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zoom RSS 『「原発避難」論』メモ

<<   作成日時 : 2012/11/15 06:23   >>

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「原発避難」論
避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで
山下 祐介 編著 開沼 博 編著

添付の書影のように本の表紙(背文字も)のタイトルには「」がついていないが、出版社のWebでの紹介のタイトルには「」がついている。
アマゾンにも。どっちが正しいんだろう。 http://www.akashi.co.jp/book/b99899.html 参照

これは『フクシマの正義』に山下さんと開沼さんの対談があり、読みたくなって借りた本。

図書館で借りた本には帯がなかったので、小熊英二さんが書いてるのを知らなかった。
帯には以下のように書いてある。
希望と絶望、
書いておかねば
ならないないこと。

何が起きたのか、何ができるのか、現場に密着した気鋭の学徒たちの試み。


この本に関する目次などのデータは最後に張り付けておきます・





「第1章 東日本大震災と原発避難――避難からセカンドタウン、そして地域再生へ(山下祐介)」の「2 多様化する避難」で、原発避難者についておおまかに3つの区分を行う。
1、直接避難区域からの避難
2、福島県からの自主避難
3、関東からの自主避難

例えば2や3の人は避難の権利を主張するけれども、1には「避難しない権利」を主張する人もいる。

しかし、そこには共通するものもあるという。
避難者たちからはっきりと提起されている重要な課題として、2点があげられている。
1、情報の不在
2、責任の不在

情報の不在に関して言えば、情報がなかったわけではない。
事故直後から政府とその意を受けた大手メディアはほぼ一斉に事故の被害を小さく見せることに苦心した。その結果起きたのは情報への信頼を損なったということであった。民主党政権と大手のマスコミはこの問題に関して、ちゃんと反省しなければならないと思うのだが、それはあまり見当たらない。
国会事故調あたりの記録はどうなっているのだろう。しかし、かなり信頼できる国会事故調の記録、ほとんど生かされていないように感じる。

そのあたりのことを山下さんは以下のように書く
・・・この事故がなぜ生じたのか、事故の影響はどこまで及ぶのか、そして取り返しのつかない事態のなかで、それでもなお取り戻せるものをすくい出し、それをいかに回復させていくのか、現場検証と原状復帰、そして新たな復興への模索がなされなければならない。
おそらく、社会的・文化的に持っているこの災害の意味を、私たちは十分に理解しなければならないのだろう。そしてそれはまだなにも行われていない。私たちはこの事故を、今もなお既存の社会的枠組みのなかで考えようとしている。・・・法的制度・・・経済効率的な角度・・・。この事故をもしかするとつくりだしたのかもしれない、この既存の思考法から、私たちは早く脱しなければならない 28p


しかし、今動いている補償の議論ではそのようなことは考慮されず、ただ金銭的な賠償だけが取り沙汰されている、と山下さんはいう。
しかし、既存の思考法からの転換はそんなに容易な話ではないだろう。そもそも被害を受けた当事者にだって、なかなかそれを受け入れられないのではないか。山下さんがここで書いていることにぼくは大いに合意するのだけれども、その転換がどのように図られなければならないかという点については、残念ながらなかなか展望を語れない。


そして、責任問題について、彼は以下のように書く。
避難も落ち着き、一時的な小康状態にある現在は、問題は潜在化しており、責任はもはやこれ以上追及されずに終わってしまう可能性もある。だが、責任論の欠如は、倫理の欠如につながり、はては秩序の崩壊につながるだろう。29p


そして、山下さんは大きく問題を立てる。
「この事故・災害が問うているのは、この事故・災害はいったい何なのかを見つめるための認識のあり方である」

この災害はいったい何を問うているのか。そうした認識を問うことは、国や東電の責任を問うとともに、それを越えて、メディアや科学、教育や経済界、法曹界を含めて、私たち国民の日々の暮らし全体にも、猛省をうながすことでもあるはずだ。だがこうした問いかけから、多くの人々がこれまで身を引いてきた。30p

山下さんは東電や政府、そして原子力の研究者やそれ以外の専門家がこの問題から「避難」してしまっている、という。そして、ボランティアや市民活動もそこを避けているのではないかと。

