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zoom RSS 『つくりかえられる徴(しるし)』(黒川みどり著)メモ

<<   作成日時 : 2013/03/11 07:33   >>

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3月9日読了。
大田区主催の区民大学のお知らせを大阪在住のFBの知り合いから受け取って、それに関してFBで関心を示したら、丸木つながりのK沢さんも黒川さんの知り合いとのことで、彼女の話を聞きたくなって、大田区の社会教育担当に申し込んだ。連続で申し込むなら、受講してもいいとのことで、他の回もできるだけ参加することにして彼女の話を聞いた。

大阪の知り合いからは、いま、黒川さんが書きかけている本を除けば、この本がお勧めとのことだったので、図書館で借りて読んでみた。彼女の名前もあとがきにあった。

読みやすい文章でコラムも散りばめられている。分量もちょうどいい。

ぼくの読み方とはまったく違う
http://blhrri.org/info/book_review/book_r_0228.htm
での書評なども興味深い。


以下、メモ

(冒頭部分の3行はほぼそのままの形でこの本の紹介文として使われている。
「解放令」が出されてから一三〇年あまりが過ぎ、その間、社会は大きく変化をとげてきた。
本書は、明治維新から今日までの日本近代のあゆみのなかに部落問題を位置づけ、できるかぎり他のマイノリティのありようも視野に入れながらその歴史を明らかにするものである。
これに続けて、以下のように書かれている。
本書ではとくに、そのなかで被差別部落にあたえられてきた「徴」(ルビ しるし)に着目しました。なぜならば、いうまでもなく部落差別は、被差別部落の外からの視線(まなざし)によってつくられてきたものだからです。1p
また、前書きには部落史のなかで肯定面だけを強調する傾向に対して、その重要性、そして差別の厳しい実体だけを強調することの問題はわかるとしながらも、近代社会の中で被差別部落がどのように位置づけられてきたかを見ることは、それを理解する上で不可欠だとする。同様のことが本文中ではもっと詳しく展開されている。

この視点、障害者を描くときにも適用できるのだろうと思った。


「解放令」について
1871年8月28日、太政官からの布告として、「えた」「ひにん」身分を廃止するという布告。これが後に「解放令」と呼ばれるようになる。という単純な事実さえ、ぼくは知らなかった(or 忘れていた)。そして、それは形式的な宣言でしかなかったと黒川さんは書く。(そういう意味で、それを「賤称廃止令」という呼び方も広くなされるようになったという説明もある)。しかし同時に「解放令」が不徹底だったから、封建的な差別が残されたわけではなく、
部落差別のありようはそれぞれの時代状況のなかで変化し、また、それらの部落差別をかたちづくる要因も変わってきているのです
と書く。講座の中でも、「部落差別の本質は」というような問題の立て方に対して、否定的な見解を語っていた。

そして、それに続けて
そうして、そのような差別を抱え込んできた、日本の近代社会そのものを問うていくことが必要とされているのです
ここに彼女の視点が明確にでている。

日本社会にあるさまざまな差別のなかで、部落差別をその同一性と特殊性から考えることによって見えてくるものがあるのだろうと思う。
13-18p

26pで黒川さんは「解放令」がでた後も実体的な差別がなくならない現実に被差別部落の側が抗議すると、戒められるのは、差別した側でなく、された側だった。それは権力者にとっての優先課題が、支配秩序の安定であり、その目的のためには四民平等にこだわって差別を否定することより、圧倒的多数である部落外の人びとの不満を和らげることだったから。

このような差別めぐる権力側の対応は、露骨にはなくなっったかもしれないが今も隠然と残っている部分も否定できないと思う。

51pには「人類館事件」というコラムがある。それを琉球新報は
台湾やアイヌの人びとと同列にされたことは、沖縄県民に対する侮辱であるとして反発した
、と書かれている。黒川さんは【ここにも、マイノリティ相互の関係のあり方について、考えるべき問題がはらまれています】とコメントしている。

また52pでは【「国民国家」と差別】というコラムがある。西川長夫さんを援用し、国民国家は乗り越えられるべきものであるとして、その国民国家論の分析視角で大事な点は、

@旧制度との断絶を必要とするが、その際につねにある種の復古をともなうこと

A国民国家による解放は抑圧を、平等は格差を、統合は排除を、普遍的な原理(文明)は個別的な主張(文化)をともなうというように、国民国家は本来矛盾的な性格をもっており、それを発展のダイナミズムの根元としている。

その視点から、部落問題もまた、単なる封建遺制ではなく、国民国家形成の中であらたな位置づけを与えられてきたという側面が見えてくる、と黒川さんは書く。


88pでは日本の朝鮮支配の進展とともに朝鮮に対する差別がいっそう蔓延したとし、被差別部落朝鮮人起源説がさかんに説かれたのもその時期だという。

それにしても、今に続くというか、新大久保や鶴橋でますますエスカレートする「在特会」などによる在日朝鮮人への差別デモ。さきほど国民国家の視点から、弱ってきたそれを維持するための凶暴化という側面や【権力者にとっての優先課題が、支配秩序の安定であり、その目的のためには四民平等にこだわって差別を否定することより、圧倒的多数である部落外の人びとの不満を和らげることだった】という視点から、警察の対応の問題なども見えてくるかもしれない。


