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zoom RSS 『ホロコーストからガザへ パレスチナの政治経済学』サラ・ロイ著 メモ

<<   作成日時 : 2012/12/30 14:54   >>

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ホロコーストからガザへ パレスチナの政治経済学
サラ・ロイ著

来日時の講演などを中心にまとめられた本。
講演や対談記録のほかに解説などが加えられている。


序章

早尾さんの解説のような序章によるとサラ・ロイは
パレスチナにおける「開発」の問題に関して、いわゆる「低開発(underdevelopment)」と、開発を根本的に阻害する「反開発(de-development)」とを理論的に明確に区別する。「反開発とは、強大な力でもって、意図的かつ計画的に既存の経済を破壊することであり、それは、低開発が歪んだかたちであれ一定の経済発展を許容しているのとは対照的であり、質的に異なる」26p

「開発」という言葉のこんな使い方があるのだなぁと思った。この間、フォローしていたのは「脱開発」の潮流で、「開発」という言葉を肯定的に使うこととは距離を置いていただけに、この使い方は新鮮だった。おそらく、パレスチナの西岸やガザでは、イスラエルの経済破壊に抗して、経済の形をつくることが、かなり重要な課題なのだろう。そういう状況では「開発」という言葉を肯定的に使う場面がありえるといっていいのかもしれない。例えば、占領されたパレスチナで「開発ではなく、サブシステンスを」という風にいうことができるだろうか。

早尾さんは上記の引用に、以下のような解説を続ける。 
従来の代表的な理論である近代化論および従属理論が扱えるのは、せいぜい低開発問題までであり、第三世界の後進性や先進国による搾取が主たる分析となる。だがそれでは、イスラエルにおけるパレスチナ占領を分析するには不適切であるとロイは言う。

その第一の理由としてパレスチナと他の第三世界との違いがあげられている。植民地主義的搾取ではその住民の生産力を搾取するので、それは必要なものなのだが、シオニズムにおいて、欲しいのは土地だけ。だから、パレスチナ人の生産力は不要。ここに決定的な違いがあるという。



3章
「対テロ戦争」と二つの回廊

を書いている小田切拓さんはその冒頭で
「反開発」が実践されてきたパレスチナでは、援助が、水のように消えていく。109p
という。
それはそこが抜けた(イスラエルによって破壊された)コップに水を注いでいるよなものだと。
この文脈で日本政府=JICAによる「平和と繁栄の回廊」構想が批判される。
そして、この章の結語では、コップに水を注ぐのではなく、まずコップの底に留め金を掛け、わずかな水でも溜めることに努めなければならない、としている。





第2部1章
ホロコーストからパレスチナ−イスラエル問題へ


これ、日本での最初の講演の記録なのだが、エドワード・サイードの話から始まる。

冒頭から相当に複雑な話がなされる。残念ながら、この講演会に一度も参加できなかったのだが、おそらく、この講演、耳で聞いていてもなかなか理解できなかったかもしれない、と読みながら思えるくらいの話だ。少なくとも、ぼくには難しい。

もう冒頭から、171pにかけて、ずっと複雑な話だ。それに読んでいても追いついていけない。

まず、サイードが亡くなったときに、マフムード・ダルウィーシュが書いた追悼の詩が紹介される。
そこではサイードは自分の遺言は実行不可能だ、少なくとも1世代ぐらいは下がらないと、と言ったという話があるのだが、「不可能」が前面にでて圧倒される。しかし、ここで言われていることは1世代後には、彼の遺言が実現する可能性があるという話でもある。その不可能性が強調されることの意味がまずなかなか理解できない。

そして、例えば、以下の171pの最後のほうから始まる文章、何度も読み返しても、もうひとつ意味が汲み取れない感じがある。
「抑圧する者と抑圧される者が同じ一つの歴史に属する」ことを可能にするオルタナティヴを探究すること。そのこと自体は、批判という行為にもとづいており、それは「まずなによりも理解という行為、自覚という特殊な能力」とエドワードが呼ぶもの、つまり「理解し共感を寄せること」や内的緊張関係に対して敏感であること含む「人文主義的行為」のことなのです。


この後に少し説明的な文章も続くのだけど、難しい。で、これが英語の講演をもとにした起こしだというから、驚く。まず、これを聞いて、日本語にできる人がいることに。だけど、これを聞いて理解できる人ってどれくらいいるのかなぁ?