「・・事故現場からだけでなく、問題そのものからみな避難してしまっているので、責任が不在なのである」31p と書かれている。

そして、山下さんは「4 再生と復興への道―地域再生基金とセカンドタウンを軸に」のなかで、「支援が向かうべきもの――選択肢をひろげること」として、この地に戻る、あるいは、別の場所で生きる、両方の選択肢、あるいはその間にあるさまざまな選択肢が準備されるべきだとした上で、以下のように問う。
「とはいえ、選択肢を広げるとして、どこにその希望があるだろうか」
そして、以下のように続ける。
希望はやはり、この日本社会を根本から問い直すところにあるだろう。そしてそれはすでに震災前から言われ続けてきたものであるはずだ。ここでは、「新しい地域市民社会」「新しい自治体」「新しい地域経済」の三つを提起し。その相互関係に注意を与えておきたい。45p
とのこと。

これ以降のところで、この3つの提起を行ったあとで、山下さんは
「この事故が問うているもの、壊したものを考えていくと、ゆきつくところは地方の自治と自立の問題になる」50p
と書く。
そして、それが福島だけの問題でないと書く。そして以下のようにいう。
・・・80年代以降の公共事業はみな、自治を放棄し、リスクを引き受けることで巨大利益を享受する。国からのそうした「うまい話」は、多くの自治体が大なり小なり経験しており、しかもその多くが2000年代までに破綻し、大きな負債となってきた。しかも巧妙なことに、それを企画し持ち込んだ者の責任は問われないまま、各地域がその負債を引き受け、それが大方の地方財政危機の原因となっている。国はそれを新たに「支援」しているが、支援を受ければ受けるほど、自治・自立の確保はさらに難しい状況に追い込まれてく。
今回の原発事故避難区域もまた、復興支援を契機にして、そうした国への従属化をさらに強める可能性を多分に秘めている。そしてその従属化は、人々の自立を妨げ、結局は地域再生を叶わぬ夢にするだろう。これに対し、いかにして避難した人々の暮らしや健康を重視した、自治ある地域再建・復興が描けるのかが問われている。自立した地域経済と地方行政、そして互いに助け合う市民社会の実現、おそらくそうした当たり前の社会の理想像をないがしろにしてきたところに、今回の事故の遠因があった。そであればこそ、そこから脱する道を探ることが、私たちに課せられている最大の課題になるはずなのである。51-52p




「第2章 ある聞き書きから――原発から追われた町、富岡の記録(山下祐介・吉田耕平・原田峻)」では「4 希望はどこに?――原地帰還とセカンドタウン」が興味深かった。

セカンドタウンについて、東電や国の補償の枠組みが「健康も、精神的苦痛も、大切な家族や友人たちとの別れも、涙も、怒りも、みな「カネ」に変えるだけのものだ」と批判した上で、以下のように書かれている。
 もし、本当の意味での「真の補償」が実現するとすれば、それは、・・・町やコミュニティが、そしてまた家族や人間関係が、ないより健全な身体が、次世代にわたってきちんと引き継がれるような、大きな仕掛けのものでなければならない。セカンドタウン構想はそのために必要な、貴重なアイデアを示しているのである。87p


また、「第3章 全村避難をめぐって――飯舘村の苦悩と選択(佐藤彰彦)」「3 避難の過程で変容する村民の不安・悩み・憤り」の聞き書きの部分、
ここはいろいろあって、長くて、タイプできないけれども、多くの人に読んでもらいたいなぁと思わせる部分だ。

とりわけ109-110pの斎藤シノブさん(仮名)のものとか、116-119pにかけての石田孝夫さん(仮名)のものとか、あるいは村長の方針をめぐるやりとりとか。

そして、この章の最後に佐藤さんは以下のように書く。(適当に抜粋してまとめたもの)
(飯舘村では)政治や経済の大きな流れに〈取り込まれ〉ている状況を批判しながら、ときにそれに身を任せたり逆手に取ったりしながらより(国や県の)政策や制度を自分たちの地域に〈適応〉させてきた。この村に〈自主・自立〉が存在したとすれば、それは〈生活〉と〈システム〉のせめぎあいの中から生まれてきたように思える。そして今、計画的避難をめぐる苦悩と選択を迫られるなかで、再びその兆しが見え隠れしている。132p


この山括弧は本にあるそのままなのだけれども、それにどんな意味を持たせているのかは気になるところ。こんな風に山括弧が使われるようになったのはいつからだろう。〈帝国〉は有名だけど。

