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<<   作成日時 : 2012/11/05 19:34   >>

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いつだったかの季刊ピープルズ・プランに書いた講座の報告
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「八二年『反核フィーバー』とは何であったのか」(「運動史から振り返る原発と原爆第2回」)講座報告

3月17日連続講座の第2回「八二年『反核フィーバー』とは何であったのか」を開催した。この連続講座の趣旨と第1回の報告は前号で山口さんが詳しく報告しているので、それを参照して欲しい。

最初にグリーナムコモンにおける女性を中心とする反基地・反核兵器ののびのびとした闘いのビデオを上映し、その映画の日本語版を製作し、ナレーションも行った近藤和子さんによる解説があった。続いて菅孝行さんが、文学者反核署名の話を中心にその署名に賛同しつつ批判した経過について問題提起を行った。当時、それに関する座談会を行った天野さんとのやりとりの中で、文学者反核署名の性質、故吉本隆明の『反核異論』とは何であったのか、などが立体的に浮かび上がってきた。

内容を詳しくは紹介できないが(後日、何らかの形で公表される予定とのこと)、文学者反核署名自体が全国民を包含するような翼賛会的な性質を持っていたという問題点と、また対抗言論としての『反核異論』が一定の真実を含みつつも、運動状況に背を向け、基本的には無内容なものだったということ。それらの議論自体が82年の『反核フィーバー』全体を照射する内容になっていた。

東京だけで何十万人もの人が集まった、あの『反核フィーバー』。今思うと、文字通り熱に浮かされたようなあの反核運動が、多少の前進はあったがすべての核兵器廃絶に向かうことはなく、日米安保も反原発も問わず、一時のエピソードのような形で終わってしまったことを、現在の反原発運動と重ね合わせて考える必要があると思う。

脱原発運動は一義的には原発の停止・廃止を問題にする運動だが、私たちは従来取り組んできた安保や沖縄、あるいは天皇制の問題とその脱原発を別個に語ることができるだろうか。脱原発を結集軸とした幅広い集まりはすごく大切だが、それを追求しながらも、日本社会のあり方を考え直すさまざまな課題の闘いの中で位置づけ、展望していくこともまた大切だと思う。時に矛盾するその両者を、運動のダイナミズムの中で考え続けることが必要とされていると感じた。

〜〜〜採録ここまで〜〜〜

何か一般的な 方向へ逃げてるような文章でもあるが、ま、限られた字数だし、ということにしておこう。

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