で、これに続く説明的な部分。
エドワードが主張していたのは、批判の作業は「対抗する流れと、アイロニーと、そして矛盾するものにさえも」取り組むべきだということであり、彼はつねづね、「批判なしの連帯などむしろ批判の終焉を意味する」と警鐘を鳴らしていました。批判という行為が不可欠なのは、それが最初の気づきと、そして理解を経て、最後には和解と解放とをもたらすからです。まさにそれが、「不可能なる合一」において成し遂げられることなのです。172p

この「批判なしの連帯などむしろ批判の終焉を意味する」っていうのを引用したくて、ここに付箋が張ってあったので、長々と引用してしまったのだけど、「批判なしの連帯などむしろ批判の終焉」といのは大事なことなんだなぁと思った。


175pでは以下のように書かれている。適当なまとめ
〜〜〜
現在のイスラエルとパレスチナの紛争ほど、異議申し立ての正当性が試されていることはない。そして、世界が誤ったときに異議をとなえるということの倫理性と重要性こそは、ユダヤ教の教義の核心でもある。また、異議を述べる自由が現在ほど切迫して求められている時代はない。ということは、このパレスチナをめぐる紛争が悲劇的なまでに道徳的奈落に転落しつつある現在、ユダヤ教の核心部分が、つまりホロコースト・サヴァイヴァーの子でもであるということの核心部分が、奈落の底へ転落しているのではないかと少なくとも私には見受けられる 
〜〜〜

ユダヤ教の教義のことはわからないのだが、そうなのか、と思った。サラ・ロイさんはこの本の徐さんとの対談などで、イスラエルと距離を置こうとする在米のユダヤ人(教徒?)が増えていることを指摘している(後のほうで引用を掲載)。イスラエル内部ではどうなのだろう。ともあれ、このようなユダヤ教徒の変化に加えて、欧州の人々の変化、そして、世界中でのBDS運動を進めることと、パレスチナ内部(国外やイスラエルに残るパレスチナ人を含めた)の問題解決の方向性を議論とを重ねて、ロードマップを考えていくしかないのだと思う。

そして、この章に書かれているのは、サラ・ロイさんの家族や親族(父方も母方も)が100人以上、もう、ほとんどといっていいくらい殺されていって、数人しか生き残っていないという歴史。とりわけ176pからが詳しい。

そのサヴァイヴァーの子どもとしてサラ・ロイさんは以下のように自分の家族を記述する。
 私はジュダイズム(引用者注:日本語にしてしまうとユダヤ教になってしまうのでややこしいのだが)というものが宗教ではなく、倫理と文化のシステムとして定義され実践される、そのような家庭で成長しました。私の第一言語はイディッシュ語で、おばとは今でもこの言葉で話します。喜びと楽観主義に満ちた家庭でしたが、時折、悲しみと喪失感が忍び込むこともありました。ユダヤ人の祖国という観念は、両親にとっても重要なものでしたが、彼らの友人たちの多くと違っていたのは、両親がイスラエルに対して無批判ではなかったことです。両親にとって、国家に対して従順であることは、ユダヤ人にとっての究極の価値ではありませんでした。ジュダイズムはユダヤ人の生に関係性を与えます。国境線に従属せず、それを超越する価値や信念に関係性を与えるのです。私の母と父にとってジュダイズムとは、証言すること、不正に怒ること、沈黙しないことを意味しました。それは、共感、寛容、救援、そしてつねに犠牲者の声を聞き取ることを意味しました。・・・過去の記憶が未来の記憶にならないようにするために可能な限りの手立てをつくすことでした。179-180p

ジュダイズムがこんな風にさわやかに国境を越えて、「証言すること、不正に怒ること、沈黙しないこと」を実践したから、欧州で恐れられ、差別されたのかもしれないと思った。(ジュダイズムがそんなものだといままで知らなかったのだが)