そう、上記の文章だが、飯舘村が現在の政治や経済のメインストリームに背を向けて、独自の村のありかたを模索してきたことは「までいの力」などを読むとよくわかる。そして、この章の村長批判を読むと、それが素敵なものだったが故に現在にもたらす功罪も見えてくる。ともあれ、飯舘村の〈自主・自立〉が(ぼくはそれなりに存在していたと思うのだが)「〈生活〉と〈システム〉のせめぎあいの中から生まれ」その中に存在していたということは間違いないと思う。ただ、この章を読む限りでは「その兆し」がどのあたりに見え隠れしているのか、ぼくには読み取れなかった。そういう風に書くのであれば、そこも明示的に書いて欲しいと思った。



4章(原発避難と家族――移動・再会・離散の背景と経験(吉田耕平))では直接避難区域における「家族」、とりわけ「避難過程」におけるそれについて記述がなされる。原発避難と家族という切り口はとても大切だし、当然、考えられなければならない課題だと思う。そして、この章でもさまざまなことが語られているのだが、正直、少しもの足りない感じもした。ほとんどの家庭が血縁とか婚姻関係で結ばれているのだし、だから、現場を調べれば、当然にもそれが対象になるのだろうが、個人的にはどうしても、それを相対化する視点が欲しいなぁと思ってしまう。
親密圏としての家族と避難の問題をどう考えるかという点でも、ちょっと物足りなかった。現状のレポートはあるのだけれども。もしかしたら、ぼくが読み落としているだけかもしれないけど。

また、避難所での家族という境界線の内と外での微妙な問題なんかもありそうな気がする。
さらに血縁・婚姻関係ではない新しい家族と避難の関係なども考察してあればいいのになぁと思ったのだった。
っていうか、この章には付箋が残ってなかったので、メモができないだけでもあるんだけどね。



で、5章と6章にも付箋は残っていない。それなりに興味深い話ではあるんだけど。
第5章 大規模避難所の役割――ビッグパレットふくしまにおける支援体制の構築(須永将史) 第6章 首都圏への遠方集団避難とその後――さいたまスーパーアリーナにおける避難者/支援者(原田峻)


7章(「ホットスポット」問題が生んだ地域再生運動――首都圏・柏から岡山まで(宝田惇史))では「おいでんせぇ岡山」の紹介が興味深かった。
以下のように書かれている。
「支援」という言葉を堅苦しく捉えることなく(ただし、これは決して責任感が薄いという意味ではない)、無理なく、できることを長い目で見て、やっていく。避難者も「お客様」ではなく、主体的に動いていってもらう「仲間」と捉える。避難者のことを何から何まで面倒を見るということはあえてしない。それは、結局、いつまでも避難者を後ろ向きの気持ちにさせてしまうのではないか。295p

これって、とりわけ耳新しい話ではない。障害者問題でも、開発援助でも古くからいわれてきたことだ。しかし、ここで繰り返されなければならないくらいに、そのパターナリズムのような支援・被支援関係がまだまだ残っているのだろうと思う。


8章(いわき市における避難と受け入れの交錯――「オール浜通り」を目指して(高木竜輔))の付箋は事実関係と数字。3つの避難区域
1、警戒区域(20km以内)
2、計画的避難区域(南相馬市の一部、葛尾(かつらお)村、飯舘村、川俣町の一部)
3、緊急時避難準備区域
これら3つの区域に含まれる自治体は12市町村、避難者は約14万4000人…。
これだけの人が家を追われ、多くはいつ帰ることができるかもわからないということが原子力発電所のとりかえしがつかなさの証左だと思う。


9章(「難民」として原発避難を考える(開沼博))で最後になってようやく開沼さんがでてくるのだが、ここで出てくる開沼さんは、社会運動に対して斜に構えた感じは前よりは薄い。
そういう部分もないわけではないか。

まず彼はタイトルは明確に、しかし本文ではあいまいに、「難民の時代」と問題を立てる。
そして「ここで議論されるべきものは3つある」(334p)と提起する。
ひとつは国家
もうひとつは科学
3つ目として、国家・科学というフィクション性をもった近代の産物」を参照しつつ存在してきた共同体

