくなってしまうことがあります。6p
このあたりはけっこうプロヴォーキングな話でもある。そして、ある意味ラディカル。

さらにグループホームも寺本さんは批判の対象にする。
・・・グループホーム(生活寮)も増えてきました。以前のように、社会資源といえば入所施設しかなかった時代ではなく・・・。入所施設でもデイサービスを用意して地域に暮らす人を受け入れたり就労支援をしたりするようになりました。

けれども、そこでは依然として入所施設を頂点とする「ハコ」が前提であり。「ハコ」の中で多数の障害者を集め、少数の健常者が彼らを制御する、そうしなければやっていけない空間であり、集団への支援がモデルとしてあります。障害者運動が批判したのは、そのようなあり方=構造だったのではないでしょうか?
大筋では、こういう批判はまっとうなのだろう、とも思うけれども、その「ハコ」をなんとかしたいという思いもあり、そこで努力してる人がいることも知っている。(自分をそこに入れるのは、違うと思うけど)。そのあたりの努力があることは承知なのだろうし、実際、この本のなかにもグループホームを使ったりする場面もでてくる。それでも、現状では、まず、ここを前書きできっちり批判しておく必要があるのだろう、とぼくも思う。

ただ、この知的障害者の自立生活の話を読んでいて、思ったのは、彼らの「親密圏」をどう考えたらいいのだろう、ということ。結婚できて、したい人はすればいいし、パートナーを見つけることができる人はパートナーを見つけて、「親密圏」をつくればいいと思う。

しかし、それがなかなか難しい人たち、ということもできる。施設より、彼らなりの「自立生活」がいいのは前提だが、生活する場所が親密な空間であることもまた、人によっては大切なのではないだろうか。

ここで、イメージしているのはラルシュなのだけれども、もちろん、ラルシュが「ハコ」としての弱点を克服してるとは言わない。しかし、親密な空間であることをめざしていることは間違いない。それは確かにパターナリズムと隣り合わせの危険をもつが、その危険で言えば、知的障害の人の自立生活にも質は違うが、同様のことがいえるのではないだろうか?

また、親密な空間をどのようにすれば形成できるのか、ということも大きな問題だと思う。ラルシュはそのコミュイティを支える根っこの部分に「信仰=何かを信じること」を置いた。これは日本以外のいくつかの社会では、けっこう普通だが、日本社会では少し特異だ。しかし、そういう根っこがコミュニティを支えているという面は確かにある。親密圏を支えるスピリチュアリティという問題は、この障害者の問題という側面を越えて、もっといろんな側面から検討される必要があるのだと思う。


ぼくたちは、既存の知的障害者福祉(つまりはハコを前提とすること)ではなく、自立生活運動の延長にある支援・介助とも重なり/けれども必ずしも同じではないような、「何か」を打ち立てられないかと考えています。
9p


これって、けっこうすごい宣言なんじゃないかと思った。

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内 容 ニックネーム/日時
初めまして。当方、その「重なる/けれども…同じではない『何か』」というやつ(たぶんそれに当てはまるであろうこと)を実践して参りました。そして、当事者(中軽度発達遅滞で自閉症)の我が子が24歳になった今も続いております。その「…というやつ(たぶん)」とは
失笑されるかも分かりませんが、このカテゴライズを取っ払うこと。障害じゃない、自閉症でもない。個人差の範囲の苦手(不得意)で究極の男脳(左脳優位?)です。
抜粋の後方にルールがどうのとありますが、彼ら当事者さんがルールを守れない(苦手である)のは持って生まれた障害ではなく、そのように(障害などとされてしまう、現代社会に於いて圧倒的不利な個性を抱えて)生まれたことにより不等な扱いを受け続けたその結果(二次的三次的障害です。つまり、ルール(モラル)を先に破ったのは親を筆頭とする(彼らにとっての)他者=相手の側なのでして、
ルール違反の連続の非道の中で、人権侵害的指導訓練(という名の体罰と拷問)を受けて(非人道的に)育てられれば誰だって、ルールなど守れません(野人となる)。いいえ、モラルやマナーに反した育て方をされたなら、それ(モラルやマナーに反して生きる)がルールだと受け取るでしょう。ならば、彼らはされてきたことをしっかり模倣してその「ルール」を守って生きていると言えます(ませんか?)。
ただ、上手く真似(模倣)られず「コラッ!」との叱責を「ギャーッ!」と発音してしまう(という難点は持って生まれた個性に起因するところが大きい)。ですがこれは、音痴の人が「与作」を北島三郎さんのように歌えないのと同じ原理(理屈)で、それだって、良い歌唱指導を受ければそれなりに上達するし下手でも味のある「聴かせる」歌いもあるわけで。なので「起因するところが大きい」としました(大きいが全てではなく、指導その他で上達は可能だということ)。続く
猫型思考
2011/09/06 03:43
猫型思考さん
コメントありがとうございます、とはいうものの、もう半年以上たっています。
すみません、このコメントに気がついてませんでした。続きが読みたいんですが、・・・。
tu-ta
2012/05/11 03:55

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