108pのコラムは【3・1独立運動と「文化政治」】
1919年2月8日、神田(水道橋駅近く)のYMCA会館での朝鮮人留学生による「独立宣言書」発表。その独立宣言書が3月1日、パゴダ公園で読み上げられ、その後、2ヶ月にわたる3・1独立運動が展開された。そこへのすさまじい弾圧があり、鎮圧された後、見かけ上は緩やかな統治に変わった。それを「文化政治」と呼ぶのだが、思想取り締まりの厳重に張り巡らされていた。

このコラムを読むまで韓国YMCA会館の記念碑の意味を十分に理解していなかったことに気づく。

全国水平社が創立されたのは1922年。それを皮切りにその年、日本共産党が創立され、日本農民組合も結成されたという。119p

このあたりの日本史の知識が薄いなぁと実感。それが同じ年だったということの意味、こういう歴史は面白い。

125pのコラムにある朝鮮の衡平社(ヒョンピョンサ)のことも知らなかった。「白丁」(ペクチョン)差別のことも。

167pには1937年と1938年の同じデザインのポスターが紹介されている。37年のもの(全国水平社大会)には「ファッショ反対」、そして38年のもの(長野県連)には「国民精神総動員」とある。そして、水平社も戦争支持に走っていく。

172pのコラムには植木徹之助のことが記載されている。確かクレージーキャッツの植木等の縁者だったんじゃないか。それが三重県度会郡だったとのこと。度会郡の話はもう一つあった。融和教育研究のモデル校も。181p。
芦浜原発に関して書いた
http://tu-ta.at.webry.info/201207/article_2.html という古い記録があるのだけど、ここで世話になったzippさんが確か度会郡の人だったのを思い出した。


19節は【「人種」から「民族」へ】
ここでの記述から、民族という概念が構築される政治性が浮かび上がってくる。構築主義とかいうのを難しい言葉で説明されてもわけがわからなくなるだけだけれども、こんな風に具体的に書かれることで見えてくるものがある。

185pでは「資源調整事業」というのが紹介される。その中身は【被差別部落民の「人的資源」すなわち労働力を国策に応じて供出するという事業で、具体的には、時局産業、すなわち戦争に必要な産業への転換を、うながすこと、「満州」移民でした。】と書かれている。具体的にはコラムで熊本県来民町の被差別部落から移民した275名が45年の8月17日に集団「自殺」した話が紹介されている。191-2p 参考文献『絶望の移民史 満州へ送られた「被差別部落」の記録』1995年

215pひろたまきさんによる『差別の諸相』の紹介。差別の全体史の研究が展開されなかった問題点を指摘。
・・アイヌ、被差別部落民、娼婦、病者と障害者、貧民、鉱夫、囚人ぶついての史料を編み、「近代日本の差別構造」と題する詳細な解説をつけて、それらの差別の連鎖を視野に入れながら、「その全体的な構造と矛盾」を究明することをめざしました。215p
これについて、黒川さんは「差別を近代社会のしくみとのかかわりでとらえようとする問題意識と結びついている」と説明し、ひろたさんの以下の言葉を引用する。
「個別史の研究がその『特殊性』を強調すればするほど『賎視の起源』が前近代の歴史に求められる傾向をもつことになるのであり、それは全体史への展望を困難にしかねないであろう」215p

216pに始まる『部落史の見なおし』では2点がいまも問題を投げかけ続けているとされる。

1、歴史をさかのぼって民衆意識を問うことの必要性の認識と時代ごとに権力者がそれを制度的に整えていったことの両面に光があてられるようになったこと。

2、網野史観に触発されて、被差別部落という共同体のもつ「ゆたかさ」を前面に押し出そうとする試みがなされたことの意義は認めつつも、そこを強調するあまりに、被差別部落がいかに差別されてきたかを語ることを避ける態度も生まれていることの問題。差別を語るときにマイノリティを極端に美化するというのは部落問題に限らず、ありがち、として23節は以下のように閉じられる。
部落史が、そのような傾向に足をすくわれることなく、いかに等身大の被差別部落像を伝えていくことができるか、いまなお問われつづけている課題です。218p


そして、この本の結語では被差別部落と部落外を分かつ境界線が低くなっているのは事実で、それがいっそう進み、被差別部落という枠組みが差別の対処として機能しなくなったとき、新たな差別の対象が見出されていく可能性は十分にはらまれているとした上で、以下のように書かれている。
いま私たちは、近代社会における差別の個別性と同時に共通性も見すえ、それをつくり出さない努力が求められているのです。


差別の問題を具体的に、そして立体的に見ていくときに、とても参考になる本だと思った。たとえば、障害者差別に関してもこのような研究・実践が求められているのだろう。

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