国家に関して、以下のように書かれる。
・・・、3・11以降の国民に対する情報統制と強制力のなかでことが進められたプロセスは、国家への信頼を少なからず変質させた。チェルノブイリ事故による国家への信頼の崩壊がソ連の解体に少しずつつながったことはたびたび指摘されることだが、「民主的である」と信じられてきた日本においても同様のことが、否、むしろ「民主的であるかのような」表皮を巧妙にかぶせた上でなされていた点においてはよりたちの悪いことが、実際に起こっていてそれが明らかになったという事実。それは多くの者の「国」に対する向き合い方を変えるものだった。334p


そして、開沼さんは9・11後の米国の対応と3・11後の日本政府の対応を比較する。前者は強く民衆を凝縮させファシズムと見間違うような状況を作り出したのに、後者は「ただちに健康に被害はない」というアナウンスを繰り返し、国民の不信感を増大させた。そして、このクライシス・マネジメントの上手さ・下手さという「瑣末な」軸での成否においてのみ国家が実体を保ちうるというようなことが現代の「国」のありようであり、そのフィクション性が現実の問題として明確にわたしたちの前にたち現れた、と書く。そして、【私たちが「国民」でいられなくなる中で私たちはいかなる「民」であればいいのだろうか】と問う。
《「国民」でいられなくなる中で》というのはちょっと言い過ぎじゃないかとも思えるが。

342pでは避難を求めることは「慎重な基準と慎重ではない基準があったならより慎重な基準を適用しようという考え方に基づいて今のうちから将来の健康被害を避けるべきという前提に立てば、それは圧倒的に『正しい』ことだし、当事者以外のものによって軽々しく否定されるべきことでもない」とした上で、以下のように書く
・・・逃げたくたくても逃げられない、あるいは逃げる必要性を感じないものがそれ以上にいることも事実だ。避難が絶対善とされた時、それが彼らにとっていかなる意味を持つのかについても常に配慮しなければならない。様々な条件を踏まえた上でなされた「そこに生きる」という選択が、意図せずとも外から押し付けられた「原発避難をすべき」という絶対善にそむいてしまう。「逃げるべきなのに逃げていない」自分が悪いことをしているという負い目を感じることにつながっていく。ただでさえ被災者であるにもかかわらず、その上に心理的ストレスを構造ができあがっているのは、現地に行けば随所で実感できることだ。


ここには、一筋縄ではいかない複雑な話が含まれていると思う。ぼくは個人的には、とりわけ子どもは慎重な基準を適用して逃げて欲しい、逃がして欲しいと思う。この逃がしにくい状況をもっと逃がしやすいものにして欲しいと思う。それは必要なことであるはずだ。せめて、年に数ヶ月だけでも、避難できればいいと思う。

しかし、それは「避難は必要」ということを強調することにつながることもあるだろう。そういう環境ができた上でなお、「子どもを避難させない」という選択肢を選ぶとすれば、それはそれなりの覚悟をもってやることが必要といえるかもしれない。

現在の問題は、そういう逃げやすい状況が準備されていないということだ。 そんな中で子どもを避難させることができない人を責めるのは問題があると思う。逃げられない人を非難しない形で、そういうことをすすめられたらいいと思う。

そして、この章の最後に開沼さんは、「この原発避難の問題を考え続けることが、原発問題にとどまらず、現代社会が抱える多くの問題にも共通するものがあり、その意義は大きい」という。そういう面はあると思う。



そして、あとがきも開沼さんが書いているのだが、ここには「フクシマ」論に書いたように「外部者と当事者との間に存在する溝とそこで生じ維持される問題のあり様にも通底するものが避難の問題をめぐっても生じている」とことわって以下のような記述がある。
当事者にとって、その課題がいかに見えているのか、そこを弁(わきま)えることなく誤った前提で外部者が容易でパターナリスティックな解を出して、それを当事者に押し付けることは問題を温存するどころかむしろ悪化させすらする。そこに転がる重層性を丁寧に掬い取ることから逃げずに今後の避難。あるいは原発事故や震災全体への対応がこれからも模索される必要がある。363p

〜〜〜
ここが開沼さんが一貫して主張している部分でもある、といえるだろう。 これだけ抜き取ると、それはその通りだといわざるを得ないような気がする。開沼さんへの大きな違和感は、その問題に対して対応する責任がある直接的な加害者である東京電力と、この間、原子力推進ばかりして、その規制を一貫してサボタージュしてきた政府にぶつけること以上に大きなスペースを割いて、社会運動にぶつけていることだ。確かに社会運動内部にも 「容易でパターナリスティックな解を出」す傾向がないとはいえない。そこは反省すべきだろう。
しかし、基本は責任主体に対して「避難に関する義務を果たせ」というところに置かれるべきだと思う。