そして、その伝統がパレスチナの地に国家を作り、かの地の人々を踏みしだくことで、破壊されていることへの彼女の静かな怒りが、この本の基調低音になっている。


204-206pでサラ・ロイさんが引用している「エルサレムにあるホロコースト博物館」のホロコースト記念碑から自分の祖父の名前を削除することを願い出たジャン=モイズ・ブレベルクさんの書簡、とても読ませる。その結語では以下のように書かれている。
・・・一方であなたは、私の最愛の人物の名前を、イスラエルの中心部にあるヤド・ヴァシュムに書き込んでおきつつ、イスラエル国家は、収容所に入れられていた私の家族の記憶を、シオニズムの鉄条網内に人質として囲い込んでいるのです。権威を標榜しているけれども、日々不正義を繰り返している国家の人質とするために。

 ですから、ユダヤ人の被った恐怖の証言者である私の祖父の名前を記念碑から削除することを大統領閣下にお願いいたします。そうすることで、いまパレスチナ人たちに降りかかっている恐怖を正当化するために、私の祖父の名前がもう利用されないようにしたいのです。



以下、徐京植さんとサラ・ロイさんの対談から。
この徐さんのインタビューはすごいと思った。こんな風につっこめるのかと感動もの。 徐さん、インタビュアーとしてはとても適任だと思った。徐さんの強さがインタビューに向いているのかもしれない。


「後のほうで引用を掲載」と書いた「イスラエルと距離を置こうとする在米のユダヤ人(教徒?)が増えていることを指摘」した部分
・・・もちろん大多数のアメリカのユダヤ人はたしかにイスラエルの政策を支持し、親イスラエル的であり、シオニズムとその目的を支持しています。 ・・略・・

 しかし、アメリカ合衆国にはその他にも、さまざまな名前で呼ばれる、イスラエルの政策に批判的なユダヤ人がいます。異議のあるユダヤ人、進歩的ユダヤ人、自己憎悪的ユダヤ人、などなど。まだ少数派ではありますが、その数は少しずつ増えています。私もそこに属していますが、しかしこちら側のユダヤ人も一枚岩とは言えません。・・・略・・・それでもわれわれのあいだには一つの共通点、共有している信念があって、それはイスラエルによるパレスチナの占領は悪であり、やめなければならない、ということです。また、価値観や信条、倫理体系としてのユダヤ教(引用者注:ここはユダヤ教徒するよりもジュダイズムとしたほうが適当だと思う。略した部分で世俗的な人もいると書かれているのだから)を守るということでもあります。そうした倫理観からこそ、イスラエルの政策は許容しがたいし、またユダヤ教(引用者注;さっきと同様)の名のもとで占領行為がなされることを認めない、という立場です。

 こうした立場のユダヤ人は、アメリカ合衆国のなかでこの10年で急速に増えてきました。もちろん組織化されたユダヤ人団体と比べると少数派であることは変わりありませんが、ここ3年での増加はさらに目をみはるものがありますし、ここのところ状況が違ってきているのは、以前であれば、そうした大組織がイスラエルやシオニズムや紛争に対する見解を独占していたわけですが、最近はわれわれの批判的な声を封じることはもはやできなくなってきた、という点です。251-252p




それから興味深いのは抑圧者と被抑圧者のポリティクスという254-256pでの指摘。
「情報は隠されていない、普通に入るにもかかわらず、アメリカのユダヤ人組織もイスラエル人も知ろうとしないということがあります」
「平均的イスラエル人は本当にガザや西岸で何が起きているか知らないのです」



徐さんの発言から
・・・。日本ほど、ナチズムやホロコーストについてたくさん書物が出版されて関心が高い国はないが、日本とナチスドイツが同盟国であったということを関連づけて想起する人がいったいどれくらいいるだろうか、ということです。
 杉原千畝という外交官が、難民となったユダヤ人に旅券を発行したことを「日本人の誇らしい歴史」として語ろうとする人たちは、その杉原千畝の行為を、当時の日本国政府や外務省が抑圧していたということを忘れているのか、ということです。・・・ここには何か、先ほどサラさんがおっしゃったような、痛みを伴う自己認識を避けようとするような心理的機制が幅広く存在していると私は思っています。266p


