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zoom RSS 「SST批判」について《精神医療論争史 : わが国における「社会復帰」論争批判 》から

<<   作成日時 : 2011/07/20 03:34   >>

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精神医療論争史 : わが国における「社会復帰」論争批判
浅野弘毅 著 批評社 2000 (メンタルヘルス・ライブラリ- ; 3)
の15章「生活技能訓練(SST)の陥穽」にSSTの問題が詳しく書かれている。ここから引用とメモ。

この章の冒頭には以下のように書かれている。


1●SSTの普及


近年、わが国では生活技能訓練(SST)が急速に普及している。精神病院における開放化運動の高揚が去った今、導きの糸を見失いつつある医療従事者に光明をもたらすものとして大いに歓迎されたものである。

ところが、1994年の診療報酬改定で入院生活技能訓練療法が点数化されてから、現場の混乱は深刻となっている。

退院の目処がまったきたたない長期在院高齢患者が日課のごとく、SSTのセッションにかりだされている病院。主治医に対して外泊許可を上手に願い出るトレーニングを真顔で繰り返す病院。歯磨き・洗面を指導し・・・散歩に連れ出してもSSTと称して診療報酬を請求している病院。疑問を感じた看護師の問いかけが圧殺されている病院等々。


そのような現状に対して、伊藤(哲寛)は「SSTの保険点数化によって、精神病院の治療構造の枠組みが変革され、入院患者の治療やリハビリテーションが大幅に改善されるであろうと考えるのは楽観的すぎるかもしれない。点数化の枠組みが・・・むしろ簡単に形骸化する危険性をも孕んでいる」と批判している。

2000年に書かれた本。11年経って、状況が変わっているのかどうか、ぼくは知らない。また、この著者のSSTに対する評価も、いまひとつ見えにくい。とりあえず、ここで指摘されるのはSSTそのものの問題ではなく、保険点数化に伴う問題だ。



4●SST批判

・・・
小出(浩之)は精神病理学の立場から、3つの次元でSSTを批判した。まず第1は、理念についてである。「患者はー病前からかどうかはともかくー認知に障害を持つ者であるという見方は、得てして患者を自分たちよりも劣った者とする考え方に傾きがちであり、患者に対しては劣等感を抱かせがちである。我々だけが正しく他者の欲望を認知しており、患者は誤った認知をしているのではない。ただ我々は間主観的な認知の仕方、つまり文化によってあらかじめ習慣的に決められた認知の仕方からあまり大きく外れていないというだけのことであり、どちらが正しいという問題ではない。この点を念頭に置かないと認知行動療法は、まるで動物園の訓練のように変質してしまうことになる」

第2は、患者の選択の問題である。・・・「他者の欲望に直面することを避け、自閉という殻に閉じ籠もることによって、やっと再発をまぬがれている患者の場合は、この治療法のように他者の欲望に無理やり直面させることは、再発を引き起こす可能性が高い」

第3は、画一性についてである。「もし分裂症の障害を画一的なものとみなし、画一的な『治療』が行われるとしたら、それは患者の尊厳に対する冒涜であるのみならず、知らず知らずのうちに患者の弱点に触れ、患者を再発へと追い込んでいく危険がないとは言えない。・・・



SSTの批判としては、とても不十分というか、そのあたりの危険を回避できれば、やはりSSTはとても使えるというレベルの批判ではないかと思う。

第1の批判については、確かにそういうSSTが主流だろうが、具体的な場面でのSSTを行えば、精神病患者であろうとなかろうと、より豊かなロールプレイができそうな気がするのだが、どうだろう。

第2の批判の「他者の欲望に無理やり直面させること」への配慮というのも微妙な問題を孕んでいると思う。そういう言い方で、閉鎖病棟が肯定されてこなかっただろうか?

第3のSSTと画一性については、著者が何を主張したいのかわからない。

次に高畠(克子)による類似の批判が紹介される。

疑問の第1は、SSTを支えている精神病者観である、治療者が患者のネガティブな面、欠けた面をアセンスメントすることに始まる精神病者観である。訓練の中身が、第2の疑問である。慢性分裂病患者の『生活障害』なるものは、管理的な治療環境、制限された人間関係、社会的スティグマ、病気による失意と絶望、未来志向性の欠如など様々な要因が絡み合って出現していると言える。だとすればこれらの要因を呪縛と捉え、そこからの解放を志向するほうが根本的な解決とは言えないだろうか。第3の疑問は効果評価の問題である。学習された行動が、その後の現実生活の中でどのように般化されるかについては疑問が大いに残る