ともあれ、全体を通して興味深い本ではあった。原発避難の問題からみえてくることはたくさんある。



http://www.akashi.co.jp/book/b99899.html から

山下 祐介 編著
開沼 博 編著


内容紹介原発事故を受け約15万人が福島県内外に避難し、今も帰る見通しが立っていない。置かれた状況は多様であり、問題は深刻化している。長期的避難を前提とするセカンドタウン構想をも視野に入れながら、見えざる難民たちの実像を追い、故郷再生の回路を探る。


目次
まえがき(山下祐介)

第1章 東日本大震災と原発避難――避難からセカンドタウン、そして地域再生へ(山下祐介)
1 原発事故と避難問題
2 多様化する避難
3 時間が経過する中で
4 再生と復興への道―地域再生基金とセカンドタウンを軸に
5 福島第一原発事故の収束が目指すもの―次の大災害への事前復興として

第2章 ある聞き書きから――原発から追われた町、富岡の記録(山下祐介・吉田耕平・原田峻)
1 富岡から川内へ――3月11日〜3月16日(緊急期1)
2 大規模避難所、ビッグパレットふくしまでの苦悩――3月17日〜4月21日(緊急期2)、4月22日〜8月末まで(避難所生活期)
3 長期化する避難の中の課題――避難長期化期へ
4 希望はどこに?――原地帰還とセカンドタウン

第3章 全村避難をめぐって――飯舘村の苦悩と選択(佐藤彰彦)
はじめに
1 飯舘村の概況と村づくりの経緯
2 村にとっての東日本大震災と原発事故
3 避難の過程で変容する村民の不安・悩み・憤り
4 計画的避難――その前後をとおして見えるもの
おわりに

第4章 原発避難と家族――移動・再会・離散の背景と経験(吉田耕平)
はじめに
1 原発避難における家族
2 「なーんにもやれね。畑も田んぼも、だめだ」――赤井さんの家族・親族
3 「しかたなく」、「われわれはてんでんこなのさ」――柿崎さんの家族・親族
4 「帰りたい」「帰れない」「私たちはここに住む」――斉藤さんの家族・親族
5 家族における原発避難

第5章 大規模避難所の役割――ビッグパレットふくしまにおける支援体制の構築(須永将史)
はじめに
1 郡山市民の被災と支援――緊急放送/傾聴ボランティア/物資支援
2 社協職員――避難者/支援者 3 県外からの支援者――中越防災安全機構
4 ビッグパレットふくしま以外の郡山市内避難所
5 女性専用スペースの成立
おわりに

第6章 首都圏への遠方集団避難とその後――さいたまスーパーアリーナにおける避難者/支援者(原田峻
) はじめに
1 避難所としてのさいたまスーパーアリーナの特異性
2 さいたまスーパーアリーナにおける避難者の特徴
3 さいたまスーパーアリーナにおける支援の特徴とその課題
4 避難者/支援者たちのその後
おわりに

第7章 「ホットスポット」問題が生んだ地域再生運動――首都圏・柏から岡山まで(宝田惇史)
はじめに
1 私と3・11――発災直後の行動と心境
2 首都圏の「ホットスポット」問題
3 柏市における「ホットスポット」問題への取り組み
4 「おいでんせぇ岡山」について
5 シェアハウス「やすらぎの泉」が生んだ新たな絆
6 リスクをいかに認識するか
7 自主避難者を取り巻く今後の課題
おわりに――新しい価値観の創造へ

第8章 いわき市における避難と受け入れの交錯――「オール浜通り」を目指して(高木竜輔)
はじめに――原発災害から半年後のいわき市
1 原発避難地域の半年――その概要の紹介
2 住民移動に追われる行政――楢葉町
3 「まだスタートラインにも立っていない」――広野町
4 受け入れ自治体の苦悩――いわき市
6 浜通りの復興を目指して

第9章 「難民」として原発避難を考える(開沼博)
「難民」の時代に
1 今、原発避難を問うことの意味
2 直後の周辺自治体
3 集団ではない避難
4 避難しない論理
5 多様性への意識

あとがき(開沼博)

概説 原発周辺自治体の避難の経緯(吉田耕平・原田峻)

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