「日本ほど関心が高い国はない」というのは意外だった。ま、どういう比較なのかよくわからないが。
ともあれ、ここは忘れてはいけない話だと思う。確かに杉原さんの話は美談だとぼくは思うし、彼のことを誇らしいと思うのはいいと思うし、ぼくにもそんな感覚がないわけじゃない。しかし、そこで見なければならないのは、それを弾圧した日本政府があったということ。その日本政府はホロコーストを推進するナチスと同盟を結び、自らもひどい植民地支配を行っていた。そういう中で政府に意に反して、ヴィザを発行したというその行為が美しいということだろう。まず、われわれは、私たちの政府のそういう過去を、ちゃんと反省するという前提が必要なのだと思う。

 天皇を君主に置く国家がそのナチスと同盟を結び、戦争を経ても天皇は退位もせず居直り、国民はそれを認め、いまだに、ちゃんとその植民地支配を反省できていない。その代表みたいな人間が首相になっているという事実を考える必要があるのだろう。





また、ドイツでのガザでのイスラエルの蛮行の報道がダメなことについての会場での質問への回答が興味深い。これにも徐さんとサラ・ロイさんが答えている。

徐さんの答え
・・・ヨーロッパの話はたいへん悲劇的ですけれども、短い時間ですから簡単に言いますと、これは、ヨーロッパ自身が背負わなければならない、何とか克服しなければならない一つの罪です。つまり、ホロコーストを実行するときにナチスは「ユダヤ人問題の最終解決」ということを言いました。この感覚は実は、イギリスでもフランスでも、メインストリームのヨーロッパ人はある程度共有していたわけです。・・・ドイツ人以外にもたくさんいたわけです。それがいまイスラエルという場所に押しつけられ、しかも、そのイスラエルの人たちがパレスチナ人に押しつけている、と・・・。
 ・・・全員が全員そうだとは言いませんけれども、いわば条件反射的に反ユダヤ主義と結びつけて、イスラエル批判を封じようとするその奥深い心理のなかには、やはりヨーロッパ人の自己防衛の機制が働いていると思います。ヨーロッパ人がもっと自分自身を深くホロコーストの歴史に向き合わせなければ超えられない。だからホロコーストの歴史に向かい合っている人が反ユダヤ主義批判を借りたイスラエル擁護をするのではないのですね。その人たちは、ほんとうは向かい合っていないのだと思います。269-270p


サラ・ロイさんの答え
・・・徐さんがおっしゃったことに同意します。ドイツ人がまさにその歴史的背景ゆえにイスラエルを批判できないという厳しい状況にあるということは、理解できます。けれども、ホロコーストで殺された私の祖父母、おばやおじ、兄弟姉妹たちのことを、他民族を迫害するための道具や理由として利用しないでほしい、と言いたいのです。ドイツがユダヤ人を殺したという事実があるのであれば、なおさらのこと、ユダヤ人国家であるイスラエルが行っていることを批判する義務があるのだと思います。・・・600万人のユダヤ人の虐殺を引き起こした狂気が、今度はパレスチナ人に向けられてた政治問題を正当化しようとしていますが、しかし、そうではなく虐殺された人びとの名においてこそ、正義をつねに追求しつづけらければならないのです。もちろんそれはドイツ政府だけの責任ではなく、まともな政府たるものはどこでも、そして政府だけでなくどんな団体や個人であれ、不正義に対しては批判の声を上げる責任を有しています。そしてその正義の基準は普遍的であるべきであり、ダブルスタンダードは許されません。



この欧州の問題という話が忘れられがちだと思う。欧州にはユダヤ人をきっちり差別する社会が存在していたわけだ。しかし、同時にパレスチナに連帯するかなり強力な社会運動が存在する。そういう社会運動がもっとつながる必要があるのだろう。

また、日本にはユダヤ人差別みたいなものはあまりなかったかもしれないが、マイナーなシーンではひどい反ユダヤ言説が横行し、日本政府は最後のところではイスラエル側に立っているようにも見える(先日の国連総会での立ち位置は例外的に評価できるものだったけど)。だから、日本もその責任から無縁でないということも想起しておきたい。



というわけで、読書メモここまで。

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