第1の疑問、さきほどの小出さんの批判とあわせて考えると、そういうSSTが蔓延してるだろうということは容易に想像できる。確かに、その問題は大きいのだろう。

第2の疑問、確かにそれらの呪縛からの解放をめざす社会運動はとても重要だと思う。それがあまりにも忘れ去られている現実はある。しかし、それだけで終わる話でもない。

第3の疑問、だめなSSTに効果がないのは当然だろうなぁと思う。

次に第17回日本社会精神医学会のシンポジウム「SSTと精神科リハビリテーションの新たな発展」での話が紹介される。ここで野田(文隆)は北米型のアサーティブネスではなく、言語の裏に潜んだコミュニケーションまで読み込んだ日本型アサーティブネスを引きだしていかねばらなないと主張したという。これは難しいだろうなと思う。確かに必要な話なんだろうけど、とりあえず、言語レベルでのアサーティブネスがあればいいんじゃないかとも思える。

この次に紹介される猪俣(好正)の9点にわたる整理も興味深いのだが、ぼくにはわからない点も多い。ここで彼は「構造化されたSSTのみをSSTと読んで、生活指導・しつけを中心とした生活療法とは歴史的に区別すべき」と主張している。生活指導やしつけと区別されなければならないというのはよくわかるが、「構造化」というのはどのレベルまでのことをいうのだろう。それにしても、このような主張があるということはSSTと称した院内管理のための生活指導やしつけが蔓延しているということなのか、と思う。


最初に著者の主張がよくわからないと書いたが、

最後の《5●社会的不利》という部分にやっと著者の意見が出てくる。ここで展開されるSST批判は問題の提出の仕方にちょっと異論はあるが、ちゃんと抑えるべきものだと思ので、少し長いが引用する。

はたして精神障害者の社会生活上の困難は、患者個人の技能(skill)の問題に還元しうるのであろうか。

いわゆる生活障害の改善は、精神障害者の社会的不利(handicap)の改善につながるであろうか。

SSTでは個人の家庭生活や社会生活への適応が重視されるが、家族を含めた社会の個の態度変容を不問に付していいのであろうか。

人間の対人交流はきわめて状況依存的であり、その場の文脈しだいで会話の内容も態度も違ってくる。対象との関係性が反映しているのであって、そうした流動性こそが人間のありようとして自然である。

そういうことと無関係に、常に相手の目を見て、手振りを加え、身をのりだして、明るい表情で、はっきりとした大きな声で話すことが自然なことなのか考えてみる必要がある。

ところで、リハビリテーションの根幹に据えられるべきは、精神障害者の側のみでなく、関わる側を含めて両者がともに変わりあうことである。「自己開示の練習は患者ばかりでなく、スタッフにまず必要な訓練かもしれない」と前田(ケイ)も指摘しているとおりである。

お互いが変わりあえるような関係を築くには、その前提として、生活の共有ないしは生活感覚の共有がなくてはならない。

(略)

しかも、課題の設定が入院生活を前提に、あるいは精神障害者の現在の生活を前提にして行われるため、きわめてステレオタイプ化している。・・・。ところがステレオタイプ化した課題のわりに評価は非常に細かく実施されている。SSTとその評価はますます精神障害者の生活を矮小化して行くことになってしまわないか。

訓練の課題を設定する前に、われわれは精神障害者である彼/彼女の生活について何を知り、何を共感できるのかを問わなくてはならない。


「精神障害者の社会生活上の困難は、患者個人の技能(skill)の問題に還元」できないなんてことは、前提のなかでも前提じゃないかと思うのだが、これをあえて言わなければならない精神医療の現場の実情があるのだろうか。

社会の問題は問題として、きっちり取り組む。しかし、その社会で生きていくうえで、skillが必要ということなのだと思う。精神障害者を排除する価値観に固められた社会(家族を含む)への異議申し立てという視点を欠いたSSTに問題があるというのは、その通りじゃないかと思える。

ここでの批判は現行の医療モデルにもとづく、現行の精神医療の規範に従って、SSTをやってもダメなんじゃないかという風に言い換えることが可能だと思う。


P.S.
そういう点からも『発達障害チェックシートできました』での、すぎむら なおみさんのSSTの評価などはまっとうだなと思う。( http://tu-ta.at.webry.info/201107/article_6.html で紹介してる)

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